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056 セミフアイナル

挿絵(By みてみん)

どうも、白狐です。


規格外の野菜だって味は問題ないんだ。


 石舞台の上で光り輝いていた黒い盤の光が収まっていくと、そこには黒い靄を伴った大きな石が浮かんでいた。

 その石を見るなり、玉藻将軍が目を見開き、そして見る見るうちに険しい表情へと変わっていく。


「皆の者、わらわから離れよ!」


 そう叫びを上げたのも束の間、玉藻将軍の姿が黒い靄に覆い尽くされた。瞬く間に石舞台の上が黒い靄で埋め尽くされると、それを見ていたレオさんが苦虫を噛み潰したような表情で呟く。


「クッ、こうきたか…。まさか、玉藻に話を通したことが裏目に出るとはな…」


 尋常ではない雰囲気に、俺は困惑しながらもレオさんへと問い掛ける。


「いったい何が起きたんですか?」

「……さっき、一瞬だけ見えた石…。あれは、おそらく殺生石だ…」

「殺生石…?」


 そんなことを呟いた俺の後ろで、いつもの迷彩服の下に『一富士 二鷹 三茄子』とプリントされたインナーを着たウォルフさんが、茄子を持って立っている。おい、何のつもりだ?

 とりあえず、後ろには気が付かなかったふりをしていると、レオさんが深刻な様子で話を続ける。


「大きな声で言うことはできないが、実は玉藻は九尾の狐なんだ」

「一目でわかるようなことを深刻な雰囲気で言うのやめにしません?」


 そんな俺の提案は完全無視で、深刻な表情のままレオさんが語り始める。


「九尾の狐は、瑞獣としての側面と凶獣としての側面を併せ持つ…。名君の治世には安寧と泰平をもたらし、暗君の治世には渾沌と争乱をもたらすことで革命を促した。そうやって、玉藻は建国以来この国を見守ってきたんだ…」


 レオさんが語り続ける中、モブ侍達が石舞台を囲み、狐の群れが一か所に集まって万が一に備える。


「だが、民衆というのは勝手なもので、今そこにある安寧は当然のものと捉え、逆に奪われれば強い恨みを抱く…。人々の九尾の狐に対する認識が、凶獣としての側面が強調されていくのに時間はかからなかった。そんな人々の積もり積もった思念は、次第に玉藻を蝕み始める…。そして、それに耐えきれなくなった玉藻はついに暴走し、この国に厄災を撒き散らした」


 そんな中、石舞台の上に漂っていた黒い靄が凝縮し何かを形作っていく。


「当時の帝は作戦参謀として雇った狐狗狸さんの助言の下、なんとか玉藻の中の荒ぶる御魂を封印することに成功した。その御魂を封印したのがあの殺生石だ。…そして、その封印が解かれた今、玉藻はもうさっきまでの玉藻じゃない」


 そう言って大剣を構えるレオさん。

 そして、石舞台の上の黒い靄が完全に一か所に集中すると、そこに巨大な何かが姿を現す。それは六本の脚で大地に立ち、背中に焦げ茶色の翅を備えた焦げ茶色の物体。

 その物体の頭部についた複眼が俺達を見据える。


「あれこそが、嘗てこの国を恐怖のどん底に叩き落したと伝わる玉藻のもう一つの姿…」

「いや、蝉じゃん!」


 ……。


「いや、蝉じゃん!!」


 ………。


「いや、蝉じゃん!!!」


 何度見返してみても、紛れもなく蝉。サイズはおかしいが、どっからどう見ても蝉だ。

 あまりの展開に語彙力が残念なことになり始めた俺が連呼している中、レオさんは続ける。


「その名も、蝉ファイナル」

「やっぱり蝉じゃん!!!」


 誰か、今のこのモヤッとした気持ちを共有できるまともな感覚の持ち主はいないのか?


「とりあえず、非戦闘員は早く退避するんだ!」


 レオさんが叫ぶと、狐の群れが結界の方へと向かい始める。その時、蝉が急に鳴き始めた。


「ジージージリジリジリジリジリ」


 そして、巨大な蝉が飛び上がると、周囲に何かを撒き散らす。すると、結界の内側の至る所から火の手が上がった。

 逃げ場を失った狐の群れが慌て始めると、喇叭柄迷彩服姿のウォルフさんが上空の巨大な蝉を見上げながら口を開く。


「あの姿、それにあの鳴き声…、あれはアブラゼミの特徴だね」

「なるほど、つまり奴が今撒いたのは油ってことか!」

「アブラゼミは油撒いたりしねぇよ」


 納得したように叫んだカイにツッコミを入れていると、炎に煽られながら狐の群れがこちらに戻ってくる。


「駄目だ。これじゃあ結界の外に出ることができない」


 戻ってきたサザンクロスさんがそう呟くと、レオさんが剣を掲げる。


「仕方がない…。有言実行! 絶対領域!」


 レオさんが叫ぶと、そこに四角錐型の光の壁に囲まれた空間が出来上がった。


「非戦闘員はその中へ退避しろ。その絶対領域はあらゆる攻撃を寄せ付けない。そして、一度閉じてしまえば特殊な条件を満たさない限り解除されることはない」


 狐達がそちらへ向かって走り出すと、レオさんが俺に視線を向ける。


「ヒイロ、君も早く退避するんだ」

「あ、はい」


 レオさんに促され、俺はミーアを抱き上げて狐達と共にそこへ向かう。そして、あと一歩というところまで来たところでレオさんがシレッと言い放つのが聞こえてきた。


「あ、そうだ、ひとつだけ…。その中にいる間はミニスカートとニーソックス姿になるのだけは覚悟してくれ」


 入るのやめてもいいですか?

 レオさんの発言を受けて思わず足を止めると、背後に何者かの気配を感じた。


「さあ、ヒイロ様。ここは危険ですので早く中へ」


 そんなことを言いながら、突然背後に現れたハルがぐいぐいと背中を押してくる。そのまま光の壁に囲まれた空間へと押し込まれた瞬間、俺のズボンがミニスカートとニーソックスへと変化した。

 ハルはそんな俺の絶対領域をじっと見つめると、満足そうに少しだけ笑みを浮かべる。そして、眼鏡を掛けて戦闘モードへ移行し黒い箱を伴って去っていった。

 俺が何か大事な物を失ったような気がしていると、少しだけ開いていた隙間が閉じて完全に光の壁に囲まれる。

 その空間の中には、ミニスカートとニーソックスを身に着けたリアル狐達と白いニャンコ。そして、同じくミニスカートとニーソックスを身に着けて『マオウ コロス』とか呟いている噛ませ牛さんと『似合うじゃろうか?』『儂もまだまだ捨てたもんではないのぅ』などと話している爺さん’sの姿。

 おい、お前等いつの間に入ってきた。

 ミーアと共に牛さんと爺さん’sに冷たい視線を向けていると、蝉の姿に変化が起き始める。

 何やら翅が透き通り始め、茶色っぽい細長い体型へと変貌を遂げた。

 すると、それを見たウォルフさんが声を上げる。


「あの姿は、まさかヒグラシ!?」

カナカナカナカナカナカナカナ


 蝉が大きな声で鳴き始めると、上空に黒い靄が集まり無数の小銭を形成。そして、それらが勢いよく一斉に降り注いだ。

 すると、その様子を眺めながらウォルフさんが一言。


「あんなにも景気よく金をばら撒くなんて…。宵越しの金を持たない、まさにその日暮らし…」


 何言ってんだ、こいつ。

 俺とミーアが冷たい視線を向けていると、ウォルフさんは喇叭柄迷彩の上着の襟を少し持ち上げてその視線を避けるように顔を隠した。

 そんな中、ハルが冷静に動きをみせる。


Eiserne(アイゼルネ) Jungfrau(ユングフラウ). Nr.sechs(ヌマーゼクス)

「Yes Master. Code-06(マルロク) release」


 黒い箱が縦に割れて幾つかの黒い球体が出てくると、光の壁が展開されて小銭の弾丸を受け止める。


「それで、レオ様。玉藻様を正気に戻す方法はあるのでしょうか?」

「ある。…が、まずはあれを無力化しないことにはどうにもならない」

「そうですか…」

「だが、生半可な攻撃ではあれには通用しない。玉藻には悪いが、まずは全力であれを制圧するぞ」

「そうか、だったら遠慮なくいくぜ!」


 二人の会話を受けてカイが剣を構えると、それが見る見るうちに禍々しい姿へと変貌していく。


「くらえ! 炎ヲ喰ラウ者(フレイムイーター)!」


 その叫びと共に邪剣が近くの炎を呑み込んだ。

 そして、カイはそのまま蝉の方へ向かって邪剣を振り抜く。


「アーンド、吐出リバース!!」


 邪剣から放たれた炎が蝉へと向かう。

 すると、蝉の姿がまた変化を始めた。

 それを見たウォルフさんが襟を戻しつつ声を上げる。


「幅広の頭部に黒い体…。あれは、クマゼミ?」

「さっきから、やたらと蝉に詳しいな!」

「自分は蝉プロなんだ」

「どうでもいいわ!」


 俺がウォルフさんと不本意な掛け合いをしていると、蝉が鳴き始める。


シャアシャアシャアシャアシャアシャアシャア!」


 その瞬間、蝉の周囲に透明な幕のようなものが形成され、迫っていた炎を遮断した。

 そこへ、レオさんが追撃の構えをみせる。


「有言実行! 紫電一閃!」


 大剣の周囲に紫電が迸ると、それが光の束となって蝉へと向かう。

 それにハルが続く。


Eiserne(アイゼルネ) Jungfrau(ユングフラウ). Nr.sieben(ヌマーズィーベン)

「Yes Master. Code-07(マルナナ) release」


 周囲の黒い球体が銀の霧となって『鋼鉄の乙女』へと戻ると、縦に割れた黒い箱の先端が蝉へと向けられその間に紫電が迸る。


Lichtstrah(リヒトシュトラール)l」


 刹那、『鋼鉄の乙女』から光線が放たれる。

 二つの光線が一直線に蝉へと向かうと周囲の透明な幕を貫き、さらには蝉の体をも貫いた。

 黒い箱がこもった熱を逃がす様に排気を行うと、二つに割れていた姿が元に戻っていく。上空では、光線に貫かれた蝉が黒い靄となって形を失っていた。

 しかし次の瞬間、その黒い靄が二つの塊を形成するとそれぞれ蝉の姿を形作った。


「「蝉ダブル…」」

「そんな事言ってる場合か!」


 分裂した蝉を見て呟いたウォルフさんにツッコミを入れていると、ふと左手側と右手側にウォルフさんが立っていることに気付いた。


「ウォルフさんが二人!?」


 俺が驚いてそんな叫びを上げると、二人のウォルフさんがお互いの方へ視線を向け怪訝な表情を浮かべる。

 そして、通常柄迷彩の上着の下に『一富士 二鷹 三茄子』のインナーを着た右手側のウォルフさんが腰のバッグから何かを取り出した。


「瓜二つ」


 左手に胡瓜を、右手に苦瓜ゴーヤを持ったウォルフさんがそんなことを呟く。

 とりあえず瓜の種類くらい統一しろ。その二つだったら十分に見分けがつくよ。

 ……。

 というか、そもそも、『瓜二つ』って瓜を二つに割った断面が同じことからきてるんだからな?

 俺が困惑しながら二人のウォルフさんに順に視線を向けていると、喇叭柄迷彩服に身を包んだ左手側のウォルフさんの背後に蝉が迫ってきた。


「突く突く法師、突く突く法師」


 そんな鳴き声を上げつつ、蝉が錫杖を使って突きを放つ。

 その錫杖がウォルフさんの体を貫くかと思った次の瞬間、喇叭柄迷彩のウォルフさんが両手で印を結んで声を上げる。


「忍法、空蝉の術!」


 すると、そこには錫杖に貫かれた喇叭柄迷彩服のみが残されていた。

 驚いた様子の蝉が辺りを確認し始めると、少し離れたところから声が聞こえてくる。


「こっちだ、のろま!」


 声のした方へ視線を向けると、そこには茸片手に立っている喇叭柄迷彩忍び装束の忍者の姿。


「トロンボーン、どうしてここに!?」


 その姿を見た右手側のウォルフさんが驚いていると、トロンボーンは蝉の方を見据えたまま口を開く。


「説明は後だ。草鞋わらじを見て貰えばわかる通り、今の俺はダクス藩の忍としてここに来ている。敵対する意思はない」


 わかるかボケ!

 そもそも、何故ウォルフさんに変装してた? そして、その茸は何だ?

 正直、ツッコミどころが多すぎて絞れない。


「それよりも、今はあの蝉をなんとかするのが先だ」

「…確かに、その通りだね」


 納得した様子で蝉を見据えるウォルフさんをミーアと共に呆然と眺める。すると、蝉がトロンボーンに向かって突っ込んでいった。


「突く突く法師、突く突く法師」


 錫杖を突き出す蝉。トロンボーンは持っていた茸でそれを器用に受け止めると叫びを上げる。


「忍法、付く付く胞子!」


 その瞬間、茸から胞子が噴出、それが蝉を包み込んだ。


「忍法、倒虫火葬とうちゅうかそう!」


 トロンボーンが続けて叫ぶと、蝉に付着した胞子から一気に無数の茸が成長する。そして、その茸が爆裂して蝉が炎に包み込まれた。

 俺は腕の中のミーアと共にポカンと口を開けたまま呆然と目の前の状況を眺めている。

 とりあえず、忍法って何だっけ…。


「なかなかやるね。これほどまでに見事な茸捌きは初めて見たよ」


 茸捌きって何やねん…。

 感心したように呟くウォルフさんを見ながらそんなことを考えていると、炎が消えていく。

 すると、そこには何やら硬質化した蝉の姿。どこか幼虫っぽい姿になっている気もするその物体の背中はぱっくりと割れていた。

 それを見てトロンボーンが呟く。


「まさか…、これが本当の空蝉の術?」


 ただの羽化やん。いや、さっきまでも成虫だったから羽化と呼んでもいいのかは微妙だが…。

 目の前の光景を呆然と眺めながらそんなことを考えていると、上空からトロンボーンに向かって蝉が急降下してきた。


「さて、今度は自分の力を見せる番だね」


 そんなことを言いながらウォルフさんが腰のバッグから何かを取り出す。


「魅惑のB茄子(ビーナス)!」


 彼の手に握られているのは、何やら土偶のビーナスを思い起こさせるような艶めかしい形をした茄子。


「さあ、今こそ、その規格外の力を示す時だよ」

まごうことなきB級品(規格外)!」


 確かに、あの形ではニュースのネタにはなっても商品としては流通しない。

 思わずツッコんだ俺の目の前では、蝉とトロンボーンの間に割り込んだB茄子が両手(?)で鷹の爪を構えて錫杖を受け止めている。


「まだまだ、B茄子の真価はこんなものじゃないよ。(プラス)舞茄子(マイナス)!」


 ウォルフさんはそう叫ぶと、バッグから林檎を取り出して上へと放り投げた。それと同時に、B茄子が踊り子のように華麗な舞を舞い始める。

 放り投げられた林檎が放物線を描きながら落下を始めると、うまい具合に蝉の頭の上へ。その瞬間、B茄子が林檎めがけて両手(?)の鷹の爪を投げつけた。

 林檎に突き刺さる鷹の爪。すると、その真下の蝉の腹に何かで突き刺されたような大きな傷が刻まれた。

 それを見ながら、ウォルフさんがドヤ顔で呟く。


「この林檎ふじのダメージは、絶対に治らないよ」

「不治!?」

「これぞ三種の農産物による魅惑のハーモニー、一富士二鷹三茄子!」

「何言ってんだ、この人!?」


 とりあえず叫ぶしかできない俺の目の前で、蝉の腹の傷から黒い靄が勢いよく噴出する。

 そのまま決着かと思った次の瞬間、その黒い靄が寄り集まって幾つもの塊を形成し始めた。そこに形成されたのは人の頭ほどのサイズの蝉。

 上空に浮かぶ巨大な蝉の腹から大量の蝉が降り注ぐ。正直、言ってる自分でも何が起きているのかわからない。

 そんな中、大量の蝉が一斉に鳴き始める。


「「突く突く法師、突く突く法師!」」

「「蝉時雨…」」


 ツクツクボウシ達の大合唱を前にして、トロンボーンとウォルフさんが同時に呟いた。そんなお互いの発言が耳に届くと、彼等は顔を見合わせて認め合うかのように口元に笑みを浮かべる。

 何をどうでもいいところで心を通じ合わせてるんだ、こいつら。

 ミーアと共に呆れた視線を送っていると、ツクツクボウシ達が錫杖片手に襲来する。そして、地上はモブ侍達を巻き込みつつ乱戦へと突入した。

 一方、一体だけ残った巨大な蝉の方はレオさん、ハル、カイとの激闘を繰り広げていた。

 ころころとその姿を変えては小銭や油をばら撒き、攻撃を受ければ薄い膜が周囲を遮る。

 膠着状態に陥る中、苛立ったようにカイが邪剣を構えた。


「埒が明かないな。これで一気に片を付けてやる! くらえ! 蝉ヲ喰ラウ者(シケーダイーター)!」


 そうして邪剣が大きく口を開いた瞬間、蝉が姿を変え始めた。透明な翅を備えたそれの頭や体に緑色の模様が浮かぶ。

 自称蝉プロに解説を求めたいところだが、あっちでツクツクボウシとの乱戦に巻き込まれている為にそんな余裕はなさそうだ。

 すると、蝉が鳴き始めた。


ミーンミンミンミンミンミンミン


 あ、ミンミンゼミか。

 そんな風に納得していると、邪剣の瞼がトロンと眠たげに閉じ始め、持ち主と共に眠りに落ちた。

 おいこら、ポンコツ勇者。気持ちよさそうに寝てんじゃねぇ。

 それにしてもこの蝉、さっきから何でもありだな…。

 そんな中で、睡魔に襲われつつもなんとか堪えているハルとレオさん。すると、レオさんが大剣を掲げて叫びを上げる。


「有言実行! 逆位相音ノイズキャンセリング!」


 この人も、いよいよもって何でもありだな…。

 レオさんが掲げる大剣が振動を始めると蝉の鳴き声が打ち消される。しかし、俺の周囲では狐達と噛ませ牛さんに爺さん’sが既に眠りについていた。

 おいこら、そこの牛、脚閉じろ。放送事故になるだろ。

 ちなみに、俺達の下着が今どうなっているのかについては黙秘させてもらおう。勇気がある人は、あいつのミニスカートの中を覗いて確認してみてほしい。

 それはともかく、何故俺だけ眠りにつかずに無事なのかについて触れておこう。おそらくだが、蝉が鳴き始めた瞬間に勝手にコートのフードが俺の頭を覆って微妙に振動を始めた為だと思われる。

 いやぁ、本当に便利だなぁ、このコート…。

 俺の腕の中で幸せそうに寝息を立てるミーアに癒されながら現実逃避していると、ハルが動きをみせる。


Eiserne(アイゼルネ) Jungfrau(ユングフラウ). Nr.neun(ヌマーノイン)

「Yes Master. Code-09(マルキュウ) release」


 ハルの指令に応じて『鋼鉄の乙女』が急浮上を始めると、そのまま蝉の真上まで移動した。

 その筐体が縦に四つに割れると、透明な球体を軸にして裾部分を広げ始める。そして、中核を成している透明な球体が眩い光を放つと周囲で放電現象が起こり始めた。


Donnerschl(ドナシュラーク)ag」


 次の瞬間、『鋼鉄の乙女』から無数の雷撃が放たれた。

 数多の直撃を受けながらも蝉が姿を変え『シャアシャアシャア』と鳴き始めると、透明な幕が形成され雷撃を受け止める。

 それと同時に周囲で戦っていたツクツクボウシ達が一斉にハルへと狙いを変えた。

 迫り来るツクツクボウシ。しかし、そのツクツクボウシ達の前に、轟く雷鳴によって目を覚ましたカイが立ち塞がる。


「させるか! これでもくらえ! 蝉ヲ喰ラウ者(シケーダイーター)!」


 カイが邪剣を振るうと、ツクツクボウシ達が邪剣に呑み込まれた。

 そんな中、救援を絶たれた巨大な蝉の防御には雷撃が降り注ぎ続け、幾つかの雷撃はそれを突き抜け蝉を脅かし続ける。

 その機を逃さず、レオさんが追撃の構えをみせた。


「有言実行! 電光雷轟でんこうらいごう!」


 大剣を掲げると空に暗雲が垂れ込める。すると、『鋼鉄の乙女』から放たれる雷撃とは別に、さらなる雷撃が蝉を襲った。

 限界を迎えた蝉の防御が完全に撃ち抜かれ、雷撃が蝉を貫く。

 しかし次の瞬間、蝉の姿が灰褐色の体と翅へと変化を始めた。


「チィッ、あいつ、まだ変化するのか。…今度はいったいどんな能力が!?」


 カイが台詞とは裏腹に期待したような視線を向けながら叫んでいると、ツクツクボウシとの戦闘から解放された自称蝉プロが口を開く。


「あれは、ニイニイゼミ!?」


 全員が何が起きてもいいように身構えていると、蝉が鳴き声を発する。

 

「チィー」


 なにやら悔しさが滲んだような鳴き声が響き渡ると、蝉は力なく地面へと落下していった。


「いや、お前の役目それだけかよ!」


 ついそんなツッコミを入れた俺の視線の先には、仰向けでコロンと転がっている蝉の姿。


「蝉コロン…」

「蝉リタイア…」


 転がる蝉を見ながら同時に呟いたトロンボーンとウォルフさん。すると、彼等は顔を見合わせながらお互いを牽制するかのように睨み合いを始めた。

 くだらないことでいがみあってんじゃねぇよ。

 そんな中、沈黙した蝉に向かってカイが近付いていく。


「やったか…?」


 そんなことを呟きながら邪剣の先端を向けてつつこうとした瞬間、急に蝉の目がカッと光を発し、『ジージー』と大きな声で鳴き始めた。そして、それと同時に周囲を強烈な衝撃波が襲う。


「クッ、これは蝉爆弾か!?」


 衝撃波に耐えながらカイが声を上げると、バタバタと暴れていた蝉が動きを止める。そして、再びの沈黙。


「最期の一足掻きか…。どうやら、もう虫の息みたいだな」

「そうだな、そろそろ終わらせよう」


 レオさんはそう呟くと大剣を構える。


「有言実行! 鏡花水月!」


 すると、蝉の下に水の幕が拡がり、それが鏡のように蝉の姿を映し出す。そして、その水面に波紋が広がるとそこに映る蝉の姿がゆらゆらと歪んでいく。


「お前の偽りの姿を映しった。お前は、もうその姿を維持できない」


 その瞬間、巨大な蝉が急にその姿を維持できなくなり、黒い靄となって四散し始めた。


「今度こそやったか!?」


 カイがそんな叫びを上げると、レオさんが緊張した面持ちを崩さずに黒い靄を睨み付ける。


「いや、油断するな。蝉ファイナルに勝利したら、次に待ち受けているのはボス戦(ファイナル)だ!」


 ………え?

 黒い靄が晴れると、そこには九本の尾を揺らす白面金毛の狐の姿。そして、その狐はこちらを一瞥すると威圧するように鳴き声を発した。


狐怨怨怨怨怨コオォォォォォォン!」


トロンボーン 「どうだ、俺の完璧な変装術!」

ヒイロ 「迷彩服が自己主張しまくりじゃねぇか!」

トロンボーン 「でも、お前だって俺の変装だったことに気付かなかっただろ?」

ヒイロ 「………」(それは、あの人の日頃の行いの所為だ…)

ウォルフ 「?」


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