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060 コイヌ ノ ワルツ

挿絵(By みてみん)

どうも、白狐です。


三毛猫のオスが生まれる確率はとても低いらしい。


 山で出会ったスーホと名乗る少年に助けを求められた俺達は、オウソウカの街の中心部から少し外れたところにある牧場を訪れていた。


「こちらがダナイ爺さんです…」


 そうして通された部屋には、苦しそうな荒い息遣いでベッドの上に横たわっている年老いた三毛猫の姿。

 ………???

 その瞬間、俺の頭の中で理解さんが停止した。


「ダナイ爺さんは、もう一週間もこの状態で眠り続けているんです…」


 暗い表情で呟くスーホ君の前で、ウォルフさんが診察を始める。すると、急かす様にしてカイが問い掛ける。


「何かわかったか、ウォルフ?」

「……自分程度の医学知識じゃ、何とも言えないね…。医師免許を持っているエリサが居れば何かわかったかもしれないんだけど…」


 理解さんは相変わらず停止したままだ。すると、俺の視界の端でさっき助けた仔犬が自分の尻尾を追いかけてクルクルと回り始めた。その様子は、まるで読み込み中に表示されるアレのようだ。

 こんな可愛らしいクルクルだったら待つのも苦にならないかもしれない。


「この街には医者はいないのか?」

「いえ、この町一番の名医にはもう見てもらったんです。でも、自分の手には負えないと匙を投げられてしまいました…」


 カイの問いに対してスーホ君が俯きがちに答えた。

 ………。

 いや、今一番重要なことは名医かどうか以前に獣医かどうかじゃね?

 そんなことを考えていると、ウォルフさんの後ろからダナイ爺さんをじっと見ていたハルが何かに気付く。


「いえ、医者では専門外でしょうね」


 だよね。

 頼もしい援軍を得て、俺の頭の中の理解さんも再び動き始める。

 俺の視界の端では、クルクル回っていた仔犬が尻尾を追うのをやめてつぶらな瞳をこちらに向けていた。カワイイ。


「何かわかったのかい?」


 振り返ったウォルフさんが尋ねると、ハルが頷く。


「はい。ダナイ様の首回りが黒くなっているのがわかりますか?」

「確かに黒くなっているけど…、ただの柄じゃないのかい?」


 ウォルフさんが疑問を挟むと、スーホ君がそれを否定する。


「いいえ、違います。ダナイ爺さんは本当は茶白のハチワレ柄なんです。その黒い模様はダナイ爺さんの調子が悪くなり始めてから急に…」

「やはりそうですか…」

「どういうことだい?」

「この黒い物の正体は煤です」

「煤?」

「そう、これは病などではありません。『猫の首に煤』というれっきとした呪いです」


 その瞬間、理解さんが再び停止した。どうやら、理解さんの処理能力が追い付いていないようだ。

 俺の視界の端では、仔犬が再び尻尾を追いかけてクルクルと回り始めている。

 そんな仔犬に目を奪われていると、オーギュストさん(幽霊)が驚いて声を上げる。


「何! 『猫の首に煤』じゃと!?」

「知っているのか、オーギュスト!」


 カイが尋ねると、幽霊が徐に口を開く。


「ああ、知っておるぞ。『猫の首に煤』は、あの恐ろしい呪術『猫の首に鈴』を簡易化した術式じゃ」

「『猫の首に鈴』とは、モ・ルモットという呪術師が生み出した術式で、対象とした猫の首に魔素で鈴を構築し、その位置を常に把握することができるという悪魔のような術式なのじゃ」

「それほどの恐ろしい効果をもたらす術式じゃ、当然のようにその反動も大きなものになる…」

「そう、『猫の首に鈴』を行った術者は命を落とすのじゃ。そんなこともあり、この術式は自然と廃れていきおった」

「そんなある時のことじゃ。モ・ルモットの遺産を引き継いだモル・モットという呪術師が、自らの実験室で飼育しておる実験動物モルモットを狙う猫の動向を把握する為に、その首に鈴を付けて監視しようと思い立った」

「しかし、臆病なモル・モットは自らの命惜しさに中途半端な術式を展開したのじゃ」

「するとどうじゃ、呪われた猫の首の周りには鈴になり損なった魔素が煤として集積し、猫は喘息で命を落としたそうじゃ」


 とりあえず、幽霊と本体による交互の説明が微妙に鬱陶しい。

 それ以外にもツッコミどころが多々ある気がするが、俺は理解さんの復帰を待つ間クルクルと回る仔犬を愛でていないといけない。

 そうやって仔犬を眺めていると、遠くから様子見しているだけだったミーアが仔犬へと近付いていく。

 ミーアに気付いた仔犬が動きを止めると、ミーアがその鼻先に自分の鼻を近付けた。

 ニャンコとワンコのご挨拶。カワイイなぁ。

 ふぅ…。

 さて、大分癒されたことだし、理解さんもなんとか処理が追い付いてきたようだし、そろそろ俺もあっちの話に戻るとしようか。


「えーっと…。この際その呪いがどういうものなのかは置いておくとして…。結局、その呪いを解くにはどうすれば良いんですか?」


 話に戻ったものの、いまさらツッコむにもタイミングを逸しているし、そもそもツッコミどころが多すぎて絞り切れない。なので、諦めて話を進めることにする。

 すると、俺の発言を受けてスーホ君が縋るような表情をオーギュストさんへ向けた。


「お願いします。呪いを解く方法を知っているなら教えてください」


 それに対して、オーギュストさん×2が言葉を詰まらせる。


「む…、それなんじゃがのぅ…」

「残念ながら、儂等は呪いを解く方法は知らんのじゃ…」

「そんな…」


 絶望の表情を浮かべるスーホ君は、俯くと涙を堪えながら絞り出すようにして呟き始める。


「ダナイ爺さんは、僕の育ての親なんです…」


 ……猫が?

 俺の視界の端では、ミーアにじゃれついていた仔犬がまた自分の尻尾を追いかけ始めた。


「ダナイ爺さんは、オウソウカの街の通りに捨てられていた僕を拾って育ててくれたんです」


 俺の頭の中では、『拾ってください』と書かれた段ボール箱の中に捨てられていた赤ん坊を抱き上げようとする猫、という不思議な再現映像が準備されている。

 だが、理解が(仔犬が尻尾に)追い付かない為に、映像は理解さんと共に停止したままだ。


「ダナイ爺さんが居なかったら、僕はここには居なかった…」


 そう呟くと、スーホ君が顔を上げた。


「爺さんを助ける為だったら何でもします。だから、爺さんを助けてよ」


 そんな少年の悲痛な叫びに、ハルが口を開く。


「…一つだけ、方法があります」

「本当ですか!?」


 縋るような瞳でハルを見つめるスーホ君。


「はい。ただし、それを行うにはスーホ様とダナイ様の信頼関係が試されます。もし、失敗するようなことがあれば、お二人の信頼関係は取り返しのつかないことになるでしょう…」

「え…?」

「それでも、やりますか?」


 ハルが厳しい表情でスーホ君を見据えると、彼は少し戸惑いをみせたものの覚悟を決めてハルを見つめ返した。


「やります。それでダナイ爺さんが助かる可能性があるというのなら」


 すると、その返事にハルが少しだけ口元を緩める。


「そうですか…。それでは、ダナイ様をシャンプーしてあげてください。それで煤は落ちるでしょう」

「あれぇ、割と簡単…」


 俺が理解することを諦めてそんなことを呟いたその時、仔犬も自らの尻尾を捕まえることを諦めていた。

 そんなわけで、息も絶え絶えのダナイ爺さんをスーホ君が風呂場へと連れていく。ぐったりしているニャンコをシャンプーするという絵面的には鬼畜の所業であるが、これはれっきとした救命活動である。

 そんな風にダナイ爺さんをシャンプーしているスーホ君を眺めていると、ふと視界の端にミーアと仔犬の姿を捉えた。

 ミーアはともかく、仔犬の方は野山を駆けずり回っていた為に割と汚れている…。


「ニャッ!?」

「わふぅ?」


 満面の笑みを浮かべながら近付く俺を見て不穏な気配を察したのか、怯えたように後退りするミーア。仔犬の方は状況がわかっていないようで、つぶらな瞳で俺を見上げながら首を傾げる。

 ジリジリと後退りしていたミーアが一気に逃げ出そうとした時、無情にも脱衣所の扉が閉じられた。その扉の前にはハルの姿。恐怖に震えあがるミーア。

 そうして、ダナイ爺さんを洗い終わったスーホ君が去っていった浴室に、ミーアの断末魔が響き渡った…。


「スーホ君、お風呂貸してくれてありがとう。拾った仔犬も綺麗になったよ」


 『何故ニャぜミーアまで…。せぬ…』とでも言いたげにシュンとしているミーアと終始おとなしくしていた仔犬を抱えて部屋に戻った俺は、ドライヤー片手にダナイ爺さんと向き合うスーホ君に声を掛けた。

 ちなみに、ダナイ爺さんは温風を体に浴びて気持ちよさそうにほっこりとした表情を浮かべている。どうやら、無事に呪いが解けたようだ。

 ダナイ爺さんを乾かし終わったスーホ君からドライヤーを借りてミーアと仔犬を乾かしていると、温風を浴びた仔犬の毛がフサフサと揺れる。

 何このフッサフサ。カワイイなぁ。

 俺の目の前でお座りしている仔犬の頭を撫でてやると、尻尾を左右にぶんぶんと振り始める。

 その様子を隣からお座りして見ているミーアが、尻尾を左右にぶんぶんと振り始める。

 ……猫が尻尾をぶんぶんと振り回したり叩きつけたりするのは、喜んでいるのではなく不機嫌の合図なので注意してほしい。

 そんな不機嫌なニャンコのご機嫌を取る為に顎の下に手を伸ばすと、『そんなご機嫌取りには屈しニャいもん』といった風にそっぽを向く。

 しかし、直ぐにゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えてきた。

 フフフ、チョロ可愛いニャンコめ。

 右手にワンコ、左手にニャンコ。そうやってフサフサモフモフな幸せ気分に浸っていると、スーホ君が口を開く。


「皆さんのおかげで、この通り、ダナイ爺さんは元気になりました。ありがとうございます」

「おかげで命拾いしました。何かお礼をしなければならないところですが、儂にはこの小さな牧場くらいしかありませんでな…。勇者様方がお気に召すようなお礼ができるかどうか…」


 ダナイ爺さんがそれに続くと、ハルが答える。


「お気になさらず。これはお二人の揺るがぬ信頼関係の賜物です」

「そうだぜ、勇者は見返りなんて求めない。勝手に上がり込んで奪っていくだけだ」


 黙ってろポンコツ勇者。

 するとその時、バルザックの腹の虫が鳴った。


「これはこれは、気付きませんで。せめてものお礼です、是非お食事を用意させてください」

「そうか? そこまで言うんだったら、お言葉に甘えるとするかな」


 カイがそんな風に応じていると、ウォルフさんと幽霊がバルザックを見ながら話し始めた。


「どうやら、バルザックは茸栽培で相当なエネルギーを使ってしまったみたいだね」

「なるほど、筋肉と同じで、菌肉を育てるのにも食事は重要ということじゃな」


 こいつらは、さっきから何を言っているんだろう…?

 遠い目をしている俺の視線の先では、当のバルザックが『オレ ハ ハラ ガ ヘッタ』とか呟いていた。角から小さな茸が生え始めている気がするのは俺の気のせいだろうか…?

 ちなみに、そんな彼の隣では、さんがバルザックの懐からスマホを取り出して『Critical!』と決済音を響かせていた。

 どいつもこいつも好き勝手しやがって。

 ※こんな状況で仔犬とミーアのシャンプーを始めたヒイロも割と好き勝手やっている。


 そんなこんなで食卓に料理が並ぶと、ささやかながらも宴が始まった。

 すると、スーホ君が何かを持ち出してきた。それは中が空洞の四角い箱から竿が伸びた物体。その竿の先端には馬の頭の彫刻が施され、竿の先から箱の下部まで弦が張られている。


「僕にはこんな事しかできませんが、せめてものお礼に僕の演奏を聴いてください」

「スーホの演奏はプロ級なんですよ。先日開催された馬術大会でも、イベントの為に会場に来ていたプロの演奏家がスーホの演奏を聴いて涙を流してしまったほどです。あ、ちなみに馬術大会で優勝したのもスーホです」


 ここぞとばかりに自慢してくるな、ダナイ爺さん。この親バカめ…。

 そんなダナイ爺さんの自慢が続く中、スーホ君は少し照れ臭そうにしながらも弦に弓を当てて音を奏で始めた。

 すると、BAKA~♪ KASU~♪ KUZU~♪ AHO~♪と、素晴らしい音色が鳴り響く。

 MUNO~♪

 素晴らしい…音色…が………。

 MUNO~~♪

 素晴らし…い……。


「え? 何この馬頭(罵倒)琴」


 思わぬところから被弾した俺が涙を流していると、そこへ仔犬が駆け寄ってきた。そして、尻尾を振りながら俺の膝に前足を掛けてじゃれついてくる。

 慰めてくれるのかい?

 仔犬のおかげで少しだけ気分が晴れたところへ、カイが声を掛けてきた。


「そういえば、その仔犬の名前を決めてやらないとな」

「え…。あ…、確かにそうだね」


 カイに同意していると、仔犬が周囲のいろんなものに気移りしながら探索を始めた。そんな仔犬の様子を名残惜しく見つめていると、カイも仔犬を見つめて少し何かを考え始めた。


「そうだな…。こいつ、目がキラキラしてるよな…。よし、こいつの名前だけどキラキラってのはどうだ?」

「嫌だよ、そんなキラキラネーム」

「え、そうか? だったら、悉平太郎、早太郎、疾風太郎、どれがいい?」

「何だそのどっかで妖怪退治しそうな名前は。それに、この仔犬は女の子だよ」


 そう告げると、カイが何かに気付いたような表情を浮かべた。


「女の子!? ………なるほど、そうか。それはつまり、犬耳美少女に変身してヒロイン枠になるタイプってことだな?」

「そんな安易な展開はいらない。モフモフはモフモフのままでいいじゃないか」

「わふっ!?」


 カイの一言に対して俺が何気なく答えると、後ろからとても驚いたような仔犬の鳴き声が聞こえてきた。

 何事かと思い後ろを振り返って確認してみると、そこにはやたらと息の乱れた仔犬の姿。

 ……何があった?

 仔犬は俺が見ていることに気付くと、何かを否定するかのように一生懸命に首を左右に振りだした。

 ……うん、何があった?

 そして、何かを誤魔化すかのように尻尾を追いかけてクルクルと回り始める。


「何だよヒイロ。さっきから俺の提案を否定ばっかりして。だったら、お前は何かいい名前を考えてるのか?」

「え? そうだな……」


 カイからそう問われ、クルクル回る仔犬を見つめる。すると、ふとある名前が頭を過る。


「よし、決めた」


 クルクル回っていた仔犬を抱え上げると、仔犬は俺を見つめながら首を傾げる。


「君の名前は、ワルツだ」


 すると、ワルツは嬉しそうに尻尾を振りながら俺に応えるように一声鳴いた。


「わん」


ヒイロ 「そんな安易な展開はいらない」

同刻、王都ヘレニウムにて…

丹後 「クシュン」

ウィル 「丹後さん、風邪ですか?」

丹後 「??」


===

白狐 「安易なのは、ヒイロのネーミングセンスじゃないかな?」

ヒイロ 「……気付いてるか? その発言はそっくりそのまま自分に返ってくるということに」

白狐 「!?」 ∑(゜д゜;)!!


===

黒柴

挿絵(By みてみん)


ごあいさつ

挿絵(By みてみん)

柴の仔犬(生後一年未満)とほぼ成猫の猫(ほぼ一歳)のサイズ感ってこのくらいでいいのだろうか…?


尻尾を追いかける

挿絵(By みてみん)

  Now Loading…


ちなみに、犬が尻尾を追いかけるのは、ただ遊んでいるだけということもあるが、ストレスだったり病気だったりする可能性もあるので注意が必要だ。

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