040 クチ ハ ワザワイ ノ モト
リンドウの街に戻った俺達は今、ファミレスで机を囲んでいる。
ウォルフさんは先に今回のことを報告するとのことで、それが終わってから来る予定なので今はまだここにはいない。
俺の対面の席には、ミイラのような姿の大男と爺さんの姿。爺さんの方は意識もなくぐったりとしている。
こいつら病院かなんか連れて行かなくていいんだろうか?
そんなことを考えていたらミイラ姿の大男が首を捻りながら口を開いた。
「所々記憶が曖昧なんだが、どうしてこんなに体中が痛いんだ…? それに、いつの間に街に戻ってきた…?」
所々? お前、九割方気絶してただけじゃないか。
「虫の集団に襲われてパーティを分断され、その後チーターに襲われてピンチに陥っていたお前等の元に颯爽と駆け付けたところまでは覚えているんだがな…?」
「そんな事実は存在しない」
記憶の改竄が著しいな。
「いつの間にか、俺の斧もなくなってるしな…」
谷さん、斧は回収してきてくれなかったからね…。
それはともかくとして、さっきから俺の背後にいる幽霊がなんだか鬱陶しい。
対面のミイラ男達のことを嫌悪感丸出しの表情で覗いているんだが、何がしたいんだろう。
「あの…、さっきから何してるんですか? ちょっと鬱陶しいんですけど…」
「それなんじゃがのぅ…。実は儂、ミイラが嫌いなんじゃ…」
こいつらをこんな状態にしたのは他でもないあなたですが?
俺がミイラと幽霊に絡まれて辟易していると、そこへウォルフさんとスリップさんがやって来た。
「ウォルフさん。報告終わったんですか?」
「ああ、終わったよ。こちらからの報告をしていた時間より、死にそうな顔をしたアレックスの愚痴に付き合っていた時間の方が長かったけどね…」
「あー…」
ポンコツ勇者の後始末で忙しいんだろうな、きっと…。
そんな会話を交わしながら、ウォルフさん達が席に着く。
それはともかくウォルフさん。ついでに破れたズボンを穿き替えてくるはずだったのに、何故まだお尻のところに穴が開いてるんですか?
「それにしても、O2が神力石を集めていたとはね…」
「そうですね、アカシックゲートを開くつもりでしょうか?」
ウォルフさんが呟くように口にすると、ハルがそれに応じた。
「そうなるね…」
そうして少し考えこむような仕草を見せるウォルフさんの横でスリップさんが何気なく口を開く。
「でも、今の内にわかってよかったッスね。王国が保管してる神力石の警備体制の強化ができるッスからね」
「スリップ!」
ウォルフさんが慌てたように制止すると、スリップさんが気まずそうに頭を掻いた。
「あ…、口が滑ったッス。聞かなかったことにしてほしいッス」
滑らせるのは名前だけにしておけ。
そういえば、神力石って十個集める毎にガチャを一回引けるんだよな。
俺のアプリにも似たような条件があったけど、そもそもこの世界ではどうやって入手するんだ?
「あの…。ちょっと気になったんですけど、神力石ってどうやって入手するんですか?」
すると、訝しげな様子で幽霊が俺に視線を向ける。
「そんなことを聞いてどうする気じゃ? お主、やはり神力石を集めて何か企んでおるのではないか?」
「いや、ただ気になっただけですよ」
どうしよう。幽霊が俺にあらぬ疑いをかけようとしてくる…。
「ゲームとかだと、クエストかなんかをクリアすればその報酬に、とかなんでしょうけど、さすがにそんなわけないですよね?」
「自分も実際に回収したことは無いから人から聞いた話になるんだけどね、神力石は世界中を飛び回っているんだ」
「ハハッ、初っ端から俺の理解の範疇を軽く飛び越えちゃったよ」
正直、もう乾いた笑いしか出てこない。
俺の脳内では、理解さんが頭上を通過してスタンドに吸い込まれていく本塁打を呆然と見上げている。
「それを見事に捕球できれば、おとなしくなるそうだよ」
「へぇ~…」
ごめんなさい。そこは、理解さんの守備範囲ではないそうです。
「で、十個全部集めて儀式を行えば、一回だけガチャが引ける。それが終わると神力石は再び世界中に飛び散るんだ」
「まさかのドラゴ〇ボール方式!? …って、神力石って十個しか存在しないんですか?」
「今更何を言っているんだい? 実物を持っていたなら、ローマ数字で連番が振られていたのも見たんだろう?」
「あれ、連番かよ!」
イニシャルの『I』だと思ってたよ。
…うん、なんかもうよくわからない。
「それにしても、O2は何故ヒイロ君が神力石を持っていることを知っていたんだろうね…?」
確かに、俺自身もカバンに仕舞い込んで忘れていたくらいなのに、いったいどこから嗅ぎつけてきたんだろう…?
「まあ、考えていても仕方ないね。それより、明日からの予定の話をしようか」
ウォルフさんはそう言うと地図を取り出して机の上に広げた。
「自分達は明日朝一でここを出発し、途中幾つかの街を経由しながら今回の目的地サンギネアの街へと向かいます。ルートは、スリップ、君に一任するよ」
するとそれを聞いたスリップさんが嬉々として語りだした。
「任されたッス。今回も皆さんに道なき道を走破する快感を味わってもらえるように、ルートの選定はばっちりッスよ」
「ちょっと待て」
「何スか?」
いや、以前から薄々おかしいなとは思ってたよ。
そう、普通に車が有って、これだけ技術レベルも高い世界で、都市間の道路網が整備されていないわけがない。
にもかかわらず、どこへ行くにも常に悪路続きで、俺は何度も車酔いに悩まされてきた。まあでも、俺はこの世界の事情なんて深く知っているわけじゃない。だからそういうものなのかなくらいに思って我慢してたんだよ。
それなのに、あれ全部あんたの趣味の所為かよ!
「今回は普通に道路を走って行きましょう」
少しイラッとしたものを抱えながらも大人の対応をしようとした俺に対して、スリップさんは心底不思議そうな視線を向けてきた。
「舗装された道路なんか走って何が楽しいんスか?」
「あんたの趣味なんて知らないよ!?」
「あ…、そうッスよね、言いたいことはわかるッスよ? 舗装された道にだって良いところはあるって言いたいんスよね?」
「あれぇ? 意思疎通って言葉、知ってますぅ?」
「俺も昔、舗装路面でのドリフト走行をやってた事があるッスからね。でも、さすがに公道でそれはまずいッスよ」
「何故普通に走るという選択肢がないのか!?」
そんな俺を宥めるようにウォルフさんが声を掛けてきた。
「まあまあ、ヒイロ君。スリップは運転のプロだ。彼に任せておけば何の問題も無いよ」
「俺の三半規管にとっては大問題ですよ」
「それなら、三半規管を鍛えるトレーニングをするといいよ」
「何故そうまでして悪路を走る必要があるのか?」
「慣れっていうのも大事ッスからね、俺が運転する車に乗って徐々に慣らしていくといいッスよ」
「いきなりハードモード!」
徐々に慣らすどころか割と強行手段だよ。
「さて、ヒイロ君の三半規管トレーニングの内容は後で考えるとして、明日からの予定の話に戻そうか」
「あれ? 俺の三半規管を鍛える方向で話決まっちゃったんですか?」
そんな俺のことは置いてけぼりにして、ウォルフさんは話を続ける。
「今回の一番の目的は、皇国で行われるアカシックゲートの儀式に監視役として参加することです。ですが、両国の親交を深める為に、サンギネアに着いたら満願皇国の将軍、玉藻閣下との謁見が予定されています」
「玉藻将軍…?」
「どうされました、ヒイロ様?」
「玉藻将軍って、首脳会議に来ていた人だよね。あのモフモフ尻尾の…」
「その覚え方はどうなんですか、ヒイロ様…」
少し呆れ気味に俺を見るハルの向こうでは、ミーアがチベットスナニャンコになっていた。
…最近、ミーアのこのジト目もなんだか可愛い。
と、そこへカイが口を挟む。
「ちょっと待ってくれ。さっきから黙って聞いてれば、みんな大事なことを忘れてないか?」
「大事なこと…? …何だっけ?」
「おい、しっかりしてくれよ ヒイロ。お前が立てた計画だろ?」
「計画? 何の話をしてるんだ…?」
「本気で言ってるのか? ケンセイとかいう名前の狸を討伐する計画のことだ。お前だって、お婆さんを殺した狸に復讐したいというお爺さんの想いに共感したからこの計画を立てたんだろ?」
「俺は、そんなお爺さんに会ったことすらない」
「それなのに、さっきから関係ない狐の話ばかりして…、俺達が何の為にここまで来たのか忘れたのか?」
この勇者、本当に面倒臭い。
「俺は忘れてないぞ、ちゃんとヒイロに指示された通りに山で松の枝を掻き集めて火打石を用意してきたしな!」
「俺はそんな指示をした覚えはない」
「松明にも使えるほどに燃えやすい松じゃないと駄目だってヒイロが言うから、苦労して松並木を探したんだ」
「うん、だから俺はそんな指示をした覚えはない」
そもそも、松明に使う木は必ずしも松じゃなくてもいいからな?
確かに、松脂や松毬、そして松の木自体にも油分が多く含まれていて燃えやすいというのは否定しないが。
「後はヒイロの計画通りに唐辛子と泥船、それにかちかち鳥と棒棒鶏を用意すれば完璧だ」
「おい、最後なんか違うものが交じったよ?」
と、そこでウォルフさんが腰に付けたバッグから何かを取り出した。
「カイ君。唐辛子なら自分が持っているけど、使うかい?」
「お、さすがだなウォルフ。ありがたく使わせてもらうぜ!」
おいこら、何故持ってる?
「いや、ウォルフさん。止めてくださいよ…」
唐辛子を受け取ってご満悦のカイを見ながら呆れ気味に呟くと、ウォルフさんがそっと俺に声を掛けてきた。
「ヒイロ君、物は考えようだよ。カイ君が彼の頭の中にしかいない狸に夢中になっていれば、魔王へ喧嘩を売るような真似も控えられると思わないかい?」
「…それは、確かに」
うまいこと誘導して存在しない狸に夢中になっていれば実害は出ない…か?
そんなことを考えながらカイを眺めていたら、彼は期待に溢れる瞳を俺に向けてきた。
「で、ヒイロ。そろそろ今後の計画について教えてくれ!」
「え? え~っと…」
そんな風にカイに迫られ、助けを求めるようにウォルフさんの方を見る。すると、彼は『さあ、うまく誘導するんだ』とでも言いたげな表情でこちらを見ていた。
いきなりの無茶振りはやめてほしい。
「どうしたんだ、ヒイロ? お前がこの狸は魔王よりも危険だって言ったから、俺達は魔王討伐を後回しにしてまでここに来ているんだろ?」
「何それ、初耳」
正直、ポンコツ勇者の頭の中の設定なんて俺には知る由もない。
思わずそんなことを漏らすと、カイが不思議そうに俺を見た。
「あれ、違うのか? 狸がそれほどの脅威じゃないんだったら、やっぱり魔王から討伐した方が…?」
「え!? あ、いや、そんなことないよ。そのケンセイっていう狸は魔王なんかよりよっぽど危険な存在で間違いない」
半ば脅迫めいたカイの台詞に恐怖を覚えつつも、俺は慌てて取り繕う。
ウォルフさんから『君の双肩に世界平和がかかっている』というの無言の圧力を感じるのだが、そんな本末転倒な勇者なら今すぐにでも解任するべきではないだろうか?
「それで、ヒイロ。そのケンセイっていう狸はどんな奴なんだ?」
「あー…、そうだね…。その狸は笠を被った狸で、酒の入った徳利を常に持ち歩くほどの呑兵衛だ。そのおかげもあって、見事なビール腹を抱えている」
何かを思い起こさせる特徴だが、理由は簡単だ。何故か店内に置いてある信楽焼の狸が俺の目に入ったからだ。
「そうなのか。それで、他には?」
「えっと…。ここだけの話なんだけど…、ケンセイという狸はこの国の実権を握る為に現将軍の命を虎視眈々と狙っているんだ。そして、この国を足掛かりにしていずれは世界をも手中に収めようとしているらしい」
「この国だけでなく、世界をも混乱に陥れようとしているのか? なるほど、だからケンセイは狸による大部隊を編成しているんだな…」
そんなことを言いながらカイが納得したように頷いた。
「え、大部隊…?」
「ヒイロ、お前が言ったんだろ? ケンセイは、33匹の狸で構成されたユニットを基本として、それを3つ集めてそこに指揮官と副官を配置した部隊を8つも組織することで、総勢911匹もの狸の軍団を率いているって」
「808匹じゃないかな?」
どっかの国の緊急ダイヤルじゃねぇんだから。
「……? …! ヒイロ、計算早いな」
「…ハハッ、暗算は得意なんだ」
そんな大した計算でもないけどな…。
とりあえず、さっきから乾いた笑いしか出てこない。
「それにしても、まさかお婆さんを殺されたお爺さんの勇気ある告発がこんな大事になるなんてな…」
俺も、まさか”ポンコツ勇者”発言がこんな大事になるなんて思ってなかったよ。
「そういえば、ヒイロはお爺さんとお婆さんがどんな仕打ちを受けたか知っているんだよな? 俺も、今回の討伐をするにあたってそこから目を背けるわけにはいかない…。聞かせてくれないか?」
何故こいつの頭の中の設定を俺が補完してやらなければならないんだろうか?
そんな疑問を抱きつつも、ツッコむわけにもいかないので渋々設定を考える。
まあいいさ。こうなったら、魔王に喧嘩を売ることを考える暇がなくなるくらい上手く丸め込んでやる。
「狸のケンセイはお爺さんの畑を荒らしたり、ある事ない事悪口を言ったりしてお爺さんを困らせていたんだ。そんなある日、お爺さんは一計を案じて狸を捕らえることに成功した」
「うんうん。それで?」
「そして、お爺さんはその狸を狸汁にするようにお婆さんに言ったんだ。しかし、狸は言葉巧みにお婆さんを騙して逆にお婆さんを殺してしまう。さらに、お婆さんを料理してお爺さんに食べさせるという暴挙にでたんだ…」
「そんな…」
悲壮な顔で一瞬言葉を詰まらせたカイだったが、直ぐに覚悟を決めたような真剣な眼差しを俺に向けた。
「それは許せないな…。だからヒイロは、火炙りにしてその傷に劇物を塗り込み、さらに水責めにしたうえで撲殺するなんてえげつない手段で狸を殺そうとしているんだな…」
「……ウン、ソウダネ」
俺のイメージが悪くなりそうな言い方をしないでほしい。
「確かに、そんな奴なら魔王よりも先に正義の鉄槌を下してやらないとな…」
「そうだろ、でもその狸を倒す為には慎重に行動しなければならない。だから約束してほしいんだ、カイ。俺の計画通りに行動してくれ」
「ああ、わかった」
とりあえず後は適当な理由をつけて狸退治を引き延ばし続けるとしよう。
そもそも存在しない狸だからな、理由なんていくらでもでっち上げられる。フフッ、言葉巧みに操って誘導してやるよ、このポンコツ勇者。
「ヒイロ、お主、何やら悪い顔をしておるな…」
うるさいぞ、幽霊。
その時、店の入り口の方が何やらざわざわと騒がしくなった。
何かと思ってそちらを見ると、そろいの袴と法被を着た連中が俺達のテーブルの方へと向かってきていた。
そして、俺達を取り囲むようにしながら手に持っていた十手を構えると、そのうちの一人が口を開く。
「警察だ。お前達が藩主暗殺を企てていると連絡があった。おとなしくお縄につけ!」
「え…?? ちょっと待ってください。何の話ですか!?」
驚いて声を上げた俺のことを、取り囲んでいる連中が威圧するような態度で睨み付けてくる。
「言い逃れできると思っているのか? お前達が、このダクス藩の藩主でもある隠神刑部狸、健正様の命を狙う算段をしているところを、ここの客が聞いているんだ!」
は…?
ちょっと待て。ケンセイっていう名前の狸、いるのかよ!!
すると、近くに座っていた客達が次々と口を開く。
「ああ、確かに聞いた。健正様の命を狙うなんて太ぇ野郎だ!」
「私も聞いたわ。その人達、こんなところで私達が敬愛する健正様の暗殺計画なんて始めるんだもの、驚いたわ」
うん。確かに、何で俺達ファミレスで今後の予定なんて話してたんだろうね?
「聞いていた限りじゃ首謀者はヒイロとかいうその男だ!」
「ちょっと待って。違いますよ!?」
「嘘を吐くな。さっき、そっちの男に対して『俺の計画通りに行動するんだ』って言ってたじゃないか」
「いや、確かに言ったけど」
でも、そうじゃないんだよ。
「しかもあの男、愛嬌溢れる健正様の像を見ながら罵詈雑言を吐いたのよ」
「アレ、信楽焼の狸じゃねぇのかよ!」
「ああ、そういえば言ってやがったな。そのヒイロって野郎は健正様のことを飲んだくれの役立たずだの、ビール腹で鈍重だの罵りやがった!」
「そこまで言ってないよ!?」
するとその時、近くの壁の壁紙がペラリと剥がれ、その背後から迷彩柄の忍び装束を着た男が姿を現した。
何だその逆に目立ちそうな忍び装束。
「他にも報告が…。実はあのヒイロとかいう男、我々の将軍暗殺計画のことを掴んでいるようなのです」
「何だと!?」
あれ~?
「それだけではありません。我々の八百八狸部隊の部隊構成まで把握しているようです」
「そんなことまで!?」
あれれ~?
「さらに、あの男、ヒサゴとも繋がりがあるようです」
「何! あの爺の差し金なのか!?」
「はい。先ほどあの男は健正様がヒサゴの妻を討ち取った時の話をしていました。そして、その恨みを晴らす為に拷問めいた方法で健正様を暗殺すると…」
あっれ~?
すると、迷彩柄忍者から話を聞いていた警官が俺に鋭い視線を向けた。
「なるほど…、生かして帰すわけにはいかないようだな…」
どうしてこうなった?
俺が困惑していると、黙って聞いていたカイが急に笑い始めた。
「フッ、フフッ。まさか討伐対象の方から接触してくるとはな…。この勇者カイが正義の鉄槌を下してやる!」
ちょっと黙ってろ。このポンコツ勇者。
そんなポンコツ勇者の発言に、俺達を取り囲んでいた警官達が反応を示してざわつきはじめた。
「あの男、今、勇者カイって言わなかったか?」
「勇者カイって、確かレニウム王国から使者として来ているんだよな…?」
「それって、王国が将軍と結託しているってことか?」
「そんな、それじゃあ将軍暗殺計画も既に将軍側に筒抜けに?」
あぁ…、どんどん話が大きくなっていく。ねぇ、国際問題にすら発展しそうだよ?
そんな俺の心配をよそに、警官達のざわめきは続く。
「六年前に、道士煉志雄の件でコンロン藩が取り潰しになり、ヒサゴのヴェルス藩も減封になった今、将軍は自分に匹敵しうる勢力を維持している我々ダクス藩を本気で潰しにきたということか…」
「いや、でも待て。この男はヒサゴとも通じているって話だぞ? ヒサゴと将軍が手を組むなんてあり得ると思うか?」
「いや、それは無いな…。だとすると、いったいどういうことなんだ?」
ざわめきの中、一人の警官が何かに気付いたように俺に視線を向けた。
「…そうか、わかったぞ。全てはこのヒイロとかいう男が仕組んだことなんだ」
その発言を受けて警官全員が一斉に俺に視線を向けた。
すると、迷彩柄忍者が何かに気付いたように呟き始める。
「そういえば、このヒイロとかいう男は『暗算』が得意だと言って笑っていた…。あれはそういう意味だったのか」
そういえば、『暗算』って中国語では『陰謀を企てる』っていう意味らしいね。
……。
ここ中国じゃねぇだろ!!
「この男、レニウム王国や将軍をも手玉に取って俺達を潰し合わせようとしていたのか…。そうだ、そう考えれば全ての辻褄が合う…」
「合わないよ!?」
「隠れて見ていた時から、この男からは何か胡散臭いものを感じていたんだ。あの単純そうな勇者を言葉巧みに操って自分の思い通りに動かそうとか、まるでそんなことを考えているかのような…」
「いや、確かに考えてたけど」
でも、違うんだよ。そうじゃないんだよ。
ふとカイを見たら彼は驚いたような、それでいて悲しそうな表情で俺を見ていた。
「そうなのか…、ヒイロ…。お前、俺のことを騙して…。…いや、確かに、言われてみれば俺は言葉巧みにヒイロに操られていた気がする…。当初の目的はもう忘れちまったが、ヒイロに誘導されるままに少しずつ目的をすり替えられ、いつの間にか狸のケンセイを討伐するという話に…」
「あっれぇ~?」
俺の記憶では、少しずつ目的をすり替えていったのはこいつの方だった気がするんだが?
カイの発言に対して若干の怒りを覚えていると、迷彩柄忍者が鬼の首でも取ったかのように饒舌に喋りだした。
「勇者も騙されていただけということか…。やはり、お前の目的は王国をも巻き込んで将軍と我々を潰し合わせることだったわけだな」
すると警官の一人が何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべる。
「まさか、健正様が最近になって急に将軍暗殺計画を唱え始めたのも、お前が裏から糸を引いて…?」
「いや、知るかよ!」
何でもかんでも俺の所為にするんじゃない。
「ヒイロ、まさかお主がそんなことを企んでおったとはな…。神力石を隠し持っておったのも、その計画の一環じゃったのか?」
この幽霊は俺を陥れたいのか?
その時、悲しそうに俺を見ていたカイが急に覚悟を決めたような表情をした。
「ヒイロ、お前の口車に乗って踊らされていただけとはいえ、俺にもお前の計画に加担しちまった罪がある…。お前ひとりに責任を押し付けたりはしない!」
「そもそも俺に責任はあるのかなぁ?」
怒りにも似た感情をなんとか抑えつつそんなことを呟いていると、カイが剣を構えた。
「何にしても、こうなっちまった以上、首を括るしかないよな」
「括るのは腹までにしてもらえないかな」
そうはいっても、本当に腹を括るしかなさそうだ。
勘違いで包囲されているとはいえ、こいつらが将軍暗殺を企てている事実には変わりがない。それを俺達が知ってしまった以上、話し合いで解決は難しいだろう。
そうして他のメンバーも戦闘態勢に入ったその瞬間、突然窓をぶち破って何者かが突入してきた。
突入してきたのは濃い藍色の忍び装束を着た女。
「何者だ!?」
驚いている迷彩柄忍者の足元に向かってくノ一が煙幕弾を叩きつける。
煙幕が広がる中、くノ一が俺達へと声を掛けてきた。
「御早く、こちらへ!」
一瞬躊躇うものの、まずはこの場を離れるべきだと判断したのだろうか、ハルが動きをみせる。
「行きましょう」
そのハルの一声に促されるようにして、俺達はくノ一に続いて割れた窓から店を後にした。
店主 「食い逃げだー!」
===
Q ウォルフさんはズボンを穿き替えるのを忘れてたんですか?
A 彼は穿き替えるのを忘れたわけではありません。一度脱いだけど、間違えてもう一度同じズボンを穿いてきただけです。
ヒイロ 「余計に質が悪い!」