046 ハリコ ノ トラ
ミーアが回収してきたヨウコさんの頭巾の中にあった小型の記憶媒体。
その中に入っていた平太郎に関するレポートで彼の足取りを掴んだ俺達は、平太郎が向かったというティガ藩の藩都、プルナス・ムメを目指して移動中だ。
ちなみに、ヨウコさんは健正さんを安全な場所に匿う為に一時離脱した。プルナス・ムメで再度合流する予定になっている。
ガタガタと小刻みに揺れる車内で膝の上のミーアを撫でていると、急に車が停止する。
「スリップ、どうしたんだい?」
「隊長。正面にこっちに向かって羽を振っている鶏が居るんスよ」
「本当だね…。どうしたんだろう?」
運転席の方に近付いていったウォルフさんの後ろから車両の前方をそっと覗いてみると、そこには『プルナス・ムメ』と書かれた大きな紙を器用に羽で持ちながら、もう一方の羽を振っている人間大の鶏の姿。
不思議に思っていると、隣のカイがその様子を見ながら呟いた。
「ああ、ヒッチコックか…」
「俺達、この鳥に襲われでもするのかな?」
俺がカイに冷めた視線を送っていると、ハルが前方へと視線を向ける。
「あれは鶏兜ですね」
「ん…? 何て?」
「鶏兜です。十年ほど前から目撃されるようになった新種の鶏で、鶏冠の形状を活かしたデザインの兜を被っているのが特徴です」
「へぇ…?」
「その肉は適度な歯ごたえがあり、噛むほどに旨味があふれ出してくると評判です」
「いや、あからさまに毒々しい名前してるんだけど?」
「確かに毒がありますが、主に内臓や卵だけですよ。そして、その内臓や卵も糠漬けにすれば食べられるそうです」
「どこのフグだよ」
何故そうまでして食べようと思った?
そして、その食べられる方法を見つけるまでに、いったい何名の方々が犠牲になったのだろうか…?
ハルとそんな会話を繰り広げていると、その鶏が運転席のところまで近付いてきた。それに対してスリップさんが窓を開けて応対する。
「プルナス・ムメまで行きたいんスか?」
「はい、そうなんです。もしそちらの方面に向かうようなら同乗させてもらえないですか?」
「同乗するなら金をくれ! ッス」
何言っとんじゃ、こいつは。
すると、声を掛けてきた鶏が急にスリップさんに銃を突き付けた。
「ふふっ、鉛玉でいいかしら?」
すると、急に車を囲むようにして武装した鶏集団が現れた。
スリップさんに銃を突き付けている鶏(鶏冠が小さいところを見ると、どうやら雌らしい)は、集団が車を取り囲んだのを見届けると大きな声を上げる。
「あたし等は、泣く子も笑う山賊団『カエルのお手々』だ!」
正直言って意味がわからない。
ミーアの肉球をプニプニしながら運転席の方の様子を窺っていると、外からは車を叩く音と『出てこい』だの『ここを開けろ』だの叫び声が聞こえてくる。
そんな中、スリップさんが振り返って俺の方を見た。
「ほら、地図に載っているような道を走ったりするとこんな連中が湧いてくるんスよ。やっぱり、走破する快感を味わえるような道なき道を進むべきだったんス。ヒイロさんが強硬に道路を走ろうなんて主張するからこんなことになるんスよ」
銃を突きつけられてるのに余裕あるな、この人。
ちなみに、一応言っておくが俺が主張したのはリコリスの街から目的地のプルナス・ムメの間に通っている高架式の高規格道路の利用だ。こんな人気のない森の中の未舗装の道ではない。
ウォルフさんの説得によって高規格道路の利用が決まったはずだったのに、その入口が近付くたびにスリップさんが『テガスベッタッス~』と言ってはステアリングを逆方向に切り、『アシガスベッタッス~』と言ってはアクセルを踏み増してことごとくスルーし続けたのだ。
そう、こんなことになっているのは断じて俺の所為ではない。
「ヒイロ、お主、まさかこの山賊団と結託して儂等をここに誘導したのではなかろうな?」
「何だって!? お前、そんなことを企んでたのか!?」
俺に鶏の知り合いはいない。
幽霊とポンコツ勇者の発言に苛立ちを覚えていると、運転席の外から鶏が嘴の先でスリップさんを突いた。
「無視するんじゃないよ!」
「あ、申し訳ないッス。それで、プルナス・ムメまで同乗したいっていう話だったッスよね? さすがにこの人数はちょっと定員オーバーッスね」
「そうじゃないよ! 身ぐるみ置いてけって言ってんだよ!」
「そんな…。俺と愛車の仲を引き裂こうっていうんスか!?」
そういう話じゃないだろ。
スリップさんが絶望の表情で驚いていると、外から聞こえてくる車を叩く音と怒声が大きくなる。
その大きな音に不快そうな様子で椅子に尻尾を叩きつけているミーアを宥めていると、ハルが立ち上がって声を掛けてきた。
「ヒイロ様、少しだけお待ち頂けますか。直ぐに山賊焼きを作ってまいります」
「いや、そんな料理するみたいに言わないで!?」
すると、ハルが微笑みを浮かべる。
「何をおっしゃっているんですか、ヒイロ様。まさに料理してくるんですよ」
料理のニュアンスがなんか違う。
ハルが隣に置いていた黒い箱を肩に担ごうとした時、スリップさんがそれを止める。
「ちょっと待ってほしいッス。ここは俺と愛車に任せてほしいッス。俺達の仲を引き裂くなんて不可能だということを、こいつらに思い知らせてやるッスよ」
そんなことを言うと、スリップさんは突然アクセルを踏み込んだ。
その急発進に周囲の山賊達が一気に振り払われる。
そして、スピードが乗ったところでステアリングを大きく切ると、後輪を横滑りさせながら180度の方向転換。
「ハハハハハ! 俺と愛車の間を引き裂こうとする奴等は、みんな粉砕してやるッスよ!」
嬉々として叫びながらアクセルを踏み込み、逃げ惑う鶏達に襲い掛かる。
そして右へ左へとステアリングを切っては、スピンしながら鶏達を弾き飛ばす。
ちなみに、この車は割と大きな装甲車然とした車両だ。どうやったらこんな挙動ができるのか教えてもらいたい。異世界脅威のテクノロジー…。
「ふう。大体片付いたッスね」
満足そうにそんなことを呟くスリップさん。
車の外は死屍累々。車の中も死屍累々…。
気持ち悪い…。吐きそう…。
そんな中、涼しい顔をしているオーギュストさん(幽霊)とバルザック。
幽霊の方はわかるが、こういった時に真っ先に倒れそうな噛ませ牛さんが涼しい顔で仁王立ちしている。
「バルザック…。車酔いには強いんだな…」
「何を言っておるのじゃ、ヒイロ? それは儂が作った張子のバルザックじゃぞ?」
……?
「昨日バルザックが倒れておるのを見た時に突然インスピレーションが湧いてのぅ。紙製包帯と糊で型を取って作ってみたのじゃ」
昨日、カイに殺されかけたバルザックを包帯ぐるぐる巻きにしていたが、治療ではなくただ型を取っていただけらしい。
本物のバルザックがどこへいってしまったのか気になったが、正直な話今はそれどころじゃない…。とても気持ち悪い…。
俺が必死に吐き気と闘っていると、ハルが少し頭を押さえながら近付いてきた。
「ヒイロ様、大丈夫ですか?」
「ちょっと…大丈夫じゃないかも…」
俺は、とりあえず新鮮な空気を求めて車の外へと出ることにした。
ハルの手を借りながら、うめき声を上げる鶏達の横を通り過ぎて近くの木陰に腰を下ろす。少しふらついた様子で後を追ってきたミーアも俺の膝の上で丸くなる。
ウォルフさんが少しふらつきながらも外へ出てくると、部下達に指示して鶏達を拘束し始めた。今気付いたんだが、この人どうして下駄を履いてるんだろう…?
「私はウォルフさんの手伝いをしてきますので、ヒイロ様は暫くこちらでお休みください」
「うん。ありがとう、ハル…」
そうしてミーアを撫でながらボーッと様子を眺めていると、ウォルフさん達は手際よく11羽の鶏達をロープで数珠つなぎに縛り上げた。
そして、この辺りに彼等を引き渡せる場所はないかと調べ始めた時、道の先に人影が現れた。
「あれまぁ。いってぇ何があっただ?」
そこに立っていたのは質素な着物に雪駄を履き、肩に鍬を担いでいる一人のおじさん。
農作業でもしていたのだろうか。体中が土で汚れている。
この国に入ってから和服を着ている人は割とよく見かけた。そして、現代でもファッションとして通じそうなレベルで髪を結っている人も割と見かけた。でも、さすがに月代と丁髷まで結ってる人は初めて見たな…。
俺は、いつになったらここの世界観を掴めるのだろうか?
「おんやぁ、こいつらお尋ね者の『カエルのお手々』でねぇか」
近付いてきたおじさんが鶏達を見て声を上げると、ウォルフさんが問い掛ける。
「地元の方ですか?」
「ああ、そうだぁ。オラは田吾作っちゅう者だぁ。こいつらには、ほとほと困らされとっただよ。お前さん等が捕まえただか?」
「ええ、そうです」
「ありがてぇこった」
「地元の方なら、ここら辺に彼等を引き渡せる警察署か何かを御存じないですか?」
「そだなぁ、オラの村に駐在が居るでよ。そいつに引き渡しゃぁええ」
すると、ウォルフさんと話していたおじさんが心配そうに俺の方へと視線を向けた。
「んなことより、そっちの二人は大丈夫だべか?」
二人?
「そげな強そうな男がそこまでやられちとは、『カエルのお手々』も強かったんだべな?」
強そうな男?
一瞬だけ俺のことを言っているのかとも思ったが、どうにもおじさんの視線は俺ではなく俺がもたれている木の反対側を見ている気がする。
気になってそっと木の裏側を覗いてみると、そこには白目を剥いたバルザックが倒れていた。
「バルザック!?」
俺が声を上げると、車の屋根の上でキョロキョロと辺りを見回していたオーギュストさん(幽霊)がこちらを向く。
「おお、そんなところに居ったのか。車の屋根に括りつけておいたはずなのに居らんものじゃから探したぞ」
何してるんだよ、この幽霊。
「そんにしても酷ぇ怪我だぁ。そげな強そうな大男が一番大きな怪我を負っとるんは、きっと仲間を守りながら勇敢に戦ったからにちげぇねぇ」
バルザックの怪我に鶏達は一切関与していない。どちらかというと、この怪我の原因はその仲間達の方である。
そもそも、見た目は強そうかもしれないがこの男はただの見掛け倒しだ。
俺がそんなことを考えていると、おじさんは使命感にかられたように真剣な表情を浮かべる。
「『カエルのお手々』を捕まえてくれた恩人を、こげなところで見捨てる訳にゃいかん。オラの村へ来てくんろ」
「そうだね…、彼等の引き渡しもしないといけないし…。案内をお願いできますか?」
「ああ、オラに付いてくるとええ」
こうして俺達は田吾作さんの案内で彼の村へと向かうことになった。
「ここがオラが暮らしとるサンセベリアの村だぁ」
案内されて到着した村で目にしたのは長閑な田園風景。所々に掘っ立て小屋のような質素な木造の家が点在している。
だから、いつの時代なんだよ。
「あっこに見えるのが駐在所だべよ」
彼が指し示す先には鉄筋コンクリ造りの四角い建物。
「おーい。ちょっと出てきてくんろ」
「どないした? 田吾作さん」
田吾作さんが声を掛けると、そこから出てきたのは法被と袴姿で十手を持った駐在さん。腰にはピストルをぶら下げている。
……うん、世界観について考えるだけ無駄な気がしてきた。
俺が遠い目をしていると田吾作さんが事情を説明し始める。
「こん人等が手配犯の『カエルのお手々』を捕まえてくれただよ」
「それは本当ですか? 『カエルのお手々』の団員には一人当たり¥7980の懸賞金をお支払いしてるんですが、捕まえたのは何人ですか?」
すると、ウォルフさんがロープで繋がれた鶏達を駐在さんへと引き渡す。
「捕まえたのは12名です。よろしくお願いします」
「1、2、3……12。はい、確かに12名。ご協力感謝します」
はて? 捕まえた鶏は11羽じゃなかっただろうか?
そう思ってロープで繋がれている鶏を見ていると、一番最後に噛ませ牛さんの姿…。
「ちょっと待って!? どうしてバルザックが繋がってるんですか!?」
「………いつの間にか下駄を履かされていたものだから、つい出来心で…」
履いている下駄を見ながらそんなことを宣うウォルフさん。
「いや、何をよくわからない理由で水増ししてるんですか」
バルザックも、いつ気が付いたのか知らないがどうしておとなしく繋がれてるんだよ。
そんなバルザックが呆然とした様子で呟く。
「…どうして俺は、鶏と一緒に繋がれてるんだ…? リコリスの街を散策していて、路地裏に入ったところまでは覚えているんだが…」
覚えていないのなら、そのまま忘れていた方が幸せだと思うよ?
「おお、気付いただか? やっぱり見た目通り強靭な人なんだべな」
繋がれたロープから解放されたものの混乱気味に首を捻るバルザックを見ながら、田吾作さんが感心したように呟いた。
まあ、こいつが丈夫である事は否定しない。
「んだら、オラに付いて来てくれるだか? 村長さ紹介するでよ」
その時、そんな俺達の元へ村の子供達が近付いてきた。そして一番近かったカイに声を掛ける。
「なあ、そいつらって『カエルのお手々』だよな?」
「兄ちゃん達が捕まえたのか?」
「ああそうだ。勇者カイの手にかかればこんな奴等は敵じゃないからな!」
興味津々で声を掛けてきた子供達にカイがドヤ顔で返すが、この鶏の捕縛にこいつは一切関与していない。
すると、子供達が驚いたように声を上げる。
「え、勇者? 兄ちゃん達、あのレニウム王国の勇者一行なのか?」
「ああ、そうだぜ!」
カイは胸を張って満足気だ。
「いやぁ、こんなところまで俺の勇名が轟いているなんて、俺も有名になったんだな。ほんと、参っちゃうなー。やっぱり勇者って大人気なんだな」
そんな風に調子に乗り始めたカイを尻目に、少年達が期待溢れる眼差しで俺に尋ねてきた。
「なぁ、それじゃあ、この中に勇者と一緒に旅をしているっていうあの人も居るのか?」
「あの人…? 誰の事?」
「あの有名な『タワシメイカー』のヒイロさんだよ」
「そんな奴は居ない!」
そう、そんな奴はこの世に存在しない。してたまるか!
すると、カイが恨めしそうに俺を見つめた。
「ヒイロ、子供達に人気があるからって調子に乗るなよ?」
乗ってねぇよ。
「え、兄ちゃんがヒイロさんなのか?」
「そうなのか? あのさ、ヒイロさん。あのキメ台詞言ってくれよ」
「あ、俺も聞きたい」
「キメ台詞!?」
この子達は、いったい何を言っているんだ?
俺が疑問に思っている中、子供達の会話は続く。
「あのキメ台詞、カッコイイよな!」
「そうそう、あの『俺のタワシに落とせない汚れはない!』っていうキメ台詞な!」
「まず俺にこびりついた汚名を落としてくれ」
そんな俺の切実な叫びに、新しいキメ台詞だなんだと無邪気にはしゃぐ子供達。その様子を見ながら哀しくなっていると、カイが不満そうな視線を俺に向ける。
「ハッ、ちやほやされて調子に乗りやがって、俺だって大人気なんだからな」
ちやほや? 俺には馬鹿にされているとしか思えないんだが?
そしてカイが子供達に向かって問い掛ける。
「なあ、お前達、勇者だって大人気だよな?」
「え? 別に、それほど…」
「そうだよな、別に興味ないよな」
本当に興味なさげに明らかにテンションが下がった子供達の頭の上にカイが手を乗せる。そして、その手に力を込めながら再度尋ねる。
「大人気だよな?」
「大人気ない!」
震えながら目に涙を浮かべる子供達をハルと一緒に勇者の魔の手から解放してやると、子供達は『勇者なんて嫌いだー』と叫びながら走り去っていった。
「こらー。お前等、村の恩人に向かって何てこというだぁ! すまねぇだ。あん子らも悪い子じゃないだが…」
「気にしませんよ…」
どちらかというと『タワシメイカー』が着々と拡がりを見せている事実の方が気になるが、今ここでそれを言っても意味がない。
アレックスさんには次会った時に文句を言ってやる。
そんなことを心に誓いながらも、俺達は田吾作さんの案内で村長の家だという入母屋屋根の大きなお家に案内された。
そして、田吾作さんが扉を叩く。
「おーい。開けてくんろ」
しかし、中からは反応がない。
「畑にでも行っとるんだか…?」
「縁側で昼寝でもしてるんじゃないか?」
そんなことを言いながらバルザックが家の裏手に回ろうと歩き出す。
そして家の角を曲がったところでバルザックが何かを踏んだ。
バルザックの足元に視線を向けるとそこには何者かの尻尾。その先を目で追っていくとそれは地面に座っていた一体の大きな生物から生えている。
すると、その生物がのそりと立ち上がった。目の前に立っているのは上顎から立派な犬歯を生やし、鎧の胸当てを着けた強そうな虎。両手(前足?)には何故かサーベルを構えている。
「は…?」
「「ぎゃあぁぁぁぁ!」」
一瞬フリーズした俺の目の前で、バルザックと虎が同時に叫び声を上げた。
当然、俺だっていきなり目の前に虎が現れて驚いたんだが、こいつらのあまりの慌てように少しだけ冷静になることができた。
すると、頭を抱えて小刻みに震えている虎に向かって田吾作さんが声を掛ける。
「スミロどん、お前さん、こげなところに居っただか」
俺が呆気に取られて虎を眺めていると、目に涙を浮かべた虎が恐る恐るこちらへ視線を向ける。
なんだろう、この見掛け倒しの虎…。
「田吾作どんだべか…? そげな恐ろしか人ば連れて何しに来ただぁ?」
「あれまぁ、驚かせてもうたか? すまんなぁ、スミロどん。でも、こん人等は悪い人でねぇ。『カエルのお手々』を捕まえてくれただよ」
それを聞いた虎が安堵したような表情を浮かべる。
「そりゃ本当だか?」
そして、ゆっくりと立ち上がると俺達に向かって頭を下げる。
「オラは村長のスミロっていうだよ。『カエルのお手々』には随分と困らされとったんだ。村を代表してお礼を言うだよ」
「あの…。とりあえず怖いんで、そのサーベル仕舞ってもらえません?」
すると、虎が不思議そうに首を傾げる。
「これはサーベルなんかでねぇ。これは、オラ愛用の裁ち鋏、その名も虎鋏だべ。分解修理をしとっただよ」
「紛らわしい!」
そんなことを言いながらサーベルだと思っていた二つの物を留金でつなぎ合わせた。
念の為言っておくが、サイズはデカいが形状はちゃんと鋏だ。罠ではない。
そこへ田吾作さんが口を開く。
「スミロどんは、お針子の仕事をしとるだよ」
「針子の虎!?」
「こんなところで立ち話もなんだべ、上がってくんろ。歓迎するでよ」
俺の発言はスルーされ、スミロさんが玄関の方へと回ろうとした時、上空を何かが横切った。見上げると、そこには大きな箱をぶら下げた一羽の白鷺。
その白鷺が近くに着地すると声を掛けてきた。
「スミロさん。お届け物です」
「届け物? どこの誰からだぁ?」
「えっと。『オノタロウ』さんから、サーベル3ダースですね。代金引換なので、支払いをお願いします」
「んなもん頼んだ覚えないだよ? 何かの間違いでねぇか?」
「…………チッ」
送り付け詐欺?
すると、その鷺が俺達に視線を向けた。
「あれ? そこにいらっしゃるのは、カイさんにヒイロさんじゃないですか? 私のことを覚えていますか? 裵です。王都で『オノタロウ』の臨時店長をやっていた裵ですよ」
なんとなくそうなんじゃないかと思っていたが、こいつ、やっぱり王都に居たフィッシング鷺か。
「えっと…、こんなところで何を…?」
「仕事です」
「仕事…?」
「あの事件の後、ウィルさんは私達に仕事を与えてくれました。それがこの宅配事業『ヘロン便』。私達はウィルさんに拾って頂いた恩を返す為に、こうして心を入れ替えて真っ当に働いているんです」
「つい今しがた、詐欺の片鱗を垣間見た気がするんだけど?」
「嫌ですね。鷺に鱗なんてありませんよ」
いつの間にか天使の姿に形を変えた裵さんが、天使のような笑顔で微笑む。だが、中身は鷺だ。
そこへバルザックが口を挟んできた。
「こいつらは、俺の斧の配送も担ってくれてるんだ」
「へぇ…」
そういえば、レオさんのところでO2に襲われた時に、斧を投下していった鷺が居たな。
「あ、バルザックさんの斧も持ってきましたよ」
「お、そうか。やっぱり斧を持ってないとしっくりこなくてな」
「代金引換です。支払いお願いします」
「お、そうか?」
そうしてバルザックが裵さんが持っている端末にスマホをを翳すと、『Critical!』という音と共に決済が完了する。
すると、裵さんがさっき持ってきた箱の中から『5』と刻印が入った斧を取り出して引き渡した。
36本ものサーベルなんて、初めから存在していなかったらしい。
「あ、そうだヒイロさん。何か配達するものはありませんか? 臨時収入もありましたし、ヒイロさんなら特別に初回無料で承りますよ?」
「え、いや別に…、特にないかな…」
「そんなことおっしゃらずに。さあ!」
どうしよう、何か頼むまで引き下がりそうもない。
何か良いものはないか…? あ、そうだ。良い機会だしアレをまとめて処分しよう。
「えっと…。それじゃあ、このタワシをアレックスさんのところまで送ってください」
そうしてカバンの中から黒い布に包んだ二十個程のタワシを取り出す。
言うまでもないだろうが、このタワシはここ数日のガチャの成果だ。
以前に一度だけヘチマが当たった事があるが、それ以降は再びタワシが続いている。
しかし、ただタワシが当たっているだけではない。
何故か最近は『タワシセット』が良く当たるようになった。ちなみに個数は毎回変わる。多いときは一気に十個も貰った。『オトクヨウ』とか言われても…。
もっと別のところに配慮が欲しい…。
「わかりました。これを首相に、ですね」
「ついでに、この熨斗も付けといてください」
近くにあった適当な箱にタワシを詰めて、そこに熨斗を付けて裵さんに渡す。すると、彼女はそれを見るなり怪訝そうな表情を浮かべる。
「…? 字、間違ってますよ?」
「いえ、それで合ってます」
「え? でも…」
「合ってます」
『御呪』と記載された熨斗を見ながら戸惑いの表情を浮かべる裵さんに真顔で答えると、何かを察した裵さんはタワシが詰まった箱を持って飛び立った。
そして、少しだけ気分が晴れた俺がタワシを包んでいた黒い布を畳んでいると、虎に声を掛けられる。
「お前さん、良い布を持っとるだね?」
「え? これのことですか?」
この黒い布はレオさんのところでO2に襲われた時、シタッパーが脱ぎ捨てた布の一枚だ。
ちょっと水しぶきを避ける為に使っただけだったのだが、撥水加工されていたみたいだし、なんか今後も使えるかなと思ってカバンに仕舞っていた。今は風呂敷代わりに使っている。ちょっとデカいけど。
「でも、化学繊維の量産品らしいですよ?」
たしかハルがそんなことを言っていた。
「そんなことないだよ。どっからどう見たって最高級品だべ」
すると、ハルが近付いてきて布の品定めを始める。
「確かに良い布ですね。魔法耐性が付与されている上に、絶縁、防炎、防水、防刃に耐衝撃、さらにはUVカットまで。それなのに薄くて軽い、さらに肌触りが良く通気性にも優れ…」
何やら喋り続けるハルだが、一目見ただけでよくわかるな。
どうやらシタッパーの中で一体だけ、とんでもないハイテク繊維を被っていた奴が居たらしい。
そんなことを考えながら布を見ていたら、虎が興奮した様子で俺に迫ってきた。
「オラに…、オラにその布を使わせてくれないだか? その布さあれば、最高の作品が作れる気がするだよ。もちろん、作った作品はお前さんの好きにして構わねぇ」
「ヒイロ様、この提案は受けるべきです。この布で外套でも仕立てれば、並大抵の攻撃ではヒイロ様を傷つけることはできなくなります」
なんだかとんでもないチート性能の装備が手に入ろうとしているが、それが本当なら確かに良い提案かもしれない。俺の生存率が格段に向上する。
「えっと。それじゃあ、よろしくお願いします」
俺から布を受け取ると、虎の目つきが変わった。
「田吾作どん。オラはこれから創作活動に入るだよ。接待は任せるで、粗相のないようしっかりもてなしてくんろ」
そう言い残すと、虎は奥の部屋へと入っていった。
その後、村の集会所に案内された俺達は、そこで村人達による歓待を受けた。
しかし、『新鮮な鶏肉が大量に手に入ったから』という理由で出てきたメインの山賊焼きに、俺はどうしても手を付けることができなかった…。
俺が戸惑っている間にも宴は進み、バルザックがどこからともなくTKGを持ってきて食べ始める。そのTKGが余程美味しかったのだろう。バルザックが仰向けになって口から泡を吹き、手足を震わせるほどに感激している。
そんなバルザックを横目で眺めている間にも夜は更けていった。
そして翌朝。
「ヒイロ様、よくお似合いです」
「そうかな」
真新しい黒い外套に袖を通した俺を褒めてくれたのはハルだ。
すると、近くで満足気に見ていた虎が俺の手を取る。
「オラ、こんな良い布で作品を作れて感激だ。ありがとうなぁ」
「いえ、こちらこそ。こんな立派な外套を仕立ててもらって、ありがとうございます」
「一応、その外套について簡単に説明しとくだな。布が持っとる特性通り、大抵の物理攻撃は受け付けんし、火も水も熱も電気も通さねぇだよ。伸縮性にも通気性にも優れとるで、激しく動いても快適に過ごせるでなぁ。あと、ご家庭の洗濯機で丸洗いまで可能だで」
なんだかチート装備を手に入れてしまった。
俺の無双展開に向けて一歩前進したんではないだろうか。いや、でも攻撃力無いな…。
それはともかくとして、一つとても気になることがある。
「ところで、大抵の物理攻撃を受け付けないような布をどうやって加工したんですか?」
「布との対話が大切なんだべよ。きっちり対話ができれば布の方からオラの想いに応えてくれるだよ」
「俺の質問に答えて?」
結局、満足気な様子の虎からはそれ以上の答えを得ることはできなかった。
その後、俺達はスミロさん達に挨拶をしてサンセベリアの村を後にした。
Q 裵さんが言ってる臨時収入って何の事?
A バルザックは『ヘロン便』と特殊配送契約を結んでいます。その契約に従って斧の配送代は料金後納でまとめて支払うことになっています。さらに言うなら斧の製作代金は既に支払い済みです。
ヒイロ 「詐欺じゃねぇか!」
白狐 「ところでヒイロ、遺失物横領って知ってる?」
ヒイロ 「………」 ♪~<(゜ε゜;)>
===
ヒイロ 「ところで、どうして『カエルのお手々』…?」
白狐 「カエデの語源に、葉っぱがカエルの手に似てることから『蛙手』と呼ばれ、そこから転訛したっていう説があるんだよ」
ヒイロ 「それが何?」
白狐 「そして、カエデは漢字で『鶏冠木』とも書くんだ」
ヒイロ 「説明しなきゃわかんねぇボケかましてくんじゃねぇ!」
↓これは多分オス
ちなみに、説明しなきゃわかんないようなボケなのに一切説明してないのが他にも多数…。
===
スミロどん
===
どうでもいいけど、移動に使っている装甲車は、イメージ的にはRG-33LやクーガーHEといった六輪式装甲車に近い。ただし、屋根上の武装は無い感じ。
……そう考えると、人間大の鶏はどうやって運転席のスリップさんを突いたのか…。いや、車体横のでっぱりとかに脚をかければなんとかなるか?




