059 キセイ
アカシックゲートの儀式の監視役の任を終え王国への帰途に就いたはずの俺達だったが、実はまだ皇国内に留まっている。
それどころか王国とは逆方向、サンギネアよりもさらに北に位置するオウソウカの街までやってきていた。
何故俺達がこんなところに居るのか。それは、九尾の狐との戦闘中にどこかに飛ばされていったバルザックを探す為だ。
実を言うと誰もが完全に忘れていたのだが、サンギネアを発った直後、いつものように俺が車酔いした為に休憩をしていたところへ斧をぶら下げた一羽の白鷺がやって来たことからバルザックの不在が発覚した。
渋々バルザックの居場所を特定する為の策を模索し始めた俺達だったが、鷺もとい、裵さんからバルザックはオウソウカの街の近くに居ると告げられた。
というのも、そもそも裵さんは既にバルザックのところまで斧を届けに行ってきたらしいのだ。まあ、当然といえば当然である。俺達、この二者の間の契約には全く関係ないからね。
しかし、ならば何故彼女は斧を持ったまま俺達の元へとやってきたのか。彼女曰く、バルザックに斧の代金の支払いを拒否された為、代わりに俺達に払ってもらおうと思ったとのことだ。
……。
あ、ツッコミはリアルタイムで散々やったので、今ここで再度ツッコむ気はない。疲れちゃうからね。
ちなみに、代金を回収しないといけないからという理由で、今この場には裵さんも同行している。
そんなわけで、『7』と刻印の入った斧を持った天使スタイルの裵さんと共に車に揺られていると、カイが口を開いた。
「でも、バルザックも酷い奴だよな。自分で斧を注文しておきながら支払いを拒否するなんて」
「カイさんもそう思いますよね。バルザックさんからの支払いは丸っと私のお小遣いになるので、支払ってもらわないと困るんですよ」
やっぱりこの鷺、あの時始末しておくべきだったのでは?
そんなことを考えていると、裵さんがふと何か気になることを思い出したように呟く。
「ですが、今にして思えば、斧を届けた時のバルザックさんは何か様子がおかしかったんですよね…」
「様子がおかしい?」
「はい。なんていうか、一心不乱に走り続けて私の話を一切聞いてくれなかったんです」
その発言を受けて、オーギュストさん(幽霊)が感心したように口を開く。
「ほう、ランニングか。彼奴、自らの不甲斐なさを恥じて心身を鍛え直そうとしておるようじゃな」
「感心、感心。筋肉は裏切らぬからな」
幽霊の発言に本体の方が力こぶを作りながら応じた。
ヒョロッヒョロやないかい。
そもそも、一方は筋肉どころか実体すらない。むしろ、こいつらの方が筋肉を裏切っているのではないだろうか…?
そんなオーギュストさん×2にミーアと共に冷たい視線を向けていると、ウォルフさんが口を開く。
「それで、バルザックを見かけた場所というのはどの辺りなんだい?」
さて、今日のウォルフさんだが、今のところ取り立てておかしなところはない。強いて挙げるならば、いつもは開けている迷彩柄の上着の前側を閉じているのが気になるくらいだ。
「あ、この街から少し北に行ったところの山中です」
裵さんが問いに答えると、運転席から驚いたような声が聞こえてきた。
「え? この街の中じゃないんスか? そんな…、もっと早く言ってもらえれば、わざわざ街中になんて入ることもなく、渋滞に巻き込まれることもなかったんスけど…」
今俺達が走っている道はとても渋滞しており、さっきから止まったり動いたりを繰り返している。
「それにしても、どうしてこんなに渋滞しているんだろうね?」
ウォルフさんが呟くとスリップさんがそれに答える。
「囲碁の棋聖がこの街出身で、今現在帰省しているらしいんス。それで、今日はそのタイミングに合わせてこの街が企画した『囲碁界の棋聖と将棋界の棋聖による夢の異種盤上戦』が開催される為、その会場周辺が交通規制されているらしいッスよ。この渋滞はその余波ッスね」
はて、その二人はいったいどうやって戦うつもりなのだろうか?
「何にしても、この街に用はないみたいッスし、さっさと抜けてしまうッスね」
そう言うと、スリップさんは横道へと逸れていく。
狭い道を軽快に進んでいくとあれよあれよという間に街を離れ、さらには舗装された道を外れていった…。
そうして暫くの間ミーアを抱えて無心になりながら車に揺られていると、車が停止した。
「隊長、車で行けるのはここまでみたいッス」
「バルザックさんを見かけたのは、まだこの先ですよ」
「そうなのかい? それでは、ここからは歩いていくしかないみたいだね」
「そうッスか…。それじゃあ、俺は愛車とここで留守番してるッスよ」
「ああ、頼むよスリップ」
そうして、俺達はバルザックを探しに山の中へと入っていった。
バルザックを探しながら暫く歩いていると、カイが口を開く。
「バルザックの奴、見当たらないな…」
「そうですね…。もういっそのこと、バルザックは名誉の戦死を遂げたということで処理しておけばよいのではないでしょうか?」
それもいいかもしれない…。
ハルの提案に対してつい魔が差し掛けたその時、裵さんが慌てた様子でその提案を否定する。
「そんなの駄目ですよ。バルザックさんはウチの金づ…金蔓なんですから」
あれ? わざわざ言い直したはずなのに、どこからか本音が聞こえる。
そんなことを考えつつ歩いていると、正面の茂みから何か音が聞こえてきた。
「もしかして、バルザックか?」
カイがそんなことを言いながら茂みを覗き込むと、そこから慌てた様子の一匹の黒柴の仔犬が現れた。
キャンキャンと鳴きながら仔犬がこちらに向かって走ってくるので、俺はその場にしゃがんで仔犬に手を差し伸べる。すると、仔犬が俺の胸元に飛び込んできた。
慌てた様子の仔犬を落ち着かせながら優しく抱き上げると、怯えた様子ながらもつぶらな瞳で俺を見つめてくる。
いやん、可愛い。
そうして幸せ気分で仔犬を撫で始めると、背後から何やらプレッシャーを感じた。
ミーアがジトッとした目でこちらを見ている…ような気がする。
背後から『モフモフだったら何でもいいのぉ?』という幻聴が聞こえてくる…ような気がする。
…あらミーアさん、そこにいらっしゃったのですね?
どうしよう、振り向くのが怖い…。
違うんだミーア。これは決して浮気じゃないんだ! 信じてくれ!
…だが、仔犬をモフる手は止められない。
背後からのプレッシャーに怯えていると、仔犬が現れた茂みからさらに音が聞こえてきた。
「今度は何だ?」
カイが再び茂みを覗き込むと、それを踏み台にするようにして数頭の仔猪が飛び出してきた。
一直線に突っ込んでくる仔猪達を慌てて避けると、その様子を見ていたウォルフさんが呟く。
「瓜坊…?」
とりあえず、その胡瓜の精霊馬、仕舞いましょうか?
ウォルフさんに対して冷たい視線を向けていると、仔猪達が出てきた茂みからさらに物音が聞こえてくる。
「その猪を捕まえてください!」
そんな叫びを上げながら茂みから現れたのは、羽の生えた白い馬に乗った少年。
「え?」
突然のことに戸惑っていると、瓜坊達が駆け去っていく。
少年はそれを追いかけようとするものの、彼が乗っている馬は木々を避けながら歩くのが精一杯のようで追いつくことができない。
この羽の生えた馬は、明らかにこんな森の中を走るのに向いていない。
すると、少年が瓜坊が去っていった方向を見ながら落胆する。
「ああ、また逃げられちゃった…」
そして、俺達の視線に気付くと馬から降りて声を掛けてきた、
「あ、急にすみませんでした。僕はスーホっていいます」
「俺はカイだ。捕まえてくれって言ってたが、さっきの猪を追ってたのか?」
スーホと名乗った少年にカイが尋ねると、少年がそれに答える。
「そうです。僕はRUNポルチーニを手に入れる為にここまで来たんです」
「走る仔豚達…? …いや、俺には猪に見えたんだけど?」
まあ、猪を家畜化したのが豚なので、近しいものではあるのだが。
少年の発言に対して俺が呟くように漏らすと、隣のハルが口を開く。
「ヒイロ様、RUNポルチーニというのは先ほどの猪の頭から生えていた茸のことです。猪の方はRUNポルチーニに寄生されただけの普通の猪ですよ」
「………え? 寄生…?」
確かに、言われてみればさっき走り去っていった瓜坊達の頭の天辺からは茸が生えていた気がする。
困惑気味に呟くと、ハルが説明を続ける。
「はい。RUNポルチーニは主に豚や猪に寄生する茸なのですが、寄生された個体はただひたすらに死ぬまで走り続けるそうです」
「猪突猛進…」
「実はこれはRUNポルチーニの生存戦略でして、そうやって遠くまで運ばせた上で宿主を養分にして胞子を飛ばし、効率的に生息域を拡大させます」
「…ねぇ、以前に似たような植物が出てこなかった?」
確か、バルザックが寄生されたような気がするよ?
……ん? そういえば、裵さんの話だとバルザックってこの辺りで走り続けてたんだよね…。
いや…。まさか、ね…。
ちょっと気になったのでハルに尋ねてみることにする。
「あのさ、ちょっと訊いてもいいかな?」
「何でしょう、ヒイロ様」
「その茸って人に寄生したりはしないよね?」
「今のところ、そういった事例は確認されていませんね」
「あ、そうなんだ」
よかった。だったらバルザックが寄生されているという心配はなさそうだ。
安堵していると、ハルが続ける。
「ただ、豚や猪以外では牛が寄生されたという例は確認されているそうです」
「んん?」
「RUNポルチーニに寄生された牛も、やはりただひたすらに走り続けたそうです」
「あれ? 雲行きが怪しくなってきたよ?」
そんなことを呟いていると、どこからともなく地響きのような音が聞こえてきた。
警戒しながら音のする方へ視線を向けると、木々を薙ぎ倒しながら地響きの正体が姿を現す。
「モ゛オォォオォォ!」
そんな雄叫びと共に現れたのは、角刈りヘアで褐色の肌をした大男とその後ろに続く瓜坊の大群。
「バルザック!?」
叫び声を上げるカイの後ろで、俺もバルザックへと視線を向ける。
しかし、いつものバルザックと何かが違う。はて、何が違うんだろうか…?
俺の頭の中では、理解さんが在りし日のバルザックの顔写真を取り出して推理を始める。そして、漸く違和感の正体に気が付いた。
あ、そうか。頭の角が四本になってるんだ。
納得する俺の隣で、バルザックを見ていたハルが淡々と呟く。
「なるほど、RUNポルチーニは禍牛族にも寄生できるようですね」
「あ…、やっぱりアレ、茸なんだ…」
今、バルザックの頭の角からは根元から枝分かれでもしたかのように茸が生えている。
現実から目を背けていた俺に茸が突き付けられた。
俺の頭の中では、『Hold up!』とか言いながら茸を突き付けてきた現実さんを前に、理解さんが困惑気味に手を上げている。まさにお手上げ状態だ。
それにしても、こいつ、よく寄生されてるな…。
そんな風に遠い目をしながらバルザックを見つめていると、ウォルフさんが感心したように呟く。
「肉厚で美味しそうな茸だね…。これは、バルザックのキノコ栽培の才能を認めざるを得ないようだ」
さらにオーギュストさん×2が続く。
「何じゃと? 彼奴、筋肉ではなく菌肉を鍛えておったとでもいうのか?」
「くっ…。裏切られた気分じゃ」
どうしよう。何言ってんのか全くわかんねぇ…。
混乱気味の俺の前で、バルザックの周りに瓜坊が集まって円陣を組み始めた。そして、バルザックがその円陣の中央に向かって手を差し出すと、周囲の瓜坊達が順番にその手の上に片方の前足を乗せていく。
そして、一斉に叫び声を上げた。
「「ブオォォォォォン!」」
「あいつら、キセイを上げてやがる!」
カイが何か言っているが、この場合は気勢と奇声、どちらで認識するべきなのだろうか?
俺が割とどうでもいいことに気を取られていると、バルザックと瓜坊達がこちらを向いた。そして、一番近くにいた羽の生えた白い馬に照準を定めると一斉に突進を始める。
それに気付いた少年が慌てて馬に向かって声を掛ける。
「逃げるんだ、ホース!」
馬の名前、馬やんけ。
驚いた馬が慌てて逃げようとするが、羽が邪魔で上手く走れない。それでも器用に木々を躱しながら逃げていく馬に、木々を薙ぎ倒しながらバルザックが迫る。
すると、カイがその間へ割り込むようにしてバルザックの前へと立ち塞がった。
「正気に戻るんだ、バルザック!」
そうして剣を構えると、それは見る見るうちに禍々しい姿へと変貌を遂げる。
始末しようとしてるんじゃないかという疑念が頭を過りつつもその様子を眺めていると、バルザックが急に身を低く屈めた。そして、カイが振り下ろした邪剣を角で受け止めると、その体勢のままカイに向かって突進して掬い上げるように弾き飛ばした。
障害を排除したバルザックは雄叫びを上げながら羽の生えた白い馬を追いかける。
すると、その様子を見ていたオーギュストさん(幽霊)が呟く。
「駆け抜けることスーパーカーの如し、突き進むことトラクターの如し、まるで猛牛のようじゃ」
「あれこそRUNポルチーニの得意技、カウンタータックル。略して、カウン…」
「略すな!」
何かを言い掛けた本体の方にツッコミを入れている間にも、馬は器用に木々の間を縫うようにして逃げ回る。それを執拗に追いかけるバルザック。
………。
「ペガサスなんだから、飛べばいいのに…」
思わずそんな正直な感想を漏らすと、それにハルが反応を示す。
「いいえ、ヒイロ様。あれはペガサスではなく羽馬です。別名ペガサスモドキとも呼ばれていますが、ペガサスとは別種の生物です。ペガサスと比べると少しだけ羽のサイズが小さいのが特徴です」
「モドキ…?」
「そして、羽馬は障害物の無い平坦な道を早く走ることは得意ですが、空を飛ぶことはできません」
「いや、何の為の羽だよ」
「あのウイングは空気の流れを整える為に生えているそうです」
「整うかなぁ?」
遠い目をして呟いていると、オーギュストさん(幽霊)が口を開く。
「そんなことよりも、今はバルザックじゃ。早く彼奴を正気に戻してやらねば…」
「しかし、どうすればよいのじゃ…」
幽霊と本体がなにやら考え始めると、それに対してハルが応じる。
「そうですね…。茸を収穫してやれば正気に戻るのではないでしょうか?」
「「なるほど、それはよい考えじゃな」」
「ちょっと待って? 茸が生えてる時点で、その下の苗床は既に菌糸でいっぱいだよ?」
「ヒイロよ。そういった正論は禁止じゃ。既成概念に囚われていては、見えるものも見えなくなるぞ? まあ、見ておれ。彼奴の菌肉よりも儂の筋肉の方が優れていることを証明してみせよう」
俺の発言を否定した幽霊は、訳のわからないことを宣いながらバルザックの進路に待ち構えるようにして移動する。そして、迫ってくるバルザックとのすれ違いざまに華麗に茸をむしり取った。
その瞬間、バルザックが急に全身から力が抜けたようにして崩れ落ち、走っていた勢いのまま顔面からスライディング。そのまま動かなくなる。
後ろから続いていた瓜坊達は、そんなバルザックを踏み越えて走り去っていった。
「どうやら、上手くいったようじゃな」
そんなことを呟きながらオーギュストさん×2が倒れたバルザックを覗き込む。すると、二人の顔が見る見るうちに青褪めていくのがわかった。
少し間をおいてこちらを振り向いた二人は、一度も俺達と視線を合わせようとしないまま口を開く。
「バルザックは無事じゃ…」
「そうじゃな、何の問題もない…」
そんな二人の後ろでバルザックがゆっくりと立ち上がると、カクカクとした動きでこちらを振り向く。
「オレ ハ ダイジョウブ。オレ ハ ダイジョウブ。オレ ハ…」
おい幽霊。あんたが操ってるだろ。
ニチャアという笑みを浮かべるバルザックの口の中に、なにやら菌糸のような物が見え隠れしている気がするのは気のせいだと思うことにしよう。
そんな風にバルザックの生死確認を先送りしていると、少年が必死な様子で声を掛けてきた。
「あの、お願いです。その茸を僕に譲ってくれませんか!?」
「ん? そういえばお主、さっきこの茸を探しておると言っておったな」
「はい。お願いします、僕にそれを譲ってください!」
必死な表情で頼み込んでくる少年にハルが問い掛ける。
「これを手に入れてどうするつもりなのですか?」
「RUNポルチーニは万病に効くと聞いたんです」
その発言と表情から何かを察したハルは少しだけ言いづらそうに口ごもる。
「……どこで聞いたのか知りませんが、ただ食べさせるだけでは効果はありませんよ? それどころか、適切な処理をしなければ毒にしかなりません…」
「…え?」
少年が絶望の表情を浮かべていると、幽霊が口を開く。
「そうじゃな、その致死性の高さから取扱いには規制がかかっておるほどじゃ」
「そんな…」
そう呟くと、少年はその場で力なく崩れ落ちた。
「何か理由がありそうだな…。話してくれないか? 俺達でよかったら助けになるぜ?」
後ろからそんな声を掛けてきたカイは、木の枝に挟まって宙吊り状態になっている。
今一番助けを必要としているのは、他でもないこのポンコツ勇者ではないだろうか?
そんなカイをウォルフさんと一緒に枝から外してやっていると、少年が顔を上げる。そして、目に涙を浮かべながら口を開いた。
「爺さんを…、ダナイ爺さんを助けてください」
ヒイロ 「はて、その二人はいったいどうやって戦うつもりなのだろうか?」
白狐 「人〇ゲームです」
ヒイロ 「伏字の位置の所為でツッコみづらいよ」
※盤上戦とか言ってるし、おそらく狼さんではなく生きる方です。
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ハル 「ヒイロ様はそもそも何か勘違いをしていらっしゃるようですが、ペガサスも羽を使って飛んでいるわけではありませんよ?」
ヒイロ 「え、そうなの?」
ハル 「はい。ペガサスが飛ぶときは魔法を使っています。常識的に考えて、あんな羽であの巨体を持ち上げられるわけがないではありませんか」
ヒイロ (この世界、偶に正論を挟んでくるから嫌い…)
左がペガサス、右がペガサスモドキこと羽馬です。参考までに…。
なんだか翼がブラシのようにも見えますが、翼のつもりです。(ただの作者の画力の問題です)
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おや? 頭の上に何かが…。
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イメージ画像(茸を突き付ける)




