041 キツネ ニ ツママレル
「そっち、いたか?」
「いや、そっちはどうだ?」
月明かりが照らす通りを慌ただしく行き交う警官達。
あの警官達が探しているのは他でもない俺達だ。
そんな風に路地から警官達が離れていくのを見届けていると、奥から声を掛けられる。
「皆様、こちらへ…」
声を掛けてきたのは濃い藍色の忍び装束を着た女。俺達は彼女の後について、警戒しながらも路地の奥へと進んでいく。
暫く歩くと、赤い暖簾と提灯が掛かった小さな居酒屋の前に出た。ちなみに店名は『酔狐伝』というらしい。
すると、くノ一が店の入り口ではなく、その横に置いてあった信楽焼の狸の前に立つ。そして、その鼻を押すと、狸の置物が横へとスライドして後ろに別の入口が現れた。
「どうぞ、こちらへ」
くノ一がその入口から中へ入ると、その後にハルが続き、ミーアがそれを追っていく。
まあ、ハルがいれば大抵のことは何とかなりそうだし、俺もその後へと続いて中へと入る。
中に入った途端、女の人に声を掛けられた。
「あら、いらっしゃい」
周りを見渡すと、小上がりになった座敷と小さなカウンター。声を掛けてきたのは小さなカウンターの中にいた和装の女性だ。
……?
さて、ここで少し状況を整理しよう。
俺達が今入って来たのは狸の置物で隠されていた入口だ。今まさに自動で閉まろうとしている。
その隣にはもう一つ引き戸の入り口が見える。俺の脳内の理解さんが建築士張りの製図技術で作り上げた間取り図を参考にすれば、さっき外から見た時に暖簾が掛かっていた入口で間違いないだろう。
おい、何だこの無意味な構造!
俺が心の中でツッコミを入れていると、くノ一が被っていた頭巾を外した。
すると露になる長い黒髪。唇の左下にある黒子が艶っぽい雰囲気を醸し出している。
……この人、どこかで見たことがあるような?
俺がそんなことを考えながら見ていたら、彼女はカウンターの中にいる女性に声を掛けた。
「女将、奥の座敷を貸してもらえますか?」
「あら、ヨウコさん。お久しぶりね。奥の座敷だったら空いてますよ。どうぞ」
「ありがとう、女将」
すると、くノ一が俺達の方へと振り返る。
「この店の女将は私の仲間です。ここなら警察に見つかることはないでしょう。詳しい話は奥でしますので、付いて来てください」
そうして、奥の座敷に通されたところでウォルフさんが口を開いた。
「まずは、助けてもらったことにお礼を言うべきなのかな? あのままあそこにいたら、ヒイロ君は藩主暗殺を企てた首謀者として市中引き回しのうえ打首獄門に。自分達は騙されて悪事の片棒を担がされそうになっていた関係者として事情聴取されていただろうからね」
「あれ? 何で俺だけが悪いみたいになってるんですか?」
「礼には及びません。私には私の思惑があってあなた達を助けただけですから」
「無視しないで?」
「さて、ここで探り合いをしても仕方がないので、とりあえず私の自己紹介をしておきましょうか。私はある御方の命によってダクス藩の調査をしていた忍で、名をヨウコといいます。あ、これ名刺です」
忍の名刺って何だよ、とか思いつつも、渡された名刺に視線を向ける。
すると、そこには『九尾 妖狐』の文字。
どうしよう、正体を隠そうという意思の欠片も感じられない。
そんなことを考えながら俺は改めてヨウコと名乗った目の前の人物に視線を向ける。
…うん、道理で見覚えがあるはずだよ。髪や瞳の色が違って狐耳も尻尾も無いけれど、俺は八カ国同盟の首脳会議でこの人を見ている。
「あの…、玉藻将軍…ですよね…?」
すると、彼女は一瞬ビクッと体を震わせ、そして目を逸らしながら答えた。
「……違います。私の名前は九尾妖狐です。ヨウコと呼んでください」
「いや、でも…」
俺が食い下がろうとすると、彼女はこちらを見て笑みを浮かべる。
「ヨウコと呼んでください」
「え…その…」
俺が戸惑っていると、彼女は俺の頬を摘み、さらに笑みを深める。
「私の名前はヨウコです」
「……ひゃい、ヨウコひゃん…」
俺は、得も言われぬ圧力に屈した。
と、そこへハルが口を開く。
「それで、あなたは何故私達を助けたのですか?」
「そうですね…。王国からの使節団を勘違いでダクス藩に拘束させるわけにはいかなかったというのが一つ」
「あ、ちゃんと勘違いだってわかってるんですね」
俺がホッと一安心しながら呟くと、ヨウコさんが目を細めて俺を見つめた。
「そしてもう一つは…。王国の使節団に潜り込んで裏から操ろうとしている男の身柄を、こちらで押さえたかったからです」
「それが一番の勘違い!」
「勘違い…?」
「そうですよ。俺はヒサゴなんて奴は知りませんし、健正っていう狸の事もさっき知ったばかりなんですよ」
必死に訴えかける俺を見ながら、ヨウコさんは正気を疑うような視線を向けてきた。
「…あれほど詳細に内情を把握していながら、今更そんな主張が通用すると本気で思っているんですか?」
「デスヨネー」
そりゃあ、あそこまでピンポイントで言い当てたら、そうなるよね。
でも、一番驚いてるのは他でもない俺自身だよ。
「いや、でも俺は本当に何も知らなかったんですよ」
「ヒイロ…。犯人は皆そう言うんだ…」
黙れ、ポンコツ勇者。急に話に割り込んでくるな。
そもそも、原因の半分くらいはお前の所為だ。
「ヒイロ、お主、少し往生際が悪いのではないかのぅ」
「ヒイロ、そんな見え透いた嘘はやめておけ…」
「ヒイロ君…。君はどうしてこんな真似を…」
「ヒイロさん…。俺、これ以上は痛痛しくて見てられないッスよ…」
「ヒイロ様…」
「ニャー…」
オーギュストさんに続き、バルザック、ウォルフさんにスリップさん、そしてハルやミーアまでもが疑惑と悲哀が入り混じったような表情をしながら俺を見ている。
おい、やめろ。どうして全員敵に回ってるんだ?
「大体、召喚されて一ヶ月も経ってない俺が、どうしてそんな計画を立てられるっていうんですか!」
俺が声を荒らげると、ヨウコさんは少し驚いたような顔で俺のことを見つめた。
「え…? 召喚されたばかり…? …あなた、もしかして最近王国に召喚されたっていう稀人の…?」
「そうですよ。その稀人のヒイロですよ!」
すると、ヨウコさんは急に申し訳なさそうな顔をし始めた。彼女の瞳に俺への同情が宿っている気がするのは気のせいだろうか?
「そんな…。ごめんなさい…。あなたが、王国から報告があったあの稀人のヒイロさんだったなんて知らなかったんです…。あなたが、あのヒイロさんだっていうのなら、こんな大それた計画ができるはずがないですよね…。全て私の勘違いだったようです…」
「うん? なんで納得してもらえたのかが納得いかないんですけど?」
”あの”って、”どの”だよ?
おい、何を報告したんだ、アレックスさん。
ヨウコさんは本当に申し訳なさそうに、そして同情するような瞳を向けながら謝り続ける。
「本当に…ごめんなさい…。あなたが、あの『タワシメイカー』のヒイロさんだったなんて知らなかったんです…」
「タワシメイカー!?!?」
おいこら、アレックス! いったい何を報告した!?
俺がこの場にいないアレックスさんに怒りの矛先を向けていると、ヨウコさんは相変わらず同情するような瞳をしながらも俺に向かって優しく微笑みかける。
「大丈夫ですよ。一人の力は弱くとも、あなたには頼もしい仲間がついているんですから…。だから、きっと大丈夫…」
「ねぇ、なんで俺励まされてんの?」
すると、俺の肩にカイが手を置いた。
「そうだぜ、ヒイロ。お前には俺達がついている」
「そうじゃ、ヒイロ。儂等はお主が無能でも気にしておらん」
「ヒイロ。無能でもお前は俺達の仲間だ」
「そうだよ、ヒイロ君。自分達は君を見捨てたりしない」
「ヒイロさん。俺、ヒイロさんが無能でも全然かまわないッス」
「ヒイロ様」
「ニャー!」
とても良い笑顔で俺に語り掛けてくる仲間達。
そんな俺達の様子を見て、ヨウコさんが目にほろりと涙を浮かべながら呟いた。
「あなた達は固い絆で結ばれているんですね…」
「無理矢理美談にしないで?」
こいつらはついさっき俺を裏切ったばかりだ。今もここぞとばかりに俺を無能扱いしやがる。
若干イラッとしたものを感じるものの、ここで何を言ってもおそらく意味はない。それよりも、今はまずこの後のことを考えるべきだろう。
「それより、この後どうするんですか? 荷物もホテルに置いたままですし…」
「それなら安心して良いよ、ヒイロ君。あの警官達は、あくまでもあの店での会話を聞いた客の通報を受けて来ただけみたいだからね。ホテルの方に捜査の手が伸びる前に、車で待機していた部下達が荷物を回収して街の外へ退避済みだ」
「早く合流しないといけないッスね。俺の愛車を他の奴が運転してるって考えただけで気が気じゃないッス」
「おい、車になんて縁起の悪い愛称付けてやがるんだ」
そんな俺のツッコミを見事にスルーし、ハルが少し考えながら呟く。
「しかし、合流しようにも街中は警官だらけですしね…」
「そうだね、相手は一応この国の警察だし、なるべく穏便に事を運びたいね」
ハルに続いてウォルフさんも難しい顔で思案し始めたところで、ヨウコさんが奥から長持を引っ張り出してきた。
「それでしたら、変装してはどうですか?」
「変装ですか…?」
「はい。変装用の衣装なら各種取り揃えています」
ヨウコさんが長持の蓋を開けると、その中にはバラエティに富んだ衣装が入っていた。
すると、カイが興味津々といった様子で真っ先に覗き込む。
「へぇ、いろんな衣装があるんだな…。あ、これなんか目立たなくていいんじゃないか?」
そう言って取り出したのは黒衣だ。
「それで街中歩いてたら、逆に目立つだろ」
続いてオーギュストさんが長持の中を覗き込んだ。
「儂はどれにしようかのぅ」
「オーギュストさんに衣装は必要なんですか?」
この幽霊にはそもそも実体無いし、いつも割と自由に服装変えてますよね?
……って、あれ?
「そういえば、本体どうしたんですか?」
ふと本体がいないことに気付いて指摘してやると、幽霊はキョロキョロと辺りを見回した。
本体の方は目の前の幽霊と違って物理的な存在である。それが俺の目で視認できないのであれば、まあやっぱりここにはいないんだろう。
その事実に気付いた幽霊が驚愕の表情を浮かべる。
「彼奴、まさか逃げ遅れたのか…!?」
俺の記憶が確かならば、そもそも本体の方は完全に意識を失っていたはずだ(そもそも、個別で意識があるのもどうなのかと思うが…)。
誰かが連れてこなければ、その場に置き去りにされるのは当然の流れといえる。
愕然としている幽霊を眺めていると、長持の中の衣装を吟味していたハルが声を掛けてきた。
「ヒイロ様。これなんていかがでしょうか?」
彼女の手には大正時代を題材にした作品に出てくる女中さんが着ていそうな袴とエプロン。やっぱりハルはこういった服が落ち着くのだろうか?
「良いんじゃない? 似合うと思うよ」
「そうですね。私も似合うと思います。ヒイロ様に」
「俺に!?」
「どうされました?」
「いや、”どうされました?”じゃなくて、今、俺にって言わなかった?」
「大丈夫です。ヒイロ様なら何の違和感もなく着こなすことができるはずです」
「着こなして堪るか!」
どうしよう。ハルが隙あらば俺を女装させようとしてくる。
と、そこへ俺のことをじっと見ながらウォルフさんが呟いた。
「なるほど…。うん、悪くないかもしれないね…」
「何がですか!?」
「ヒイロ君は首謀者として認識されているからね。いっそ女装して大きく姿を変えていた方が安全だと思ってね」
「いや、それは………そうかも……しれませんけど…」
なんだか一理ありそうな気がして尻すぼみ気味に声が小さくなる。
だが、首謀者として認識されているのは甚だ不本意だ。
「納得して頂けたところで、こちらをどうぞ」
「え…。いや、でも…。………うん」
正直、背に腹は代えられない。俺だって見つかって面倒に巻き込まれるのは嫌だ。
そんなわけで、俺は渋々ハルから衣装とウィッグを受け取った。
「さすがヒイロ様。よくお似合いです」
部屋の隅に置いてあった衝立の裏で着替え終わると、ハルがそんな風に目を輝かせながら迎えてくれた。
「いや…あの…。これ、凄く恥ずかしい…んだけど…。しかも、さっき見せてもらったのと違うよね…?」
今俺が着ているのは袴とエプロンではなく、和のテイストを盛り込んだフリフリの衣装だ。
着る前に気付けよと思うかもしれないが、そこはほら、何か大きな力に負けたんだ…。
ちなみに、さっきハルが俺に似合いそうとか言っていた服は、いつの間にかハル本人が着ている。
俺が消え入りそうな声で呟いていると、カイが声を掛けてきた。
「恥じらい演出だなんて…、あざといな、ヒイロ」
演出じゃねぇ、本当に恥ずかしいんだよ。
「ヒイロ様。あとはこれを持って頂けますか?」
「え…?」
そう言ってハルが俺に白い熊手のような物を渡してきた。
……どっかで見たことあるぞ、コレ。
渡された物をじっと見つめていたら、急にシャッター音が響き渡る。
その音のした方向に視線を向けると、ハルがスマホのカメラで俺を撮影していた。
「ハル!? 何してるの!?」
「いえ、和風の魔法少女路線もありなのではないかと思いまして、熊六様へご提案を…」
「いつの間にあの熊とそんな仲良くなったんだよ!?」
そんなことを言っている間にも、ハルはどこかにメールを送り始めた。
すると即座にハルのスマホの着信音が鳴り響く。
「返事がきました。えーっと…。『採用なんだよ』だそうです。良かったですね、ヒイロ様」
「何一つ良くないよ!?」
するとハルのスマホが再び鳴った。
「熊六様より追加のメッセージです。『和風少女 魔女っ娘ヒイロン』でプロットを考えてみるとのことです」
「誰かあの熊止めて!」
どうしよう。俺の知らないところで勝手に何かが進行している。
すると、ハルは満足そうな表情でミーアに視線を向けた。
「さて、ヒイロ様の撮影会も無事終わりましたし、そろそろミーアも変装させましょう」
「ニャ?」
そう言うと長持から何かを取り出して、ミーアの前でしゃがみ込む。
「これでよし、と」
ハルが立ち上がると、そこには尻尾の先に赤いリボンを追加された白猫の姿。
「まんまミーア!」
なんてこった! ミーアの可愛さが三割増しだよ!
とはいえ、全く変装にはなっていない。どっからどう見てもミーアのまんまである。
俺がミーアに骨抜きにされていると、他のメンバーも各自選んだ衣装に着替え終わったようだった。
ミイラ男状態だったバルザックは吸血鬼の衣装に着替えており、逆にスリップさんがミイラ男になっている。
オーギュストさんは白装束を着て頭には天冠という、いかにも幽霊らしい姿だ。
そして、カイは頭から南瓜を被り、ウォルフさんは狼耳のカチューシャと狼尻尾を装備していた。
「おい、何で仮装してんだよ。ハロウィンか!」
俺のツッコミがむなしく響き渡った直後、店の方から大きな音と共に女将の叫び声が聞こえてきた。
「ヨウコさん、逃げて!」
「出てこい! ここに居ることはわかっているんだ!」
それを聞くなりヨウコさんが慌てての店の方へと走りだしたので、俺達もその後に続く。
店の方へ移動すると、そこには迷彩柄の忍び装束を着た忍者と警官達の姿。
隠し扉になっていた狸の置物は丁寧に取り外されており、床には女将がへたり込んでいる。
「まさか健正様の像の後ろがこんな隠し扉になっていたとはな…。道理で気付かないわけだ」
とりあえず、あの置物によって扉が隠されていたことは認めるが、それだけだ。隠し部屋にも何にもなっていないんだから、正直言ってあれ自体には何の意味もない。
「どうしてここが…?」
驚いたように呟くヨウコさんに忍者が答える。
「フッ。俺達はこれを辿って来ただけだ」
彼が指さす先には、何やら白く透き通った紐のような物。それは店の外から俺の横を通って店の奥まで続いている。
何かと思って目で追ってみると、その先にはオーギュストさん(幽霊)の姿。
お前の所為か!
すると幽霊がドヤ顔で語りだす。
「度重なる試練に耐えた事で、数km位までならば本体との連結を維持できるようになったのじゃ」
殴りてぇ。
すると、忍者が苦無を構える。
「さあ、おとなしくしろ。俺の苦無捌きで苦痛を感じる間も無くあの世へ送ってやろう」
「そうはさせません」
ハルが俺の前に立ち、袖口から飛び出したナイフを握る。
それに続いて俺達が身構えると、突然忍者が笑い始めた。
「フフッ、フッフッフ、ハッハッハ」
「何がおかしい!」
だが忍者は俺の問いには答えない。
それどころかいっそう大きな笑い声を上げ始めた。そして、笑い過ぎでお腹を抱えながら床を転げ回り始める。
「フハハハハ、ハーハッハッハッハ。ハァッハァッ。苦無で苦痛が無い…。プッ。アハハハハハッ」
どうやら、おかしいのは頭のようだ。
その時、床にへたり込んでいた女将が鋭い眼光を忍者に向けた。
「狐変化!」
一枚の葉っぱを額に当ててそう叫ぶと、女将の周囲に黒い靄が集まり大きな狐の姿へと変貌を遂げる。
そして、女将は忍者と警官達に狙いを定めると一気に跳びかかった。
笑い転げていた忍者だったがそれに気付くと咄嗟に反応して身を躱す。すると、油断していた警官達がその巨体の下敷きになった。
うまく狐を躱して安心したのか忍者がほくそ笑む。しかし、一瞬気を抜いたその瞬間を女将は見逃さなかった。
狐の尻尾が忍者へと襲い掛かる。
「むぐぅ!?」
「このまま地獄へと送ってあげましょう」
そう言って女将が尻尾で忍者を締め上げる。すると、忍者が急に声を上げた。
「あっ…(はぁと)」
狐の腹の下にいる警官達も何だか幸せそうな顔をしている。
こいつら、狐につつまれたような顔しやがって…。
何だよ、その幸せそうな顔。むしろ天国じゃないか。
俺だってモフモフに包まれたい! そこ代われ、この野郎!
「ヒイロ様…?」
何やら少し呆れたような、残念な物を見るような複雑な表情をしているハルの向こうでは、ミーアがジトッとした瞳を俺に向けていた。
そうこうしている間にも忍者と警官達は意識を手放した。しかし、その表情はどこか幸せそうだ。
「ここの拠点は放棄せざるをえませんね…」
「そうね…」
下敷きにしていた警官と忍者を店の外へと弾き出しながら呟く女将にヨウコさんが同意した。
すると女将が近付いてきて俺達に身を寄せる。そして俺達をその毛皮で包み込んだ。
あ、モフモフ(はぁと)。
その様子を眺めながらヨウコさんが声を掛けてくる。
「あなた達がこの街を離れるまではサポートしたかったのですが、私達もここを放棄して離れなければならなくなりました」
「そんな、ここまでしてもらっただけで十分ですよ」
狐のモフモフに気を取られながらもそんな返事をするとヨウコさんが続ける。
「代わりと言っては何ですが、あなた達に認識阻害の術をかけておきます」
「…あれ? そんな術が使えるんだったら、俺が女装した意味は?」
「効果時間はそれほど長くないので、目が覚めたら直ぐにこの街を離れてください」
……? 目が覚めたら…?
モフモフの毛皮に体を預けながらぼんやりとそんなことを考えていると、ヨウコさんが微笑んだ。
「あなた達とは近いうちにまたお会いすることになるでしょう。それまでお元気で」
ヨウコさんの声をどこか遠くに聞きながら、俺達はモフモフの魅力に抗うこともできず狐につつまれながら幸せな気分で目を閉じた。
どこからか鳥のさえずる声が聞こえ、目に陽光が差し込む。
心地よい日差しを浴びながら目を開けると、俺達は何もない地面の上に寝転がっていた。
上体を起こして周囲を見渡してみると、その路地には見覚えがあった。だが、肝心の俺達がいた店があるはずの場所だけが更地になっている。
いつの間に着替えたのか、服も元々俺達が着ていた服に戻っていた。
ふと視線を向けると、更地の隅には忍者と警官達の姿。気持ちよさそうな表情で熟睡している為、彼らが目覚めるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
俺が立ち上がろうとすると、傍に一つの袋が置いてあることに気付いた。
その上に乗っていた葉っぱを拾い上げると、そこに何か文字が書かれている。
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誠に勝手ながら『幻想・酔狐伝 リンドウ店』は昨日をもって閉店しました。
長らくのご愛顧ありがとうございました。
引き続き、皇都サンギネアにある本店をご利用ください。
追伸
袋の中のオキヒイラギの丸干しは当店の人気商品です。
道中でお召し上がりください。
ヨウコ
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幻…だと?
果たして、どこからどこまでが幻だったのだろうか…? それは、狐のみぞ知る。
そうして、俺達は狐につままれたような顔で立ち尽くすのであった。
熊六 「次回から、スピンオフ『和風少女 魔女っ娘ヒイロン』が始まるんだよ!」
※始まりません。