048 センドウ オオクシテ フネ ヤマ ニ ノボル
「こちらは、私がお仕えしている最後の廻船問屋の隠居、未知衛門さんです」
虎に振り回されるようにして平太郎を探し回ったものの有力な情報を一切得られなかった日から一夜明け、御殿の一室にて漸く再開したヨウコさんに紹介されたのは、彼女の主だという白い立派な髭を蓄えたお爺さん。
「最後…?」
とりあえず、全体的によく理解できなかったものの、思わず呟いてしまった俺の疑問に対してヨウコさんが答える。
「この国は海に面していませんし、大きな湖沼等があるわけでもありません。多少大きな河川はありますが、正直、船を手配する商売というのは需要が無いんです…。なので、この国で廻船問屋を名乗っているのは未知衛門さんが最初で最後です」
「何故そんなマイナー職を選んだ?」
思ったことをつい口にした俺の横から、ウォルフさんとオーギュストさん×2がヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「ヨウコさんが仕えているっていうことは、彼がヨウコさんが言っていた『ある御方』…?」
「ほう、つまり彼奴が玉藻将軍ということじゃな?」
「となると、ここはきちんと挨拶しておくべきかな?」
「待つのじゃウォルフ。偽名まで使ってお忍びで来ておるようじゃからのぅ。ここは気付かないふりをして未知衛門として扱ってやるのが気遣いというものじゃ」
「なるほど…。確かにそうかもしれないね」
いや、あなた達も玉藻将軍の姿知っているはずですよね?
そんなことを考えていると、未知衛門さんが傍に控えているお供の人達の紹介を始めた。
「さて、儂の供の者達を紹介しよう。まず、彼が格三郎。そしてこっちが…」
助之進ってか?
「八之進と助兵衛…いや、むっつり助平だ」
「助さんが可哀想だからやめたげて!」
そんな俺の叫びは黙殺され、未知衛門さんは隣に座っている一匹の狐の頭の上に手を置く。
「そして、この狐はコンちゃんだ」
「こーん」
ウォルフさん、そのトウモロコシを直ちに仕舞ってください。
そんでもって、さっきから気になってたんだけど、何故とんがり帽子を被ってるんですか? ご丁寧に帽章まで付けやがって。
そんな風にウォルフさんの様子に気を取られていると、ヨウコさんが口を開く。
「皆さん、もうお気付きの事とは思いますが、最後の廻船問屋の隠居一行というのは仮の姿…。私達は、本当は平太郎を捕まえる為に将軍の命によって派遣されたエージェントなんです」
将軍の命で派遣もなにも、将軍本人が率先して行動してるし。
「ふむ、やはり将軍本人が紛れておることは、今はまだ儂らにさえも隠しておきたいようじゃのぅ」
「そのようですね。となると、やはり自分達も未知衛門さんの正体には気付かないふりをしておくべきかな」
いや、だからヨウコさんの正体に気付いてください。
横から聞こえてくるヒソヒソ話に心の中でツッコミを入れていると、コンちゃんが俺のところへと近付いてきた。そして、俺の手に鼻を近付けてくる。
モフモフがあちらから寄ってきてくれたんだ、ここでモフらなければ失礼にあたるというものだろう。
そうして狐の毛並みを堪能していると、ハルの後ろから哀しそうな顔で覗いているミーアの姿が目に入る。
彼女は、まるで『ミーアはもうお払い箱ニャの…?』とでも訴えかけるような瞳で俺を見つめてくる。
『次はその狐の毛皮を狙っているの…?』とでも言っているような悲哀と疑惑が入り混じった表情で俺を見つめてくる。
違うよ、ミーア。どっかのポンコツ勇者の所為ですれ違いが発生してしまったかもしれないけど、俺は君達の毛皮を剥ぎ取ったりはしない。俺は、モフモフと真摯なお付き合いがしたいだけなんだ。
そんな風にミーアに目で訴えかけていると、ミーアがおずおずとハルの後ろから出てきた。
そして、まだ少しだけ懐疑的な表情を浮かべつつも、『本当に…? 信じていいの…?』とでも言いたげにこちらを見つめる。
ああ、ミーア。俺を信じてくれ。
そうやってミーアに微笑みかけると、ミーアはパァッと明るい表情を浮かべ俺に向かって駆け出した。
ハハハ、おいで、ミーア。
「なるほど…。そうやって油断させて毛皮を剥ぎ取るわけだな?」
「ニャッ!?」
「こん!?」
カイの余計な一言で、こちらに向かって走って来ていたミーアが急ブレーキ。手の届く範囲に居たコンちゃんがスッと俺から距離を取った。
…………こいつの生皮なら剥ぎ取っても許されるんじゃないだろうか?
俺がそんなブラックな感情に支配されつつカイを睨み付けていると、それに全く気付かないカイはヨウコさんへ問い掛ける。
「そういえば、ヒイロに毛皮を剥ぎ取られた狸はどうなったんだ?」
「健正ですか? 彼なら、親戚筋に当たるフント藩の犬神家に預けてきました。今頃はアーティスティックスイミングの練習をしていますよ」
……何故?
「そうか、それなら安心だな…。それで、あんた達が平太郎を捕らえに来たってのはいいんだが、奴がどこに居るのか知っているのか? 俺達も、ここに着いてから散々探し回ったが見つけられなかったんだぞ」
このポンコツ勇者は祭りを満喫していただけだがな。
「そこは抜かりありません。この世の全てを見通すことができると言われている狐狗狸さんにアポイントメントを取りました」
「……狐狗狸さんって、アポ必要なんだ…?」
遠い目をして呟いた俺を放置して、ヨウコさんは続ける。
「実はフント藩へ寄っていたのはこの為でもあるんです。ついこの間御出座し頂いたばかりだったこともあって娘の私だけでは説得できなかったんですが、可愛い玄孫の健正と曾孫の犬神家現当主からのおねだりもあって、漸く今回のアポを取り付けました」
あんたら、全員親戚なのかよ。
というか、この人は自分の正体を隠す気があるのかないのかどっちなんだろう…。
「あ、そろそろ約束の時間になるので呼んでみましょうか」
そんなことを言いながらヨウコさんがスマホを取り出して操作を始める。
その画面に表示されたのは鳥居と五十音表。ようするに狐狗狸さんを呼ぶときのあれだ。スマホ画面サイズなのでとても小さいが。
ヨウコさんはスマホを掌の上に乗せると、さらにその上に十圓玉を乗せる。とりあえず、この世界に来てからこの世界の現金を初めて見た気がする。
俺が妙なことに興味を示していると、ヨウコさんがスマホに向かって呼び掛けた。
「狐狗狸さん、狐狗狸さん、おいでください」
すると、スマホの周辺に旋風が巻き起こり、そこへ黒い靄が巻き込まれていく。そして十圓玉が浮き上がると、分解されながらその渦の中へと消えていく。
旋風が止むと、そこに小麦色の肌の少女が現れた。その少女は胸にさらしを巻き、頬には白いペイント。そして、頭から丸々一頭の動物の毛皮を被っている。
マタギ…?
俺が遠い目をしていると、その少女がヨウコさんに視線を向けた。
「ん…、玉藻? …ああ、もう約束の時間か?」
「度々お呼び立てしてすみません、狐狗狸さん」
……狐狗狸さんってこんなだったっけ…?
相変わらず遠い目をしている俺のことは一切気にせず、二人の会話は続く。
「それで? 今回はオレに何の用だ?」
「実はですね、平太郎の居場所を教えてもらえないかと思いまして…」
「おい、ちょっと待て玉藻。お前、この間も同じことを訊かなかったか?」
そう言いながら狐狗狸さんが少しだけ不愉快そうに眉をしかめる。被っている毛皮の表情が連動しているように見えるのは目の錯覚だろうか…?
あと、さっきから玉藻と呼ばれていることはスルーでいいんですか、ヨウコさん?
「それがですね…、ちょっと他の用事を済ませている間に、平太郎はどこかへ移動してしまったみたいでして…」
「あぁ? なんで直ぐに行動しなかった?」
「えっと…、その…。すみません…」
「ハァ…。全く、しょうがないな…」
まるで、叱られてシュンとしている子供のようなヨウコさんと、それを呆れながらも可愛く思っている母親のような表情を向ける狐狗狸さん。だが、外見だけで言うならばヨウコさんの方が母親と言われた方がしっくりくる。
と、その時、ウォルフさんが腰のバッグをゴソゴソと探り始めた。
「生姜なら自分が持ってますよ?」
おいこら、空気読め。
俺はバッグから何かを取り出そうとしたウォルフさんの手首を掴み首を横に振る。
本当に、お願いだからやめてください。
そうしてウォルフさんのボケを止めていると、こちらの事なんて全く気にも留めずに狐狗狸さんがスマホを取り出した。
「今回は特別だからな」
「はい…。そんなことを言いながらも困った時はいつも助けてくれる狐狗狸さんが私は大好きです」
「おまっ…。おだてても何も出ねぇからな!」
狐狗狸さんが照れた表情で顔を背けながらスマホを操作し始めると、ヨウコさんがふと何かに気付いたように呟く。
「あ、いけない。そろそろ一分経ちますね…」
そして、十圓玉を取り出すと、それを狐狗狸さんに向かって放り投げる。すると、その十圓玉が分解されて狐狗狸さんに吸収された。
「時間帯や場所によっても変わるんですが、狐狗狸さんと会話をする為には約一分毎に十圓玉を補充してやらないといけないんです」
「公衆電話かな?」
「というわけで狐狗狸さん。とりあえず十圓玉を渡しておきますので時間になったら自分で補充してください」
そう言いながらヨウコさんが狐狗狸さんの腰に十圓玉が入った袋を括り付けていると、狐狗狸さんはスマホ画面を見たまま『おう、わかった』とだけ答えた。
さっきからスマホで何してるんだろうか?
そんなことを考えていると、狐狗狸さんが呟く。
「ああ、居た居た。見つけたぞ平太郎」
「え!? どうやって!?」
唐突な宣言に驚いていると、狐狗狸さんが答える。
「オレは千里眼を持ってるからな」
「千里眼…?」
「軌道上に配された偵察衛星網と、そこから送られてくるリアルタイム画像を解析するシステム、それが千里眼だ。ちょっとした障害物くらいなら透視できる能力も備えているから、大深度地下にでも潜らない限りオレの千里眼から逃れるのは不可能だ」
何そのハイテク千里眼…。異世界脅威のテクノロジー…。
すると、カイが急かす様にして問い掛ける。
「それで、平太郎は今どこに居るんだ!?」
「…どうやら山籠もりしてるみたいだな」
山籠もり…?
「そうか、だったら、平太郎が逃げ出さないうちにその山に向かうぞ!」
そう言って駆け出したカイの後ろに、『5』と刻印の入った斧を背負ったバルザックとふよふよと浮かぶバルザック、そして杖を片手に普通に歩くオーギュストさんとふよふよと浮かぶオーギュストさんが続く。
……。
何故バルザック本人すら何も言わないのだろうか?
他の人達もその後に続いて部屋から出ていくので、俺も部屋から出ようと歩き出す。すると、何やら考え込んでいるハルに気付いた。さっきからずっと難しい顔をしているけど、どうしたんだろうか?
「ハル。さっきから難しい顔してるけど、どうしたの?」
「ヒイロ様…、実は少し気になっていることが…」
「何?」
「狐狗狸さんが被っているのは、やはりトマルクトゥスの毛皮でしょうか?」
「イヌ科の祖先!」
言われてみればそんな気もするが、俺は別に絶滅動物に詳しいわけでもない。
でも正直な話、俺は狐狗狸さんの表情と毛皮の表情とが連動しているように見える事の方が気になって仕方がないよ。
「どちらかというと、俺にはあの毛皮の仕組みの方が気になるかな…」
「確かに表情豊かな毛皮ですね」
表情豊かの一言で片付けないで?
ハルとそんな会話を交わしていると、後ろから何者かの視線を感じた。
そっと振り返ると、そこには『狐狗狸さんの毛皮も狙っているの…? この節操ニャし!』とでも訴えかけるように物陰から俺を見つめるミーアの姿。
そんなミーアの視線に耐えながらも、俺達も部屋を後にした。
そして他の人達の後を追いながら大手門の外に出ると、そこには地面に直接置かれている一艘の船。
何故こんなところに船…? と思いながらも近付くと、船の陰からスリップさんが現れる。
「あ、隊長。今聞いたんスけど、これから山に向かうそうッスね」
「ああ、そうだよ」
「そうッスか…。いくら俺の愛車でも、装輪車両である以上限界はあるッス…。さすがに山登りには参加できそうにないッスね…」
「そうだね、今回は留守番を頼めるかい?」
「わかったッス。俺は今後に備えてギリギリ愛車が通れる周辺の道なき道をピックアップしておくッスよ」
なにやら不穏な発言を残してスリップさんは去っていった。
それはともかくとして、さっきから無駄に存在を主張してくるこの船はいったい何なのだろうか? オブジェってわけじゃないよね? 昨日は無かったし。
俺が不思議に思っていると、船の傍まで移動した未知衛門さんが船体を叩く。
「さあ、皆の者、これに乗るといい」
「は? これから行くの山ですよね?」
突然の未知衛門さんの発言の意図を図りかねていると、船の両舷に編み笠を被ったロボット達が現れた。それらのロボットが櫂を構えると一斉に地面を突く。すると、それを支えにして船体が持ち上がった。
そして、ロボット達が器用に櫂を操作するとガシャンガシャンと音を立てながら船が向きを変える。
まるで、どこかの多脚ロボットのようだ…。
そんな風に遠い目をしながら目の前の状況を眺めていると、未知衛門さんが感慨深げに口を開く。
「船頭多くして船山に登る。儂はこのことわざに内陸国で廻船問屋をすることへの希望を見出した」
「見出さないでください」
「山を登るにあたって、これ以上に相応しい乗り物は存在しないと思わないか?」
「あなたは、いったいどこを目指してるんですか?」
「……? 山だが?」
そういうことじゃない。
釈然としないものを感じつつも俺達は促されるままに船へと乗り込んだ。
さて、ここで今回平太郎を追って山へ向かうメンバーについて説明しておこう。
まずは未知衛門さんとそのお供の助さん、格さん、八之進さん、ヨウコさんとコンちゃん。
ティガ藩を代表してトラッコさんとシロッコさん。藩主がこんなことをしていていいのだろうかとも思ったが、将軍が直々に来てるくらいだし、もうどうでもいいか…。
そして、案内役として狐狗狸さん。
最後に毎度おなじみの俺達勇者一行だ。
毎度おなじみのはずなのだが、オーギュストさんに続きバルザックまでが二人に増えている。とりあえず、あの張子のバルザックいつまで引っ張るの?
ちなみに、さすがに目障りだったのでウォルフさんにはいつもの帽子に被り直してもらった。
本人は『うっかりしてたよ』などと宣ったが、最近うっかりの一言で済ませていいようなレベルを超えてきている気がするのは俺の気のせいだろうか。
そんなこんなで、俺達は不思議な船に揺られて山へと向けて出発した。
街を離れ山へ到着すると、木々の生い茂るところは避けて急流横の岩場を器用に登っていく。
明らかに船体と繋がっていない船頭ロボット達が操る、明らかに船体を支えるには心許無い細い櫂。正直、どのような原理で船体が持ち上げられているのかは全く以って理解ができない。
だがしかし、乗り心地は意外と悪くない。むしろ、不整地においてはスリップさんが運転する車よりも快適かもしれない。
そんなことを考えながら船旅(?)を満喫していると、狐狗狸さんがコックリコックリと船を漕ぎ始めた。
すると、ヨウコさんが布を持ってきて狐狗狸さんに掛けてあげる。
「疲れているんですよ。そっとしておいてあげてください」
そんな彼女達の後ろで、カイと未知衛門さん、トラッコさんが口論を始める。
「勇者である俺の言うことが間違ってるっていうのか? 平太郎は間違いなく山頂に居る!」
「いや、山籠もりでの修行というのならば未知の敵との遭遇を期待しているはず。このまま儂らの存在をアピールしてやれば向こうからのこのことやってくるに違いない」
「平太郎はこの山ではなく高野山で修行をしているはずだ。藩主の俺が言うんだから間違いない」
「よし、だったらジャンケンで決めようじゃないか!」
「「望むところだ!」」
……。
ヨウコさん。直ちに狐狗狸さんを起こしてください。
唯一平太郎の居場所を捕捉している狐狗狸さんに案内してもらわないと、見当違いな方向に進みかねない。
白狐 「狐狗狸さん。それは、金の掛かる女…」
ヒイロ 「でも、時給に換算すると約六百圓…。最低賃金すら下回ってない?」
白狐 「……いや、ここ日本じゃないし…。一圓=一円だなんて言った覚えもないし…」(;・3・)~♪
ヒイロ 「そもそも、ここレニウム王国じゃないけど通貨同じなの?」
白狐 「え? …………圓は、この世界の共通通貨です」
ヒイロ 「今考えただろ」




