061 トンビ ガ タカ ヲ ウム
「ところで、ダナイ様は何故あのような呪いを受けたのか、心当たりは有るのですか?」
ささやかな宴を終えたところで、ハルがダナイ爺さんへと問い掛けた。
「心当たり…ですか…」
暫く言い難そうにしていたダナイ爺さんだったが、隣に寄り添うスーホ君に視線を向けると重い口を開く。
「実は、スーホの本当の父親だと名乗る男が現れたのです…」
「え…?」
突然の話にスーホ君が目を丸くしていると、カイが口を挟む。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。まさか、その本当の親を名乗る奴が、スーホを取り戻す為にあんたを亡き者にしようとしたとでもいうのか?」
「状況的に考えて、その可能性が高いかと…。一週間ほど前、その男は儂のところへやってきました。そして、急に儂に対してスーホを返せと言ってきたんです…」
「いや、おかしいだろ。だって、そいつはつまり、スーホのことを捨てた奴なんだろ?」
ダナイ爺さんの発言を聞いたカイが怒りを露にしていると、ダナイ爺さんも声を荒らげる。
「そうです。そんな輩に大事なスーホを渡すなどできるわけがない! 儂はふざけるなと言ってやりました!」
大きな声を上げていたダナイ爺さんだったが、急に肩を落として声が力を失う。
「しかし、相手が悪かった…。儂が体調を崩したのはその日の夜なんです…」
「相手って…。いったいそいつは誰なんだ?」
「その男は、オウソウカの街の裏社会を牛耳る颱一家の頭、颱です」
どうしよう。名前の所為でシリアスな雰囲気が一気にどっかへ吹き飛ばされた。
「そんなの、ほぼそいつが犯人で間違いないじゃないか。そいつを野放しにしていたら、あんたはまた狙われかねないってことだよな。それは勇者として見過ごせない。俺が話をつけてきてやるから、そいつらのアジトを教えてくれ」
カイが勝手に話を進めていると、ハルが何かに気付いて口を開く。
「どうやら、その必要はなさそうですよ」
「どういうことだ、ハル?」
「お客様がいらしたようです」
近くの窓から外を覗くと、家の周囲には『颱』と書かれた幟を掲げたガラの悪そうな連中が集まっていた。
「呪いが解けたことに気付いて強硬手段に打って出たというところでしょうか」
ハルは外を覗きながら呟くと、ポケットから取り出した眼鏡を掛ける。
「それでは、直ぐにでも叩き潰すとしましょう」
「いや、ちょっと待って!?」
「どうかなさいましたか、ヒイロ様?」
「まだあいつらが犯人って決まったわけじゃないよね」
「ご安心ください。先手を取って反撃の隙を与える間もなく叩き潰します。それこそが最大の防御です」
「あれ? 俺の話聞いてない?」
「そう、時代は先取防衛ですよ、ヒイロ様」
「ねぇ、ハル。なんか今日、いつにも増して攻撃的じゃない?」
冷たい表情で窓の外を見据えるハルに困惑していると、カイが邪剣片手に家から飛び出した。
そんなカイに続いて家から出ると、ガラの悪い男達の中心にいた厳つい男が俺達に気付く。すると、猛禽類の前半身に獅子の後半身をした生物に跨ったその男が、威圧するような大きな声を上げた。
「己等、何者じゃー! スーホ出さんかい!」
「この勇者カイ、腐れ外道相手に名乗る名など無い!」
「むっちゃ名乗ってるやん!」
俺のツッコミが虚しく響き渡る中、ガラの悪そうな連中が周囲を取り囲む。すると、ハルが男に問い掛けた。
「ダナイ様に呪いを掛けたのはあなた達ですね?」
「ああん? まさか、ダナイに掛けた呪いを解きよったんは、己等か? 余計な真似しよって」
「ヒイロ様、どうやら彼等で間違いないようです。それでは、殲滅に移ります」
何かハル、さっきから微妙に怒ってない?
その様子に困惑していると、冷たい表情を浮かべたハルが静かに告げる。
「Eiserne Jungfrau. Nr.zwei」
「Yes Master. Code-02 release」
黒い箱の左右が飛び出すようにして開くと、そこから二振りの剣が現れる。ハルはそれを両手で引き抜くと勢いよく駆け出した。
「威勢の良いことやな。やけんど、幻獣すらも従えるこの儂、颱一家の颱に勝てる思うとるんか?」
「グリフォンモドキを従えているくらいで調子に乗らないでください」
「グリフォンモドキ!?」
唐突なツッコミどころに思わず反応した俺の前では、二振りの剣で斬りかかったハルをグリフォンモドキが前足を振りかざして迎え撃っていた。
すると、隣に立っていたウォルフさんが声を掛けてくる。
「ヒイロ君、何を驚いているんだい? 鳶の頭に獅子の体。どこからどう見てもグリフォンモドキの特徴じゃないか」
「いや、わかりませんよ!」
体が獅子になってる時点で、頭部が鷲なのか鷹なのか鳶なのかという違いなどいったい誰が気付くというのか。
そんな叫びを上げていると、グリフォンモドキが大きな鳴き声を上げながらハルへと襲い掛かった。
「ピーヒョロロロロロ」
「あっ、鳶だ」
妙な説得力に屈した俺の前では、ハルがグリフォンモドキの爪による一撃を、嘴による刺突を、そして尻尾による横薙ぎを躱しながら反撃に出る。
そんなハルの猛襲に押され始めたグリフォンモドキを見ていると、ふとある考えが頭を過る。
「飛べばいいのに…」
つい呟いた俺の台詞にウォルフさんが反応を示す。
「グリフォンモドキは飛べないよ?」
「またかよ!」
ペガサスモドキといい、この世界には『モドキ飛べないの法則』でも存在しているのか?
そんなことを考えていると、グリフォンモドキとハルとの間に上空から何かが割り込んだ。それは猛禽類の前半身に馬の後半身の生物。その上には若い男が跨っている。
すると、その様子を見たカイが声を上げる。
「鷹の頭に馬の体…。こいつ、ヒエログリフか!」
「象形文字かな!?」
カイの発言に思わずツッコんでいると、その若い男が口を開く。
「親父、ここは俺とヒポグリフが引き受ける。親父はスーホを」
こいつはモドキじゃないんだ…。
「おう、ここは任せる」
「待ちなさい!」
駆け出したグリフォンモドキを追いかけようとしたハルの前に、ヒポグリフに跨る若い男が立ち塞がる。
「俺は颱の息子にして颱一家の若頭、崔九龍。親父の邪魔はさせないぜ」
「そこをどきなさい!」
上空優位を取りながら爪で襲い掛かってくるヒポグリフに応戦しながら苛立ちを募らせるハル。
そんな中、家の方に駆けていくグリフォンモドキの前にカイが立ち塞がった。
「俺が相手だ!」
そう言って邪剣を構えるカイ。しかし、そんなカイの背後から猛烈な勢いで何かが迫っていた。それに気付いたカイが振り返ると、その迫って来ていた何かを邪剣で受け止める。
すると、崔九龍がドヤ顔を浮かべた。
「そいつは、俺のペットにして颱一家の突撃隊長、ハリセーンだ」
「ナンデヤネン」
「兎ぃぃぃぃ!!」
カイが邪剣で受け止めていたのは、背中にハリセンを括り付けられたホーンラビット。
思わぬ天敵の登場に敵対心を露にして叫んだ俺のことを、ミーアが『ツッコミを放棄しニャいで』とでも言いたげに見上げてくる。
そんなミーアの視線を気にする余裕もなく兎を睨み付けていると、兎に続いてガラの悪い連中が一斉に襲い掛かってきた。
それに対してオーギュストさん(幽霊)が光球で応戦し、本体が少し離れたところから声援を送り始める。裵さんは持っていた斧をその場に置くと、自らの羽毛から取り出した釣り竿に持ち替えて男達と対峙する。
ウォルフさんが腰のバッグの中を探りながら『何か武器になる物を…』なんて呟いている近くでは、バルザックがランニングを始めていた。心なしか角から生えている茸が成長している気がする。
ちなみに正気を取り戻した俺は、ミーアとワルツを抱えて緊急退避だ。いや、だって兎も気になるが身の安全の方が大事だし…。
するとその時、スーホ君が家の扉から顔を出した。
「おう、スーホ、そこに居ったんかい。こっちゃ来いや。お前の親父の颱やで」
颱が威圧するように大きな声を上げながら迫ると、スーホ君がビクッと体を震わせる。すると、ダナイ爺さんがスーホ君を庇うようにしてその前に立った。
「何じゃ、ダナイ。己は引っ込んどれ。それとも、儂等颱一家に逆らう言うんかい」
颱による威圧とグリフォンモドキの迫力に一瞬怯むダナイ爺さんだが、勇気を振り絞ってキッと相手を睨み付ける。
「スーホは儂の大事な息子だ。お前なんかには渡さんわ!」
「爺さん…」
両手を広げて立ち塞がるダナイ爺さんに颱が苛立ちをみせる。
「おうおうおう、よう吠えた。どうやら、命が要らんようだのぅ、ダナイ!」
グリフォンモドキが前足を振り上げる。そして、死をも覚悟したような表情でなおも立ち塞がるダナイ爺さんに向かって、それが振り下ろされた。
「やめろぉぉぉ!」
そんな光景を目の前に少年の悲痛な叫びが響き渡る。するとその時、グリフォンモドキが急に大きな鳴き声を上げた。そして、振り上げていた前足が空を切り、背に乗せていた颱を振り落とす。
「どうした!?」
慌てる颱の前で、グリフォンモドキが従順な姿勢を示しながらお座りをする。ただし、その見つめる先に居るのはスーホ君だ。
異変に気付いたダナイ爺さんがスーホ君に視線を向ける。
「スーホ…? その目はいったい…?」
少年の瞳の中には、反時計回りに渦を巻くような形状の模様が浮かんでいた。
「え…? 何が…どうなって…?」
スーホ君が困惑する中、ヒポグリフと共に空高く舞い上がった崔九龍が声を上げる。
「スーホ、ついにお前にも開眼したようだな。『台風の目』が!」
登場時から変わった瞳をしているなとは思っていたが、そんなことを言う崔九龍の瞳には時計回りに渦を巻くような形状の模様が浮かんでいる。
「台風の目…?」
困惑するように呟くスーホ君に向かって崔九龍が続ける。
「そうだ、俺達一族が受け継ぐ魔眼、それが『台風の目』だ。それに備わる特殊能力『愛ウォール』は、その愛の力によってあらゆる生物との間の心の壁を吹き飛ばし、心を通わせることができる。お前が今、そのグリフォンモドキを従えたようにな」
スーホ君にグリフォンモドキがすり寄っていくのを眺めながら、俺は必死に目の前の状況を理解しようと努めていた。しかし、頭の中の理解さんは台風発生の報を受けて早々に出勤することを諦めたようだ。ソファに腰掛けてのんびりと紅茶を啜っている。
理解さん曰く、『暴風警報が発令されようと、今まさに嵐に直面していようと、交通網が動いている限りは(下手をすれば代替手段を見つけてでも)出勤しようとする日本人の悪癖はそろそろ改めた方が良いと思う』とのことだ。
確かにその通りだ、俺もそう思う。だが、甘いな理解さん。俺の脳内はテレワークを採用済みだ。出勤しなくても仕事ができる。
今度お休み取らせてあげるから(多分)、今は働いてください。お願いします(切実)。
そんな風になんとかして目の前の話を理解しようとしていると、颱が独り言のように呟く。
「『台風の目』が発現するかは生まれた時に決まるもんやと伝わっとったかんのぅ、『台風の目』を持って生まれんかったお前を捨てたんは早まったかもしれんなぁ」
ちなみに、何か勝手なことをぬかしているこの男の瞳は普通の瞳である。
それはつまり、そういうことなんだろう…。
すると、颱はスーホ君とダナイ爺さんへと威圧するように迫り始めた。
「フッ、まあええやろ。こうして迎えに来てやったんや、おとなしゅう戻ってこんかい」
そうしてスーホ君に掴みかかろうとした颱の前にダナイ爺さんが立ちはだかる。
「やめんか!」
「邪魔だ!」
腕で払われ弾き飛ばされたダナイ爺さんにスーホ君が駆け寄る。
「……どうして…、今更になって…こんな…」
少年が涙を浮かべる中、崔九龍が口を開く。
「お前の才能に気付いたのは先日の馬術大会だ。お前が駆るペガサスモドキとの、まさに一心同体とも言える挙動…。こいつにはテイマーとしての才能が秘められていると確信した」
「組織を拡大させんのに、人材はいくらおっても足りんでな。わかったら早うこっち来んかい」
颱がスーホ君の腕を掴み上げると、少年は嫌悪感丸出しの瞳で颱を睨み付けた。
「その目を儂に向けるんじゃねぇ、スーホ!」
台風の目を向けられたことに苛立った颱がスーホ君の顔に平手打ちをくらわそうとした時、そこにグリフォンモドキが割り込んだ。さらに厩舎の方から何かが壊れるような音がしたと思ったら羽の生えた白い馬が猛烈な勢いで駆け寄ってくる。
二体の幻獣モドキに追い払われるようにして距離を取る颱。
横たわるダナイ爺さんと、その傍らで颱を睨み付けるスーホ君。その前にグリフォンモドキとペガサスモドキが立ち塞がる。
すると、上空の崔九龍が笑い声を上げた。
「フッ、ハハハハ。面白い、この俺とテイマー対決でもしようっていうのか!? テイマーとしての才能が皆無の親父からグリフォンモドキの支配権を奪ったからって調子に乗るなよ。俺は親父と違って二十四人に一人の逸材といわれる程の才能を持っているんだ」
何そのツッコミどころに困る微妙な人数…。
「親父と違ってブリーダーとしての才能をも開花させた俺は、グリフォンモドキとペガサスモドキを交配させてこのヒポグリフを生み出すことにも成功した」
いろんなところで鳶が鷹を産んでやがる。
「たった今能力に目覚めたばかりのお前ごときが、親父と違って才能溢れる俺に勝てると思うな」
崔九龍がそう叫びを上げると、上空のヒポグリフが広げた翼から無数の羽根が降り注いだ。
すると、グリフォンモドキがスーホ君とダナイ爺さんを咥えてペガサスモドキの背中に乗せる。そして、二頭の幻獣モドキが一気に駆け出した。
「ハハハ、逃げろ逃げろ!」
上空から羽根を撃ち下ろしてくるヒポグリフに対して有効な対抗手段を持たない幻獣モドキ達は、スーホ君とダナイ爺さんを庇いながらひたすらに走り続ける。しかし、容赦ない攻撃にその身には次第に傷が増えていく。
「ホース、それに君も…、もういいよ。僕なんかの為に傷つかないで」
二頭の幻獣モドキが傷ついていくのに心を痛める少年。だが、それでも幻獣モドキ達は少年と猫を庇いながら走り続ける。
そんなスーホ君達のところへハルが駆け付けようとするが、そこへホーンラビットが猛烈な勢いで突っ込んだ。気付いたハルがそれを躱すと、ホーンラビットは華麗に着地を決め即座に反転して再び突撃する。
「まさか、障害物の無い場所でのホーンラビットがこれほど厄介だったとは…」
あの兎、棲む場所間違えてんじゃね?
兎の度重なる突撃を躱しながら苦々しい表情で呟くハルを見ながらそんなことを考えていると、カイが何かに気付いた。
「いや、違う…。あのホーンラビットは強化されているんだ」
「どういうことだい、カイ君」
唐突なカイの発言にウォルフさんが尋ねると、カイは邪剣を構えて兎を見据えながらそれに答える。
「突撃隊長にハリセン、それはつまり鬼に金棒ってことだ…」
すると、彼が手に持っている邪剣がハリセンの形状に変化した。
「お前の背中に括り付けられたハリセン、この勇者カイが叩き落としてやる!」
「「ナンデヤネン!!」」
兎の鳴き声と俺の叫びが響き渡る中、突撃してくる兎に向かってカイが邪剣を振るう。そして、兎とのすれ違いざまに兎の背中に括り付けられていたハリセンを弾き飛ばした。
カイがまるで勝利を確信したかのように口元に笑みを浮かべていると、兎が着地と同時に即座に振り返ってカイへと突っ込んできた。
「何だって!?」
驚くカイは邪剣を構え直して兎を受け止めようとするが、兎の突撃の勢いに逆に邪剣が弾き飛ばされる。
「そんな…。俺が、負けた…?」
カイは愕然とした表情でそんなことを呟きながら、その場に膝から崩れ落ちた。
能力の無駄遣いしてんじゃねぇ、このポンコツ勇者。どうして俺にはロクな能力がないのに、こんなポンコツ勇者が有用な能力を持ってるんだよ。有効活用してやるから、その能力俺によこせ!
項垂れるカイを前にして嫉妬に狂っていると、兎はウォルフさんへと狙いを定めた。
突っ込んでくる兎を前にしてウォルフさんは口元に笑みを浮かべる。
「縦横無尽に動き回るその機動性は、確かに脅威かもしれません。ですが、対抗策はいくらでもあるんですよ。例えば、その機動力を上回るほどの飽和攻撃を行うとかね…」
そう呟きつつ兎の突進を躱すと、徐に上着のファスナーを開ける。
「今こそ見せてあげますよ、瓜による全方位攻撃を!」
ウォルフさんが勢いよく上着を脱ぐと、再突進してきた兎へと目隠しするように投げつけた。そして、そのまま腰のバッグから何かの種のような物を取り出すと、それを右手で勢いよく地面へと押し付ける。次の瞬間、押し付けられた右手の下から、四本の芽が生えてきた。
「南より出は秋の刺客」
ウォルフさんの叫びに合わせて一本の芽が南方へ蔓を伸ばす。そして、一気に伸びていった蔓の先に何かが実った。
「南瓜!?」
突如実った南瓜に驚いていると、その南瓜が浮かび上がって顔が刻まれ、さらには南瓜の下に黒い靄が集まって黒いマントが形成される。
「ハロウィンかよ!」
そんな俺を放置し、ウォルフさんはさらに続ける。
「西より出は夏の味覚」
西方へ向かって蔓が一気に成長すると、これまたその蔓の先に何かが実る。
「西瓜!?」
すると、その西瓜が浮かび上がって顔が刻まれ、集まった黒い靄が黒いマントへと変化する。その西瓜頭がマントから手を出してなにやら構えをみせると、その指の間には鷹の爪…。
おい、その鷹の爪、いつまで引っ張るつもりなんだ?
そんなことを考えていると、ふとウォルフさんの背中に目が留まる。彼が着ているインナーの背中側には、『瓜に爪有り 爪に爪無し』という文字がプリントされていた。
遠い目をして見つめていると、ウォルフさんの動きが止まった。
まあ、そうなるよね。東と北の瓜って無いからね。
少し考えるような素振りみせていたウォルフさんだったが、残りの二本の芽に視線を向けると叫びを上げる。
「東北より愛を込めて、魅惑のB茄子!」
「ナンデヤネン」
被せられた上着を漸く跳ね除けた兎の鳴き声が響き渡る中、二本の芽が北方と東方へ向かって成長すると、それぞれの先端に艶めかしい姿をした茄子が実る。
それと同時に、右手を地面に押し付けるようにして屈んでいたウォルフさんが立ち上がる。
すると、屈んでいたことで見えていなかったインナーの正面側が俺の視界に飛び込んできた。そこには、『瓜の蔓に茄子はならぬ』の文字。
「いや、なってるやん!」
俺のツッコミが虚しく響き渡る中、ウォルフさんは腰のバッグから二本のジャックナイフを取り出すと、南方に佇む南瓜に向かって放り投げた。
「ジャック。今こそ新しく手に入れたその体で全てを切り裂くんだ!」
南瓜はマントの下から腕を出すと、飛んでくる二本のジャックナイフをキャッチする。すると、まるで魂が宿ったかのようにその目に光が灯る。そして、南瓜が兎に向かって突っ込んでいったのを合図に西瓜と二体の茄子も一斉に突撃を開始した。
俺の目の前で瓜と茄子と兎が入り乱れて戦いを繰り広げる。正直、何が起こっているのかよくわからないが、四体からの同時攻撃を受けつつも、兎は縦横無尽に突撃を繰り返す。
するとその時、突撃する兎の角が一体の茄子に繋がっていた蔓に引っ掛かり、それを引きちぎった。その瞬間、茄子の目に宿っていた光が消え、動きを止めた。
何かを察した兎が他の瓜と茄子に繋がっている蔓に狙いを定める。そして、西瓜ともう一体の茄子が次々と動きを止めていった。
最後に残った南瓜と対峙する兎。次の瞬間、睨み合っていた二体が同時に突撃を始める。そして、兎の角が南瓜に繋がっていた蔓を引きちぎった。
兎が勝利を確信したように笑みを浮かべていると、背後に何者かの陰が迫る。そこには、『蔓? 要らん要らん!』とでも言っているかのような南瓜がジャックナイフを持った右手を振り上げていた。
驚く兎だったが、身を捩ると紙一重でそのナイフを躱す。そして、辛うじて着地すると即座に反転して南瓜に再突撃しようと構えを見せた。
しかし、再び突撃することは叶わず、兎がその場に崩れ落ちる。その背中には深々と突き刺さった鷹の爪。少し離れたところから、西瓜がその右手の指に挟まっていた鷹の爪を投げつけていた。
動けなくなった兎を南瓜が見下ろす。
『お前の敗因は、俺達を有線式だと思ってしまったことだ』とでも言っているかのような南瓜に対し、兎は全てを悟って自らの死を受け入れたかのように穏やかな表情で『おう…、そうか…』とだけ呟いて瞳を閉じた…ような気がする。
こうして俺の目の前で繰り広げられていたよくわからない戦いに区切りがついた時、周囲に鳶と馬の鳴き声が響き渡った。そちらに視線を向けると、二頭の幻獣モドキが今まさにその場へと倒れ込む。
その場に倒れた二頭の幻獣モドキに縋り付きながら、泣きそうな表情を浮かべるスーホ君。二頭の幻獣モドキは満身創痍ながらも立ち上がろうと必死にもがく。
「これ以上無理しないで!」
悲痛な叫びを上げるスーホ君を見下ろしながら崔九龍が愉悦の表情を浮かべる。
「フハハハハ。どうやら、もう限界のようだな。親父と違って才能溢れる俺には及ばないまでも、俺とヒポグリフ相手によくぞここまで耐え抜いた。褒めてやろう。だが、ここまでだ」
それに対してスーホ君は幻獣モドキ達に縋りついて泣くしかできない。
その様子を見届けると、崔九龍は颱へと声を掛ける。
「さあ親父、俺は残りの奴等を片付けてから戻る。親父は先にスーホを連れて戻っていてくれ。……って、あれ? 親父、どうしたんだ?」
あんたがさっきから何度も『親父と違って』を連呼するもんだから、へこんでるんだよ。
打ちひしがれていた颱だったが、声を掛けられるとふと我に返りゆっくりと立ち上がる。そして、泣き縋るスーホ君に近付いてその腕を掴み上げた。
そんな颱に対してダナイ爺さんが抵抗を試みるがあっさりと振り払われてしまう。
「さあ、スーホ、儂と一緒に来るんや」
「嫌だ、放せ!」
「暴れるんやない、親父の言うことを聞かんかい!」
暴れるスーホ君に颱が拳を振り上げる。
「何が親父だ。僕は、お前なんか知らない。僕の親はダナイ爺さんだけだ!」
「黙れ、こんガキャァ!」
振り下ろされる拳に反射的に目を閉じて痛みに備えるスーホ君だったが、一向に痛みは襲ってこない。
「よく言いました、スーホ様」
そう声を掛けられてそっと目を開けたスーホ君の眼前には、拳を振り上げた颱と、その腕を掴んで止めているハルの姿があった。
ハルは掴む力を強めると冷たい視線で颱を見据える。すると、腕に奔る痛みとその殺気に怯んだ颱がハルを振り払って距離を取った。
「じゃ、邪魔するんやない。おい、お前等、こいつを…」
颱が仲間達に呼びかけようと振り向くと、そこには地に伏して倒れているガラの悪い連中の姿。
「な、何や己は! 親子の問題に他人が口出しするんやない!」
颱が焦りの色を浮かべながらも威圧するように大きな声を上げると、ハルが冷たい瞳を向けて呟き始める。
「ええ、確かにあなた達には血の繋がりがあるのかもしれません…。ですが、それが何だというのですか…。勝手な理由で子を捨てておきながら、自らの利になるとわかった途端に今更父親だなどと…。恥を知りなさい」
「黙れ!」
ハルの瞳に次第に怒気が増していく。
「挙句の果てには、育ての親であるダナイ様の命を奪い二人の間を引き裂こうとまで…。我が子の瞳を直視することもできないような男が、今更父親面など烏滸がましいにも程があります。あなたの行いは万死に値する…。その命を以って償いなさい」
ハルは颱に殺気交じりの冷酷な視線を向けると、静かに告げる。
「Eiserne Jungfrau. Nr.neun」
「Yes Master. Code-09 release」
ハルの指令に応じて『鋼鉄の乙女』が浮上すると、その筐体が縦に四つに割れる。そして、透明な球体を軸にして裾部分を広げると、中核を成している透明な球体が眩い光を放ち周囲で放電現象が起こり始めた。
その様子を見た崔九龍が慌てて動きを見せる。彼の乗っているヒポグリフが翼を広げるとハルめがけて羽根を撃ち出す。
「Donnerschlag」
ハルが怒気のこもった静かな声で告げると『鋼鉄の乙女』から無数の雷撃が撃ち出された。すると、ヒポグリフが放った羽根が雷撃を受け一瞬で消失し、雷が大地を蹂躙する。
そして、雷が颱と崔九龍を撃ち抜き、周囲に断末魔が響き渡った。
雷の嵐が止み黒い箱がハルの元へと戻っていく中、スーホ君にダナイ爺さんが駆け寄る。
「スーホ、怪我はないか?」
「爺さん…」
しっかりとスーホ君の瞳を見据えて声を掛けるダナイ爺さん。そして、ダナイ爺さんは今にも泣きだしそうな顔を浮かべたスーホ君をしっかりと抱きしめた。
「…スーホ、無事でよかった」
その様子をハルが無言で見つめる。その様子はどこか満足気だ。
そうか、そういえばハルもセバスさんに拾われて孤児院で育ったんだって聞いたことがある…。
何か怒っているような気がしていたけれど、もしかしたらスーホ君の境遇と自分を重ねていたのかもしれない。
そんなことを考えつつ、警察への通報を終えてハルへと声を掛ける。
「ハル。とりあえず警察には通報しておいたよ。これで、あいつらももう悪さできないでしょ」
「そうですか」
「あの二人の仲が引き裂かれずに済んだのも、ハルが必死に戦ってくれたおかげだね」
すると、ハルが俺に視線を向けて少し微笑む。
「猫を害するものは許せませんからね」
「え、怒ってたのそっち!?」
そんなハルの発言に思わず反応してしまったが、再び抱擁を交わす二人に視線を向けたハルの瞳はとても優しいものだった。