025 オウコク ノ オウジ
「あなた方に、今度開催される八カ国同盟首脳会議の会場警備への協力をお願いしたいのです」
首相の執務室に集められた勇者一行に対して、アレックスさんがそう言った。
「この前、あなた方から受けた報告でO2が勇者様やハル、ウォルフと渡り合えるだけの実力を有していることが分かりました。O2の目的自体は不明ですが、万が一に備えて首脳会議の警備レベルも上げざるを得ない状況です。しかし、警察の手には余るということで、警察庁から正式に応援要請がありました」
「なるほどね、確かに彼らは強かった。あれで組織の末端だというのだから、警備の強化は必須だろうね…」
ウォルフさんが真面目な顔で考察する。
ちなみに彼は今、可愛らしい狼柄のパジャマのズボンを穿いている。何故誰もツッコまない?
そういえば、エリサさんは昨日から任務で王都を離れているらしい。お願い、戻ってきて!
「八カ国同盟の首脳が一堂に会する場ですからね。万が一のことがあってはレニウム王国の信用にも関わります」
「いいぜ、任せといてくれよ! お茶の子一匹通さねぇから!」
カイ、なんか混じってる…。
「あれ、数の子一匹…? 竹の子一匹…?」
「…そのニュアンスに拘るんだったら、猫の子一匹とかで良いんじゃない?」
もっとも、ミーアは初めから中に居るけど。
首を捻っているカイに対して少し呆れながらも指摘してやると、何やら納得したというような顔をした。
「そうか、鬼天竺鼠一匹通さない! だな」
「何故それをチョイスした?」
このポンコツ勇者、俺の言うこと聞いてない。
ちなみに、オニテンジクネズミというのはカピバラの和名である。
「何にしても、会場警備くらい御茶碗砕々だぜ!」
「何故砕いた?」
そこへ、バルザックが豪快に笑いながら口を挟む。
「俺がいれば何の心配もない! どんな敵が来たって瞬殺してやるさ!」
瞬殺される未来しか見えない。
さらに、持っていた斧を掲げながら続ける。
「この新調したメタルアックス2も試したいしな」
彼が持っている斧は大木が倒れる中でも手を放さずに死守した蟷螂モデルという名の斧だ。どうやら、タカムラさんに『2』という刻印を入れてもらったらしい。
とりあえず、また融かされる未来しか見えない。
続いてオーギュストさんが口を開く。
「可愛い弟子の頼みじゃ。儂も老骨に鞭を打つとするかのう」
…ハル、そのキャットオブナインテイルを仕舞おうか?
「アレックス。警備のことは自分達に任せて、君は自身の仕事に専念すると良いよ」
「そうさせてもらうよ、ウォルフ」
不安しかねぇよ…。
それはともかく、八カ国同盟の首脳会議か…。
前に少しだけ説明してもらった気がするけど、詳しくは知らないな。
ぼんやりとそんなことを考えていたらハルに声を掛けられた。
「どうされました、ヒイロ様?」
「あ、うん。そういえば、俺ってこの世界の事あんまり知らないなと思って…」
正直に思っていたことを話すと、カイが驚いたように声を上げる。
「何だって! ヒイロ、勇者の参謀がそんなことでどうするんだ?」
「俺は参謀になった覚えはない」
そもそも、俺がこの世界に勝手に召喚されてから、まだ一月も経ってない。
そして、特に何か説明をしてもらった覚えもないのだから知るわけがない。
「そうですね…。良い機会ですし少しご説明しましょう」
そんなことを言いながらアレックスさんが手元にあったリモコンのようなものを操作すると、近くにあったモニターに地図が表示された。
「これがこの世界の地図となります。この世界には二つの大陸が存在しており、レニウム王国があるのが、こちらのバルニ大陸です」
レーザーポインタを使って一つの大陸を指し示しながら、アレックスさんが説明を続ける。
「王国はその東側に位置しています。大陸中央にあるのが竜王ドラグゴナレスが棲むテルル山、その周辺が竜王の森です」
「先日調査へ行ってきたのが、この森の東端、丁度王国と接する辺りです」
ハルの補足説明を挟みつつ、アレックスさんが続ける。
「そして、大陸の北側一帯から西側一帯にかけてがマイトネリウム共和国、通称魔国の支配地域です」
「広いですね…」
召喚された時に世界の半分を支配しているとか聞いたけど、まさにその通りだ。
地図によれば、王国は北側と西側の一部で魔国と国境を接しているようだ。
「王国の北西に位置するのが満願皇国です。この国とはとても友好的な関係を構築しています」
満願皇国は竜王の森と魔国、王国に囲まれるような位置関係となっている。
「王国の南側に位置するのがビスマス帝国、そして南西に位置するのがガリウム大公国です」
帝国、大公国共に西側で魔国と国境を接しており、大公国は王国、帝国、魔国に囲まれるような形で存在する小さな国だ。
「以前ハルから聞いたんですけど、確か帝国って七年前に魔国に侵攻した国でしたよね」
「ええ、その通りです。大公国も当時帝国の行動を支持した国です。この二国とは、今も昔も良好とは言い難い関係となっています」
以上が、バルニ大陸に存在する国々だ。
「そして、王国の東側、海を挟んだ先にあるのがバービ大陸です。ここには、スカンジウム連邦、セレン教皇国、スズ共和国、そして独立都市アンチモンがあります」
バービ大陸の西側、つまり王国に近い側一帯が連邦、そして大陸の東側に共和国と教皇国がある。独立都市は、丁度これら三つの国が交わる辺りに位置している都市国家だ。
「これらの国家の内、魔国を除いた王国、皇国、帝国、大公国、連邦、教皇国、共和国、独立都市が八カ国同盟の構成国となっています」
その八カ国の首脳が年に一度集まって行われる会議。今年はその会場がレニウム王国ということらしい。
話が退屈だったのかいつの間にかバルザックが居眠りを始め、その顔にカイが落書きをしている。
とりあえず、額に書いてある『内』という漢字についての説明を求めたいところだ。
俺がポンコツ勇者に気を取られているところへ、ハルが声を掛けてきた。
「月に一度のアカシックゲートの儀式も、この八カ国が持ち回りで行っているんですよ」
もう普通にガチャって言ってるし…。
「へぇ、この国だけに伝わっている儀式ってわけじゃないんだ…」
「儀式自体は遥か昔から存在するものなので、ネットで検索でもすれば簡単に手順は調べられます」
重要な儀式っぽいのになんか軽い。
「もっとも、従来の方法では神力石を十個集めたうえで膨大な手順を踏む儀式が必要だった為、手順を知っているからと言って簡単に実施できるものではありませんでしたが…」
「へぇ、そうなんだ」
「しかし、七年前からは大賢者様が作成して八カ国に配布したタブレット端末のおかげで、月に一度に限り専用アプリを起動するだけでガチャを引けるようになりました」
「……………タブレット端末?」
「はい。有機EL画面とポインティングデバイスを搭載し、直感的な操作ができるようになっています」
何それ…。
「ヒイロ様も召喚された時にご覧になっているはずですよ」
「え?」
俺が召喚された時に…?
『そこには、正方形の黒く薄い盤が置いてあり、上面には魔法陣のようなものが浮かび眩い光を放っている。俺はその上に立っていた。』
『正方形の黒く薄い盤』 ← コレ。
あれ、石板じゃなくてタブレット端末だったんだ…。でかいよ…。
俺が遠い目をしていることはお構いなしに、アレックスさんが話し始める。
「ガチャで当たったモノは、基本的にその時の担当国の所有となります。とはいっても、余計な疑念を招かない為にも何が当たったかの報告義務や、相互監視の仕組みは導入されています。ヒイロさんが召喚された時も、実は監視役として共和国から人が派遣されていたんですよ」
「えーっと…。つまり、俺が召喚されたことも既に…?」
「ええ、各国へ通達済みです。ただ、稀人というのは過去の例からレアキャラとして認識されているんです。それなのに、その稀人には何の能力もない…。そんな報告をしたものですから、各国から疑われて…。全く、いい迷惑です」
おい、いい迷惑なのは俺の方だよ。
「疑惑といえば、結局、大公国の件は解決したのかい?」
「いや、まだだよ。今回の会議ではその件も議題に上がるだろうけど、何の証拠もないからね…」
ふと何かを思い出したように尋ねるウォルフさんにアレックスさんが答えた。
「何の話ですか?」
「王国の担当…つまりヒイロさんが召喚された時の事ですが、その前が大公国の担当だったのです。しかし、そこで何が当たったのかは不明のままなんですよ…」
「え? どうしてそんなことに?」
「アカシックゲートを開いた直後、儀式を行った街がハイドラゴンの襲撃を受けたからです。偶々その街に居合わせた勇者様によってハイドラゴンは退けられました。ですが、街は多大な被害を受け、儀式の場にいた者達も、帝国からの監視役含め全員亡くなったそうです」
その時、アレックスさんの話を黙って聞いていたカイが悔恨の表情を浮かべた。
「俺が…もっと早く駆け付けていれば…」
「カイ君…。君が居なかったら、街そのものがなくなっていてもおかしくなかったんだ。あまり自分自身を責めてはいけないよ」
肩を落とすカイに対して声を掛けるウォルフさんだが、彼のパジャマ姿の所為ですべてが台無しだ。
その様子を眺めながらも、アレックスさんは難しい表情をしたまま話を続ける。
「あれが、ただのハイドラゴンの襲撃なのであれば自然災害のようなものなのですが…。あまりに不自然な点が多すぎるんですよ…」
「不自然な点…ですか?」
「ええ、ハイドラゴンほどの巨体が大公国の防空網に引っかかることなく突如として街を襲撃しているという状況がまず異常ですし、そもそもハイドラゴンが生息地である竜王の森周辺から出てくること自体が稀です。そしてなによりも、あまりにもタイミングが良すぎる…」
「まさか、ガチャで当たったモノを隠匿する為の自作自演だったとか?」
俺がポツリとそう呟くと、それまで黙って聞いていたオーギュストさんが口を開く。
「大公国ならやりかねんのぅ…。彼の国にとっての敵は、魔国だけではないからのぅ」
その発言に、一瞬室内に張り詰めた空気が漂った。
アレックスさんが、その空気を払うように口を開く。
「何にしても、証拠は何もありません。それに、もし仮にハイドラゴンを操れるのだとしたら、そちらの方が脅威です」
「確かにそうじゃのぅ…」
「まあ、この件に関しては大公国からの最終報告次第ですね…。それよりも、今は各国から王国へ向けられている疑念の払拭を考えないと…。そんなわけで、私はこれから、ヒイロさんがいかに無能なのかを各国首脳に理解してもらう為の方策を考えなければなりません。なので、この話はここまでにしましょう」
「ちょっ、言い方ぁ!」
せめてもう少しオブラートに包んでよ…。泣くよ?
その時、勢いよく執務室の扉が開いた。
「どういうことだ、アレックス。何故リュラーなのだ!?」
そんな風に突然乱入してきたのは、ガタイの良いスキンヘッドで眉無しの強面の男。
金で縁取りされた黒い衣装に身を包み、背中には黒いマント。襟元には冠を被った猫の形をしたバッジが輝いている。そして、左目には医療用の眼帯、右腕と左手に包帯を巻き左足にはギプス。しかし、普通に歩いている。
そして、強面の男の後ろから立派な鎧に身を包んだ騎士風の男が続いて入ってくる。
その鎧の背中には円弧状の飾り。そこには何故か複数の小さな太鼓がついている。
すると、アレックスさんが驚いたように声を上げた。
「殿下!? 何故こちらに?」
殿下というからには王族だろうか?
大きな音に驚いて俺の膝の上に飛び込んできたミーアを落ち着かせながらも、隣に座っているハルにこっそりと尋ねてみる。
「ねぇ、ハル。あの人達、誰?」
「あの方達は第一王子のオネスト殿下と近衛騎士団長のフウ・ジーン侯爵です」
「うん、むしろ雷神じゃね?」
騎士の鎧を見ながらそんなことを呟く中、ハルの説明は続く。
「お二方は幼少の頃からのご友人だそうで、侯爵は殿下に常に付き従うその姿から太鼓持ちや腰巾着等と揶揄されているそうです」
そういえば、侯爵は腰に巾着袋をぶら下げている…。
「ですが、侯爵の近衛騎士としての実力は確かなもので、特殊諜報局の前局長トールさんの生前は王国の双璧を成す風神雷神として名を轟かせていたほどらしいです」
どっちも雷神なのでは?
鎧を見ながらそんなことを考える。
「そして、オネスト殿下についてですが…………。あれは控え目に言って自らの欲望に対して正直なクズ…あ、いえ愚か者です」
辛辣だな。
俺達がそんなヒソヒソ話をしていると、その第一王子がアレックスさんに対して捲し立て始めた。
「何故あの愚妹が各国首脳の応接役なのだ!?」
「殿下、落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられるか! 何故、吾輩ではないのだ!」
捲し立てる第一王子に対してアレックスさんが少し言い難そうに答える。
「えっと…、オネスト殿下は、その…お怪我もされていることですし…」
「何を言うか! 貴様とて知っているだろう、これは怪我などではない!」
第一王子がマントを翻し、左手を自分の顔の前に翳して何やらポーズをつけながら続ける。
「この左目には邪神イーヴィルを、この右腕には邪神エヴィルを、そしてこの左手には邪神Evilを封印しているのだ!」
「よっ、さすが殿下!」
近衛騎士団長の合いの手を聞きつつ、なにやら表情が失われつつあるアレックスさんが答える。
「………ええ、存じておりますよ。確か先週は悪魔王デヴィルとデビルとDevilを封印しておられましたね…」
すると、第一王子が一瞬、『そうだっけ?』というような表情を浮かべた。
しかし、直ぐに真剣な表情に戻ると、マントを翻し今度は右手を自分の顔の前に翳しながらポーズをつける。
「フッ、よく覚えているではないか…。その通り、吾輩は常に強大な敵と戦っておるのだ! そんな吾輩のことを、人々は尊敬の念を込めてこう呼ぶ…『金髪の貴公子』と!」
「よっ、さすが殿下!」
「今回の二つ名も初耳ですね…。あと、鬘、お忘れですよ…?」
痛痛しい!!
アレックスさんの反応を見てもおそらく自称なのだろう。
だが、ここまでくると既に自傷行為ではないだろうか?
ねぇ、この国まともな王族いないの?
俺が呆然としていると、ドヤ顔を浮かべて何かに浸っていた第一王子がふと我に返る。
「いや、今はそんな話ではない。それよりも応接役だ! 何故、リュラーなのだ!? あの毛玉が王室代表などと、王室の品位にかかわる大問題ではないか!」
「殿下の仰る通り!」
ブーメラン!
まず、自分の姿を顧みようか?
そして、さっきから近衛騎士団長がうるさい。
そんな中、カイが迷惑そうな顔を浮かべながら口を挟んだ。
「おっさん、『辮髪の祈祷師』だか『毛髪の突然死』だか知らないけど、いきなり入ってきて大きな声を出すなよ!」
「き、貴様、口の利き方に気を付けろ! 吾輩の心の師でもある『辮髪の祈祷師』様を愚弄するような発言は許さんぞ!」
いるのかよ、辮髪の祈祷師。
その時、扉の開く大きな音で叩き起こされて不機嫌そうにしていたバルザックが第一王子を一瞥して一言。
「妙な恰好で偉そうに騒いでんじゃねーよ」
続いてウォルフさんが口を開く。
「いくら殿下と言えども、TPOは弁えて頂かないと…」
「貴様等に言われたくないわ!」
ごもっとも。
確かに顔に落書きしてる奴とパジャマ姿の奴には言われたくない。
「不愉快だ! これだから平民は…。ともかく、応接役は吾輩が務める。よいな、アレックス!」
「そういうことだ、よいな、アレックス!」
苛立った様子でそれだけ言うと、第一王子と騎士団長は共にマントを翻しながら会議室を後にした。
頭を抱えているアレックスさんにウォルフさんが声を掛ける。
「どうするんだい、アレックス?」
「…もう、誰でも良いんじゃないですかねぇ…。どうせ碌なのいませんし…」
アレックスさんが投げやり気味に呟いた。
心中お察しします。
Q 左足には何も封印してないみたいだけど、本当に怪我してるの?
A 忘れているだけです。
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きっと、左手に封印されているものの名を言う時だけめっちゃ発音が良いと思う…。
===
ハル 「あ、そうそう、そういえば侯爵は副業で講釈師の仕事もされているそうです」
ヒイロ 「何故に!?」
ハル 「偶にオネスト殿下の傍にいらっしゃらない時は、講釈師の仕事を優先しているという噂です」
ヒイロ 「近衛騎士(腰巾着)の風上にも置けない奴だな。そもそも、近衛騎士団長が国王よりも第一王子を優先してる時点でどうなのか…」