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029 ネコ ニ カンブクロ

挿絵(By みてみん)

どうも、白狐です。


さあ、みんなでミーアを愛でるのだ。


 ライルさんが、きちんとお礼がしたいと言うので俺は孤児院の奥の部屋へと通された。

 そこにいたのは数人の子供達と穏やかな表情で微笑む気品の溢れる老婦人。

 彼女は大きなクッションのような椅子に身を任せ、下半身には床まで垂れた大きな膝掛を掛けていた。

 ライルさんがレイチェルちゃんを近くの椅子に座らせると、その老婦人に近付いて何やら話をする。

 すると、彼女は少しだけ体を起こして俺に声を掛けてきた。


「ヒイロさん、怪我をしたレイチェルをここまで送ってきてくださったそうね。私からもお礼を言わせて頂くわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「私はこのSchlangen(シュランゲン)haus(ハウス)を運営しているアルジーヌといいます。こんな恰好でごめんなさいね。私はここから動けなくて…」

「いえ、どうぞお気になさらず…」


 どこか体でも悪いのだろうか。

 その時、何か思い出したようにライルさんがアレク君に声を掛けた。


「そうだ、アレク。途中でヘクトル君とユキに会わなかった? 君達が猫展に行ったんじゃないかと推測して、美術館の方まで探しに行ったはずなんだけど…」

「ヘクトルさんとユキ姉ちゃん? 会ってないよ」

「入れ違いになったのかな…。ちょっと連絡してきますね…」


 そう言うとライルさんは部屋を後にした。


「どうぞ、そちらへお掛けになって」


 アルジーヌさんに促されて椅子に腰かけると、男の子と女の子がお茶とお菓子を持ってきてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 男の子の方はランス君、今ここで生活している子供達の中で最年長とのことだ。女の子の方はユディちゃんというらしい。


「このクッキーね、ユキお姉ちゃんと一緒にユディが作ったんだよ。おいしいから食べて」

「そうなの? それじゃあ、頂くね」


 ユディちゃんに勧められてクッキーに手を伸ばした時、テーブルの下から誰かの手が伸びてきた。そして、その手がお皿に載ったクッキーをいくつか掻っ攫っていく。

 テーブルの下には二人の男の子。クッキーを盗っていった子がクッキーを口に咥えながら、もう一人の子にクッキーを渡している。


「あ、こら。デビッド、ジュリアス、ダメだろ!」

「見つかった、逃げろ!」

「待ってよぉ、デビッド」


 ランス君に怒られて二人の男の子が逃げていく。

 クッキーを盗った元気のいい子がデビッド君、後ろを追いかけているおっとりとした子がジュリアス君だ。


「まったく、あいつら…。すみません、ヒイロさん」

「気にしないよ。元気が良くていいじゃない」


 改めてクッキーを手に取り口に運ぶ。

 ハチミツの香りが鼻に抜け、ほんのりとバナナの甘さが感じられる。

 どうやらバナナクッキーのようだ。


「あ、おいしい」


 俺が思わず声を漏らすと、ユディちゃんが嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「でしょ。ユキお姉ちゃんは料理上手だもん。それにね、使ったハチミツはアシナガバチさんから、バナナはテナガザルさんから貰ったんだよ」

「へぇ、そうなんだ???」

「それとね、それとね…」


 何やら話したいことがいろいろあるようなユディちゃんだが、正直何を言っているのか俺には理解できない。

 とりあえず、アシナガバチはハチミツを貯めない。奴等はバリバリの肉食系だ。


「ユディ、ダメだよ。ヒイロさんが困ってるだろ」


 少し困った顔をした俺を見かねて、ランス君がユディちゃんを制止する。そして俺が疑問に思っているであろうことを推測し、説明してくれた。


「アシナガバチさんとテナガザルさんは、ここに匿名で寄付をしてくださっている方々なんですよ。他にもオナガドリさんは鶏肉を、ハナナガゾウさんは象牙を、ドウナガオジサンはいつも新鮮なお魚を送ってくれるんです」


 何故、皆どこかしら長いのか?


「あと、庭にある笛吹き男の像は、ミミナガエルフさんからの贈り物です」


 それ、子供達を攫うという予告とかじゃないよね?

 俺達がそんな話をしていると、さっき逃げて行った二人の男の子が部屋に戻ってきた。そして、アレク君とレイチェルちゃんに声を掛ける。


「アレク、レイチェル、猫展どうだった?」

「面白かったよ」

「あのね、あのね、ニャンニャンがいっぱいなの」

「いいなぁ。僕も行きたかったなぁ」

「あ、お土産あるよ?」


 そう言ってアレク君が紙袋から写真集を取り出した。俺が買ったのと同じ写真集を彼も買っていたらしい。

 レイチェルちゃんが写真集を机の上に広げると、他の子供達がそれを取り囲む。

 すると、デビット君が部屋の隅に向かって声を掛けた。


「パラスも一緒に見ようぜ?」


 デビッド君の視線の先には本を読んでいる一人の女の子。彼女は部屋の隅にある蛇柄タイルに覆われた台のような物にもたれかかっている。

 呼びかけに応じて、パラスちゃんが表紙に『兵法書』と書かれた本を閉じて床に積まれていた本の上に置くと、写真集を囲む輪に加わる。

 ちなみに、床に積まれていた本のタイトルは『戦略と戦術』、『やさしい戦争の始め方』、『難しい戦争の終わらせ方』、『勝利の方程式』…。

 …なんて本を読んでるんだ、この子。


「ユディも見る!」


 そう言って俺の隣にいたユディちゃんもその輪に加わっていった。

 何とも微笑ましい光景だ。


「みんな猫が好きなんだね」

「うん、大好き」

「もふもふ可愛いの」


 俺が子供達に話し掛けると、ユディちゃんとレイチェルちゃんが嬉しそうに答えた。

 それに続いてデビッド君が呟く。


「でも、ここじゃ猫飼えないからな…」

「ごめんなさいね、私の所為で…」


 デビッド君の発言を受けて申し訳なさそうにするアルジーヌさん、それを見て慌ててランス君が口を開く。


「アルジーヌさんの所為じゃないですよ」


 アルジーヌさんは猫が苦手なんだろうか?


「猫、苦手なんですか?」

「そういうわけじゃないのよ。ただ、猫の方は私の事が怖いみたいで、みんな逃げていってしまうの…」


 アルジーヌさんは優しそうな人だけどな…。猫は割と落ち着いた人を好む。どちらかというと急に動いたりする子供の方が苦手だと思うのだが。

 そういえば、さっきからミーアの姿が見えない。どこに行ったんだろう。

 辺りを見回してみると、ドア横に置いてある棚の下の隙間で双眸が光っているのが見えた。

 何でそんなところに隠れてるのさ、ミーア。

 その時、ライルさんが部屋に入ってきた。


「二人とも既にそこまで戻って来てたみたいだ」


 すると、ライルさんに続いて男の人と女の人が部屋に入ってきた。

 それに気付いたアレク君がその人達に近付いていく。


「ヘクトルさん、ユキ姉ちゃん、迷惑かけてごめんなさい」

「アレク、心配したんだよ。もう勝手に出かけるなよ」


 男の人がしゃがんでアレク君の頭を撫でる。

 女の人はその様子を見て、少しだけ優しい表情を浮かべてポツリと呟いた。 


「無事でよかった…」


 あれ? この女の人、最近どこかで会ったような?

 そんなことを考えていたら、女の人がこちらに気付いた。


「ヒイロ君…?」


 そうだ、思い出した。私服で雰囲気違うからわからなかったけど、特殊諜報局(SPINA)のユキさんだ。


「ユキさん?」


 すると、ユキさんが静かな声で続ける。


「どうしてここに? ……もしかして、アレクとレイチェルを送ってくれた人ってヒイロ君の事…?」

「え? あ、そうです」

「そうなの…、ありがとう、ヒイロ君…」

「いえ、どういたしまして」


 いろんな人から何回もお礼を言われると、何だかこそばゆい感じがしてくる。

 そこへアルジーヌさんが尋ねてきた。


「あら、お知り合い?」

「ヒイロ君は勇者一行の内の一人…。この間、仕事中に会ったの…」


 その問いにユキさんが答えると、アルジーヌさんが顔を綻ばせる。


「あら、そうなの? では、ヒイロさんはハルと一緒にお仕事をされているのね」

「え、ハルの知り合いなんですか?」


 つい聞き返した俺に対してユキさんが答える。


「私とハルは、昔ここでお世話になってた…」

「フフフ、思い出すわねぇ、セバスがここへあなた達を連れてきた時のこと…。二人とも全然心を開いてくれなくて…」

「アルジーヌさん、その話は…」


 アルジーヌさんが懐かしそうに語ると、ユキさんが少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「…セバスさんって、あのセバスさんですか?」


 また、急に見知った名前が出てきたのでユキさんに尋ねてみる。


「ヒイロ君の知っているセバスさんで間違いない…」

「あら、セバスのこともご存じなのね。あ、でもハルと一緒にお仕事されているのなら、おかしくないのかしら」


 アルジーヌさんが納得したように呟いた。

 とりあえず、俺の仕事って何だろう。今更ながらそんなことを考えてしまう…。


「へぇ、世間って狭いですね…。実は、今日行ってきた猫展のチケットもセバスさんに貰ったんですよ。自分は行けそうにないからって」

「あら、そうなの。セバスの残念そうな顔が目に浮かぶようだわ」

「確かに、凄く残念そうな顔をしてましたよ」

「フフッ。セバスは昔から猫が好きだものね」


 そう言いながらアルジーヌさんが優しく微笑んだ。


「ここで暮らしていた時も、この家に猫が寄り付かないのを残念そうにしていたもの」

「えっ、セバスさんもここで暮らしてたんですか?」

「ええ、そうなのよ。セバスはトールが…、あっ、トールっていうのは亡くなった夫なんですけどね、そのトールが連れてきたの。帰る場所がないっていうので暫くここで暮らしていたわ。トールもセバスのことが気に入ったみたいでいろいろと世話を焼いていたわ。

あら、ごめんなさいね。つい懐かしくなって…。こんなお婆ちゃんの話なんてつまらないわよね」

「いえ、そんなことないですよ」


 その時、ミーアがヒョコッと棚の下から出てきた。

 何やら警戒気味にキョロキョロしている。


「あ、ミーアが出てきた」

「あら、猫がこの家の中にまで入ってくるなんて珍しいわね。ヒイロさんの猫かしら?」

「いえ違います、ミーアはハルの猫なんですよ」

「そうなの? あの子、猫飼ってたのね」


 辺りを見回していたミーアだったが子供達の方を見ると何やらうずうずとし始める。そして、突然駆け出すと床に落ちていた空になった紙袋めがけて突っ込んで行った。

 ミーアがそのまま紙袋の中にすっぽり収まると、もぞもぞと動き始める。

 そして、大きくガサッと動くと、紙袋が直立した。

 その紙袋の中からミーアがヒョコッと顔を覗かせる。


「ニャ~」


 ハァ~、圧倒的癒し…。


「猫だ」

「本物だ」


 子供達が騒ぎ始めるとミーアが紙袋から出てきた。そこにレイチェルちゃんが這い寄っていく。


「ニャンニャンは、紙袋が好きなの?」


 そんなことを言いながら紙袋を手に取るとミーアに迫る。

 ミーアに紙袋を被せようとするレイチェルちゃん。それに気付いて警戒しながら後退りするミーア。


「レイチェルちゃん、やめてあげて」


 ちょっとミーアが可哀想なのでレイチェルちゃんを止める。


「ニャンニャンは紙袋嫌い?」

「自分で潜り込んで遊ぶのが好きなんだよ。誰かに無理矢理被せられたりするのは嫌いなんだ」


 警戒しながらこちらの様子を伺っているミーアをレイチェルちゃんがしょげた様子で見る。


「ごめんね、ニャンニャン…」


 ショボンとしているレイチェルちゃんにそーっとミーアが近付いてきて、その顔を窺う。

 レイチェルちゃんがそれに気付いて手を出そうとするが、直ぐに引っ込めてしまった。

 どうやらさっきまでのやり取りでミーアを怖がらせてしまった事もあり、尻込みしてしまっているようだ。


「いきなり上から手を出すと怖がっちゃうから、猫の目線くらいで驚かせないようにゆっくりと手を出して、向こうから近付いてきたら撫でてあげるといいよ」


 俺がそう声を掛けてあげると、レイチェルちゃんがおずおずと手を出す。すると、ミーアがその手に鼻先を近付けた。

 すると、レイチェルちゃんは意見を求めるようにして俺に視線を向ける。


「そのまま、顎の辺りを撫でてあげて」


 レイチェルちゃんがそっとミーアの顎に手を当てる。


「もふもふだぁ」


 嬉しそうにしながらミーアを撫でると、ミーアも喉を鳴らした。


「俺も触りたい」

「僕も~」

「ユディも!」


 ……ミーアは逃げました。棚の下で双眸が光っている。

 だから、驚かせちゃダメだって。


 その時、優しい笑顔でその様子を眺めていたアルジーヌさんが何かに気付いたように呟いた。


「あら、お客様のようね…」


 彼女の顔からは、さっきまでの笑みが消えていた。


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