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004 タビダチ ノ ヒ

 模擬戦闘で俺は相手の兵士に手も足も出なかった。当然だ、武術の心得とか無いし。

 そうはいっても、自分の身くらい守れるようにならないと話にならない。

 この世界には魔法があるらしいし、もしかしたら俺には魔法の適正があるのかもしれない。

 そう、異世界召喚された人間が、何の特殊能力も持っていないなんてことは無いはずだ。


「稀人には、この世界の魔法は使えませんよ?」


 アレックスさんに魔法の話を聞こうとしたら、いきなり最後の希望が打ち砕かれた。

 彼の話によるとこういうことらしい。


 この世界には、魔素という力が満ちている。

 魔法はそれらに働きかけて行使するものらしい。

 威力や種類はどのように魔素を制御するかに依存する為、想像力が重要とのことだ。

 自分で魔素の制御を行う分には、基本的に呪文や魔法陣といったものも必要ない。

 まあ、規格化された術式などもあり、呪文や魔法陣を絶対に使わないというわけでもないようだが。

 あと、恰好良さの為に意味もなく技名を叫んだり魔法陣を展開する輩も一定数いるとのことだ。


 また、この世界の魔法は万能というわけでもないらしい。

 例えば炎や水を出したいと思っても、魔素自体を直接これらに変えることはできない。

 魔素を使って火種を起こしたり、周囲の水蒸気を集めたりすることで実現することになる。

 無から有を生み出すことはできない。

 ただ、魔素そのものを圧縮したりすることで一定の形を形成したりすることはできるようだ。

 それ自体がエネルギーとしても原料としても使用できる性質から、魔素は『異世界の石油』とも呼ばれているそうだ。

 …何だこの微妙な喩え。

 鉄とか半導体を『産業のコメ』と表現する比喩のようなものなのだろうが、どうして視点がこの世界の外側からなんだろうか?


 それはともかく、どうやらこの世界の生物には、魔素に働きかける為の器官が存在しているらしい。

 異世界から来た稀人にはそれが存在しない。

 そういったわけで、稀人は魔素を直接制御することはできないとのことだ。  



***



 それから数日、俺は毎日戦闘訓練を受けている。やっていることは基礎体力作りと銃の射撃訓練だ。

 とりあえず、一番無難な武器と言えば銃かなと思って…。だって、剣で銃に勝てる気がしない。

 そうそう、それともう一つ。

 この数日の間に俺は、元の世界に居る両親と連絡を取ってみた。だってスマホが使えるんだし、当然試してみるよね。

 そしたら、普通に電話が繋がりました。繋がっちゃいました。

 そして、母から開口一番言われた台詞セリフがこちら。


『祐樹、もう音を上げるつもり? 私達の反対を押し切ってまで留学を決めたのはあなたでしょう』


 その後、電話口の相手が父に代わって続いた台詞セリフがこちら。


『祐樹。母さんな、あんなこと言ってるけど、毎日網棚にお供え物をしてお前の無事を祈ってるんだ。危険も多いかもしれないが、俺も応援してるから一人前になれるように精一杯頑張ってこい』


 何回か掛け直してみても、メールを打ってみても、いつも似たような返答だけが返ってくる…。

 ………。

 あれ? 俺、いったい何の為に何処へ留学してることになってるの?

 そして、母さんは網棚にいったい何を祀っているの…?

 アカシックレコードという謎のゲーム。その規約の20条10項を思い出して恐怖を覚えた瞬間でもあった…。


 そうこうしているうちにも勇者パーティ出発の準備は進んでいるようだ。

 今日はその顔合わせがある。

 召喚初日とは違って重役会議くらいやれそうな雰囲気の会議室。そこで勇者パーティのメンバー紹介が行われる。

 国王が一番奥の席に座り、その後ろに控えるようにしてセバスさんが立っている。そして、パーティメンバーと思しき人達がそれぞれ会議机周りの席についている。

 壁際にもいくつか椅子が用意されており、何名かが腰を下ろしていた。


 会議が始まり、国王や首相が手短に挨拶をする。

 その挨拶が終わると、セバスさんによるメンバー紹介が始まった。


「それでは、メンバーの紹介に移りたいと思います。

まずは、勇者カイ様。

彼には、一か月ほど前にガリウム大公国を襲ったハイドラゴンを退けた実績があります。

また、偃月の塔の賢者マリオ様の推薦もあって、この度、七年ぶりに勇者の称号を授けることとなりました」


 そう、結論から言うと、俺はメンバーとして参加はするが、勇者という役割は負わないことになった。弱い勇者なんて話にならないからだ。

 俺の立場がどんどん危うくなっていくのを感じる…。

 まあ、俺が召喚されなくても勇者を立てる計画は進んでいたらしいし、その時に検討対象として挙がっていた彼にお鉢が回ってきたということだ。

 炎のような赤い髪をした彼は、俺と同じ16歳らしい。俺と違って体格も顔も良い。

 世の中不公平だ。


「今回、勇者の称号を授かったカイだ。

俺はずっと、困っている人々を救う力になりたいと考えていた。今こうしている間にも、生活を脅かされている人達がいる。罪も無い人々がその命を奪われているんだ。

一刻も早く、そんな彼らに救いの手を差し伸べなければならない! 

俺達の力で、諸悪の根源である魔王を討伐し、世界の平和を取り戻そう!!」


 紹介された少年が立ち上がり、何やら大仰な動作を交えながら熱弁を振るい始めた。

 いや、魔王は放っておくんじゃなかったっけ?

 熱血漢というか、自分勝手な正義感で空回りしてそうな気がするんだが。なんというか、勝手に魔王に喧嘩を売りそうな怖ささえある。

 ちゃんと今回の計画の意図、理解してるんだよな?


「次に、魔術師オーギュスト様。

彼はアレックス首相の師でもあり、この国一番の魔術師です」


 セバスさんがそう紹介するが、誰からも反応がない。

 すると、壁際の椅子に座っていた一人の男が慌てて立ち上がり、会議机に向かって座っている老人の側へ寄っていった。

 そして、その老人の耳元で何やら囁くと、その老人が男の手を借りながらよろよろと立ち上がり、軽く頭を下げた。

 絶対耳遠くなってるだろ、その爺さん。大丈夫なのだろうか。

 よれよれの灰色のローブに帽子。伸ばし放題といった感じの白い髭。木製の杖を持った手は小刻みに震えている。ものすごく不安だ。

 ところで、その杖は魔術用? 歩行補助用? どっちだ?


「続いて、傭兵バルザック様。

彼は禍牛かぎゅう族最強の戦士で、七年前の魔王討伐作戦時の勇者パーティのメンバーでもあります」

「よろしく頼む」


 セバスさんからの紹介を受けて、一人の男が横柄な態度で挨拶した。

 彼は身長2mはありそうな大柄の男で、褐色の肌をしており、角刈りにした頭からは二本の牛の角のような物が伸びている。

 種族名がなんかいろいろと残念なことになってるが、いわゆる獣人というものだろうか?

 顔や体には無数の傷。歴戦の戦士といった風貌だ。


「さらに、軍から選抜したサポート部隊ウルフファングを代表して、隊長のウォルフ」

「皆様の旅のサポートをすることになりましたウォルフです。よろしくお願いします」


 物腰の柔らかそうな男が穏やかな笑顔を浮かべながら挨拶した。

 その男は、眼鏡を掛けオールバック、ベレー帽に迷彩服という姿だ。

 そして、さっきから気になっていることがあるのだが、靴が左右で違う。

 左足が軍用ブーツ、右足が革靴だ…。どうやって間違えた?


「そして、ヒイロ様」

「よろしくお願いします」


 紹介されたので俺も挨拶をする。

 俺の説明だけ、特に言うことがないらしい…。

 まあ、下手に持ち上げられても何もできないんだが。


「最後に、メイドのハル」


 ハルもついてくるの? 裏方の非戦闘員かな?


「おいおい、メイドだろ? なんだ、夜の相手でもしてくれるのか?」


 ハルの隣に座っていたバルザックが、ハルに対してニヤニヤといやらしい視線を向けながら言った。

 やめろ、このセクハラ親父。


「…そういった趣味でもあるのですか?」


 ハルが冷ややかな口調で応じる。


「なっ!!? ハン! ガキに興味はねーよ。俺は巨乳のねーちゃんが好きなんだ。まな板に用はない」


 だから、セクハラはやめろ。

 確かに、彼女の胸はちょっと…いや、かなり…小さいけど…。

 バルザックが吐き捨てるように言ったその言葉に反応したのは、ハルではなく、その膝の上にいたミーアだった。

 金の瞳がバルザックを捉えると、その顔に跳びかかり引っ掻く。威嚇しながら何度も引っ掻く。

 ミーアは主人が貶されたことを察したのだろうか。

 堪りかねたバルザックがミーアを払い退けようとした時、バルザックのこめかみに何かが突き付けられる。

 そこには、手に持った銃を突き付けながら微笑んでいるハルがいた。だが、その目は笑っていない。


「ミーアに手を上げることは許しませんよ」


 バルザックの顔が、見る見るうちに青ざめていく。

 そこへ、それを見ていた国王が口を開いた。


「ハルは、王国の中でも五本の指に入るほどの実力者じゃ」

「はぁ!!?」

 

 その発言に、バルザックが驚愕の声を上げた。

 そして、国王が何やら勝手に語りだす。


「何を驚くことがある。古今東西、メイドというものは無双するものと決まっておろう」


 そんなメイドは、フィクションの中でしか知らん。


「そもそも、メイドの語源というのを知らんのか? 中世ヨーロッパでの話じゃ。とある館の主が刺客を差し向けられて危機に陥った際、その主に仕えていた女性従者が刺客全員を冥土送りにしたことからきておるのだ。

そう、『冥土へ送る者』…、それがメイドなのだ!!」


 違う! 勝手に変な歴史を捏造するな!

 確か、語源はmaiden(乙女)だ。結婚前の若い女性が奉公に出ていたことから、転じてメイドになったとかそういうのだったはずだ。

 そもそも、異世界の住人(あんた)が中世ヨーロッパの話を語りだすな!


「殺戮するもの。そう、まさに、ジェノメイド!!」


 うまいこと言ったつもりか知らんが、全然うまいこと言えてないからな。

 当のハルは、ドヤ顔で語る国王に対して冷ややかな視線を向けている。

 そして、ハルは銃を納めるとミーアを抱いて自分の席へと戻っていった。

 対して、バルザックの方は借りてきた猫のようにおとなしくなった。


「メンバーは以上です」


 メンバー紹介が終わり、アレックスさんが最初の目的地について説明を始めた。

 要約するとこんな感じだ。


 最近、王国の西にあるローリエの街が頻繁に魔物の襲撃を受けている。

 その魔物達は、さらに西の方から移動してきているようだが詳細は不明である。その原因調査をしてほしいとのことだ。



***



 数日後、王都ヘレニウムにて勇者お披露目のパレードが開かれた。

 まあ、政治的勇者だからね。派手に宣伝しないと。


 そして、今日はいよいよ王都からの旅立ちの日。

 軍の施設内の訓練場。俺達はそこに集まっている。


 カイは自分の剣を天にかざしてポーズをとりながら、なにやら満足気に頷いている。


 オーギュストさんは車椅子に座っている。

 今日は小刻みに震えてはいない。というか微動だにしない。

 その時、その頭から彼と同じ姿をした透き通った何かが出てきた。

 ………え? 爺さんの旅立ちの日?


 バルザックは大きな戦斧を背負って立っている。

 心なしかハルから距離を取っているように見えるのは気のせいだろうか。


 少し離れたところでは、サポート部隊ウルフファングが輸送車の前で整列している。

 同行するのは数名だが、情報収集や先行部隊として各地に隊員がいるらしい。

 彼らの前に立っているウォルフさんだが、今日は迷彩柄の上着は羽織っていない。

 着ている黒いシャツには、おそらく部隊のシンボルマークであろう狼の横顔の白いワンポイントが描かれていた。そう、背中側に…。

 そのシャツ前後逆に着てるだろ。


 ハルは、左肩に黒くて長細い金属質な箱を背負っている。

 その箱の正面には、円形のガラスのようなものが嵌っているのが見える。そして、その丸いガラスから箱の上下に向かって一筋の白い線が伸びている。いったい何だろう?

 ハルの足元では、ミーアが毛繕いをしていた。


 熱血馬鹿、要介護老人、セクハラ親父、天然、メイド、あと猫。そして(戦力外)

 なんだこの酷いパーティ。


「旅立ちの時が来た、行くが良い勇者達!」

 

 出発の時間がきて国王がそう言うと、カイが剣を振り上げて叫ぶ。


「さあ、俺達の戦いはこれからだ!!」


 ヤメロ! それは打ち切り最終回の時の台詞セリフだ。


ヒイロ (ところで、その杖は魔術用? 歩行補助用? どっちだ?)

※歩行補助用です。


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