055 ナニ ガ デルカナ
突然だが、明治時代の東京の地図を見たことがあるだろうか?
ネットで検索すれば割と簡単に出てくるので興味がある人は見てもらいたい。
そんな明治時代の東京だが、その中心には、とある施設が存在している。そう、その名も『宮城』。
初めてこれを見た時、俺は意味を理解するまでに多少の時間を要した。
地図によっては『皇城』だったり『皇居』と記載、もしくは併記されていたりするのだが、俺が見た地図は偶々『宮城』という単独表記だった。
もうわかってもらえたと思うが、この場合の読みは『みやぎ』じゃない、『きゅうじょう』だ。思い込みって怖いよね…。
何故唐突にこんな話を始めたのかって?
それは、今俺の目の前に『←狐御殿 宮城→』と記載された案内板が立っているからだ。
案の定、カイが俺の隣でこれを見ながら『みやぎ…?』とか呟いている。
さて、そんな俺達が今居るのは、当初の目的地でもある皇都サンギネアだ。
ダクス藩の御家騒動(?)が解決した後、俺達は未知衛門さん一行と別れてここまでやってきた。彼等とは目的地が同じはずなので同行することを提案してみたのだが、ヨウコさんの『お客様を迎える準備をしないといけないので…』という一言によって別行動が決まった。
……客ってつまり俺達のことだよね?
ちなみに、ヨウコさんは最後まで身分を明かさなかった為、うちのポンコツ共がどこまで彼女の正体に気付いているのかはよくわからない。
「カイ様。私達の目的地はこちらです」
『宮城』が気になって仕方がない様子のカイに向かって、ハルが声を掛けながら左側を指し示す。
ハルの言う通り、俺達が向かっているのは右側の宮城ではなく左側の狐御殿の方だ。これから玉藻将軍との謁見予定なのである。
右側に明らかにナイター設備とスタンドが整った球場が見えるのが気になるが、今回の目的地は左側の狐御殿の方だ。
そう、バットやグローブを持った鷲頭の九人組が俺の視界を左側から右側へと横切っていくのがとても気になるが、あくまでも今回の目的地は左側の狐御殿の方なのだ。
………。
いや、むっちゃ気になる!
得も言われぬ存在感を放つ右側がどうしても気になってそちらに視線を向けると、そこには鷲頭九人組と同じユニフォームに身を包んだストク陛下と二人の護衛の姿。その足元には同じくユニフォーム姿のイナリさんも見える。可愛いなぁ。
……ミーアも可愛いよ。だから、そんな目で見ないで?
後ろからジトッとした瞳を向けてくるミーアの視線から逃れるように縮こまっていると、ストク陛下がこちらに気付いて近付いてきた。
「お前達、先日はご苦労だったな。ダクス藩の騒動が無事解決できたのも、お前達の協力のおかげだ。重ねて感謝する」
「そんな、陛下、頭を上げてください。自分達は同盟国の代表として当たり前のことをしただけです」
割と内政干渉な気もするけどな?
頭を下げたストク陛下に慌てて応じるウォルフさんを見ながらそんなことを考える。
さて、それでは今日の『ウォルフの間違い探しコーナー』といってみようか。今日の彼は何故だか目の前の九人組と同じような鷲頭の被り物を被っている。いや、嘴に鷹の爪を咥えているところを見ると、もしかしたら鷹の被り物なのかもしれない。被り物の上からいつもの眼鏡と帽子を被っているという念の入れようである。
ちなみに、鷲と鷹の違いは建前的には大きさだ。大型のものが鷲でそれより小型のものが鷹である。だが例外が多すぎて正直何とも言えない…。
俺がウォルフさんに冷めた視線を向けていると、ストク陛下が少し寂しそうな表情で俺達を見据える。
「そんな畏まらなくていい。余とお前達の仲じゃないか、今までみたいに親しみを込めて八つぁんと呼んでくれていいんだぞ」
「一度も呼んだ覚えが無いんですが?」
そもそも、俺はこの人とまともに会話をした記憶すらない。
すると、ストク陛下の発言を聞いたカイがパァッと明るい笑顔を浮かべた。
「そうか、だったら今まで通り八つぁんと呼ばせてもらうぜ。八つぁん」
「ああ、そうしてくれ、カっつぁん」
まるで、成功を収めて遠い世界の住人になってしまったと思っていた友人が、自分の前では昔と変わらない姿を見せてくれることを喜んでいるような、そんな歓喜と懐かしさが入り混じったような表情でストク陛下と握手をするポンコツ勇者。
うん。お前のその『よくわからないノリに直ぐ順応できる能力』はある意味すごいと思うよ。
「それで、八つぁんはここで何をしてたんだ?」
「ああ。実は今日、この宮城球場のオープニングイベントとして、余がオーナーを務めるインペリアルグリフォンズの試合が行われるんだ。余はその応援に駆け付けたってわけだ」
帝がオーナーの野球チーム…?
というか、この鷲頭、グリフォンなんだ…?
確かに、改めてよく見てみればユニフォームの背中には小さな翼の飾りがついており、ズボンからはライオンの尻尾のような飾りが伸びている。
「そうなのか。勝てると良いな、八つぁん」
「そうだな…。だが、実は余のチームは設立以来、一勝もしたことが無いんだ…」
「あんな被り物を被ってるからじゃないですかね?」
明らかに視界悪そうだよ、あの鷲の被り物…。というか、そもそもこのユニフォーム、ルール的にアウトじゃね?
すると、話を聞いていたバルザックが俺に憐憫の表情を向けながら呟いた。
「なるほど、ヒイロと同じで弱小ってことか…」
おい、そこの噛ませ牛、少し黙ってろ。その舌引っこ抜いてスライスしてやろうか?
俺がバルザックを睨み付けていると、護衛のミチザネさんが口を開く。
「このまま負け続きでは困るんだ。グリフォンズには皇室の未来がかかっているからな」
それにマサカドさんが続く。
「そう、グリフォンズの設立と宮城球場の建設で、皇室財政は逼迫している。この窮状を抜けだす為にも、グリフォンズには稼いでもらわないと…」
何やってんだ、この人…。
俺が呆れた視線を向ける中、ストク陛下は悪びれる様子もなく口を開く。
「いや~。まあ、なんとかなるさ」
「楽天家!」
そうして暫く談笑(主にカイとストク陛下が)していたが、お互い用事もあるので彼等とは別れて俺達は狐御殿へと向かった。
狐御殿に到着した俺達が通されたのは畳敷きの広い空間。上を見上げれば折上格天井、横に視線を向ければ九尾の狐の障壁画。とても格式高い空間だ。
正面の一段高くなったところでは、この御殿の主であるきつね色の長い髪の女性が金色に輝く九本の尾を揺らしている。
「此度のダクス藩での一件、解決にあたって其方等の協力があったことはヨウコから報告を受けておる」
いや、本人じゃん…。
思わずそんなツッコミを入れそうになったが、玉藻将軍がいなり寿司片手にちらりとこちらに視線を向けた為、思いとどまる。
そのいなり寿司は勘弁してほしい。
「妾からも改めて礼を言わせてもらおう。其方等の協力に感謝する」
「良いってことよ。なんてったって、俺は勇者だからな!」
「健正も其方等に感謝しておったぞ。そこで、其方等の協力への感謝の印として、これを受け取ってもらいたいとのことじゃ」
そう言って玉藻将軍が手を叩くと、縁側の障子を開いて一人の男が現れた。
「カゲツナ、例の物を」
「はっ、こちらに」
カゲツナと呼ばれた男は玉藻将軍に応じると、隣に置かれていた白い布が掛けられた物を抱える。そんな彼の背後に紺色のドラゴン(ハル曰く、あれは紺青色なのでハイドラモドキでしょう、とのことだ)が庭から覗き込むようにして佇んでいるのがとても気になる。
「ご苦労であったな、カゲツナ」
「ありがたきお言葉。しかし、これほど迅速に運搬できたのは我が相棒のマサムネの手柄に御座います。是非マサムネにも慰労の言葉を頂戴致したく」
「そうか、マサムネもご苦労であった」
「GYA、GYA」
玉藻将軍が声を掛けると、隻眼で額に三日月形の傷があるドラゴンが嬉しそうに鳴き声を上げた。
……独眼竜?
俺がドラゴンに気を取られていると、カゲツナさんが抱えていた物から白い布を取り払う。
すると、露になったのは白い狐の石像。リアルな狐ではなくデフォルメされた狐で、赤い前掛けを身に着けている。
どっかで見たことある狐だな…。
俺が遠い目でその石像を見つめていると、玉藻将軍が口を開く。
「この白い狐の石像は、バービ大陸の奥地で採掘されたアダマンタイトで作った特注品だそうじゃ」
おい狸共、何故それで狐の像を作ろうと思った?
「ちなみに、赤い前掛けは妾からのおまけじゃ」
余計な真似を。
そして、いつの間にか俺の腕の中には赤い前掛けを身に着けた白い狐の像が抱かれている。
…どうしてカゲツナさんは、あえて入口から一番離れていた俺を渡す相手に選んだんだろうね?
俺は赤い前掛けの白い狐より、赤いスカーフの白いニャンコを抱えていたい。
俺の膝の上を石像に譲って隣で毛繕いをしているミーアを見ながらそんなことを考える。
「これは、健正がどうしても其方等に感謝の気持ちを示したいと、ダクス藩四天王の反対を押し切ってまで寄越したダクス藩秘蔵の品だそうじゃ」
いっそ秘蔵のままにしておいてほしかった…。
「さて、そろそろ本題に入るとしようかのぅ」
そんな風に玉藻将軍が話題を変えると、待ってましたと言わんばかりにカイが笑顔を浮かべる。
「ああ、そうだな。そろそろ今回俺達がこの国に来た目的、魔王討伐計画の話をしないとだな」
「……はて、魔王討伐とな?」
「彼には少し虚言壁があるんです。気にしないでください」
魔王に喧嘩を売る気はないって何回言えばわかるんだ、このポンコツ勇者。
首を傾げる玉藻将軍に対して俺が慌てて言い繕っていると、ハルがそれに続くようにして話の軌道修正を試みる。
「それよりも、アカシックゲートの儀式の日程はもう決まっているのでしょうか?」
「…ああ、そうじゃな。元々監視団が到着次第執り行えるように準備は整えておったのでな、明日にでも執り行う予定じゃ」
「明日だって!? それはさすがに急ぎ過ぎじゃないのか? …いや、もうそんな悠長なことを言っている暇はないってことか…。わかった…、俺も勇者として覚悟を決めよう…。あんた達の総攻撃に合わせて、俺達は少数精鋭で魔王城へ乗り込めばいいんだな? そういうことなら俺に任せ…んあ?」
急に立ち上がって熱く語り始めたカイの首筋に、何処からともなく飛んできた注射器が突き刺さる。すると、カイが白目を剥いてその場に倒れた。
そんなカイを横目に、ハルが微笑を浮かべながら玉藻将軍へと声を掛ける。
「お騒がせ致しました。どうやら彼は少し体調が悪かったようです。熱に浮かされて妄言を吐いておりましたが、鎮静剤を打ちましたのでもう大丈夫です」
「…そうか? あまり大丈夫そうには見えぬのじゃが…?」
そう呟く玉藻将軍の視線の先には白目を剥いてビクンビクンと震えているカイの姿。その隣では流れ弾が当たったらしいバルザックが、同じく白目を剥いてビクンビクンと震えている。
「オーギュスト様、後の始末をお願いしても…?」
「そうじゃの。此奴等は、儂が責任をもって洗脳しよう」
ハルの発言にオーギュストさん(幽霊)が応じると、カイとバルザックがゆらりと立ち上がり、オーギュストさん×2と共に部屋を後にした。
……。
その後、鷹の被り物を被ったウォルフさんとハルが玉藻将軍と明日の予定について詳細を詰めていたのだが、部屋を出ていった彼等のことが気になって話の半分も覚えていない。
結局、その日の内に再び彼等の姿を見ることはなかった…。
***
翌朝。
サンギネアから少し外れた森の中、一部開けた土地を取り囲むように五本の金属製の円柱状の塔が建っている。その中央に石造りの舞台があり、その上には見覚えのある黒い盤。
今日これから、この場所でアカシックゲートの儀式が行われる。
「ここが、七年前に大賢者からあの端末が配布された時に造ったアカシックゲートの儀式を行う為の儀式場じゃ。周囲十キロ圏内には集落も無く、あれらの塔で、ここら一帯に結界を展開することも可能となっておる」
「……え? ガチャ引くだけですよね? どうしてわざわざそんな…?」
俺がふと思ったことを口にすると、玉藻将軍がそれに答える。
「何を言うておる? あの端末が配布される以前の話ではあるものの、過去には強大な力を持つ魔獣が召喚されて暴れたという記録も残っておるくらいじゃ。このくらいの危機管理はどこの国でもやっておる」
「………ソウデスネ」
……俺は、王都にある王宮の謁見の間でこの儀式を行った国を知っている。
「…えっと、だったら国のトップがこんなところに居ていいんですか?」
「そうじゃな、普段なら妾も同席したりはせぬのじゃが、今回は少し気になることがあるのでな。まあ、いざという時はサンギネアに残っておる副将軍をはじめとした優秀な臣下達が政を滞りなく進めてくれるじゃろうて」
「………ソウデスネ」
……俺は、国王と首相まで同席してこの儀式を行った国を知っている。
さらにいうならば、レニウム王国は王宮敷地内に国会や各種行政機関が集積している。
俺が召喚された日も、王宮敷地内には全国会議員と全閣僚が揃い踏みしていたらしい。
……早急に、あの国の危機管理体制を見直すべきではないだろうか?
その時、ふとダクス藩の騒動を思い出した。
「でも、玉藻将軍達もついこの間、将軍、副将軍に帝まで揃い踏みでダクス藩に乗り込んでましたよね…?」
俺が何気なく呟くと、玉藻将軍が目を泳がせた。
「な、何の話ですか? 私はヨウコではありませんよ?」
口調がヨウコさんになってますよ?
俺が冷たい視線を向ける中、玉藻将軍は咳ばらいを一つすると気を取り直して口を開く。
「まあ、それほど心配せずとも強大な力を持った魔獣など滅多に召喚されたりはせぬ」
「話を逸らした…」
「それに、この結界と妾の力をもってすれば、どんな相手が召喚されようともそうそう遅れを取ったりはせぬよ」
……でも、わざわざ将軍自らが出張ってくるに足るほどの何かがあったんだよね?
そんな風に一抹の不安を抱いていると、何やら納得した様子で後ろのカイが呟く。
「なるほど…。つまり、アカシックゲートとやらを開いて魔王を強制召喚し、結界で封じ込めたうえで完全武装を整えたメンバーでフルボッコにしようってことか…」
「違うよ?」
だから、魔王には喧嘩売らないってば。
それより、昨日どこかに行ったまま帰ってこなかったけど、オーギュストさん(幽霊)の洗脳どうなったの? いつも通りに見えるけど…。
すると、カイの隣を漂っていた幽霊が口を開く。
「今こそ、魔王への積年の恨みを晴らす時じゃ!」
「魔王、死すべし!」
「マオウ コロス。マオウ コロス。マオウ コロス……」
あれ? オーギュストさん×2とバルザックが洗脳されてない?
唖然としていると、そんな俺達のところへ狐の群れが近付いてきた。そして、その先頭の白い狐が声を掛けてくる。
「玉藻様、準備完了しました」
「おお、ご苦労じゃな」
玉藻将軍がその白い狐にねぎらいの言葉を掛けると、俺達の方へと向き直す。
「この者は、此度の儀式を仕切らせておるホッキョクギツネのサザンクロスじゃ」
北なのか南なのかはっきりしてほしい。
その後ろに続くのはアカギツネの群れ。その中にはギンギツネにプラチナギツネ、十字狐等、毛色の違う狐達も混じっている。
ちなみに、毛の色が違うと別種の狐のように見えるが、種としては全てアカギツネである(もちろんホッキョクギツネは違うよ)。
猫に様々な毛柄があったり、柴犬に茶、黒、白の柄があったりするようなものだ。
それにしても、なんだろう、この幸せなキツネ村。
そんな風に季節外れの冬毛に包まれたモフモフモコモコな狐達を愛でて癒されていると、後ろから何やら不穏な空気が漂ってくる。
……ミーアのことも忘れてないよ?
そんなミーアの視線から逃れるようにして、俺は玉藻将軍に声を掛ける。
「そろそろ儀式開始ですか?」
「いや、もう一人同席する予定なのでな。その者を待ってから始めるとしよう」
するとその時、後方から何者かが声を掛けてきた。
「すまない。少し遅れた」
そこに現れたのは大剣を背負った金髪の若い男。
「レオさん!?」
「また会ったな」
レオさんはそう応えると、警戒するように辺りを見回し始めた俺に不思議そうな視線を向けた。
「どうしたんだ、ヒイロ?」
「……レオさん一人ですか?」
「ああ、そうだが…」
「そうですか、それならよかった。もしかしたら熊六さんも来てるんじゃないかと、つい警戒してしまいました」
熊六さんは来ていないという返事に安堵していると、レオさんが続ける。
「ああ、熊さんか…。声を掛けようとしたんだが、熊さんは最近忙しそうでな…。何でも、魔法少女としてデビューさせたい逸材を見つけたとかで、関係各所との調整に走り回ってるんだ」
「誰でも良いから、あの熊止めて!」
そんな俺の悲痛な叫びは黙殺され、玉藻将軍がレオさんに声を掛ける。
「久しいのぅ、レオ。元気そうで何よりじゃ」
「ああ、久しぶりだな、玉藻」
「それにしても、其方が急に連絡を寄越した時は驚いたぞ」
「こちらも余裕がなかったんでな。急な連絡になったのは謝る」
すると、玉藻将軍は急に見透かすような瞳をレオさんへと向けた。
「して、引退してからほとんど連絡も寄越さんかった其方が、今回急に参加を希望してきた理由じゃが、直近二回の儀式の件と何か関係しておるのか?」
玉藻将軍のその発言に、レオさんは驚いたように目を丸くする。しかし、直ぐに感心したような表情を浮かべた。
「さすがだな、玉藻。気付いていたのか」
「妾の情報網を甘く見るでないぞ?」
威厳のある態度で言い放った玉藻将軍だったが、直ぐに表情を緩めると軽く肩をすくめてみせる。
「…と、言いたいところじゃが、正直お手上げじゃ。まあ、先々月の大公国での儀式に何らかの絡繰りがあろうことは掴んでおるが、それ以上のことはわからぬ。後は直近二回イレギュラーが続いたところへ、レオ、其方からの今回の参加希望じゃ。そこから予測を立ててみたにすぎぬよ」
「そうか…。だが、そこに気付いただけでも大したものだ」
「世辞はいらぬ」
するとそこへ、難しい顔をしたハルが口を挟んだ。
「少し宜しいでしょうか? 直近二回のイレギュラーというのはいったいどういうことでしょう? 確かに前回王国において稀人が召喚されたことはイレギュラーと言えますが、前々回の大公国の儀式では、そもそも何が出てきたのか不明のままのはずですが…」
「そうじゃな。では、何故不明のままとなっておるのかは知っておるか?」
「それは、儀式の場がハイドラゴンに襲撃されたから…」
玉藻将軍のその問いに答えながらハルが何かに気付く。
「まさか…」
「そうじゃ。大公国の防空網に一切引っ掛かることなく突如として街を襲ったハイドラゴン。そのハイドラゴンはいったい何処から現れたのじゃろうな?」
「つまり、そのハイドラゴンこそが、あの時の儀式で召喚されたということですか?」
「妾はそう考えておる。もっとも、何の確証もありはせぬがな」
「いや、玉藻。俺も同じ考えだ」
玉藻将軍にレオさんが同意を示した。
そこへ、ウォルフさんが疑問を呈す。
「ですが、仮にそうだとして、二回連続でイレギュラーが発生していたのだとしても、確率的にはそういうことも有り得るのでは…?」
さて、まじめな話をしているところで申し訳ないが、ウォルフさんが出てきてしまったので今日の間違い探しの始まりだ。
今日のウォルフさんだが、彼が着ている迷彩服の柄が何故か喇叭柄迷彩になっている。
おい、そのネタはもう終わったんだよ。
俺がウォルフさんに冷たい視線を送っていると、玉藻将軍がウォルフさんの疑問に応じる。
「そうじゃな、その通りじゃ。なので、妾もそれほど気にしてはおらなんだ…」
そこまで言うと、玉藻将軍はレオさんに視線を向けた。
「レオ、其方から連絡を貰うまでは、な。其方は何か明確な根拠を持っておるように思うが、いったい何を掴んでおる?」
「そうだな、それを今から説明しよう」
すると、レオさんが急に俺に視線を向ける。
「ヒイロ、君はこの前俺が話した管理システムについて覚えているか?」
「え? あ、はい。確か過去に栄えた文明だったか何かが世界を管理する為に構築したとかいうのでしたよね? 稀人の端末と繋がっているとか…、あと、アカシックゲートの機能を提供しているのもこのシステムだとか…?」
「その通りだ。俺の知人に、その管理システムを監視していた者がいる。君達と別れた後、その知人が俺に接触してきたんだが…。曰く、先々月辺りから管理システムの監視ができなくなったらしい」
「それって…?」
「そう、丁度大公国が儀式を行った辺りからだ。そして、大公国、王国での儀式の結果は君達も知っての通り…」
レオさんの発言を受けて、口元に手を当てながら何か考えていた玉藻将軍が口を開く。
「なるほどのぅ…。その管理システムとやらの監視ができなくなったところへ、都合よくハイドラゴンに稀人とな…。…しかし、その知人とやらはいったい何者じゃ?」
玉藻将軍が様子を窺うようにレオさんに視線を向けると、レオさんはそれを真面目な表情で見つめ返す。
「今はまだ、名を明かすことはできない」
「………そうか。まあよい、今は其方の言葉を信じよう。して、其方は今回何が起きると考えておる?」
「そうだな……。俺は、皇国を滅ぼしかねないほどの災禍の種が撒き散らされるんじゃないかと考えている」
「ほう、その根拠は何じゃ?」
「これは知人の受け売りなんだが、今回の一連の流れには各国のパワーバランスを崩そうとしている節があるらしい。今の各国のパワーバランスを崩そうというのならば、手っ取り早い方法として考えられるのは、強大な力を与えるか、もしくは逆に力を削ぐか…。だが、正直言ってこの国に力を与えたところで大きな火種になるとは思えない…」
「当然じゃ。妾は力に溺れるような愚者ではない」
「そうなると、やはり力を削ぐ方向…」
「それは例えば、大公国の時のようにハイドラゴンが召喚されて襲撃されるということでしょうか…?」
ハルが呟くように漏らすと、玉藻将軍が少し不満気な表情を浮かべる。
「彼の国と違って、妾はハイドラゴン如きに後れを取りはせぬぞ」
「あれが本当にハイドラゴンだったなら問題は無いんだがな…」
「どういうことじゃ?」
「俺は直接見たわけじゃないが、大公国に出現したドラゴンはハイドラゴンより大型で紺よりも少し濃い体色をしていたらしい」
レオさんのその発言を聞いて、ハルが何かに思い当たる。
「まさか、八カ国同盟首脳会議の会場を襲ったドラゴンと同一個体…?」
「そういえば、そんなドラゴンも居ったのぅ」
「確かに、あの時現れたドラゴンはいろいろと不自然でした。あれだけの集中攻撃を受けて全くの無傷というのは普通のハイドラゴンでは考えられません…」
「ふむ…、ハイドラゴンなどより余程強力な個体が召喚される可能性もあるということか…。油断は禁物ということじゃな…」
そこへ、カイが口を挟む。
「俺に任せておけば大丈夫だ。俺はそいつを二回も退けているからな! あの時のドラゴン級のバケモンが出てきても、俺がまた退治してやるぜ!」
自信満々で言い切ったカイへレオさんが視線を向ける。
「そういえば、大公国の儀式場を襲ったドラゴンは君が退けたんだったな。だが、それも前提次第で見方が変わってくる…」
「前提…ですか?」
ハルが尋ねるとレオさんが続ける。
「そもそも、本当に各国のパワーバランスを崩そうというのなら、大公国の力を削ぐことに意味はない。むしろ、現大公の野心を鑑みれば力を与えた方が余程バランスを崩すことができる…。そう、それこそあのドラゴンを意のままに操れる力とかな…」
「……考えねばならぬことが増えていくのぅ」
「まあ、それこそただの俺の憶測に過ぎないんだがな…」
周囲に重苦しい空気が漂い始める中、玉藻将軍は溜息を吐くと、その空気を振り払うように口を開く。
「……ここで議論しておっても結論は出ぬな、今は儀式に集中するとしよう」
すると、玉藻将軍は重苦しい会話の後ろでじゃれて遊んでいた狐の群れの方へ声を掛ける。
「サザンクロス。儀式を始めるぞ」
「え…? あっ、はい! わかりました」
声を掛けられて慌てた様子で駆け寄ってくるホッキョクギツネ。
なんとも緊張感のない狐達だ。だが、可愛いから許す!
……ミーアから無言の圧力を感じる気がする。
ホッキョクギツネがアカギツネ達に合図を送ると狐達が四方八方へと散らばっていく。そして、暫くすると周囲に結界が形成された。
それを見届けると、玉藻将軍が石舞台の上へと上がる。
雰囲気のある儀式場の石舞台の上。そこで和装の美女が九本の尻尾を揺らしながら………、地面に置かれた巨大なタッチパネルを操作している。
いや、何このシュールな光景。
そんなことを考えている間にも、玉藻将軍が操作を終えて立ち上がる。
そして数歩下がると、黒い盤の上面が光を放ち始めた。
アカシックゲートから何が出てくるのか、今緊張の瞬間が訪れる。
ヒイロ 「気のせいかな…。狐の群れの中に、昨日貰った石像と同じ姿をした赤い前掛けの白い狐が紛れ込んでる気がするんだけど…?」
ハル 「ヒイロ様、目を合わせてはいけません」
白狐 「…こーん」(´・ω・`)
ちなみに、石像の方は輸送車内のオブジェとなりました。




