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062 ブタ ニ シンジユ

 バルザックを回収してオウソウカの街を後にした俺達は、往きとは違って東回りで王都へと帰還することになった。皇国との国境を通過して王国領内に入った後もそのまま東へと進み、海まで到達した後は王都へ向かって海岸線沿いに南下中だ。

 そして今居るのはその途中で立ち寄ったシクラメンという名の小さな港町。辺りも暗くなり始めた為、今日はこの街で一泊することとなった。

 荷物の整理も終えて夕食へと向かう為にホテルのロビーでメンバーが揃うのを待っていると、俺のスマホが鳴る。


「………ハァ」

「その様子ですと、また良い反応は得られなかったようですね」


 届いたメールの内容を確認して溜息を吐いた俺に、気遣うようにしながらハルが声を掛けてきた。


「うん…。両親がダメなら友人に、電話がダメならメールやSNSでってことでいろいろ試してみたんだけど、誰も彼もが判で押したように似たような返事しかしないんだ…」


 何故かは知らないがこの世界では元の世界との通信が可能である。そのため、俺はタイミングを見ては元の世界の知り合いと連絡を取ろうとしている。

 だが、召喚されたその日の内に連絡した両親には何故か叱咤激励され、それ以降に連絡を入れてみた友人達からも次々と励ましの言葉を貰った。だが、皆ふんわりとしたことしか言わない為、俺がいったい何をしていることになっているのかはよくわからない。

 今までの内容を総合してわかったことといえば、俺は何かを学ぶ為にどこかに留学していることになっているらしいということだけだ。


「とりあえず、俺が急に居なくなっても心配をかけてない事はわかったし、余計な事をすれば逆に心配をかけることになりかねないんだけど、ここまで皆して同じような反応をされると、俺が何をしている事になっているのかがどうしても気になっちゃうんだよね…」

「そうですか…」


 本当に、いったいどんな隠蔽工作が行われているんだろうね…。

 遠い目をして呟いていると、そこへカイが声を掛けてきた。


「ヒイロ、お前…、やっぱり元の世界のことが気になるのか?」

「え…? まあ、そりゃあね…」


 改めてそんなことを問われて、ついつい元の世界に想いを馳せていると、カイが同情するように語り掛けてきた。


「そうなのか、元の世界が恋しいのか…。お前、シックハウスに罹ってるんだな…」

「俺の頭痛の原因物質は、他でもないお前だよ」


 この勇者、俺が感傷に浸るのを許してくれない。


「まあ、何にしても知り合いと連絡を取りたいんだよな? だったら、いいアプリを知ってるぜ」

「いや、今問題なのは連絡手段の方じゃないんだけど」

「MINEっていうメッセージアプリなんだけど」

「俺の話、聞いてる?」

「まあまあ、今インストールしてやるからちょっとスマホ貸してくれ」


 俺の声など聞こえていないかのようにカイが俺のスマホを掻っ攫って弄り始める。おい、返せよ。


「これでよし…っと…。そうだな、試しにこのフォルステリっていう奴にメッセージを送ってみようぜ」

「いや、誰だよ!」

「…よし、送信完了」


 どうして俺のスマホから得体の知れない相手にメッセージ送ってるの、この勇者…?

 そんなことを考えながらもカイから返却されたスマホの画面に視線を向ける。その画面には、こちらから送った『こんにちは』という当たり障りのないメッセージが表示されていた。


「このアプリには、全てのメッセージを地雷発言に自動変換して送信してくれるっていう便利機能まで付いてるんだぜ」

「MINEってそっち!?」


 何その迷惑な仕様。

 すると、俺のスマホ画面を覗き込みながらカイが続ける。


「あ、さっそく『起爆』が付いたみたいだな」

「起爆!?」


 送ったメッセージの横に付いた『起爆』の文字に驚いていると、相手からメッセージが返ってきた。


『無能』


 おい、いったい誰が得するんだ、このアプリ。

 苛立ちを覚えながらスマホ画面を眺めていると、足元でミーアとワルツがじゃれ始めた。そんな姿に癒される中、視界の端にバルザックの姿を捉える。

 いや、正確に言うと、さっきからちらほらと目に入ってきてはいたんだが、気にしないようにしていた。

 それにしても、どうしてあいつはランニングマシーンで走っているんだろうね…?

 どこか虚ろな瞳をしたバルザックに視線を向けると、『オレ ハ ハラ ガ ヘッタ』とか呟き始めた。そして、角から生えた茸をむしり取って口へと運ぶ。

 自給自足…?

 その隣ではオーギュストさん×2が『つまみ食いはほどほどにするんじゃぞ?』『夕飯が食べられんくなるからのぅ』などと声を掛けている。

 ちなみに、さんは一向に正気に戻らないバルザックに痺れを切らして、『正気に戻った頃に出直してきます』とだけ言い残して斧を持って去っていった為、ここには居ない。

 遠い目をしながらそんな光景を眺めていたら、そこへウォルフさんがやってきた。


「待たせてしまったかな?」


 さて、そんなウォルフさんだが、今日はいつもの眼鏡ではなくごついフレームの眼鏡を掛けている。


「………ウォルフさん。また間違えてAR眼鏡掛けてきてませんか?」


 そのネタは前にやっただろ。

 そんな風に冷たい視線を向けていると、ウォルフさんが答える。


「気付いたかい? 実はね、ついさっきアシュランガイドの王国版が出版されていることに気付いてね。いい機会だから電子版をダウンロードしてみたんだ」

「だから、それAR眼鏡を使ってやるようなことじゃないから!」


 そんな俺のツッコミは当然の如く完全無視だ。


「この街にも名物料理があるらしくてね、今日はこれを使ってそこに案内するよ」


 そんなこんなで、俺達はウォルフさんの案内で街へと繰り出した。

 既に周囲も暗くなった中を歩いていると正面にゆらゆらと揺らめく明かりが見えてきた。そこまで足を延ばすと小さな広場に出る。

 篝火が照らしだすその広場には幾つかの屋台が並び、周囲には椅子や机が並べられている。


「この街では夜になるとこうして屋台が並ぶんだ。それで、この屋台グルメが美味しいって評判なんだそうだよ。さて、それじゃあ各自食べたいものを買うとしようか」


 ウォルフさんに促され、皆思い思いに屋台へと向かう。俺も歩きながらどんな店があるのかと周囲の屋台の看板に視線を向ける。そこには『豚串』、『豚カツ』、『トンテキ』、『豚饅頭』、『豚しゃぶ』、『豚骨ラーメン』、『ハム ベーコン』、『ゼラチン』、『となりのトントロ』、『豚足』、『短足』、『豚箱』、『この豚野郎!』…といった看板が並んでいた。

 ………。

 いや、海が近いからといって海鮮系を売りにしないといけないという訳ではないんだが、何故そんなにも豚推しなのか? いくつか、よくわからない店も混じってるし…。

 遠い目をしてそんな光景を眺める俺に、近くの屋台の店員が声を掛けてきた。


「そこのお兄さん。シクラメンの街の名物、豚饅頭はいかがですか?」


 その屋台に視線を向けると、店先には蒸気を噴く蒸篭せいろ


「丁度、蒸しあがったところですよ」


 そう言って店員が蒸篭せいろの蓋を開けてみせる。

 一気に立ち上る白い湯気と、その中から姿を現したホカホカの豚饅頭が食欲をそそる。


「それじゃあ、一つください」

「ありがとうございます」


 受け取った熱々の豚饅頭を一口頬張ると、閉じ込められていた肉汁が口の中いっぱいに広がる。

 うん、美味しい。

 そんな風に俺が豚饅頭に舌鼓を打っていると、ミーアが足元までやってきて物欲しそうな顔で見上げてきた。どうやらこの豚饅頭が欲しいらしい。

 でもミーア。君にはさっき、一足先にご飯をあげたはずだよ。

 それに、これは味付けされている上におそらく玉葱も入っている。猫が食べちゃダメなやつだ。

 俺が黙っていると、ミーアの耳が伏せて尻尾も垂れ、悲しげな表情を浮かべる。

 そして、上目遣いの潤んだ瞳で俺のことをじっと見つめてきた。彼女の方からは『くれニャいの? 豚…』という幻聴すら聞こえてくる気がする。

 くっ、あざといニャンコだ。

 だが、そんなあざとい真似をしても俺は騙されない! そう、騙されニャいぞ!


「犬猫用の豚饅頭もありますよ?」

「よし、買った!」


 そんなわけで犬猫用の豚饅頭を二つ購入し、それぞれ皿にのせて置いてやる。すると、ミーアとワルツが美味しそうに食べ始めた。

 いや、ワルツだけお預けだと可哀想だしね。

 そんな風に一人と二匹で豚饅頭を美味しく頬張っていると、そこへカイが近付いてきた。


「お、ヒイロ。美味そうなもん食ってるな」

「……そういうお前は何を食べてるんだ?」

「これか? これは、そこの屋台でゼラチンの実演販売やっててさ、その実演で作ったゼリーを試食品として貰ったんだ」


 こんなところで屋台を出すなら、むしろそのゼリーを売れよ。

 遠い目をしながらそんなことを考えていると、ゼリーを口に運びながらカイが呟く。


「港町だっていうから、本当は海鮮の気分だったんだけどな…」


 まあ、それに関しては俺も同意見だ。

 カイの発言に心の中で同意していると、俺達の会話を聞いていた豚饅頭の屋台の店員が口を挟む。


「港町といっても、この街で盛んなのは真珠の養殖ですからね」

「そうなのか?」

「ええ、港の方に行けば見学もできますよ。興味があったら是非行ってみてください」

「へぇ、面白そうだな。明日、出発までに時間もあるしちょっと行ってみるか。ヒイロも一緒にどうだ?」

「そうだね、行ってみようかな」


 そうして、その日の夜は更けていった。


 そして翌朝。

 俺とカイ、そしてハルは真珠養殖の見学ができるという港の方へと足を運んでいた。ミーアとワルツも一緒だ。今日も二匹でじゃれて遊んでいる。カワイイ。


「ここが受付かな?」


 港にあった事務所の中を覗き込むと、奥から声が聞こえてくる。


「あれ? 見学希望の方ですか?」


 そう言いながら現れたのは、作業着姿の二足歩行の豚。


「え、オーク…?」


 突然の事態に思わず呟くと、それにカイが反応を示す。


「楢がどうかしたのか?」

「いや、そっちじゃない」


 すると、目の前の豚に視線を向けながらハルが口を開く。


「ヒイロ様、彼女はオークではありませんよ」


 メスなの?

 正直、俺にはそれすら見分けがつかない。


「彼女はただの豚です」

「いや、ただの豚は二足歩行もしなければ喋りもしないよね…?」


 …あ、これはまた『この世界の豚の仕様です』とか言われるパターンだ。

 そんな風にこの後の展開を予想していると、不思議そうな顔をしながらハルが答えた。


「…? 彼女は飛びません。ですから、ただの豚です」

「何そのくれない理論」


 ハルとそんな会話をしている間にもカイが受付を済ませ、豚の先導で奥へと案内される。そうして案内された部屋には真珠養殖の工程を説明する写真パネル。そして、案内してくれた豚による説明が始まった。


「――と、このような各種工程で真珠の養殖は行われているわけです。それでは、次は実際の作業の様子をご案内しましょう」


 一通り真珠養殖についての説明を受けた俺達は、別の部屋へと案内される。


「今ここでは真珠の選別作業を行っているところです」


 そこには、作業台に向かって真珠の選別をしている豚達の姿。近付いてその様子を見学させてもらうと、豚達は次々と真珠を選り分けていく。

 すると、案内してくれた豚が選り分けられた真珠をいくつかピックアップして一つのトレーの上に乗せる。


「このように、形や大きさ、照りや色や巻き、傷の有無等を見分けて選別していくんです。特に品質の良い物は花珠と呼ばれるんですよ」


 この豚、真珠の価値がわかってやがる。

 豚達による真珠の選別作業を眺めつつそんなことを考えていると、カイが得意気に口を開く。


「あ、俺知ってるぜ。それで、傷が有ったりするやつはB級品扱いでB玉遊びに使われるんだろ?」


 それはガラス玉の話だ。

 しかも、そんな説もまことしやかに語られてはいるものの、ビー玉はビードロ玉の略という説の方が有力らしい。

 カイに向かって呆れた視線を送っていると、そこへ小太りの男がやってきた。


「おや、見学の方ですかな? ようこそいらっしゃいました」

「あ、オーナー」


 ここのオーナーらしいその男に視線を向けると、その頭に豚の耳がある事に気付く。そしてお尻からは豚の尻尾が生えている。

 その尻尾と耳に気を取られていると、隣でハルが呟いた。


「どうやら、オーナーは妖豚族のようですね」


 ………。

 養豚…?

 なにやら不穏な単語が過った俺の頭の中では、何故か理解さんがジグソーパズルで遊び始めた。

 そんな中、案内してくれた豚が得意気な表情で語りだす。


「オーナーはこの街の功労者なんですよ。苦境に喘いでいたこの街の零細な真珠事業者の全てをまとめあげ、稚貝の養殖から真珠の選別までを一手に手がけることで見事にこの街の真珠産業を立て直してみせたんです」

「ははは、やめなさい。私はそんな大した事はしていないよ」


 照れたような表情で謙遜するオーナーを前にして豚は続ける。


「それだけではないんです。オーナーはこの街唯一の真珠事業者となった責任として、私達のような豚を引き取っては、一人前になれるように育成してくださってるんです」


 豚を育成…?


「今までにも、多くの豚達が一人前になって独立していったんですよ」


 独立…?

 あれ? ここ、この街唯一の真珠事業者なんだよね?


「そういえば、君も独立したいと言っていたね」

「はい、オーナー。今まで独立していった皆のように、私も自分の力でどこまでやれるか試してみたいんです」


 ああ、そうか。他の街で開業してるのか。

 そうだよね。うん、きっとそうに違いない。

 そんな風に、頭に浮かんでしまった仮説を必死に否定してみる。


「私も、今まで独立していった皆と志は同じです。この街で真珠産業に携わり、真珠を通してこの街をさらに発展させていきたいんです!」


 その瞬間、理解さんがまた一つジグソーパズルのピースをはめた。


「そうか…、わかった。では、後で出荷場まで来なさい。君をバイヤー達に紹介してやろう」

「えっ、取引先との顔つなぎまで面倒見てもらえるんですか」

「ははは、餞別代わりだよ」


 オーナーはそう言うとその場を後にした。

 そのバイヤー、真珠のだよね? そうだよね?

 そんな困惑の中でも理解さんは黙々と作業をこなし、ジグソーパズルは着々と完成へと近付いていく。


「あ、すみません。お客様がいるのに関係ない話をしてしまって。さて、それでは次は養殖筏をご案内しますね」


 その後、養殖筏を案内してもらって見学は終了したが、正直言って内容はあまり覚えていない…。

 帰り道、足元でじゃれて遊んでいるミーアとワルツを眺めながら現実逃避をしていると、指で立派な真珠のネックレスを振り回しているカイが視界に入る。

 ………ん?


「ちょっ…、は? カイ!?」

「え? 猪八戒?」

「そうじゃない。その真珠のネックレスどうしたんだよ!?」


 驚いて尋ねると、相変わらずネックレスを指で振り回しながらカイが答える。


「ああ、これか? これは、さっきの真珠養殖場で貰ってきたんだ」

「貰ってきたって…。え、まさか盗んで…」

「失礼な奴だな。今回は勇者の特権は使ってないぞ」

「窃盗は勇者の特権じゃねぇよ」


 そんなツッコミを入れていると、不満気ながらもカイが続ける。


「これは、オーナーが俺にくれたんだよ」

「いや、見学しただけのお前に、どうしてそんな物をくれるんだよ」

「え…? さあ、何でだろうな?」

「お前、何をしやがった…?」

「別に何もしてないぞ。俺はただ、帰る前にトイレを借りて、その時に入口に『出荷場』っていう表札が掲げられた建物に昨日の屋台村で屋台を出していた人達が入っていくのが見えたから声を掛けようとしただけなんだ。そしたら、急にオーナーが現れて、黙って俺の手にこれを握らせたんだ」


 ………。

 俺の頭の中で理解さんがやっていたジグソーパズルも、残すところ最後の1ピースだけとなった。

 やめてくれ、理解さん。その最後のピースをはめちゃ駄目だ。俺は、この街の闇になんて気付きたくない。

 しかし、そんな必死の説得も虚しく、理解さんは最後のピースをはめてパズルを完成させた。そして、理解さんはその完成したパズルを掲げてみせる。

 そのパズルの図柄は、豚舎の中で豚を前にして微笑む男性の絵。どこかの田舎の案内看板にでもありそうな牧歌的な雰囲気のその絵の上部には、『ようこそ 養豚の街シクラメン』の文字が記されている。

 気付きたくもない真実に辿り着いてしまった俺が遠くを見つめていると、カイがとてもいい笑顔を浮かべながら声を掛けてくる。


「どうしてオーナーが俺にこれをくれたのかは全くわからねーけど、折角貰ったんだし帰ったらこれをバラしてB玉遊びでもしようぜ!」


 このポンコツ勇者、意味も価値も理解してねぇ…。


白狐 「『豚箱』の店先には鉄格子が、『この豚野郎!』の店先にはボディコンスーツを着て網タイツを穿き、鞭を持って目元を隠す仮面を着けた屈強な男が立っていたという…」

ヒイロ 「あえてスルーしたのに、余計なことを言うんじゃない」


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