042 キツネ ト タヌキ ノ バカシアイ
俺達が今いるのはリコリスという街。
ダクス藩とその隣にあるフクス藩の境界となる川の中州にあるこの街は、玉藻将軍が現在の政権を確立するまでは両藩が激しい奪い合いを繰り広げていたという。
そんなこの街を現在領有しているのはフクス藩だ。
そう、俺達はリンドウの街を抜け出し、なんとかダクス藩の領地からも脱出することができた。
正直、スリップさんが趣味で調べていた『道なき道』がこんな形で役に立つなんて誰が予想できただろう。
まあ、盛大に車酔いをしたんだが…。
さて、そんな俺だが気分転換も兼ねて今日の宿の確保に出かけたウォルフさんに付いて来ている。ハルとミーアも一緒だ。
……俺達、どうしてこんな行き当たりばったりの旅をしてるんだっけ? なんかおかしくない?
おかしいといえば、今日のウォルフさんは眼鏡がいつものと違う。何というかフレームが妙にごつい。
イメチェンなのか、間違い探しの延長なのか判断に迷う。
「今日の宿は確保できた、と。後は、他のメンバーにメッセージを送って…」
「さて、ヒイロ様はこの後どうされますか?」
宿の確保を終え、一足先に自由行動している他のメンバーにメッセージを送っているウォルフさんの横で、ハルが俺に問い掛けてきた。
俺がどうしようか考えていると、ウォルフさんがスマホを仕舞いながら声を掛けてくる。
「そうだ、二人ともお腹は空いてないかい? 付き合ってもらったお礼にどこかで食事でもごちそうするよ。実は良いものがあるんだ」
ウォルフさんがそう言いながら一冊の本を取り出す。
「何ですか、それ?」
「これは、満願皇国のグルメを紹介しているアシュランガイドだよ」
「アシュランガイド…?」
「そう、グルメライターの阿修羅が皇国中の飲食店を食べ歩いてまとめたグルメガイドなんだ」
「何やってんの、阿修羅…」
表紙に阿修羅像が描かれた本を手に持ったウォルフさんを眺めながらそんなことを呟いていると、ウォルフさんが続ける。
「ある時、自身の姿を見て三つの料理を同時に評価できる事に気付いた彼は、これは天職なんじゃないかと考えて、思い切ってグルメライターに転職したらしい」
「いや、絶対もっと他に天職有っただろ」
正直、三つの料理を同時に評価できたとして、それは本当にメリットなのかどうかもよくわからない。
「店の素の情報を掲載する為に、彼はお忍びでの調査をモットーにしているんだ」
「絶対忍べてませんよね?」
明らかに目立ちすぎる特殊な姿をしている。
そんな会話をしながらも歩を進めていると、ウォルフさんは一軒の店の前で足を止めた。
「あ、ここだ。リコリスの街に来たら、この店は絶対に外せない。ここがアシュランガイドにも紹介されている有名店、『狸のマークのはっぱ寿司』だよ」
「騙される気しかしねぇ!」
「ここは、アシュランガイドに三つの黒星を付けられた迷店なんだ」
「店側が三連敗してる!」
評価方法がわからん。
「まあまあ、とりあえず入ってみよう」
そうして、俺達はウォルフさんに促されるままに店へと入った。
和風の落ち着いた雰囲気の店内には大きな木製のカウンター。俺達が暖簾をくぐると、そのカウンターの中にいる寿司職人姿で二足歩行をしている二匹の狸が声を上げた。
「「へい、らっしゃい!」」
「こちらのお席へどうぞ」
とりあえず回転寿司ではないらしい。
俺達は案内されたカウンター席へと腰を下ろす。
「この店は寿司職人チャ・ガマーの味に惚れ込んだ青年実業家、ショ・ジョージが支援してオープンしたらしい」
「そうですか…」
ウォルフさんがガイドブックを見ながらそんな説明をしてくれるが、俺はどうにも他の事が気になって仕方がない。そのため、返事も上の空だ。
何が気になっているのかといえば、目の前にいる職人姿のリアル狸がいったいどうやって寿司を握るというのだろうか、だ。
すると、一匹の狸が俺達に向かって声を掛けてきた。
「何から握りましょう?」
「おすすめは?」
ウォルフさんがおすすめを尋ねると、少し考えて狸が答える。
「そうですね…。栗御飯と松茸御飯のおにぎりがおすすめです」
「寿司は?」
俺が率直な疑問を口にすると、狸が驚いたような表情を浮かべる。
「え? お客さん、寿司が食べたいんですか?」
「あれ? ここ寿司屋ですよね?」
と、そこへ異変に気付いたもう一匹の狸が声を掛けてきた。
「おい、アライ。どうした?」
「あ、大将。この人達、寿司が食べたいそうです」
「何?」
アライという名前らしい狸にそう言われ、大将と呼ばれた狸が少し困ったような表情を浮かべる。
ちなみに、その時の俺は二匹の並んだ狸を見ながら、同じ狸でも割と顔に個性があるんだなぁ、なんてことを呑気に考えていた。
すると、大将が深刻な表情で俺に尋ねてくる。
「…お客さん。どうしても寿司が食べたいですか?」
「え? ここ寿司屋ですよね?」
「…そうですか、わかりました」
「大将…。ここは僕が…」
「いや、お前にはまだ早い。お前は奥で洗い物でもしていろ」
深刻そうに会話をしている目の前の二匹をじっと見ていると、ふとある事実に気付く。
アライと呼ばれている奴、こいつ狸じゃない。アライグマだ。
ふちが白い耳と眉間に通った黒い筋に白い髭。そして何よりも、縞模様の入ったふさふさの尻尾。完全にアライグマの特徴だ。
…とりあえず、あの尻尾モフりたい。
ミーアが向けてくる抗議の視線に気付かないふりをしているとアライグマが奥へと引っ込み、大将が声を掛けてきた。
「お客さん、すみませんね。あいつはまだ幻術も使えない半人前なもんで、俺が責任もって握らせて頂きます」
「幻術…?」
何やら不穏な単語に気を取られていると、まだ何も注文していないにもかかわらず大将が黒い何かを握り始める。
そして、その黒い物を俺の前にある寿司下駄の上に乗せた。
「…え? 寿司は?」
「仕上げがありますのでもう少しだけお待ちください」
そう言うと大将が一枚の葉っぱを取り出した。
「この泥団子に葉っぱを乗せて、術をかければ……、ほら、立派なちらし寿司の出来上がり!」
「黒星の理由が分かった!」
とりあえず、寿司下駄にちらし寿司を乗せるな。
「いや、こんな得体の知れないものじゃなくて、普通に寿司を握ってくださいよ」
「何を言っているんですか? この手で寿司なんて握れるわけがないでしょう?」
殺意さえ芽生えるよ?
当然、俺達は何も食べることなくその店を後にした。
「いやぁ、酷い目にあったね」
「本当ですよ。どうしてあの店、営業できてるんですかね…」
「ここが王国だったら、特殊諜報局の権限で潰すことも可能だったのですが…」
ハルが何やら物騒なことを言っている気がするが、なんか怖いので聞き流しておくとしよう。
「それより、結局何も食べられなかったから、お腹が…。早く次の店を探しましょう」
「そうだね…。それじゃあ今度はどの店にしようか…」
「とりあえず、そのガイドブックから離れませんか?」
再びガイドブックに目を通し始めたウォルフさんに提案してみるものの、そんな俺の訴えは無言で却下される。
そして、ウォルフさんはある店の前で足を止めた。
「あ、ここかな…? ここは『狸のマークのはっぱ寿司』に匹敵するほどの有名店、『狐のマークのはっぱ寿司』だよ」
「デジャヴ!」
既に駄目だろ、これ…。
「この店は、チャ・ガマーと同じ店で修行していたゴンという寿司職人の店で、アシュランガイドが三つの白星を付けた名店らしい」
「だから、評価方法がわからない」
「まあまあ、とりあえず入ってみよう」
またしても俺達はウォルフさんに促されるままに店へと入った。
和風の落ち着いた雰囲気の店内には大きな木製のカウンター。俺達が暖簾をくぐると、そのカウンターの中にいる寿司職人姿で二足歩行をしている二匹の狐が声を上げた。
「「へい、らっしゃい!」」
「こちらのお席へどうぞ」
この店には初めて来たはずなんだけどなぁ。何でこんなにも既視感を覚えるんだろう。
とりあえず、このリアル狐も絶対に寿司なんか握れないよね?
俺は疑いの視線を向けつつも、ウォルフさん達に続いて案内されたカウンター席へと腰を下ろす。
すると、一匹の狐が俺達に向かって声を掛けてきた。
「何から握りましょう?」
「おすすめは?」
ウォルフさんがおすすめを尋ねると、少し考えて狐が答える。
「そうですね…。うちは、トロに拘ってるんですよ。だからトロだけは絶対に食べてもらいたいですね」
「そうなのかい? それじゃあトロを貰おうかな」
「まいど!」
すると狐がトロを取り出して握り始めた。
そして、それを俺達の前にある寿司下駄の上に乗せる。
寿司下駄の上に乗せられているのは、丸めたトロの塊。寿司飯とかそういったものは一切ない。
「…え? 寿司は?」
「仕上げがありますのでもう少しだけお待ちください」
そう言うと狐が一枚の葉っぱを取り出した。
「このトロ団子に葉っぱを乗せて、術をかければ……、ほら、立派ないなり寿司の出来上がり!」
「トロへの拘りどこいった!?」
そして原価率大丈夫か?
するとその時、店の扉が勢いよく開き、さっきの店の大将の狸が飛び込んできた。
「ゴン、今日という今日は許さねぇぞ! また、うちの客を横取りしやがって!」
とりあえず、俺達がここに居るのは、あんたが泥団子なんか出した所為だが?
そんな狸に狐が応じる。
「チャ・ガマー、言いがかりをつけるのはやめてもらおうか」
「言いがかりだと!? そもそも、うちが魚を仕入れるのを邪魔をしているのはお前じゃないか。そのうえ、毎日店先に栗や松茸を置いていきやがって。その所為でうちは寿司を出せずに炊き込み御飯に頼るしかなくなったんだ」
何言ってんだ、この狸。
何やってんだ、この狐。
不毛な言い争いを続ける狐と狸を眺めていたら、店の壁紙の一部がペラリと捲れた。
そして、そこから一人の老人がひょっこりと顔を出す。
「お前達、いつまでもくだらないことで言い争っているんじゃない」
現れたのは迷彩柄の忍び装束に頭巾を被った老人。
…迷彩柄の忍び装束、流行ってんの?
すると、その老人の姿を見た狸と狐が驚いて声を上げる。
「「師匠!?」」
完全に置いてけぼり状態の俺達がポカンとしながら見ていると、近くに座っていたビジネスマン風の客がなにやら勝手に喋りだした。
「あの老人はゴンとチャ・ガマーが修行をしていた店、『乱破のマークの素破寿司』の大将、ひょっこり半蔵だ」
「もっと忍べよ!」
ちなみに老人が額に着けている鉢金には喇叭のマークがついている。もう、何が何だかわからない。
すると、目の前のビジネスマンが名刺を差し出してきた。
「おっと、すまない。自己紹介が遅れたな。俺はチャ・ガマーのビジネスパートナー、ショ・ジョージという者だ」
あんたは狸ちゃうんかい。
というか、今俺達がいるのは狐の店のはずなのだが…、敵情視察にでも来ていたのだろうか。
「ひょっこり半蔵は業界では有名な人物でな、店のメニューを雁を蒸篭で蒸した商品一本に絞るという効率経営を行った人物として知られている」
「寿司は?」
「そのおかげで、彼の率いる素破寿司は一大チェーンを築くまでに至ったんだ」
「いや、だから忍べよ!」
「ちなみに、素破寿司の店員は全員本職の忍者で迷彩柄の忍び装束を着ている」
「うん、だから忍んで!?」
「昔は正体を隠していたんだが、とあるメディアに正体を素破抜かれてから開き直ったらしい」
「あ~、素破抜かれちゃったか~」
俺は、まともに相手することを放棄した。
それはともかく、老人に説教されながらも狐と狸はギスギスした空気を纏いながら睨み合っている。
「こら、人の話を聞かんか!」
そんな叱責の最中にもいがみ合い続ける狐と狸を見て老人が溜息を吐く。
「困った奴等だ…」
そして、キリッとした表情で言い放つ。
「仕方ない。こうなったら料理対決で決着をつけなさい!」
はい。そんなわけで俺達は今、リコリスの街の広場に設営された料理対決の会場にいます。
いいかげん、この唐突な展開にも慣れてきたよ…。
「今日こそはお前をギャフンと言わせてやる」
「ハッ、笑わせるな。こちらこそ、今日こそはお前に魚粉を食わせてやる」
狸と狐が低レベルな言い争いをしているのを眺めていたら、そこに一人のスーツ姿の女性がやって来た。
「あのー…。チャ・ガマーさんとゴンさんに用があるんですが、お店に行ったらこちらだと伺ったもので…。今、御時間大丈夫ですか?」
「「今忙しいんです。後にしてください!」」
「あ、ごめんなさい…」
狐と狸が大きな声で答えると、その女性は気迫に押されてすごすごと退散していった。
すると、ステージの上にショ・ジョージが姿を現した。それと共に、いがみ合っていた狐と狸がそれぞれステージの上に設営されたキッチンへと移動する。
そして、ショ・ジョージがマイクを手に話し始めた。
「えー、俺は今回の料理対決のスポンサー兼、司会を務めるショ・ジョージだ。今回の料理対決では狸チームと狐チームが寿司職人としての誇りを懸けてぶつかり合う。見逃せない戦いになること間違いなしだ!」
こいつらの誇りとやらは既に埃を被っている気しかしない。
すると彼は、いつの間にかステージ上の机の前に座らされている俺達を紹介し始めた。
「そして、今回の料理対決の審査員をしてくれるのは、この方達だ! 通りすがりの美食家、ヒイロさん、ハルさん、ウォルフさん」
一応言っておくが、俺達は別に美食家ではない。そして、どうして審査員を任されることになったのかも正直よくわかっていない。
「さらにもう一人、チャ・ガマーとゴンの師でもあるひょっこり半蔵だ!」
「はい、ひょっこり半」
そんなことを言いながら机の下に隠れていた老人がひょっこりと半分だけ顔を出す。ちょっと黙ってろ。
それはともかく、審査員は四人でいいのだろうか?
「それでは、気になる今回のお題だが、俺が事前にダーツで決めておいた」
お前は、どこのジョージだ?
ショ・ジョージが中央のモニターを手で指し示すと、そこに今回のお題が表示される。
「今回のお題はこちら、馬鹿バーガーだ!」
「寿司は!?」
そんな俺の疑問は当然の如くスルーされ、ショ・ジョージは続ける。
「それでは、今ここに狐と狸の馬鹿試合の開始を宣言する!」
こうして、観衆が歓声を上げる中なんだかよくわからない対決が始まった。
そして、状況についていけなくなった俺がミーアを撫でながら現実逃避をしている間にも両者の料理が完成した。
「では、先行の狸チームの料理から見ていくとしよう」
「俺達の商品はコレ、馬鹿バーガーです! 妖怪の馬鹿の肉をふんだんに使った高級バーガーなんだ!」
「おい、それ本当に食えるのか!?」
「そして、これが馬鹿を擬人化したPRキャラクターのムッチャンだ」
俺のことを無視して喋り続ける狸の横には、頭から鹿の角を生やし、下半身が馬の後ろ脚になっている美少女萌えキャラロボットがいた。
このムッチャン、見た目は物凄くクオリティが高い。
茶色のくるっとカールした髪の毛に、くりっとした大きな瞳。
表情もまるで本当に生きているかのようにリアルだ。異世界脅威のテクノロジー。
「ふふっ。販促の為のキャラクターですからね、ベビースキーマ理論を応用してあざといまでに相手の庇護欲をくすぐるように設計しているんです。まさに反則級の可愛さというやつです」
販促に庇護欲は必要だろうか?
上目遣いの潤んだ瞳で俺のことを見上げてくるムッチャン。そして彼女は微笑みながら皿に乗った馬鹿バーガーを差し出してきた。
「ムマシカバーガー オイシイデスヨ」
「おい、ここまで作り込んでおいて、どうして物凄くレベルの低い機械音声なんだよ!」
「予算が…」
昨今、無料の音声合成ソフトですら、もっとまともな音声を出すぞ?
あまりにもリアルな見た目に対して、音声だけが合成機械音。イントネーションもおかしい。
ロボットがリアルに近付いていけばいくほど、些細な違和感が嫌悪感を招くという。
なるほど、これが不気味の谷のムマシカか。
「では、続いて後攻の狐チームの料理を見ていこう」
「私達はこれです。馬鹿バーガーです」
馬鹿っていうのは、中国に生息する鹿の一種の呼称だ。いわゆるワピチと呼ばれる種と基本的に同種の動物らしい。
まあ、なんとか食べられるものではありそうだな。
「ここに馬鹿の生肉を用意して…、それに葉っぱを乗せて…、術をかければ…。はい、激生馬鹿バーガーの出来上がり!」
「ちゃんと調理して!」
「そして、これが馬鹿を擬人化したPRキャラクターのバロックちゃんです」
俺のことを無視して喋り続ける狐の横には、過度な装飾が施されたドレスを身に纏い、盛りに盛られた髪によって鹿の角が埋まりかけている美少女萌えキャラロボットがいた。
埋まりかけた鹿の角が他の髪飾りと一体化していて、何の擬人化なのかすらよくわからないことになっている。
そんなバロックちゃんが俺の前まで来ると、見下したような表情で俺を見下ろしながら皿に乗った馬鹿バーガーを差し出してきた。
「お寿司が無ければ、馬鹿バーガーを食べればいいのに」
「バロックちゃんはツンデレなんです」
「これ、ツンデレ違う!」
俺の悲痛な叫びは黙殺され、今俺の目の前には怪し気なハンバーガーが二つ並べられている。
すると、狸と狐が期待に溢れる視線を向けながら尋ねてきた。
「「あなたのご注文はどっち?」」
「両方いらねぇよ!」
俺が当然の反応を返すと、狸と狐が怒りだす。
「何言ってるんですか!? ちゃんと審査してくださいよ」
「優柔不断な人ですね。どちらか一つにはっきり決めてください!」
はっきり言えば、ここに勝者はいない。
訝し気にハンバーガーを見つめるミーアが間違ってもこれらを口にしないように、ミーアを抱え上げて膝の上に乗せる。すると、さっき退散していったスーツ姿の女性が再度声を掛けてきた。
「あのー…。結果も見えてきましたし、そろそろ少し御時間いいですかね?」
すると、狸と狐が女性に詰め寄っていく。
「「この際あなたでも構いません。あなたはどっちが食べたいですか!?」」
「えっ? えーっと…」
女性は少し困惑するような素振りを見せた後、一枚の名刺を差し出した。
「実は私、こういう者でして」
「「保健所…の人…?」」
「はい。今日はお二方のお店に調査に伺う予定だったのですが…、もう、調査するまでもなさそうですね…」
そして女性はにっこりと微笑んだ。
「両店とも営業停止です」
「「え゛!?」」
当たり前だ。
そんな狐と狸をよそに、観客席ではムッチャンがその愛くるしさを武器に人々に取り囲まれ、バロックちゃんがその高貴なオーラを武器に周囲の人々を跪かせていた。
「ミンナ ノ アイドル ムッチャン ダヨ キラッ」
「「ムッチャ~ン」」
「愚民共、跪きなさい!」
「「仰せのままに、バロックちゃん様!」」
……。
馬鹿ばっか。




