027 カイギ
八カ国同盟首脳会議の一日目は何事もなく過ぎ、今日は二日目。
会場となっているホテルから少し離れた海が見える広場。今、俺達はその広場を俯瞰できる高台にいる。
これから、この広場で参加国首脳が集まっての写真撮影があるらしい。
カイは俺達とは別行動で、撮影会場となる広場にいる。昨日もそうだったのだが、カイは各国首脳と直接顔を合わせる場所の警備を受け持っている。
今回の警備依頼には、王国が勇者の存在を誇示したいという思惑もあったのだろう。
「暇だなぁー…」
「結構なことじゃないか」
欠伸をしながら呟いたバルザックにウォルフさんが応じた。
さて、ウォルフさんが出てきたところで今日の間違い探しといこう。
今日は簡単だ。インナーが違う。
彼が着ているのはいつものウルフファング隊のロゴが入ったシャツではない。『I ♥ Vegetable』と大きく描かれているシャツだ。
……そのシャツ、特注ですか?
「あっ、そういえばヒイロ君。昨日のセッションで、君が無能だということは各国首脳に納得してもらえたそうだよ」
「だから、言い方ぁ!」
「それでも各国首脳からいろいろと言われたらしくてね…。昨日の夜、自分の部屋を訪ねてきたアレックスに散々愚痴を聞かされたよ。まあ、そんなことで気が晴れるならいくらでも付き合うけどね」
以前から少し気になっていたんだが、良い機会だし訊いてみてもいいだろうか?
「前から気になってたんですけど、ウォルフさんってアレックスさんの事を呼び捨てにしてますよね? 話し方も何だか親し気ですし、親しい間柄なんですか?」
「え? ああ、アレックスとはアカデミーの同期なんだよ。もう二十年近い付き合いになるかな」
「へぇ、長い付き合いなんですね」
「ははは、そうだね、アレックスとは気の置けない友人だよ。お互いの立場もあるから、本当は仕事中くらいは気を遣わないといけないんだろうけどね…。アレックスがいつもの調子で話し掛けてくるものだから、こちらもつい、ね…」
穏やかに笑いながら、ウォルフさんが話を続ける。
「アレックスは昔から優秀でね、アカデミー時代も卒業までずっと主席を維持し続けたんだ。おかげで、自分はずっと次席だったよ」
次席でも十分凄いと思うが。
そんな会話をしていたら、首脳達がやってきたようで広場が慌ただしく動き始めた。
その様子を見下ろしながらオーギュストさんが呟く。
「漸く首脳陣のお出ましのようじゃのぉ…」
…なるべく気にしないようにしていたんだけど、もう限界だ。言わせてもらおう。
さっきから俺達が話している後ろで、何故かオーギュストさんが歩行訓練をしているんだ。
幽霊が補助しながら本体の方が車椅子から立ち上がり、高台の柵に掴まって歩く練習をしている。
ねぇ、何でここで歩行訓練してるの? そもそも、それどうなってんの?
そうこうしている間にも広場では写真撮影の為に首脳達が一列に並び始めた。
その様子を眺めていると、ハルに声を掛けられる。
「あそこに並んでいるのが各国の首脳です」
「うーん…、ここからじゃよく見えないな…」
「ヒイロ君、これ使うかい?」
そう言ってウォルフさんが両手で差し出してきたのは双眼鏡……じゃない、15cm程の長さに切り揃えられた二本の蓮根だ。
「……使いません」
それはウォルフさんにしか使いこなせないと思います。
すると、ウォルフさんが両手に持った蓮根を覗き込んだ。
「さては、性能を疑っているね? これは先を見通すことができるんだよ。ほら、ヒイロ君が『どうでもいいわ!』ってツッコむ未来が見える」
「別方向にぶっ飛んだ性能ですね」
俺が今求めているのは普通の望遠機能だ。
ウォルフさんは覗いていた蓮根を顔の前から外すと真面目な表情で続ける。
「そうだ、ヒイロ君。君にどうしても言っておかなければいけないことがあったのを思い出したよ…」
「何ですか? そんな改まって…」
「実は蓮根は蓮の根ではないんだ…、本当は…蓮の地下茎なんだよ!」
「どうでもいいわ!」
……あれ? 俺、この人の掌の上で踊らされてる?
「ヒイロ様、宜しければこの眼鏡をお使いください」
黙って俺達の会話を聞いていたハルが、そう言いながらポケットから眼鏡を取り出して渡してきた。
「これは?」
「『鋼鉄の乙女』の操作用デバイスです。操作に関しては登録者しかできませんが、ズーム機能であれば未登録でも使用可能です」
そういえば、確かにハルは『鋼鉄の乙女』を使う時に眼鏡掛けてたな。操作用デバイスだったんだ…。
ハルに渡された眼鏡を掛けて広場の方を見ると、視界の端に何やら画面が表示されズームアップされた映像が映った。
AR眼鏡だろうか…。めっちゃハイテク。
「見えましたか?」
「あ、うん。見えたよ。ありがとう」
「宜しければ、各国首脳についてもご説明致しましょうか?」
「いいの? それじゃあ、お願いしようかな」
ハルの提案をありがたく受けることにする。
「それでは、順番に説明していきますね。まず、こちらから見て一番左端にいらっしゃるのが、独立都市アンチモンの首相、デコイチ・グルームレイク閣下です」
海を背景にしてこちらを向いて立っている首脳達。その一番左端には、大きな頭部と黒い大きな目が特徴的な黒いスーツに身を包んだ灰色の肌の男(?)。
……グレイ?
「SLとUFOが大好きだそうです」
いや、それよりもっと気になるところがあるのだが?
「その隣がスズ共和国の大統領、エドワード・レームダック閣下です」
「名前が酷い!」
大統領は三角帽子を被り、黒い立派な髭を蓄えた男性だ。
「共和国では近く大統領選挙が行われる予定ですが、彼の再選は難しいともっぱらの噂です。既に与党議員からも見限られ始めているとか…」
任期もなければ、人気もない。レームダック化待ったなし!?
「続いてビスマス帝国の皇帝、パタゴニクス陛下です」
そこには大きな蝶ネクタイを身に着けたペンギンが立っていた。
「俺にはペンギンに見えるんだけど…?」
「皇帝ですから」
その見解については肯定しかねるな。
「そして、アレックスさんを挟んでその隣がガリウム大公国の大公、ヴラッド・バートリ殿下です」
大公は黒の軍服に身を包み口髭をはやした男性だ。
「殿下は苛烈な性格をしており、かつての魔国との戦争時には敵の一団を串刺しにしたうえで焼き払ったそうです。それ以来『串焼公』を自称しています」
「何か残念!」
しかも自称?
「あと、ここだけの話ですが、大公位を手に入れる為に父と兄を弑逆したともっぱらの噂です」
そんな将来的に厄介ごとに巻き込まれることになりそうなフラグ、聞きたくなかった。
「その隣がセレン教皇国の教皇、鳳凰猊下です」
絶対、音の響きで何となく決めただろ?
教皇は金の刺繍が入った白い服に身を包んだ白髪の老婦人だ。
「続いて満願皇国の将軍、玉藻閣下です」
そこに立っているのは和装の女性。唇の左下にある黒子が艶っぽい雰囲気を醸している。
きつね色の長い髪の上には立派な耳。そして九本の立派な尻尾がゆらゆらと揺れている。
モフりたい。
……あっ、ミーアの視線が痛い。そんなチベットスナギツネみたいな目で俺を見ないで。
「そして一番右端にいらっしゃるのがスカンジウム連邦の首相、モブ・グンシュー閣下です」
「名前の格差!」
特にこれといった特徴もないスーツ姿の男性がそこに立っていた。
何故だろう、見えているはずなのに顔が認識できない。
暫くすると首脳達がそれぞれ会話を交わしながら歩き始めた。どうやら、写真撮影が終了したようだ。
ハルに眼鏡を返して、その様子をぼんやりと眺める。
その時、上空を何かが横切った。
次の瞬間、耳を劈くような咆哮が響き渡る。
「GYAAAAA!!」
空を見上げると、そこには紺色の巨大な一体の竜。
オーギュストさんとバルザックが驚いて声を上げる。
「あれは…、ハイドラゴンじゃと!?」
「なんてこった!」
一方、ハルは冷静に上空の竜を見据える。
「ハイドラゴンというには少し体色が濃いような…?」
うん、そのグラデーションの差は俺にはわからない。
さらにハルが訝し気に呟く。
「それに、体躯も一回り大きい…?」
ハル曰く、今目の前にいるドラゴンは全長30mを超える巨体なのだそうだ。だが、ハイドラゴンは大きい個体でも25m程らしい。
普通のハイドラゴンより体色が濃くて、さらに大きい?
「え? それって竜王さんじゃん?」
「いえ、ドラグゴナレスほどでは…」
ハルはドラゴン鑑別師か何かなのだろうか?
そんなことを考えていると、後ろからオーギュストさんの声が聞こえてきた。
「バルザックよ、お主、どんな敵が来ても瞬殺してやると言っておったな? そのメタルアックスとやらの切れ味、見せて貰えぬか?」
「フッ…。そうだな、ハイドラゴンと言えど俺の敵じゃない。だが、竜退治はもう飽きた…。ここは、お前等に任せよう」
おいこら、逃げるな!
バルザックが意味あり気な表情でその場を後にしようとすると、オーギュストさんが呆れたように呟いた。
「全く、役に立たん奴じゃ…。その斧借りるぞ?」
その瞬間、バルザックが持っていた斧が浮かび上がる。そして、オーギュストさんが少し力を込めると、斧が勢いよくドラゴンに向かって飛んでいった。
ドラゴンは向かってくる斧を一瞥すると、その口を大きく開く。すると、そこに紫電が迸る。そして次の瞬間、そこから熱線が放たれた。
その熱線がバルザックの斧を一瞬のうちに蒸発させる。
「俺の斧ぉぉぉ!」
バルザックの叫びが響き渡る中、熱線は勢いが衰えることなくそのままこちらへと向かってくる。
それに気付いて慌てふためくバルザックをよそに、眼鏡を掛けたハルが俺達の前へと躍り出た。
「Eiserne Jungfrau. Nr.sechs」
「Yes Master. Code-06 release」
『鋼鉄の乙女』が縦に割れると、中から黒い球体がいくつか飛び出す。
そして、それらが光の壁を展開すると、迫って来ていた熱線を受け止めた。
周囲をとてつもない衝撃波が襲い、俺達がいた高台が崩落する。
ミーアを抱いた俺はハルと共に黒い球体が作り出した光の壁に守られて事なきを得る。
ウォルフさんは蓮根を覗き込み、『見える…見えるぞ』とか言いながら崩れ落ちる土砂の上を軽快に跳び回る。
オーギュストさん(本体)はオーギュストさん(幽霊)にしがみついて浮かんでいた。
誰か一人忘れている気もするが、きっと気のせいだろう。
光の壁が消えて広場に降り立つと、そこは上を下への大騒ぎになっていた。
警備員やSPが首脳陣を取り囲み、安全なところへと誘導を始めている。
その時、浮かんでいたオーギュストさんがドラゴンに向けて手を翳した。すると、その周囲にいくつもの光球が生み出され、それらを一気にドラゴンへ向けて放つ。
回避しながら飛び回るドラゴンを光球が追尾する。そして海上に差し掛かった時、ドラゴンが回避を諦めて光球に向き合う。
次の瞬間、口から熱線が発せられ、それが光球を迎え撃ち爆炎が広がった。
そして、ドラゴンが熱線を吐いたまま首の向きを変えると、その熱線が海を裂き、砂浜を焼き焦がしながら広場の方へと向けられる。
「させません!」
『鋼鉄の乙女』から更に幾つかの黒い球体が出現すると、それらが広場全体を覆う光の壁を形成した。
刹那、熱線が光の壁を直撃し、大きな衝撃が周囲を襲う。
「今の内に退避してください。『鋼鉄の乙女』のリソースにも限りがあります。さすがにこれだけの人数を守りながらでは、攻撃へと転じることができません」
ハルはドラゴンを見据えたまま周囲に退避を促す。
しかし、ヴラッド大公が周りの警備を押し退けて前へと出た。
「汝はそのまま防御に徹しておれ。此奴は我が片付けよう」
「ヴラッド殿下!? ここは警備の者に任せて退避を…」
アレックスさんが驚いて制止しようとするがヴラッド大公は聞く耳持たず、ドラゴンの方へと歩き出す。
「あらあら、困った子だこと」
「良いではないか。本人がやると言っているのだ」
「……其方も大変よのぅ」
まるで孫をやさしく見守るお婆ちゃんのように穏やかに呟く鳳凰猊下、傲慢不遜な態度で笑い飛ばすエドワード大統領、そして、困り顔で頭を押さえているアレックスさんに同情したように語り掛ける玉藻将軍。
割と余裕あるね、この人達。
そんな余裕組とは対照的に、残り三人の首脳は慌てふためいている。モブ首相に至っては、他のモブキャラと混じってしまってどれが首相なのか俺には判別できない。
「リザ、そこに居るな?」
「はい、ここに」
ヴラッド大公の呼びかけに応えて現れたのは一人の若い女性。
乗馬ズボンタイプの真紅の軍服の上からブーツを履き、腰には細剣を帯びている。
赤みがかった金髪の上には軍帽を被り、左目には黒い眼帯。
「一気に片を付けるぞ、良いな?」
「はい、父上」
すると、ヴラッド大公が両腕を広げながら声を上げる。
「我が名はヴラッド。『串焼公』ヴラッド・バートリである! 愚かなドラゴンよ、串焼にして喰ろうてくれるわ!」
それに続くように、リザ殿下が腰に帯びた細剣を抜き放つ。
「我が名はリザ。『鮮血姫』リザ・バートリ! 愚かなる者よ、我が左目に封じられし『吸血姫カーミラ』への供物としてくれよう」
何この厨二親子…。
いや、名乗りを上げてる暇あったらさっさと攻撃しろよ。
度重なるドラゴンからの攻撃を凌いでいるハルが冷めた視線を送っている。
名乗りを上げて満足したのだろうか。厨二親子が漸く攻撃へと移る。
「刺し貫け! 火焔刺突!」
ヴラッド大公の叫びと共に、その周囲にいくつもの炎の槍が形成されると、それが一斉にドラゴンへ向かって飛んでいく。
同時にリザ殿下が細剣の切先をドラゴンへと向けた。
「彼の者を紅く染めよ…。 鮮血の雨!」
ドラゴンの上空に赤い靄が垂れ込めると、それが無数の赤い槍を形成する。次の瞬間、それらが一気に降り注いだ。
全方位からの攻撃を受けながらもドラゴンは翼をはばたかせ飛び回る。
それに対し、ヴラッド大公とリザ殿下が手を緩めることなく攻め続ける。
数多の直撃をくらいつつも、ドラゴンは口から熱線を放ち反撃を試みる。しかし、その攻撃は黒い球体によって阻まれる。
「フハハハハッ、滅ぶが良い!」
ヴラッド大公は次々と炎の槍を生み出してはドラゴンへと撃ち放つ。
その時、突然ドラゴンが空中で停止し大きな咆哮を上げた。
「GYAAAAAA!!」
すると、ドラゴンから全方位に衝撃波が発せられ、周囲に迫っていた槍を一掃した。
「やるではないか。だが、逃しはせん!」
ヴラッド大公が再度攻撃に転じようとすると、急にドラゴンの上空に人影が現れる。
「ドラゴン退治は、勇者に任せろぉぉ!」
突如として上空から現れたのはカイだ。そのカイが、ドラゴンの背中に邪剣を振り下ろす。
いったいどうやってあんなところまで飛んで行ったのかと思ったが、上空にオーギュストさんが浮かんでいるところを見ると、どうやら彼に運んでもらったらしい。
カイが力任せに邪剣でドラゴンを叩き伏せると、その勢いのままドラゴンを下にして地面へと激突する。
さらに追撃をくらわせようとしたカイだったが、それを許さぬとばかりにドラゴンが尻尾で撥ね除ける。
撥ね飛ばされたカイは地面を転がるが、直ぐに体勢を立て直して剣を構えた。そして再びドラゴンへ向かって斬りかかろうとした時、ドラゴンが悠然と飛び上がる。すると、その口に紫電が迸り、カイめがけて熱線が放たれた。
カイはその熱線に正面から立ち向かう。
「くらえ! 息吹ヲ喰ラウ者!」
カイが熱線を邪剣で受け止めると、邪剣に吸い込まれるようにして熱線が消えていく。そして、その勢いのまま熱線を押し返す様にして邪剣を振り抜いた。
「アーンド、吐出!!」
すると、吸い込まれた熱線が邪剣から放たれる。
それに驚いたドラゴンが回避しようと動きを見せた時、リザ殿下が剣先をドラゴンへと向けた。
「彼の者を拘束せよ…。血の束縛!」
ドラゴンの周囲に赤い靄が垂れ込め、それが鎖を形作りドラゴンを絡めとる。
それと同時にヴラッド大公が自らの胸の前で右手を拡げる。
「焼き尽くせ! 地獄の業火!」
その叫びと共にドラゴンを囲むようにして数多の炎の槍が形成される。そして、ヴラッド大公が拡げていた右手をこれ見よがしに握り締めると、炎の槍がドラゴンを押し潰すようにして包み込んだ。
そこへ邪剣が放った熱線が直撃する。
その瞬間、ドラゴンが咆哮を上げた。
「やったか!?」
「いえ、まだです」
余計な発言をしたモブ(この人、モブ首相かな?)をハルが制していると、爆炎の中からドラゴンが飛び出した。
その姿を見て、絶望したようにモブが呟く。
「そんな…。あれを受けて、ほぼ無傷…」
そんな中、カイはドラゴンを見据えたまま剣を構え直す。
しかし、ドラゴンはそんなカイを一瞥すると、翼をはばたかせ飛び去っていった。
すると、モブが安堵の息を漏らした。
「終わった…のか…?」
「ああ、終わりだ。ハイドラゴンは去った! 俺達の勝利だ!」
飛び去るドラゴンの後姿を見送りながら、カイが勝利の叫びを上げた。
すると、周囲から歓声が上がる。
「「「オオオオオオォォォ!」」」
そんな歓声の中、その中心に居るカイの事をヴラッド大公が忌まわし気に睨み付けていた。
衝撃の事実!
モブ 「やったか?」「そんな…。あれを受けて、ほぼ無傷…」「終わった…のか…?」
ヒイロ (この人、モブ首相かな?)
※違います。三回も台詞を貰った彼は名も無いモブキャラです。モブ首相はヒイロの左後ろで立ち尽くしています。




