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037 センジン ノ タニ

挿絵(By みてみん)

どうも、白狐です。


さあヒイロ、修行の時間だ!


 途中いろいろあったが、俺のスマホに入っているアプリが『アカシックレコード ~紙の箱には~』とかいう偽物だったことが判明した。

 同じ稀人であるレオさんに話を聞けば能力を覚醒させる方法がわかると期待していた俺は今、猫じゃらしでミーアと遊んでいる。

 別に現実逃避してるわけじゃないぞ。癒しがないとやってられないだけだ。

 楽しそうにじゃれつくミーアを愛でていた俺だが、ふとあることを思いついた。


「そうだ…。このアプリが偽物だってことは、本物の『神の箱庭』の方を入れ直せば俺にも能力が使えるようになるってことですよね」


 どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだ、俺は。

 期待に溢れる瞳でレオさんに同意を求める俺だったが、彼から返ってきたのは残酷な一言だった。


「いや、それは無理だ。あのアプリは日本限定配信だ。こちらの世界では配信されていない」


 なんですと?


「それと、さっきはパチモンなんて言ったが、もしかしたら違うのかもしれない…」


 何やら難しい顔をして呟くレオさん。


「え? どういうことですか?」

「そうだな……。まずは、現に君がこちらに召喚されているという事実が一つ。それと、さっき見せてもらったガチャ…」

「このタワシが何か…?」


 俺が机の上に置いてあるタワシを見ながら呟くと、レオさんがそれを手に取った。


「これはこの辺りの魔素を固めて形を模したりしたものではなく、本物のタワシなんだ」

「それが何か…?」

「つまり、このタワシはどこかからこの場所に空間転移してきたということだ」


 改めて言われてみるとなんか凄いな。タワシ一個の為にやるようなことじゃない。


「次元制御、空間魔法…言い方は何でもいいが、次元干渉なんて真似は普通はできない。それが可能なのは、この世界の管理システムへアクセスできる端末だけだ」

「この世界の管理システム…?」

「俺も人から聞いただけで詳しいことを知っているわけじゃないが、この世界にはかつて高度な文明が存在していた。その文明は世界の効率的な管理の為に一つのシステムを作り上げた…。それが、この世界の管理システムだ…」


 そこで一旦話を区切ると、レオさんは真剣な表情で俺のことをじっと見つめた。

 そして俺を見据えたまま説明を続ける。


「次元干渉は、その管理システムが提供している機能の一つだ。そして、稀人の所有する端末はもれなく管理システムへのアクセス権を有している」

「俺のこの端末も…?」

「アカシックゲートも管理システムの機能の一部だからな。君が稀人としてここに居ることが、君のその端末、そしてアプリが管理システムへのアクセス権を有している何よりの証拠になる」


 でも、俺のアプリの使い勝手悪くない?


「…それで、どうすれば俺もレオさんみたいな能力を手に入れられるんですかね?」

「それは俺にもわからない。そもそも、俺が知っているのは六年前のアプリだし、その間にアプリのバージョンアップなり路線変更でもあったのかもしれない。だが、少なくとも君のアプリも管理システムとつながっているのは間違いない。いずれにせよ、そのアプリについての評価を下すには情報が少なすぎる。暫く様子を見た方がいいだろう」

「………わかりました」


 でも、そうなると結局俺って…。


「良くわかんねーけど、それって結局ヒイロは当分無能のままってことか?」


 はっきり言うんじゃねぇよ、このポンコツ勇者。

 打ちひしがれている俺の元に割烹着姿のおばちゃんが近付いてきて『気を落とすんじゃないよ、坊や』とか言いながら励ましてくれた。

 そこへ、レオさんが少し考える素振りを見せながら声を掛けてきた。


「そうだな、稀人としての能力はどうにもできないが、単純に戦えるだけの力が欲しいのなら方法は他にもあるが…」

「え? 本当ですか?」

「本当だ。ヒイロ、君は力が欲しいか?」

「欲しいです」

「力が欲しいか? 力が欲しければ…」


 とうとう、俺にも無双展開が!?


「修行しろ!」

「現実的だな、おい!」


 そんなツッコミを入れた俺に対して、レオさんが諭すように語り掛けてくる。


「何の努力もなくポッと能力を与えられるなんて、そんな都合の良いことは起きないさ…」

「レオさんは、どうやって能力を手に入れたんでしたっけ?」


 すると、レオさんは暫くの沈黙の後、とても良い顔で呟いた。


「…………フッ、努力有るのみだ」

「こっち見て答えてください」


 俺は聞き逃してないぞ。さっきその能力はアプリで買ったとか言ってましたよね?


「それはまあいい。それよりヒイロ、君は俺の修行を受ける気があるか?」


 いや、あんま良くないんだけど? でも、修行か…。正直言って俺もなりふり構ってられるような状況ではない。

 今のままでは周りに迷惑を掛けるばかりだし、せめて自衛くらいできるようにならないと。


「はい、あります」

「そうか、では俺についてこい!」

「はい!」


 そして、唐突に始まるスポコン展開…かと思いきや、レオさんに案内されて到着した場所を見て一抹の不安を覚える。

 俺の右手側には木々の間に張られたロープや丸太で組まれた足場。そこでとても見覚えのある猿達が遊んでいる。左手側には底が見えない深い谷。

 そして、とどめと言わんばかりに『アスレチック広場 千尋の谷』の看板。

 広場なのか谷なのかはっきりしろ。


「ここは、代々ここを管理していた谷一族が壮絶な最期を遂げた為に俺が管理を引き継くことになったアスレチック施設だ」

「谷一族に何があった!?」

「さて、それではこれから始める修行について説明しよう」


 当然の如く、俺の疑問になど答えてくれるわけがない。

 レオさんはまるで聞こえていないかのように勝手に話を進める。


「この修業は代々ここを管理してきた先人達が受け継いできた伝統ある修行だ。気になるその内容だが…、これから俺は君をこの千尋の谷へと突き落とす!」

「え!? 修行に使うのこっち!?」


 底の見えない深い谷を指し示しながら言い切ったレオさんに驚いていると、彼は不思議そうに尋ねてきた。


「他に何があるっていうんだ?」

「いや、あっちのアスレチック施設じゃないんですか?」

「あっちは初級者用だ。今回君の修行で使うのは常に死の危険と隣り合わせの上級者用のこちらだ」

「初級からでお願いします」


 再び底の見えない深い谷を指し示しながら言い切ったレオさんに提案してみるも、俺の意見なんて誰も聞いてくれないことはわかっている。

 案の定、レオさんは無視して話を進めようとしている。

 そんな中、俺の後ろに現れた割烹着姿のおばちゃんが『あたしゃ、あんたの味方だよ』とか言いながら俺の肩に手を置き、元気づけようとしてくれる。

 ところで、さっきからちょいちょい出てくるこのおばちゃん、誰?


「さて、修行内容の続きを説明しよう。君を千尋の谷へと突き落とした後、登ってきたところへ上から岩を落とさせてもらう」


 完全に殺す気じゃねぇか?


「この修業を終えるころには、登山時の落石への対処レベルが上がること間違いなしだ!」

「要らねぇよ!」


 今必要なのはそんな能力じゃない。俺には断崖絶壁を登るような予定はないからな。

 割烹着姿のおばちゃんが、とても良い顔をしながら『人は、そこに山があるから登るんだ。坊やもそうなんだろう?』とか俺に問い掛けてくるんだが、この人達は俺に何をさせたいんだ?


「さて、それじゃあそろそろ始めよう」

「いや、ちょっと待ってください。そんな事したら俺、間違いなく死にますよ?」


 そこらの規格外の連中と違って俺は一般人だ。まず突き落とされた時点で生きていられる気がしない。


「安心しろ、ヒイロ。谷さんは君のことを気に入ったらしい」

「いや、誰だよ!?」

「何を言ってるんだ、さっきから君の後ろにいるだろう?」


 俺の後ろでは割烹着姿のおばちゃんがニコニコと微笑んでいる。


「その人は、この施設を管理していた前任者の谷千尋たにちひろさんだ」


 ちょっと待て。代々ここを管理していた谷一族は壮絶な最期を遂げたんじゃなかったっけ?


「彼女が憑いていれば厳しい修行の間も君を守ってくれるだろう」


 あ、よく見たらこの人、なんか透けてるわ…。オーギュストさんの同類かよ。

 俺が視線を向けると、割烹着姿のおばちゃんは『任せておきなよ』とか言いながら胸を張る。

 いや、不安しかないわ…。

 と、その時急にアスレチック施設で遊んでいた猿達が騒ぎだした。

 猿達が騒いでいる方に視線を向けたカイが何かを見つける。


「何だあいつら!?」


 それと同時に、猿達が俺の横を通り過ぎて一目散に駆け去っていく。

 すると、それらを追いかけるようにして目の前に黒い布を被った連中が現れた。


「……モブゴブリン?」

「いいえ、違います。あの布は化学繊維でできた量産品です」


 俺の呟きをハルが即座に否定する。

 この一瞬で布の違いなんてよくわかったな。

 そんなことを考えていると、その黒い布を被った集団の奥から誰かが声を発した。


「貴方達、下がりなさい」

「「Shitappa‐!」」


 とりあえず、何その掛け声…。

 すると黒い布を被った連中が少し後ろへ下がり、その前にタキシードを着たチーターが出てきた。

 そしてチーターに続いて、黒のストライプのスーツをビシッと決めて胸ポケットにタンポポを挿したライオン、そして短パンとタンクトップを着てボクサーグローブをはめたゴリラが現れた。


「何者ですか?」


 珍獣達に向かってハルが警戒しながら問い掛けると、その問いにゴリラが答える。


「俺は秘密結社O2、営業部所属のボクサー猿人!」


 ぶっちゃけ、猿人っていうか、むっちゃゴリラだよ? なんかイケメンゴリラだ。

 ここに来るまでの間にも、どこかの猿にこの手のツッコミを入れたような気がする…。


「同じく、わたくしはチーターと申します。以後、お見知りおきを 」


 見たまんま。でも、何とも言えない違和感を覚えるのは何故だろう?


「そして、俺は営業部長のダンディライオンだ!」


 タンポポやん。


「O2だって!? こんなところまで何しに来やがった」


 驚いたように声を上げながら、カイが背中の剣に右手を掛ける。

 すると、チーターがそれを制止した。


「おっと、争うつもりはありませんよ。私共わたくしども貴方方あなたがたと交渉に来たのです」

「交渉だって?」

「そう、私共わたくしどもは、ヒイロ、貴方に用があるのです」


 そう言ってチーターが俺に手を向けた。


「え、俺?」

「そうです。貴方が神力石インフィニティストーンを持っているという情報を得ましてね。それを私共わたくしどもに譲って頂きたいのです」

「え? 何のことだ? 俺はそんなもの持ってない」


 神力石インフィニティストーンって、確か十個集めるとガチャが一回引けるとかいうやつだったっけ? そもそも、俺はそれを見たことすらないよ。

 そんなことを考えていると、返答を聞いたチーターが残念そうに嘆息する。


「おやおや、こちらが紳士的な態度で穏便に済まそうとしているというのに、そのような嘘で誤魔化そうなどと…」

「ヒイロといったか? お前が神力石インフィニティストーンを隠し持っていることは調べが付いているんだ。死にたくなければおとなしく渡してもらおうか?」


 チーターに続いてライオンが威圧的な態度で迫ってくる。

 すると、ライオンの前に割烹着姿のおばちゃんが立ち塞がった。

 彼女が『この子に手を出すってんなら容赦しないよ』とか言いながら右手を翳すと、そこに黒い靄が集まり一本の長槍が形成される。

 そして、その槍を掴み取ると割烹着姿のおばちゃん、いや、谷さんは先陣を切ってライオンに突撃していった。

 谷さんがライオンめがけて槍で突きを放つ。しかし、ライオンはそれを躱すと片手で槍の柄を掴み取り力任せに谷さんを槍ごと谷へと投げ捨てた。

 宙を舞う谷さんが『坊や、強く生きるんだよ…』とか呟きながら谷底へと消えていく。

 すると、カイが悲壮な表情で谷底に向かって叫んだ。


「谷さぁぁぁん!」


 ノリ良いな、このポンコツ勇者。

 急展開過ぎて俺は谷さんに対してそこまでの共感持てねぇよ。そもそも幽霊だし、そのうちひょっこり戻ってくるんじゃない?


「そんな…、あの悪魔ミセスストローと互角に渡り合ったこともある谷さんが、こんなにも簡単に…」


 レオさんが何やら驚いているが、凄いんだか凄くないんだかよくわからない。

 その時、ゴリラとチーターが何やら話し始めた。


「チーター、交渉は決裂ってことで良いよな?」

「あの少年はあくまでもとぼけるつもりの様ですし、残念ですがそうなりますね…」

「そうか。ここでの仕事が終わって漸く帰れると思っていたところに、昨日いきなりヒイロって奴が神力石インフィニティストーンを持っているからそれを入手しろなんて突発指令が入ってイライラしてたんだ。憂さ晴らしさせてもらうぜぇ」


 とぼけるも何も本当に身に覚えがないだけなんだが、そんなことを言っても納得してくれなさそうだ。

 ニヤニヤと厭らしい笑顔を浮かべながらゴリラが俺に近付いて来る。


「ヒイロ様!」

「おっと邪魔するんじゃねぇ。下級戦闘員シタッパー。あいつらの相手をしてやれ!」

「「Shitappa‐!」」


 俺の元へと駆け寄ろうとしたハルに黒い布を被った連中が襲い掛かる。

 ハルも咄嗟に銃を取り出して応戦するも、なにぶん数が多い。その上意外とすばしっこいらしく他のメンバー共々足止めされてしまった。


「おとなしく神力石インフィニティストーンを渡せば痛い思いなんてしなくて済んだのになぁ!」


 そう言いながらゴリラが俺に殴り掛かってきた。

 慌てて避けようとするも、足が思うように動かずその場で躓く。もう駄目かと思ったその時、そこへシタッパーを振り切ったウォルフさんが割り込んで来て、ゴリラの拳を蓮根で受け止めた。

 助けてもらった相手にこんなことを言いたくないんだが、ズボンのお尻のところに開いた穴の所為でどうにも締まらない。


「下がるんだ、ヒイロ君」


 ウォルフさんに下がるように促され、咄嗟に近くにいたミーアを保護してその場を離れようと試みる。しかし、数体のシタッパーに回り込まれて逃げ場を失った。

 俺が慌てていると、それに気付いたハルが『鋼鉄の乙女』へ指示を出そうと眼鏡を取り出す。

 その時、ハルよりも先にレオさんが動いた。


「この程度で、デスサイズを持った俺を足止めできると思うな!」


 そう言うと大剣を構える。


「有言実行! 生者必滅しょうじゃひつめつ!」


 レオさんが叫ぶと、その背後に黒い靄が集まり、それが黒いローブに身を包み大きな鎌を持った骸骨の姿を形作った。

 そして、そのゆらゆらと揺らめく骸骨がシタッパー達へ向けて大鎌を振るう。

 すると、大鎌がシタッパー達の体を通過した瞬間、シタッパー達が次々と力なく崩れ落ちていく。

 その様子を見ながらレオさんが得意気な表情を浮かべた。


「生きとし生ける者を必ず滅する…。これは、魂を刈り取る技だ…」


 Oh…Deathscythe!

 突然の出来事に珍獣達も驚きを隠せずに棒立ち状態だ。すると、レオさんはその隙をついてライオンに体当たりして谷へと突き落とした。

 突き落とされたライオンだったが咄嗟に岩壁に腕を突き立てると、それ以上の落下を回避する。そして、岩壁をよじ登り始めた。

 そんなライオンを見下ろしながらレオさんが大剣を振り上げる。


「有言実行! 磊磊落落らいらいらくらく!」


 すると、周囲の空間が歪み、そこから大量の岩石が現れた。

 そして勢いよく剣を振り下ろすと、岩石が一斉にダンディライオンめがけて落ちていく。


「何でもありか!」

「些細なことをいちいち気にするな」


 まさに磊磊落落。…いや、些細じゃないよな、これ…?

 その時、俺達の後ろに立っていたはずのチーターが急に姿を消した。そして、いつの間にか崖に掴まっているライオンの肩に手を触れるようにして姿を現したかと思えば、今度はライオンと共に再び姿を消した。

 目標を失った岩がそのまま谷底へと消えていく。


「危ないところでしたね、ダンディライオン」

「すまない、チーター」


 気が付くと、チーターとライオンは俺達の後ろに立っていた。

 レオさんが振り返り大剣を構え直す。

 すると、残っていたシタッパー達がチーターとライオンの元に集まり、それを追ってカイとハル、そしてオーギュストさん×2も集まって来た。

 少し離れたところで激闘を繰り広げていたウォルフさんとゴリラがそれに気付くと、その睨み合いに合流する。

 そして睨み合う両陣営。


 ……ところで、何でこの人達わざわざ集まってきたの?



ヒイロ 「このシタッパー達、黒いモブゴブリンにしか見えないんだけど…」

ダンディライオン 「色を変えて別の敵として仕立てるのは昔からよく使われている手法だ」

ヒイロ 「何の話だよ!?」


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