054 ナニモノ ダ
インカルナタの街のとある屋敷の一室。
そこで裃姿の男と質の良い茶色の和服姿の男が向き合って座っている。
「おだいかん様、山吹色の菓子に御座います」
茶色の和服姿の男が小判型の白い紙包みを差し出すと、裃姿の男がニヤニヤと笑いながら白い紙包みに手を伸ばす。
「越後や、お主も悪よのぅ」
「いえいえ、おだいかん様ほどでは」
その瞬間、その座敷の襖が勢い良く開かれた。
「そこまでです!」
「な、何者だ!?」
藍色の忍び装束に身を包んだヨウコさんが座敷へと踏み込んでいく。
「私の名前はヨウコ。あなた達の悪事、この目でしかと見届けました。観念なさい!」
平太郎から得た重要な証言(?)によって、今回の件の黒幕がダクス藩筆頭家老のヤマモトだという事実を掴んだ俺達は、虎兄弟や狐狗狸さんと別れ、ヤマモトを捕らえる為にダクス藩の藩都インカルナタへと潜入した。
そして、ヨウコさんの先導によってこの屋敷に忍び込み、とうとう過労で寝込んでいるはずのヤマモトが袖の下を受け取っている決定的瞬間を押さえることに成功したのだ。
突如として乱入してきたヨウコさんに二人の男達は驚きながら身構える。
「お主、奴の回し者か!? くっ。だが、奴がどれだけドクターストップをかけようと、これだけは…。この大好物の最中だけはやめられんのだ!」
裃姿の男がそんな叫びを上げながら小判型の包みを掴み上げると、紙包みを剥がしてその中身を口へと運ぶ。
続いて茶色の和服姿の男が悲壮な表情で口を開く。
「私が、私が悪いのです。糖尿病のお体に障るので、本来ならば私がお止めしなければならなかったのです。ですが、『これで最後にするから』と泣きながら懇願され、断りきれずに台所からこのインカルナタ銘菓『山吹色の菓子』をくすねてきてしまったのです」
「いやいやいやいや、ちょっと待て!」
襖の陰から様子を見ていた俺だったが、辛抱堪らず飛び出す。
「いや、何これ? ねぇ、何これ!?」
すると、裃姿の男が小判型の最中に噛り付きながら不機嫌そうに口を開く。
「ええい、儂が最中を食べている最中は静かにせんか!」
「まず、食うのやめろ!」
いろんな意味でな。
そんな叫びを上げる俺に向かって、先に座敷に踏み込んでいたヨウコさんが振り返り不思議そうな表情を浮かべた。
「ヒイロさん、どうしたんですか?」
「いや、それはこっちが訊きたいですよ。これ何!? 何の現場!?」
すると、ヨウコさんが少し考えてから口を開く。
「………糖尿病を患って甘いものにドクターストップがかかった主人と、その主人の頼みを断り切れなかった従者による泥沼の愛憎劇といったところでしょうか?」
「愛憎劇どっから出てきた!? …って、そんなことを訊いてるわけじゃないんですよ! 俺達はヤマモトを捕まえる為に、ヤマモトの屋敷まで来たんですよね? だったら早くヤマモトを捕まえましょうよ」
「何を言っているんですか、ヒイロさん。ここにヤマモトは居ませんよ?」
「じゃあこの人誰だよ!」
俺が当然の疑問を投げ掛けると、ヨウコさんは二人の男達に視線を向けて首を捻った。
「……さあ、誰でしょう?」
「知らんのかい!」
「あなた達、何者ですか?」
ヨウコさんからの急な問い掛けに、最中を食べ終えた裃姿の男が答える。
「…儂は八百八狸部隊で医官を務める小田だ」
すると突然、その男の輪郭がぼやけ、黒い靄となって霧散していく。そして、中から裃姿のリアル狸が現れた。
「お前、狸かよ!」
でも、なんだかちょっと可愛い。
あ…、ミーアが俺の足に猫パンチを繰り出してくる…。
「私は小田医官様の身の回りの世話をしている、越後と申します」
「妙な呼び方してんじゃねぇ!」
そして、あんたは人間なのか?
いいかげん叫び疲れてきた俺が息を整えていると、ヨウコさんがとても安心したような良い顔を浮かべた。
「そうですか…。良かった…、袖の下を受け取る悪代官に苦しめられる民なんて、どこにもいなかったんですね…」
「誤魔化さないでください!」
その時、急に縁側の障子が開かれた。視線を向けると、そこに立っていたのは神杖を持ったデフォルメ狸。
突如として現れた藩主の皮を被った何者かに対して俺達が身構えると、そのデフォルメ狸が驚愕の表情を浮かべる。
「こ…、これは!」
そんな叫びを上げながらデフォルメ狸が座敷へと踏み込んでくる。
「これは某の大好物、インカルナタ銘菓『山吹色の菓子』ではないか!」
そして白い紙包みを掴み上げると、紙包みを剥がして口へと運ぶ。そこへ、小田が慌てて止めに入った。
「あっ、なりません。健正様は糖尿病を患っておいでです。甘いものはお控えください」
「どの口が言うか!」
俺が堪らずにツッコミを入れると、デフォルメ狸が何かに気付いて目を丸くする。
「其方等、何故ここに!?」
「今、気付いたんかい!」
しかし、そんなデフォルメ狸は俺達ではなく小田と越後に視線を向けていた。
「小田に越後、何故其方等が某の屋敷に居るのだ?」
「そっちかよ!」
「儂等は過労でお倒れになったヤマモト様の診察に参った次第に御座います」
「私はそのお手伝いです」
「しかし健正様、某の屋敷などとお戯れを…。ここはヤマモト様の屋敷ですぞ?」
「いや、だったらお前等こそ他人の屋敷で何やってたんだよ!?」
さっきからひたすらツッコみ続けている俺のことは完全無視で謎のコントは続く…。
「っ!? そ、そうであったな。じ、実はヤマモトの見舞いに来たのだ」
「左様で御座いますか。おっと、こんなことをしている場合では…。そろそろヤマモト様の診察をしなければ…」
そう言って座敷を出ようとした小田を、焦りの表情を浮かべながらデフォルメ狸が引きとめる。
「待つのだ、小田よ。ヤマモトは某が呼んでこよう。其方はここで待っておれ」
「いえ、ヤマモト様は病床の身、ご無理をさせるわけには…。それに、健正様にそのような雑事をさせるわけにも参りません」
「いや、しかし…」
「さあ参るぞ、越後」
「はい」
そう言って小田と越後が歩き出すと、その前にデフォルメ狸が立ち塞がる。
「ならん。……そ、そうだ。ヤマモトは狸の着ぐるみパジャマを愛用しておる。筆頭家老という立場上、そのような姿を晒すわけにはいかんのだ」
「いや、今まさに晒してる!」
もっとましな言い訳は無かったのだろうか。
「それでしたらご心配なさらず。治療の過程で知り得たことは決して口外致しません」
頑として譲らない小田にデフォルメ狸が苛立ちを見せる。
「ええい、良いから其方はここで待っておれ!」
そう叫んでデフォルメ狸がいそいそと出ていくと、暫くして裃姿の男が座敷に入ってきた。その手には先ほど食べ損ねた山吹色の菓子が握られている。未練がましいな…。
すると、その姿を見た小田が急に怒りだした。
「ヤマモト様、何をしているのですか。ヤマモト様は糖尿病を患っておいでです。甘いものは控えるようにとあれほど申したではありませんか!」
「だから、お前が言うな!」
誰も相手にしてくれないのがわかっていても、ついツッコんでしまう自分が恨めしい…。
そんなことを考えていると、小田がヤマモトから菓子を取り上げて診察を始めた。
「ふむ…。まあ、お体の方はだいぶ良くなったようです。しかし油断は禁物…。もう暫くは安静にして頂きます」
診察を終えてそう告げると、小田はふと何かに気付いたように周りを見回す。
「おや、ところで健正様はどちらへ? 良い機会なので、健正様の診察もと思っていたのですが…」
「何だと!? あ、いや…。健正様なら急用を思い出したと仰ってお帰りになられたぞ?」
「それはありますまい。健正様が履いてきた履物は私が懐で温めておりますので…」
「気が利くな越後。それでこそ儂が見込んだ男よ」
何やってんだこいつら…。
懐から草履を取り出した越後を小田が褒めていると、ヤマモトが顔を歪める。
「くっ…。待っておれ、今、某が健正様を呼んで参る」
そう言って急いで部屋を後にするヤマモト。暫くすると、息を切らしたデフォルメ狸が入ってきた。
「待たせたな、小田。某の診察をしたいと聞いたぞ…」
「健正様、ヤマモト様は御一緒でないので? 実はヤマモト様に伝え忘れたことがございまして…」
「何だと!? ちょっと待っておれ!」
そうして慌てた様子でデフォルメ狸が去っていくと、今度は裃姿で手に神杖を持ったヤマモトが現れた。
おい、だんだん混じってきてるぞ?
「ま、待たせたな、小田…。某に伝えたいことがあるそうだな?」
「はい。糖尿病を甘く見てはいけないということを、儂という実例を交えながらお伝えしようかと。そうだ、良い機会です。昨日から突如として糖尿病を患われた健正様にも一緒に聞いて頂きましょう。…おや、健正様はどちらに?」
「ええい、ちょっと待っておれ!!」
半ばやけくそ気味に叫んでヤマモトがその場を後にすると、今度は狸の着ぐるみを抱えて戻ってきた。
「待たせたな、小田…。健正様はここだ」
そう告げると、ヤマモトは自らの口元を隠して着ぐるみの口元を操り始める。
「ヤァ、僕、健正」
何故、今更裏声…?
叫び疲れた俺は、ミーアを抱えてモフりながら冷たい視線を送っている。
そんなヤマモトと狸の着ぐるみを見て小田が慌て始める。
「健正様、どうなされたのですか!? 急にそんなぐったりとされて?」
「気にするな。健正様はさっきまで見ていた狸動画の可愛さに骨抜きにされただけだ」
「ソウダヨ。骨抜キニサレチャッタヨ」
俺もミーアに骨抜きにされたい。
可愛らしく甘えてくるミーアをモフりながら現実逃避していると、小田が真面目な表情でヤマモトに向かって問い掛ける。
「そうですか…。ところで、儂はいつまでヤマモト様のお人形遊びにお付き合いすればよろしいのでしょうか?」
「「気付いとったんかい!!」」
怒りの表情で狸の着ぐるみを床に叩きつけるヤマモトと、俺のツッコミが重なった。
「其方、気付いておったのであれば早く言わぬか! とんだ時間の無駄ではないか」
「何なんだよ、この茶番。付き合わされる方の身にもなれよ!」
ヤマモトと俺がほぼ同時にそんな叫びを上げると、ヤマモトが俺を指さしながら小田に視線を向ける。
「この者の言うとおりだ。付き合わされる方の身にもならぬか! 全く、其方はいつも…」
そこまで言いかけて、ヤマモトがゆっくりと俺に視線を向ける。
そして、俺と視線が交錯すると少しの間をおいて驚愕の表情を浮かべた。
「其方等、いつからそこに!?」
「今更!?」
そんな叫びを上げる俺の後ろでは、未知衛門一行と勇者一行が山吹色の菓子をお茶請けにして談笑していた。
おい、何しとんのや?
振り返って唖然としながらその様子を見ていると、その視線に気付いたカイが慌てて最中をお茶で流し込んで立ち上がった。そして、捕縛用の縄を構える。
「ヤマモト、お前の悪事もここまでだ。おとなしく沖縄に着け!」
「唐突な高飛びの勧め!?」
俺のツッコミが虚しく響き渡る中、お茶を啜っていた他のメンバーも立ち上がる。
それを見てヤマモトが顔を歪めた。
「くっ…。ええい、曲者だ! 出会え、出会え!」
その叫びと共に屋敷中の襖や障子が一斉に開かれる。すると、そこからモブ侍達が飛び出してきた。
お前等、今までどこに居た…?
一瞬、そんな疑問が脳裏を過るものの、直ぐにぞろぞろと出てきたモブ侍達に取り囲まれてそんな状況ではないことを思い知らされる。
そして、俺がミーアを抱え直して退避の姿勢を整えたところで、未知衛門さんと助さん格さんが一歩前へと進み出た。
「往生際の悪い男だ。助さん、格さん、懲らしめてやりなさい!」
「「ハッ」」
未知衛門さんの指示を受けて助さんがカッと目を見開いて笑い声を上げる。すると、怪光線と衝撃波がモブ侍達を襲う。それに続いて格さんが雷撃の雨を降らせる。
コンちゃんも負けじとモブ侍を翻弄するようにして駆けまわる。
八之進さんは少し離れたところから『頑張れ~』とか声援を送り、その隣ではヨウコさんが九本の尻尾でモブ侍を払い除けていた。
勇者一行はというと、カイがモブ侍達と殺陣を繰り広げ、ハルが袖口から飛び出したナイフを構えて応戦する。
ウォルフさんが指の間に鷹の爪を挟んで『爪に火を灯せ!』なんて叫びを上げると、炎を纏った鷹の爪を振るい始める。
その近くでは、バルザックが青い顔をしてしゃがみ込んでいた。その両側にはそんなバルザックの背中をさすっているオーギュストさん×2。どうやら、あの牛さんは二日酔いのようだ。
そんな中、縦横無尽に駆けまわっていたコンちゃんが一際大きく鳴き声を上げた。
「こーん!」
すると、ヨウコさんが驚愕の表情を浮かべる。
「あれは!」
「どうしたんですか?」
「あれは、狐火を極めた者のみが辿り着く究極の狐火…」
コンちゃんを取り囲むようにして幾つかの火球が形成される。
「その狐火は動物の姿を形作り、意思を持った自律行動が可能になるといわれています」
ヨウコさんがそう告げるのと同時に、コンちゃんの周囲に漂っていた火球がある動物の姿へと変貌を遂げる。
その姿は全体的に赤み掛かった茶色をしており、腹や四肢は黒色。耳の表側や頬、鼻面や口元は白く、尾にはうっすらと縞模様が見える。
「そう、あれこそ狐火の極致、その名も、狐火!」
「レッサーパンダ!?」
そういえば知っているだろうか?
今でこそ『パンダ』といえばほとんどの人が大熊猫のことを思い浮かべるだろうが、もともと『パンダ』といえば小熊猫のことだったらしい。
しかし、大熊猫の存在が欧州に伝わった時、それに対して『ジャイアントパンダ』という名称を与えてしまったことから、レッサーパンダの不運が始まる。
区別する為に『小さい』を意味する『レッサー』を付加されたレッサーパンダは、その後知名度でも逆転され、今ではパンダといえばジャイアントパンダに…。
ちなみに、どちらも食肉目に属するが、主食は笹だ(割と雑食だが)。『パンダ』というのも『笹を食べる者』が命名の由来となっているらしい(諸説ある)。
そんなことを考えていると、胸元に抱えているミーアがじっと俺の顔を見つめていることに気付いた。その表情は、まるで俺に対して『ねぇ、現実逃避してニャい?』とでも問い掛けているかのようだった。
…………してニャいよ?
純粋な瞳で見つめてくるミーアの視線に耐えかねている間にも、炎で形作られたレッサーパンダ達は一斉にモブ侍へと襲い掛かってそれらを撃退していく。
中央の狐と、その周囲で群れ成すレッサーパンダ。なんだろう、この珍妙な獣の群れ…。
俺が遠い目をしながらその様子を見つめている中、レッサーパンダ達の活躍でモブ侍が一人、また一人と倒されていく。
すると、未知衛門さんが徐に庭の方へと移動し縁側前の沓脱石の上に立った。
「助さん、格さん、もう良いでしょう」
それに続くように、助さん格さんが周囲の人々を制止する。
「「静まれい! 静まれい!」」
そして、格さんが懐から印籠を取り出した。そこには、稲で狐の姿を模った家紋が描かれている。
「この紋所が目に入らぬか! こちらにおわす御方をどなたと心得る、恐れ多くも天下の副将軍、イナリ様にあらせられるぞ!」
未知衛門さん、副将軍だったんだ…。
でも、ちょっと待って。そこにもっと上の位の将軍様がいらっしゃいますけど?
そんなことを考えつつヨウコさんに視線を向けると、彼女は隣の八之進さんと談笑していた。もうちょっと緊張感持って?
少し呆れながらも未知衛門さんに視線を戻すと、未知衛門さんが隣でお座りしていたコンちゃんを抱き上げた。すると、何やら得意げな表情で胸を張る狐。
「一同、閣下の御前である、頭が高い、控えおろう!」
……え? 副将軍、そっち?
俺が驚愕の事実に唖然としている中、ヤマモトとモブ侍達がコンちゃん改め、副将軍のイナリさんの前へと平伏す。
その様子を見下ろしながら、未知衛門さんがヤマモトへ向かって声を掛けた。
「ヤマモト、お主がダクス藩筆頭家老という身にありながら、藩主の健正を陥れ私利私欲を満たしておったことはわかっておる」
「はて、何のことですかな? 某は藩主の不在の間、藩の政が滞らぬように差配しておったのみで御座います」
「惚けるか」
「惚けてなどおりませぬ。このサンモ…じゃなかった、ヤマモト、天地神明に誓って、そのようなことはしておりませぬ。それとも、某が健正様を陥れたという証拠でもあるのですか?」
「証拠か…。入ってまいれ」
未知衛門さんがそう告げると、門を開けて人が入ってくる。
そこに現れたのは黒髪黒目の派手な着物の男。平太郎だ。
その姿を見るなり、ヤマモトの顔が見る見るうちに青褪めていくのがわかった。
「平太郎…? くっ…、何故だ。半蔵からは平太郎は始末したと…」
「喇叭の里は既に懐柔した。保健所の立ち入り調査をちらつかせたら、あっさりと掌を返したぞ」
「何ですと!?」
おいこら、素破寿司。なんかやましいところでもあんのか?
すると、平太郎に向かって未知衛門さんが問い掛ける。
「さて、平太郎。お主に狸討伐の依頼を持ち掛けたのは、この男で相違ないか?」
「ヤマモト ト トリヒキ シマシタ。ヤヤ ヤマモト トトト トリヒキキ シ シマ シマシタタタタタ」
壊れてる…。
「この通りだ。これでも、まだ白を切ると申すか?」
「ぐぬぬぅ」
何がこの通りなのかはさっぱり理解できないが、ヤマモトが唇を噛んで悔しげな声を漏らした。
まあ、それはともかくとして、さっきから一つどうしても気になっていることがある。
副将軍、抱き上げられてドヤ顔してるだけで一切喋らねぇ…。
未知衛門さんによるヤマモトへの追及そっちのけでそんなことを気にしていると、追いつめられたヤマモトが急に立ち上がった。
「最早これまで、道連れにしてくれるわ!」
刀を抜いて未知衛門さんへと斬りかかるヤマモト。そこへ助平さんが立ち塞がり、刀に手をかける。しかし、助平さんが刀を抜ききるよりも早く、ヤマモトの刀が助平さんの首を刎ね飛ばした。
「助平さん!」
俺の悲痛な叫びが響き渡る中、助平さんの首が天高く舞い上がる。
すると突然、上空から笑い声が聞こえてきた。何事かと上空を見上げると、飛ばされた助平さんの首が目を見開き、大きな笑い声を上げながら宙を舞っている。
……ん?
突然の事態に放心していると、その首が勢いよく戻ってきてヤマモトの首筋に噛みついた。
「ぐあああぁぁぁ!」
ヤマモトが首筋を抑えながらその場へと崩れ落ちて膝をつく。
すると、助平さんの首の方は、まるで何事も無かったかのように自分の体へと戻っていった…。
俺の頭の中では、理解さんがポカンと口を開けて放心状態だ。もしかしたら、俺も同じ表情をしているのかもしれない…。
そんな俺を放置して、未知衛門さんがヤマモトを叱責する。
「見苦しいぞ、ヤマモト」
「くっ…。恐れ入りまして御座いまする…」
がっくりと項垂れるヤマモト。
「追って藩主の健正より厳しい沙汰があるものと思え。それまで牢で頭を冷やすが良い。それ、引っ立てぇ」
すると、ヤマモトは掌を返したモブ侍達によって連行されていった。
……知らなかったとはいえ、副将軍に刃を向けたあのモブ侍達には何のお咎めも無くていいのだろうか?
「これにて、一件落着!」
未知衛門さんがドヤ顔で終わりを告げると、抱かれていた狐が地面へと降りて走り出した。
そして、ヨウコさんと八之進さんが立っているところへと駆け寄ると尻尾を振り始める。
「全部終わったよ。褒めて褒めて!」
あれは本当は犬なんじゃないだろうか…? いや、可愛いけど。
…あっ、ミーアの視線が痛い。
「ねぇ、陛下、褒めて褒めて」
褒めてもなにも、そもそもこの狐は何もしていない。ただ抱き上げられていただけだ。
嬉しそうに尻尾を振る狐を見ながらそんなことを考えていると、俺の頭の中で理解さんが何かに気付いて囁いた。
……ん? 陛下?
え? 今、陛下って言った?
「よくやったなぁ、イナリ。偉いぞ」
状況を掴み損ねている俺の目の前で、そんな風に八之進さんが狐の頭を撫でながら褒め始めた。
……。
八之進さん、帝かよ!!
ちょっと混乱してきたので、ここでいったん整理してみよう。
ヨウコさんは、もう言わずもがな、将軍の玉藻さんだ。
それで、狐のコンちゃんが副将軍のイナリさん。
そして、八之進さんはこの国の帝で、ストク陛下というらしい。
……この国、お偉方が揃いも揃って何やってんの?
あと、なんだかもう訳のわからないことになっているが、格三郎さんと助平さんは本当は帝の護衛で、本名はミチザネさんとマサカドさんというのだそうだ。
なんだか祟られそうだな…。
……あれ? ちょっと待てよ?
そうなってくると、あの人はいったい…?
「結局、未知衛門さん何者だ…?」
『フォッフォッフォッ』という高らかな笑い声を上げている未知衛門さんを呆然と眺めながら、ふと疑問を口にすると、八之進さん改め、ストク陛下が意味ありげな表情でそれに答える。
「彼の正体は、未ダ嘗テ誰モ知ラズ…」
おい、帝の同行者がそんな得体の知れない奴で良いのか?
ヒイロ 「それにしてもあのレッサーパンダ、炎でできてるはずなのに色合いがとてもリアルですね…」
ヨウコ 「炎色反応です」
ヒイロ 「え?」
ヨウコ 「炎色反応です」
ヒイロ 「炎色反応で黒い炎なんて出せましたっけ…?」
ヨウコ 「炎・色・反・応・です!」 (有無を言わさぬ笑顔)
ヒイロ 「あっ、はい…」
ヒイロ 「で、結局どうなの?」
白狐 「ああ、あれね。魔素を含ませることで炎の色もコントロール…もが!?」
ヨウコ 「ヒイロさん、何か問題でも?」 (いなり寿司片手に)
ヒイロ 「あ、ありません…」 (((( ;゜Д゜ )))ガクガクブルブル
===
イナリさん家の家紋『稲狐』
………気分転換に描いてみただけで特に深い意味はない…
でも、描く為に調べてみて気付いたんだが、狐の家紋って意外と無いのね。狐の創作家紋は結構出てくるけど伝統家紋は一切出てこなかった…。
あと、もう一つオマケ。
満願皇国は江戸幕府とは違って正式に役職として副将軍が存在しています。
そして、イナリさんと玉藻さんは親戚ではありません。