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044 トラヌ タヌキ ノ カワザンヨウ

「話せば長くなるんだけどね…」


 ダクス藩の藩主でもある隠神刑部狸の健正さんが、深刻な表情で今回の事のあらましを語り始めた。

 成り行きで彼に協力することになった俺達も、往来のど真ん中に茣蓙ござを敷いて七輪を囲みながら耳を傾ける。

 ……場所変えるべきじゃね? いや、人通りはないんだけどさ。


「その日、オイラは娘と一緒に人に化けて山で松茸狩りをしていたんだ…。そうだ聞いてよ。オイラの愛娘のミドリちゃんはダクス藩一の才媛として名高いんだよ。それだけじゃなくて、目に入れても痛くないほど可愛いんだ。あ、写真見る?」

「見ません」


 スマホ片手に急に生き生きと娘の事を語りだした狸に答えると、彼は少し不満気な視線を俺に向ける。


「可愛いのに…」

「いいから、本題に戻ってください」


 狸は不満そうな様子でスマホを仕舞うと話を続ける。


「…オイラが松茸狩りに夢中になっていると、突然ミドリちゃんの悲鳴が聞こえたんだ。オイラは急いでミドリちゃんの元へと駆け付けた。すると、ミドリちゃんはキャーキャー言いながら野生のアカギツネを撫でていたんだ」

「何の話だよ!」


 俺のツッコミにキョトンとした顔で狸が答える。


「アカギツネと戯れるミドリちゃんがあまりにも可愛かったものだから是非聞いてもらいたくて。あ、その時の写真あるけど、見る?」

「それ、今じゃなきゃダメ?」


 スマホを取り出して写真を探し始めた狸に苛立ちを覚えつつも、話を先に進める為にぐっと我慢して続きを促すことにする。


「それで、平太郎はいつ出てくるんですか?」

「え? あ、そうそう。平太郎に会ったのはその翌日のことなんだ」

「さっきの話は何だったんだよ!」


 そんな俺を無視して狸は語り始める。


「その日、オイラはミドリちゃんと一緒に人に化けて山で紅葉狩りをしていたんだ…。オイラが紅葉を眺めていると、突然ミドリちゃんの悲鳴が聞こえてきた。オイラは急いでミドリちゃんの元へと駆け付けた。すると、震えるミドリちゃんの前に一人の刀を振り上げた男が立っていたんだ」

「なるほど、そいつが平太郎ですね?」

「いや、こいつは山におやじ狩りに来ていた盗賊Dだ」


 A~Cはどこいった?


「盗賊Dが刀を振り下ろそうとした瞬間、そこに一人の男が割って入り、その刀を受け止めた」

「そいつが平太郎ですか?」

「いや、こいつは盗賊Cだ」

「いいかげんにしろよ?」

「CとDの会話から察するに、四人組の盗賊がミドリちゃんに絡んだところ、そのうち二人が一瞬でミドリちゃんにされた。そして、それに怒ったDが斬りかかるものの、実力差を感じ取ってこれ以上被害を拡げたくなかったCによって止められたといったところだと思う」

「そんな考察はどうでもいい」

「その後、盗賊C、Dは仲間のB、Eを引き摺って去っていった」


 ……Aは?

 いや、違う。それも気になるけど、そうじゃない。


「結局、平太郎はいつ出てくるんですか?」

「この後だよ。近くでどんぐりを頬張っていたリスのあまりの可愛さに震えていたミドリちゃんがふと顔を上げると、そこに侍Hが通りかかったんだ」

「平太郎は!?」

「あ、Hって平太郎のことだよ?」

「だったら、初めからそう言えよ!」


 そろそろ疲れてきた。

 他の人達は呑気に干物片手にお茶を啜りながら話を聞いている。

 そんな中でミーアはさっきから周囲の匂いを嗅ぎながらうろうろしている。そして、俺が見ていることに気付くと、こちらを見て小首を傾げた。うん、可愛い。

 俺、もう少しだけ頑張れそうな気がする。


「平太郎は洒落た着物を着た伊達男で、ミドリちゃん曰く、一目見た瞬間に『この人は私の将来の旦那さんだ』と予感がしたらしい」

「何で!? まだ、出会っただけだよね!?」

「その日から、平太郎は毎日山へとやって来た…。このままではミドリちゃんが平太郎に取られてしまう…。そう考えたオイラは筆頭家老のヤマモトに平太郎の周りで怪異を起こし続けるように命じたんだ」

「何の嫌がらせだよ」


 すると、狸の表情が曇っていく。


「でも、平太郎は一月ひとつきに渡る怪異に耐え続け、遂にはヤマモトの方が過労で倒れてしまった…」

「このブラック上司!」

「オイラの与えた試練に耐え抜いてミドリちゃんへの愛を証明した平太郎を、オイラは認めざるをえなかった…」


 なんか勝手に試練だったことにしてやがる。


「そんなある日のことだ…。いつものように山へ来た平太郎を陰から見ていたミドリちゃんは、意を決して声を掛けることにしたんだ」

「まだ出会ってすらなかったよ!?」


 いや、平太郎、意味も分からずにただ嫌がらせを受けてただけじゃないか。なんか、だんだんと平太郎の方に同情してきたよ。


「しかし、運命の悪戯か、声を掛けたミドリちゃんに待っていたのは残酷な現実だったんだ…」


 狸が哀しそうに目に涙を浮かべる。


「平太郎が毎日山に足を運んでいたのは、ミドリちゃんに会いに来ていたわけじゃなくて狸狩りをする為だったんだ…」

「うん。まあ、出会ってすらないならそうだろうね」


 だが、ある意味ではミドリちゃんに会いたくて来ていたと言えなくもない。


「平太郎から狸の居場所を尋ねられたミドリちゃんは、驚きのあまり尻尾を出してしまった。そして、それを見た平太郎はミドリちゃんに襲い掛かったんだ。

そう、平太郎の目的は初めから狸の毛皮(ミドリちゃんの体)だった…。あいつは、ミドリちゃんの心を弄んで毛皮(その体)を手に入れるつもりだったんだ!」


 怒りを露にする狸。

 だが、弄んだも何も、平太郎からしてみればこの時が初対面である。


「偶然近くに居たオイラはミドリちゃんを助けようと飛び出した」

「いや、これだけ詳しく一部始終把握してる時点で偶然なわけねぇよな?」


 この狸、絶対に娘をけてただろ。


「しかし、オイラが隠れていた木の陰から飛び出した次の瞬間、平太郎はミドリちゃんの手で血祭りに上げられていた」

「ワァ、ミドリチャン、ツヨ~イ…」


 なんか、少しだけ平太郎が可哀想になってきた。


「オイラは、何故ここに居たのかを追及してくるミドリちゃんを躱しながら、平太郎を問い詰めた…。すると、平太郎が立てていた恐ろしい計画が判明したんだ」

「恐ろしい計画…?」


 狸の話を聞いていた全員が固唾を飲む。


「そう、平太郎は狸の毛皮を賄賂に充ててダクス藩の要職に就くことを目論んでいたんだ。それを見越して既にダクス藩の藩都インカルナタの一等地にローンで一軒家まで購入していたらしい」

「せめて捕まえてからにしろよ!」


 正直、無計画なんだか、楽観的なんだかわからないそいつの発想の方が恐ろしい。


「そもそも、狸の毛皮だけで要職に取り立てられると思ってるのがおかしいだろ」

「いや、実は平太郎にこの話を持ち掛けた人物がいるらしいんだ。山に出没する狸の毛皮を持ってきたら藩の要職に取り立てると…。さすがに、その狸の正体までは知らされていなかったみたいだけど…」


 すると、黙って話を聞いていたヨウコさんが口を開いた。


「なるほど、平太郎を利用していた黒幕がいるということですか…。それで、その話を持ち掛けた人物とは?」

「…わからない。オイラもその人物の名を問い詰めようとしたんだ。でも…」


 狸の表情が曇っていく。


「平太郎は奥の手を残していたんだ…。平太郎は隠し持っていた神杖でオイラとミドリちゃんの神通力を封じてしまった…。力を失ったオイラ達は、折れた足を引き摺りながらうのていで去っていく平太郎を見送ることしかできなかった」


 平太郎、割と重症だな。ミドリちゃん容赦ない…。


「結局、わかったのは平太郎に話を持ち掛けた人物がダクス藩の家老衆の中に居るということだけ…」


 狸が肩を落とすと、ヨウコさんが何やら納得したように呟く。


「家老衆の中に? …なるほど、藩主の不在を隠蔽しつつ藩のまつりごとを裏から操り、さらには藩主の名を騙っての将軍暗殺計画…。そんな真似は相応の高い地位にでもいないと難しいですからね…」


 すると狸が鋭い目つきで考察を始めた。


「ダクス藩の家老衆は五人…、その内、筆頭家老のヤマモトは過労で倒れて療養中…」


 あんたの所為でな。


「そうなると怪しいのは必然的に残りの四人の家老達に絞られる…。残りの四人、その名もダクス藩四天王に!」

「ダクス藩四天王!?」


 何故筆頭家老だけ仲間外れにしたのか?

 俺が突然の展開に内心でツッコんでいると、狸が真剣な顔をして続ける。


「そう…、ブルータス、ミツヒデ、リョフ、ユダ……。この中に裏切者がいる!」

「うん。全員じゃね?」


 なんだよ、そのオールスター。全員が各々の思惑の下に何らかの裏切りを画策していそうな気さえしてくる…。


「それで、その中の誰が裏切者なのか心当たりはあるんですか?」

「いや、それが全く…」


 ヨウコさんの問いに、狸が首を横に振った。


「そうですか…。結局、平太郎を捕まえてみないことには何もわからないということですね…」


 ヨウコさんが考え込むような素振りを見せると、カイが口を開いた。


「ようするに、平太郎さえ探し出せば、その黒幕の名を吐かせることもできるし、この狸とヒイロが無能から脱却できるってことだな」

「何故さりげなく俺を入れた?」


 そんな俺の問いには誰も答えることもなく、ヨウコさんに向かってハルが問い掛ける。


「それで、どうやってその平太郎を探すんですか?」

「そうですね、相手はこちらが調べた平太郎に関するレポートを先回りして処分できるほどの手練れ…。一筋縄ではいかないでしょうね…」


 いつの間にそんなことになった?

 深刻な表情で呟くヨウコさんだが、そのレポートの紛失には平太郎も今回の黒幕もおそらく関与していないだろう。

 それはともかくとして、ヨウコさんはレポートの内容を覚えていないのだろうか?


「ヨウコさんは、そのレポート読んだんですよね? 何か覚えていることってないんですか?」

「それが、まだ内容を確認していなかったんです。レポートを受け取った時は目を通していられるような状況ではなかったので…」

「だったら、そのレポートをまとめた人がいますよね? その人にもう一回報告してもらえば良いんじゃないですか?」


 俺が尋ねると、ヨウコさんの表情が急に曇り始めた。

 そして、涙を堪えながら首を横に振る。


「それはできないんです…」

「どうしてですか?」

「もう、この世にはいないんです……。彼女は最後の力を振り絞って私にレポートを託すと、そのままこの世を去りました…」


 振り絞るようにして声を出すヨウコさんを前にして、俺達は口を手で覆い一様に言葉を失う。

 そして、狸がその場に崩れ落ちた。


「そんな…、オイラの所為で犠牲者が…」


 嗚咽を上げながら地面を叩く狸に、ヨウコさんがぎこちない笑みを向ける。


「いえ、それが彼女の運命さだめだったんです…。狐狗狸さんは、自らの役割を果たして最後は満足そうにこの世から去っていきました…」


 ……。


「狐狗狸さんかよ!!」


 俺の涙を返せ。

 そもそも、どうしてこの人は狐狗狸さんで情報収集してるんだ。

 すると、急にカイが怒りに震え始めた。


「平太郎は自分の情報を守る為ならば人を殺めることすら辞さないのか…。犠牲になった狐狗狸さんの為にも、絶対に平太郎を探し出さないとな」


 その件に平太郎は関与していない。そもそも、犠牲者が出ていない。


「だが、どうすればいい? 闇雲に探し回るわけにもいかないし…」


 そうやってカイが首を捻り始めたところへ、ウォルフさんが声を掛ける。


「それなら自分から一つ提案があるんだけど」

「何だ、ウォルフ?」

「実はこの街には伝説の情報屋がいるらしいんだ。彼なら平太郎の居場所も知っているかもしれない」

「情報屋? ウォルフ、どうしてそんなことを知ってるんだ?」


 カイが疑問を投げかけると、ウォルフさんは自分の眼鏡を指さした。


「今、このAR眼鏡を使って『平太郎 捜索』で検索してみたんだ。そしたら、『リコリスの街での人探しならここにお任せ アケチ探偵社』っていう結果が表示されてね」

「それは情報屋とは言わない」

「こういう時にこそAR眼鏡を有効活用しないとね」

「ARを有効活用しろよ!」


 クイッと眼鏡を直しながら自慢気な様子のウォルフさんに若干の苛立ちを覚えていると、カイが急かす様にして口を開く。


「よし、だったら直ぐにでもその情報屋のところまで行こう! そいつはどこに居るんだ?」

「そうだね、彼の探偵事務所はこの街の温泉街にあるらしい。自分が道案内するから後ろを付いて来てくれるかい」


 そう言って歩き出そうとしたウォルフさんをヨウコさんが引き留める。


「ちょっと待ってください…。直ぐにでも行きたいのはやまやまなんですが…」


 すると、彼女は狸の方に視線を向けた。


「健正、さすがに街中でその姿は目立ちます。変装するなりしないと…」


 ちなみに、今の彼女は濃い藍色の忍び装束姿だ。どの口が言うのか?

 そんなことを考えていると、ハルがちらりと俺に視線を向けていることに気付く。

 こっち見ないで? 今回俺は変装する必要無いからね?

 また女装させられては堪らないので、俺はハルと目を合わせないように視線を逸らす。

 俺が必死にハルの視線を避けていると、狸が自分の姿を確認しながら呟いた。


「変装…? …人の姿なら目立たないかな?」


 さすが狸。人に化けるのはお手の物なのだろう。

 すると、狸が俺に背中を向けてきた。そして背中を指さしながら一言。


「あ、あの…。後ろのファスナー下ろしてもらえないかな?」

「……は?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、確かに俺に向けられているその背中にはファスナーが付いているのが見える。


「着ぐるみかよ!」


 何でこいつだけデフォルメアニマルなのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 そんなツッコミを入れつつも、仕方がないので背中のファスナーを開けてやる。すると、着ぐるみの中から頭に狸の耳、お尻から狸の尻尾を生やした少年が顔を出した。

 そして、脱いだ着ぐるみを抱きかかえると、そこに恥ずかしそうに顔を半分ほど埋めながら上目遣いで俺達を見上げてくる。


「素顔見られるの…恥ずかしいな…」

「ハハッ、照屋さんめ」


 何やらあざとい仕草を見せる少年に対して乾いた笑いを浮かべつつ返していたら、カイが驚いたように口を開く。


「おいおい、まだガキじゃないか」

「違うよ。オイラはガキじゃない」

「自分でガキじゃないって言う奴はガキなんだよ。やーい、ガキー」


 とりあえず、お前等どっちもどっちだよ。

 カイと低レベルな言い合いをしていた健正さんだったが、急に胸を張るとドヤ顔を浮かべた。


「オイラはガキじゃない。こう見えても二百年は生きてるんだぞ」


 二百歳超だというのならば、もっとそれらしい姿形をしていてほしいものだ。そして、もっと落ち着いた言動をしてほしい。

 今目の前に居る少年は、見た目は子供、精神面(中身)も子供といった感じだ。

 そんな健正さんにヨウコさんが近付いていくと、急にその頭を撫で始めた。


い奴よのぅ」


 むっちゃデレていらっしゃる。

 すると、健正さんが頬を膨らませてムッとした表情を浮かべ、その手を払い除けた。


「オイラを子供扱いしないでよ!」


 やめておけ、その行動はおそらく逆効果だ。

 案の定、ヨウコさんは健正さんの頭を抱え込むようにして抱きしめ、もみくちゃにし始める。


「千年生きておるわらわから見れば、子供のようなものよ」


 おい、そこの将軍。さっきから素が出てるぞ?

 すると、健正さんがヨウコさんへと訝し気な視線を向けた。


「千年…? 玉藻将軍じゃあるまいし…」


 その発言にヨウコさんは一瞬ビクッと体を震わせると、慌てて距離を取る。


「そ、そんなまさか。わらわはヨウコでありますですよ?」


 むっちゃ目が泳いでいらっしゃる。

 そして、ヨウコさんはクルッと向きを変えると誤魔化すように歩き始めた。


「さあ、その姿なら目立たないでしょうし、そろそろ移動しましょうか」

「ちょっと待ってください、今一番目立つ恰好してるのはヨウコさんですよ」


 俺が指摘してやると、ヨウコさんが立ち止まり目を丸くする。

 そして自分の服装を確認すると、次の瞬間には地味な和装へと変わっていた。

 何その瞬間早着替え。


「これなら良いですかね? さて、それではウォルフさん、案内をお願いします」

「そうだね。それじゃあ行こうか」


 ウォルフさんの先導で移動し始める中、健正さんが後ろを振り返る。


「あ、ちょっと待って。オイラの着ぐる…み…」


 そして、さっきもみくちゃにされた時に落とした着ぐるみを拾おうと手を伸ばすと、何者かが先にそれを拾い上げた。


「え?」


 健正さんがポカンとした顔でその人物を見上げると、そこに立っていたのは迷彩柄の忍び装束を着た男。この男はリンドウの街で俺達を追ってきたあの忍者だ。


「拾ってくれたの? ありがと…」


 健正さんがお礼を言いながら着ぐるみに手を伸ばすと、忍者は手を高く上げて着ぐるみを持ち上げる。


「…う?」


 伸ばした手が空を切り、健正さんは不思議そうに忍者を見上げる。

 そして、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を伸ばしてみるものの着ぐるみには全く手が届かない。

 忍者はそんな健正さんを気にすることもなく、驚いたような表情でひたすらに着ぐるみを見つめていた。

 そういえば、こいつはダクス藩の忍なんだから健正さんの配下なんだよな。

 事情を説明すれば協力態勢を築けるんじゃないだろうか?

 漠然とそんなことを考えていると、健正さんが涙目で忍者をポカポカと叩き始める。だが、忍者はノーダメージだ。この狸、相変わらず攻撃力は皆無である。

 すると、忍者が健正さんへと視線を向けた。


「おい、坊っちゃん。これをどこで手に入れた?」

「え? …どこって言われても、それはオイラの家に代々受け継がれてきたものだよ…」


 健正さんが戸惑いながら答える。

 この忍者、健正さんのこの姿のことは知らないらしい。

 すると、忍者は再び着ぐるみに視線を向けた。


「そんな筈は無い。これはどう見ても隠神刑部の毛皮…」


 いや、それ、ただの着ぐるみだから。

 その時、忍者がふとこちらへ視線を向けた。そして、俺と視線が交錯すると、その表情が見る見るうちに歪んでいく。


「お前達がやったのか…?」

「え?」

「お前達が健正を殺して、この毛皮を剥ぎ取ったんだな!」

「ちょっと待て。俺達はってない!」


 どうしよう。妙な誤解を受けてまた話が拗れかねない。

 健正さんから事情を説明してもらうか? でも、こいつは健正さんのこの姿を知らないらしいし、話を聞いてくれるかどうかは怪しい。

 俺が打開策を模索していると、忍者から予想外の一言が発せられる。


「よくやってくれた。これで手間が一つ省けた。礼を言わせてもらおう」


 忍者はそう言うと、ポカポカと殴り掛かっていた健正さんを突き飛ばす。


「ちょっと待て。どういうことだ? お前は健正さんの配下じゃないのか?」

「フッ、それは世を忍ぶ仮の姿だ」


 その時、ヨウコさんが何かに気付いたように呟いた。


「あなた…、まさか喇叭ラッパの里の忍ですか?」

喇叭ラッパの里!?」

「あの特徴的な迷彩柄の忍び装束に腰からぶら下げた小さめの進軍ラッパ…。それに、鉢金に刻まれた喇叭ラッパのマーク…。間違いありません」

「自己主張の塊かよ!」


 よく見たら迷彩も喇叭柄迷彩だ。


喇叭ラッパの里は金さえ払えばどんな依頼でも受ける忍集団で、首領の名はひょっこり半蔵。国中に秘密の諜報網を構築しているという噂です」

「いや、そいつなら堂々とチェーン展開してるよ!?」


 ついさっき会ったよ。

 すると、ヨウコさんは口惜しそうに唇を噛んだ。


「何故、リンドウの街で見た時に正体に気付けなかったのか…」

「フッ、言っただろう。アレは世を忍ぶ仮の姿だと。俺は里の仕事をする時用と普段用に二足の草鞋を用意して、上手く履き替えながら両立しているのさ」

「なんという高度な変装技術…。見破れないはずですね」


 ………。


「ミーア、ブラッシングしてあげるからこっちおいで~」

「ヒイロ様、現実逃避をしないでください」


 いや、もう疲れたよ。

 寄ってきたミーアをブラッシングしてやると気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。

 そんな風に俺がツッコミを放棄してミーアに癒されていると、カイが忍者に向かって問い掛けた。


「それで、お前はいったい何が目的なんだ?」

「フッ、知りたいか? ならば教えてやろう。俺の任務はこの隠神刑部の毛皮を手に入れることだ」

「そんな着ぐるみをどうするつもりだ?」

「お前達はこれの真の価値を知らないらしいな…」

「真の価値だって!?」

「そうだ、これは…」

「余計なおしゃべりは止めな、トロンボーン!」


 目の前の忍者の言葉が、どこからともなく聞こえてきた女の声によって遮られる。

 すると、近くの家の屋根の上から迷彩柄の忍び装束の男女が飛び降りてきた。


「ホルン、チューバ、何故ここに!?」

「御頭があんた一人じゃ心配だって言うからさ、こうしてわざわざあたい達が来てやったのよ」

「聞き捨てならないな、ホルン。俺がこの程度の任務を失敗するとでも?」

「あ~、違う違う。御頭はあんたが手に入れた毛皮を横流ししないかを心配してるのよ」

「………………そんなことするわけがないだろ?」


 なんだ、今の間は?


「でも、あんた最近、高級車やマンションのパンフレット取り寄せてるでしょ? しかも、『近々大金が手に入る予定なんだ』とか言って、後輩達誘ってあんたの奢りで飲み歩いてるそうじゃない」

「何故それを!?」

「トランペットとコルネットが御頭に報告してたわよ?」

「あいつら…、奢ってやったってのに半蔵様に余計なことを言いやがって」


 苦虫を噛み潰したような表情で呟く迷彩柄忍者、改めトロンボーン。

 言いたいことはいろいろある。だが、とりあえず俺が今一番言いたいのはこれだ。


 どうして首領の名前だけ喇叭ラッパじゃねぇんだよ!


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