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030 ジヤ ノ ミチ ハ ヘビ

挿絵(By みてみん)

どうも、白狐です。


主人公、それはただの傍観者…。


 玄関の方から扉を叩く音が聞こえる。


「また、あいつらか…」

「僕達が相手をしてきます」


 アルジーヌさんにそう告げると、ヘクトルさんとライルさんが部屋を後にした。


「また、あの人達ですか?」


 ランス君が不安そうにアルジーヌさんに尋ねる。すると、アルジーヌさんは安心させるように微笑みながら答えた。


「大丈夫よ。私はここを売るつもりはありませんから」


 これは、異世界孤児院名物の『借金の形にここ売れよ』展開だろうか?

 つまり、今訪ねてきた奴らは借金取り。きっと騙して作った借金の取り立ての為に執拗な嫌がらせを繰り返しているに違いない。

 そんな場面に異世界転移者である俺が居合わせているのはただの偶然だろうか?

 否! そう、とうとう俺にも活躍の機会が巡ってきたんだ!

 散々無能だと言われてきた俺の株を上げる好機チャンスだ。

 ……。

 あれ? でも具体的にどうすればいい?

 ぶっちゃけ、俺には腕っぷしも無ければ法的知識があるわけでもない。

 展開はテンプレでも、俺の今の立ち位置が異世界転移者のテンプレじゃない。

 正直、今の場面においてただの高校生なんて何の役にも立たない…。


「お兄さん、どうしてさっきから百面相してるんですか?」

「何でもないよ…」


 心配そうに尋ねてくるアレク君に答えながら、俺は己の無力さを呪った。

 その時、玄関の辺りで聞こえていた話し声が、だんだんとこちらへと近付いてくるのを感じた。


「ちょっと待ってください。何かの間違いじゃ…」

「君では話にならん。責任者に合わせてもらおう」

「あ、だから、待ってくださいと言ってるじゃないですか…」


 ヘクトルさんと見知らぬ男の声が近付いて来たかと思えば、声の主が俺達のいる部屋に入ってきた。それに続いてライルさん、そしてスーツ姿の複数の男女が踏み込んできた。


「あら、どうしたの?」

「アルジーヌさん…。それが…」


 アルジーヌさんの問い掛けに答えようとしたヘクトルさんを遮るようにして、先頭にいた強面のスーツ姿の男が口を開いた。


「警察です。アルジーヌ・ドンナー、あなたには象牙密輸の嫌疑が掛かっている。我々と一緒に来てもらおうか」

「密輸…? いったい何のことかしら?」


 警察? 象牙の密輸?

 え? 借金は?

 突然のことに状況が飲み込めないものの、とりあえずユキさんと一緒に子供達を後ろに下がらせて、その前に立つ。

 すると、突然ちょび髭のひょろっとした男が奇声を上げながら躍り出てきた。


「ひょーほっほっほ! とぼけるおつもりですくゎぁ? ここが象牙の密輸に加担していることは、既に調べが付いているんでごぉざいますよぉ」


 何だろう、喋り方がイラッとする。


「何を仰っているのか理解できないのですけれど?」

「ひょーほっほっほ! とぼけても無駄むぅだだと言っているのがお解りになぁらないんですくゎぁ?」

とぼけるも何も、そんな事実はありませんよ?」


 すると強面の男が一枚の紙を取り出した。


「それは、ここを捜索してみればわかることだ。令状ならここにある。おい、調べろ」

「「はい」」


 後ろに控えていた人達が返事をして動きだす。

 その時、アルジーヌさんが何かに気付いたように呟いた。


「ああ、そういうこと…」


 そして、クスクスと笑いながら続ける。


「どこかの誰かさんが送り付けてきた象牙なら、もうここにはありませんよ?」

「な…、どういうことでぇすかぁ!?」

「あんな怪し気なもの、いつまでも置いておくわけがないでしょう? その日のうちに知り合いの刑事さんに相談して引き取ってもらいましたよ」


 絶句しているちょび髭にアルジーヌさんが語り掛ける。


「フフッ。あれを送ってきたハナナガゾウさんっていうのは、あなたのことかしら?」

「そそそそそそんなわけ、なぁいじゃあぁりませんくゎぁ??」


 だらだらと冷や汗をかき、目を泳がせるちょび髭。わかりやす過ぎだろ、こいつ。


「あらあら、正直だこと。私がこの土地を売らないものだから強硬手段に出たのかしら? さて、調べても何も出ませんけど、それでもお調べになりますか?」

「ぐぬぅ」


 ちょび髭が悔しそうに唇を噛む。


「お分かりいただけたなら、そろそろお引き取り願えるかしら?」


 そこへ、黙って聞いていた強面の男が口を挟む。


「それはできないな」

「あら、何故かしら?」

「理由は簡単だ。ここには、お前が象牙を密輸したという証拠があるからだ」

「そんなものは無いと言っているでしょう?」

「いや、あるんだよ」


 強面の男がニヤリと口元を歪める。そして、部下に向かって声を掛けた。


「そうだろう?」

「はい、警部。この家の中にこんなものがありました」


 そう答えた部下の手には象牙が握られていた。

 どうやら、この警察も全員グルのようだ。

 それに対して、アルジーヌさんは特に慌てた様子もなく落ち着いた態度で応じる。


「あら、随分と強引ね…。そんな嘘、直ぐにバレますよ?」

「心配しなくていい。俺達のバックには大物が付いているんでね、俺達がクロだと言ったらそれが何であろうとクロになるんだよ。だが、あんたがおとなしくこの土地の権利書を渡すのならば、考えてやらないことも無い。長いものには巻かれろっていうだろ? 今の内におとなしく売っておいた方が利口というものだぞ」

「私達のボス…、そうですねぇ、匿名のクビナガキリンさんとでもしておきましょうくゎぁ、彼はこの土地の権利書を首を長くして待ぁっているんでぇすよぉ。おとなしく売りなさぁい」


 おい、そのどこか長いシリーズいつまで続ける気だ?

 すると、アルジーヌさんがクスクスと笑い始めた。

 その様子を見て強面の男が語気を強めて声を上げる。


「何が可笑しい!」

「あなた達のバックに付いている大物っていうのは、貴族院議員のコモーノの事かしら?」


 そのアルジーヌさんの一言に、ちょび髭と強面の男が驚愕の表情を浮かべる。


「な、何故、コモーノ男爵のことを知っているのでぇすくゎぁ!?」

「おい、馬鹿野郎!」

「あっ! あなた、鎌を掛けたのでぇすくゎぁ!」

「あら、違いますよ。あなたの背後関係を調べさせてもらっただけです。あなたが真っ当な商売の方でないことは、最初に話を持ち掛けてきた時に気付きましたから」

「なぁんですってぇ! この紳士的な商人である私を見て、どうして真っ当でないだなぁどと思うのでぇすくゎぁ?」


 こいつ、さっきから無駄にくるくると回転したり、ひたすら揉み手をしていたりと非常に鬱陶しい。

 紳士的な商人どころか、まず人として胡散臭い。


「長いこと裏の世界に身を置いているとね、悪意には敏感になるものよ。フフ、私もトールと出会う前は、そちら側の住人だったもの」


 アルジーヌさんはそう言うと、少し懐かしそうに微笑んだ。

 すると、ちょび髭がハッとした様子で喋りだす。


「まぁさか、ここを騙し取る為に提携した詐欺師グループやぁ、ここを襲わせる為に雇った連中が急に消息を絶ったのもぅ、子供達を人質に取る為に取引した連中からの連絡が途絶えたのもぅ、全てあなたの所為でぇすくゎぁ!?」

「子供達を人質に取ろうとしていたのは初耳ですが、その他はこちらで先手を打たせて頂きましたよ。次にあなた方が打ってくるであろう手はだいたい予測が付きましたから。…ですが、今回の件は少し予想外でしたよ。痺れを切らしてまさかこんな稚拙な強硬手段に打って出るとは思っていなかったので」


 アルジーヌさんが可笑しそうに口元を抑えながら答えると、ちょび髭が悔しそうに歯噛みする。


「ぐぬぅ」

「あら、いけない。話が逸れてしまったわね」


 そこへ、強面の男が少し苛立った様子で口を開いた。


「だから何だというのだ。権利書さえ渡せばそれで済ませてやろうと思っていたが、コモーノ先生のことまで知られてしまってはな…」


 そして一度溜息を吐くと、口元を歪ませながら部下達に指示を出す。


「どうやら、ここにいる全員が共犯のようだ。全員取り押さえろ」

「「はい」」

「フハハハハ、絶大な権力の前では、お前達などどうとでもできるのだよ!」


 迫ってくる部下達にライルさんとヘクトルさんが抵抗を試みる。

 しかし、数が多く俺達の方へも数人が迫ってきた。

 俺とユキさんは子供達を庇うようにしてその前に立ち塞がる。

 その時、とても冷たい声が響いた。


「子供達に手を出さないでくださる?」


 アルジーヌさんが冷たい表情で警官達を睨みつける。

 それを見てライルさん、ヘクトルさん、ユキさんが少し慌てた様子を見せた。


「「「アルジーヌさん、ここは 僕/俺/ワタシ 達が…」」」


 三人が声を掛けたのも束の間、何かが這うような音と共に地面が大きく揺れ、建物が軋む。

 ふと部屋の隅を見ると、そこにあった蛇柄タイルの台だと思っていた物がずるずると動きだす。

 部屋の外に目を向けると、この部屋の入り口まで続いていた蛇柄タイルの道が、まるで動く歩道のような状態になっている。

 ……?

 突然の事態に全く状況が飲み込めない俺の耳に、突然誰かの叫び声が届いた。


「「うわぁぁ!」」


 声のした方を見ると強面とちょび髭、その部下達全員が、まとめて何か長いものに巻き取られている。

 それはまるで蛇の尻尾のような、そんな質感のものだった。


「少しお仕置きが必要みたいね…」


 そんな呟きと共にアルジーヌさんが体を起こす。すると、膝掛がはらりと落ちた。

 俺の目に入ってきたのは、そこにあるはずの人間の下半身…ではなく蛇の胴体。それは、そのまま床下へと続いていた。

 ………ああ、猫が寄り付かないわけだ…。

 理解が追い付かないながらも、ぼんやりとそんなことを考えた。

 俺が突然の事態に呆然としていると、強面の男が叫び始める。


「お前達、逆らうのか!? 全員公務執行妨害で逮捕するぞ! 公権力に逆らうとどうなるか目にものを見せてやる!」


 強気なことを言っているが、どう足掻いてみても拘束からは抜け出せない。

 そんな男の前にユキさんが黙って進み出る。そして、ポケットから携帯端末を取り出すと、そこに表示された画面を男の目の前に掲げた。

 すると、強面の男の顔から血の気が引いていく。


特殊諜報局(SPINA)の…局員…?」

「旦那ぁ? どうされたんでぇすくゎぁ? 早く片付けちゃってくぅださいよぉ」

「ば、馬鹿野郎! 相手は、あの特殊諜報局(SPINA)だぞ! その局員には、超法規的な権限が付与されおり、全員が超一流の暗殺者だという。奴らを敵に回すなんて、そんなの命がいくつあっても足りない…。どうして、こんなところに特殊諜報局(SPINA)がいるんだ…」


 どうしよう。特殊諜報局(SPINA)の方がよっぽどヤバイ組織に思えてならない。

 混乱した様子の強面の男に向かって、ヘクトルさんが口を開いた。


「そもそも、自分達が誰を相手にしようとしているのかくらい調べなかったのか? アルジーヌさんは特殊諜報局(SPINA)の前局長トールさんの奥様で、現局長とも懇意にしているんだぞ」

「「え!?」」


 驚いて声を漏らした連中に向かって、アルジーヌさんが黙って微笑む。

 ユキさんが冷ややかに見つめる。

 すると、警官達とちょび髭の顔が恐怖に歪む。


「お、俺達は政界の大物、コモーノ先生に依頼されただけなんですよ。全て白状します。だから、命だけは助けてください」


 蛇の尻尾に巻かれている強面の男が懇願し始めた。どうやら長いものには巻かれたほうが良いと判断したようだ。

 大物(笑)政治家のコモーノ先生の悪事が暴かれるのも時間の問題だろう。


「ワタシは直接手を下すつもりはない…。既に知り合いの刑事さんに連絡済み…。そろそろ来る頃…」


 ユキさんが静かに呟くと、玄関から大きな声が聞こえた。


「ヒャッハー。警察だぁ!」


 そんな叫び声と共に部屋に入ってきたのはモヒカン男とリーゼント男、そして仮面痴女。

 ……。

 こいつら、ローリエの街にいた色物警官三人衆じゃないか。この国の警察には管轄とかないのだろうか?


「全員、おとなしく……なってるな…」


 勢いよく乗り込んできたものの、状況を見て直ぐに自分の出番はないと判断したようだ。

 すると、リーゼント男がアルジーヌさんに声を掛ける。


「遅くなって申し訳ありません」

「そんなことありませんよ。こちらこそ、急に呼んだりしてごめんなさいね」

「いえ、他でもないアルジーヌさんの頼みですから」

「ありがとう、オジェ」

「俺のことはリーゼントと呼んでください。ニックネームをつけるのは刑事の基本ですからね」


 何の基本だよ。

 ふとそんな彼の背中を見ると、そこには『肆陸肆玖』の文字。

 大字だいじになってる!?


「それでは、後はお任せしてもいいかしら、オジェ?」

「リーゼントです、アルジーヌさん」

「あら、そうだったわね。ごめんなさい、オジェ」

「リ……。アルジーヌさん、こいつらは我々が責任もって取り調べて二度とここに手出しできないようにします」


 あっ、諦めた。


「こいつらからの証言があれば、黒幕のコモーノを追いつめることも可能でしょう。さて、モヒカン、カメン、こいつらを連行しよう」

「ヒャッハー」

「さぁ、行くわよぉ。きびきび歩きなさい!」


 鞭を地面に叩きつけながら仮面痴女が指示を出すと、蛇の尻尾から解放された連中がとぼとぼと歩きだした。

 こうして、ちょび髭と汚職警官達は色物警官三人衆によって連行されていった。

 …いや、だからどっちがどっちだかわからねぇんだよ。


「ごめんなさいね、ヒイロさん。面倒な事に巻き込んでしまって…」

「いえ、みんな無事でよかったです」


 アルジーヌさんは申し訳なさそうに俺に声を掛けると、大きな揺れを伴いながら定位置へと戻っていく。

 正直、この家が壊れないかどうか心配だ。


 異世界孤児院騒動は、こうして幕を閉じた。

 結局、借金も何もありはせず、孤児院の人達が自分達の力で解決した。

 俺はいつも通り何の役にも立っていない。現実って厳しいね…。

 そんな失意の中、俺は子供達にまた遊びに来ることを約束して孤児院を後にした。


 孤児院を出て王宮へと帰る為に通りを歩く。

 そして暫く歩いたところで、俺はあることに気付いた。

 ……ここ、どこだ?

 そういえば、来るときはアレク君達と話をしながら付いて来ただけだったので道順とか覚えてない。そもそもそれどころじゃなかったし…。

 とりあえず、ここはいったん孤児院に引き返すべきだな。

 そう考えて踵を返す。そして、周りを見渡す。

 ……俺、孤児院からここまでどうやって歩いてきたっけ?

 ふと足元に目をやると、ミーアが口にオモチャの旗を咥えて駆け寄ってきた。

 その旗、どこから回収してきたんだい、ミーア?


 その後、俺は散々街中を彷徨った挙句、最後にはハルに連絡を入れて迎えに来てもらった。


ミーアはきっと帰り道を知っている。だが、おそらく人が通れるような道ではない。


===

SPINAのロゴ

挿絵(By みてみん)


トール・ドンナー 「特殊諜報局(SPINA)は、国家を陰ながら支える脊椎せぼねであり、国家を守護するいばらである」


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