024 ナサケ ハ ヒト ノ タメナラズ
襲いくる鷺集団を剣を振るいながら牽制するカイ。
ウィルがすばしっこい動きで鷺を翻弄し、ミーアが届きもしない前足で空中に猫パンチを繰り出しながら威嚇を試みる。うん、可愛い。
俺が鷺の攻撃をかろうじて躱していると、騒ぎに気付いた丹後さんがビルから出てきた。
すると、彼女は手に持っていた一本の槍をウィルに向かって投げる。
「ウィル、これを」
「ありがとう、丹後さん」
ウィルは飛んできた槍を掴み取るとそれを構える。すると、その先端が微かに振動し始めた。
「これは、威内斯商会が開発中の槍で、その名も、超振動大槍」
「おいこら、名前!」
「いい機会なので試し斬りの的になってもらいます!」
そう言うと、ウィルは近くにいた鷺との距離を一瞬で詰め、突きを繰り出す。
しかし、鷺は体を捩り突きを躱した。そして、自らの羽毛の中から釣り竿を取り出すと、その釣り竿でウィルに殴り掛かる。
ウィルが咄嗟に槍で薙ぎ払おうとすると鷺がそれを躱し、お互いに距離を取る。
一瞬の沈黙の後、両者が再び間合いを詰めると、ウィルが連続突きを繰り出し、鷺が釣り竿でそれを受け止める。こうして一進一退の攻防を繰り広げ始めた。
少し離れたところでは、剣を構えたカイが釣り竿を構えた鷺集団に取り囲まれていた。そして、一羽の鷺が斬りかかったのを合図に殺陣が始まった。
ビルの前では、丹後さんが獲物を狙う猫のような鋭い視線で殺気を振りまきながら、釣り竿を構えた数羽の鷺と対峙していた。心なしか鷺の方は逃げ腰だ。
…とりあえず、釣り竿は武器じゃねぇよ。
ちなみに俺は、相変わらず届きもしないのに空中に向かって猫パンチを繰り出しているミーアの横で、体育座りをしながらミーアを落ち着かせているところだ。
……いや、本当に心を落ち着かせたいのは俺の方かもしれない。
ミーアのふわふわの毛並みを撫でながらそんなことを考えていると、ウィルの方に動きがあった。
一進一退の攻防を繰り広げていたウィルと鷺がお互いに距離を取ると、ウィルが呟く。
「取り回し性については問題ないかな…。それじゃあ、次は少し出力を上げてみようか…」
そう言うと、ウィルが槍を一気に振り下ろした。鷺が慌てて釣り竿で受け止めようとするも、勢いを止められずに釣り竿が両断される。
驚いた鷺は後ろへ飛び退くが、ウィルがすかさず距離を詰めて槍で一気に薙ぎ払う。
鷺は空高く舞い上がり寸でのところでそれを回避した。
すると、その背後にあった解体工事中のビルが両断され、音を立てながら倒壊した。
体育座りしている俺の膝の上にちょこんと乗っかってきたミーアの頬の辺りをわしゃわしゃしながら現実逃避をしていると、空高く舞い上がった鷺が大きな鳴き声を上げる。
すると、他の鷺達が一斉に舞い上がり、コロニーへと帰っていく。勝ち目は無いと判断したのだろうか?
「ちょっと出力が安定しないかな?」
「要改良ね。開発局に伝えておくわ」
ウィルと丹後さんが槍を見ながら何か話を始めたが、既に振動だけでは説明のつかない事態が発生している気がする。
うん、深く考えるのはやめておこう。
さて、状況も落ち着いた事だし、そろそろ後ろで寝転がっている男についても触れておくべきだろうか。
そう、アレは『どこからでもかかってこい』とか言った直後に鷺集団に四方八方から突かれて、早々に戦線離脱した噛ませ牛さんだ。
いいかげん、あの牛さんには自分の実力を自覚して貰いたいものだ。
そんなことを考えていると、バルザックが徐に立ち上がる。丈夫な奴だ。
「フッ。俺の強さに恐れをなして逃げ出したか…」
俺はお前のふてぶてしさに恐怖すら覚えるよ。
そんな風に呆れていたら、俺に向かって何かが飛んでくるのが見えた。
飛んできたのは先の曲がった針。それには糸が繋がっており、その先にはビルの上から釣り糸を垂らすフィッシング鷺の姿。
その針が俺の着ている服の裾に引っ掛かると、鷺が勢いよく引っ張り上げる。
「うわっ」
ふわっと体が宙に浮きあがり、不安に駆られた俺は思わず近くにあったバルザックの角を掴む。
しかし、それでも勢いは止まらず、バルザックごとじりじりと鷺の方へと引き寄せられていく。
すると、バルザックがとても素敵な笑顔を浮かべて、角を握っている俺の手に自らの手を添えた。
「大丈夫だ、ヒイロ」
「バルザック…」
「お前なら、一人でも勝てるさ…」
「……は?」
そうして、角を握っている俺の手を引き剥がそうとしてくる。
この野郎。絶対離さねぇ。
すると、バルザックが相変わらずいい笑顔で諭すように語り掛けてくる。
「甘えるな、ヒイロ。今までは、弱いお前に同情して皆が助けてくれていたかもしれない。だが、いつまでもそんなことでどうするんだ。このままでは、お前はいつまでも成長できないままだぞ。ここで俺が情けをかけて助けることは簡単だ…。だが、それではお前の為にならない。だから、俺はあえて涙を呑んでお前を送り出そう…。情けは人の為ならず、というだろう?
さあ、わかったら手を放すんだ、ヒイロ」
お前、自分が助かりたいだけだろ。
確かに俺自身、周りに甘えていた部分がないかと言われれば否定はできないが、いきなりこんな極限状態で放り出されるのはまた別問題だろう。
そもそも、ことわざの使い方間違ってんだよ、お前。
俺とバルザックがそんな攻防を繰り広げていると、そこへミーアが駆け寄ってきた。
ミーアはそのまま勢いよくバルザックの体を駆け上がると頭の上からジャンプして俺を跳び越えていく。そして、前足から鋭い爪を出すと俺に引っ掛かっている糸を断ち切った。
何このニャンコ。カッコイイ!
なんとか着地した俺がドヤ顔のニャンコを褒めてあげていると、バルザックがドヤ顔で呟く。
「フッ、足場を提供した俺の作戦勝ちだな…」
嘘を吐くな。
俺の心にちょっとした殺意が芽生えたその時、再びこちらに釣り針が飛んでくるのが見えた。
そして、その釣り針がバルザックが持っていた斧に引っ掛かると、斧と共にバルザックが浮き上がる。
「バルザック!」
咄嗟に手を伸ばしてバルザックの足を掴むが、少しずつ鷺が居座るビルの方へと引き摺られていく。
「斧から手を放すんだ、バルザック!」
糸が繋がっている斧から手を放す様に促すが、バルザックはそれに応じようとしない。
すると、ミーアが俺を足場にして駆け上がりバルザックへと跳びかかった。
そして、前足から鋭い爪を出すとバルザックの顔面に爪を立てる。バリバリと執拗に引っ掻くミーアにバルザックは堪らず斧から手を放した。
華麗にドヤ顔で着地するミーアと、無様に顔面から着地するバルザック。
獲物を失って身軽になった斧が勢いよくビルの上にいる鷺の元へと引き上げられていく。
その斧を回収すると鷺は不満そうにしながらも、もう一度竿を構える。そして、今度はウィルと丹後さんの方へと視線を向けた。
しかし、それに気付いた丹後さんが殺気を放つと、鷺は慌ててコロニーの方へと飛び去っていった。
「俺の斧が…」
バルザックが打ちひしがれていると、そこへカイが寄ってきてバルザックの肩に手を置いた。
「バルザック、俺達はこれからウィルの案内で斧を取り扱っている店に行くことになってるんだが、お前も一緒に来るか?」
そもそも、こいつがいないと行く意味が無いのだが?
「俺の斧に対する要求は厳しいぞ? 俺を満足させられる斧を用意できるんだろうな?」
何故か上から目線のバルザックに若干の苛立ちを覚えるものの、俺達はウィルの案内で店へと向かうことにした。
「ここがウチが出資している店です」
ウィルに案内されて到着したのは『オノのタカムラ』という看板が掛かった店。ちなみに、数軒先には鷺のコロニーという立地だ。
促されるようにして店の中へと足を踏み入れると、壁際には鎧がずらっと並んでいる。そして、その並んだ鎧が剣、斧、槍、鎚などの武器を一つずつ持っている。洋館の通路にでも並べてありそうな雰囲気だ。
武器屋にしては凝った展示方法である。
だが、なんというか斧以外の比率が高い。店名に偽りありではないだろうか?
そうして店内を見回していると、インテリ風のスーツ姿の男が声を掛けてきた。
「おや、ウィルさんじゃないですか」
「どうも、タカムラさん。今日はお客さんを連れてきました」
すると、タカムラと呼ばれた男は俺達に視線を向けた。
「ようこそいらっしゃいました。私は店主のタカムラと申します」
そして、彼は眼鏡をクイッと上げながら続ける。
「今日はどんなインテリアをお探しですか?」
「ちょっと待て」
「どうかなされましたか?」
眼鏡をクイッと上げながら不思議そうに尋ねてくる店主。
「どうかじゃないですよ。何で武器屋にインテリア探しに来ないといけないんですか?」
「何を仰っているんですか、ここはインテリア専門店ですよ」
「まず、看板変えろ!」
「落ち着いてくださいヒイロさん。この店はちゃんと斧も扱ってますから」
ウィルが俺を宥めてくるが、ここで扱ってる斧ってのはインテリア用だろ!?
そんなやり取りをしていると、店の奥から誰かが出てきた。
「Did anyone come?」
顔を出したのは、カジュアルな恰好ながらもどこか意識の高さを感じさせる雰囲気の金髪の男。ただし、後ろで三つ編みにした長い髪は黒というツートンカラーだ。
その男は俺達に気付くと一番近いバルザックに声を掛ける。
「Hello! My name is Yosark. I am a business partner of Takamura. I was a lumberjack until several years ago. I like a giraffe. But I like elephants more. But to tell you the truth, I love penguins. Actually, I hate Takamura. Because he thinks of himself as an intellectual. But let me tell you, he's not an intellectual. Someday, I want to make him dead and take over this store and use it as a stepping stone to make my dream come true. On a different note, I actually can't speak English. This English sentence was created on a translation site. By the way, has anyone read this far?」
「じゃぱにーず、ぷりーず」
何やら早口で話し始めた男に対してバルザックがオロオロしながらたどたどしい口調で返す。
すると、その男は申し訳なさそうな顔をしてから続ける。
「Oh,sorry. Meはヨサークでし」
でし!? その態で妙な語尾をつけるのはやめてほしい。
すると、バルザックが驚愕の声を上げる。
「ヨサークだって!? まさか、あんたがあの樵界のレジェンドの!?」
「Oh、それは昔の話でし」
照れ臭そうに答える今の彼は、樵というよりIT企業の経営でもしていそうだ。あの語尾さえなければ、だが…。
それを聞いてバルザックが目を輝かせる。
「俺は、あんたが企画した斧、『蟷螂モデル』の大ファンなんだ」
「Oh、そうでしか。そう言ってもらえるとありがたいでし」
「是非、俺にあそこにある斧を売ってくれ!」
バルザックは壁際の鎧が掲げている斧を指さしながらヨサークさんに迫る。
すると、ヨサークさんがバルザックの姿をまじまじと見つめ始めた。
「Meの作品は使う人を選ぶでし…。まずは、Youがこの作品の持ち主に相応しいインテリかどうか、試させてもらうでし」
「望むところだ!」
正直、語尾が気になって会話が頭に入ってこない。
俺が呆然と佇んでいると、タカムラさんが奥からホワイトボードを引っ張り出してきた。そして眼鏡をクイッと上げると、そこに何かを書き始める。
「まずは小手調べ。これを読めますか?」
ホワイトボードには、『子子子子子子子子子子子子』の文字。
「何だこの暗号は!?」
ホワイトボードを見ながらバルザックが首を捻る。
すると、一緒になってホワイトボードを見ていたカイが何かを閃いた。
「なるほど、わかったぞ。答えは子沢山だな?」
「違います」
しかし、タカムラさんに即座に否定される。
カイが『え、じゃあ十二つ子?』とか呟きながら首を捻り始めると、ヨサークさんが憐れむような視線を二人に向けた。
「わからないんでしか? これがわからないYouに、Meの作品を持つ資格はないでし」
「予予思っていたことがあるんですが…。ヨサーク、その語尾鬱陶しいですよ」
「タカムラ、黙るでし!」
同意見です、タカムラさん。とりあえず、この人には口を閉じていてもらいたい。
そんなことを考えていると、ヨサークさんが俺に視線を向けた。
「さっきから余裕そうな顔をしてるでしが、Youは読めるでしか? どうせ読めないでしね、無能そうな顔をしてるでし」
「無能って言うな」
上から目線の男に若干の怒りを覚える。
なんだか舐められっぱなしなのも癪なので、俺もこの謎のクイズ大会に参加することにしよう。
「それの読み方ですけど、猫の子仔猫、獅子の子仔獅子…ですよね?」
俺がミーアを抱き上げながら答えると、タカムラさんが眼鏡をクイッと上げる。
「正解です。なかなかやりますね…」
「これ、そんな風に読むんでしか…」
お前も読めてなかったんかい。
すると、またまたタカムラさんが眼鏡をクイッと上げた。とりあえず、さっきからいちいち鬱陶しい。
そして、ホワイトボードにまた何かを書き始める。
「では、これは読めますか!?」
ホワイトボードには、『孑孑孑孑孑孑孑孑孑孑孑孑』の文字。
……。
「ボウフラ、ボウフラ、ボウフラ、ボウフラ、ボウフラ、ボウフラ」
「素晴らしい、正解です」
俺、今日だけで一生分の孑孑を言ったかもしれない。
「それでは、次が最終問題です」
そして、タカムラさんは眼鏡をクイッと上げながら続ける。
「師匠の店を取り戻す為の最適解を答えよ」
「いきなり方向性が変わったな!」
そんな俺のことは無視して、カイが疑問を口にする。
「師匠?」
「タカムラの師匠といえば小野太郎のことだ。小野太郎には三人の弟子がいてな。その三人の名前が、コマチ、タカムラ、妹子…。いずれも有名な斧職人だ」
カイの疑問に嬉々としてバルザックが答えた。
だが、少なくとも目の前のこの人は、既に斧職人ではない気がする。
すると、ヨサークさんが続いて口を開く。
「そう、タカムラは小野太郎の弟子でし。コマチは彼の姉弟子でし。そして、妹子は弟弟子でし」
「でしでし煩い!」
「ちなみに、妹子はMeの弟でし」
「知ったことか!」
俺がヨサークさんと不本意な掛け合いをしていると、タカムラさんが懐かしそうに顔を綻ばせる。
「師匠の下での修行の日々、懐かしいな…。今では三人とも独立し、私はここで『オノのタカムラ』を、姉弟子のコマチは異国の地で『オノのコマチ』を、そして、弟弟子の妹子は芋の粉の専門店『オノの芋粉』を経営しているんです」
「妹子、何してんだよ!?」
何なんだ、そのニッチな市場を狙った専門店は…? オノ関係ねぇし…。
すると、ウィルが何かに気付いた。
「芋の粉…? もしかして、タピオカ粉の取り扱いも…?」
「もちろん取り扱っていますよ」
「タカムラさん。その人を紹介してくれませんか?」
「いいですよ」
「ヨシッ。これでタピオカミルクティが販売できる」
そのネタ、まだ引っ張るんかい。
喜んでいたウィルだったが、ふと俺が見ていることに気付くと申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい、ヒイロさん。折角名前まで考えて貰ったのに…」
「いや、それは別にどうでもいい」
だんだんと話が逸れてきたので、そろそろ軌道修正を試みるとしよう。
「とりあえず話を戻したいんですけど、今の話から考えると、あの『オノタロウ』っていう店がその師匠の店で、あの鷺集団に乗っ取られたってことでいいですか?」
「ええ、ある日突然訪ねてきた天使のように美しい裵という女性に心を奪われた『オノタロウ』の店主は、彼女に猛烈なアピールをして結婚の約束を取り付けました。そして、NBAを持っているという彼女に言われるままに店の権利書や口座等を次々と彼女名義に書き換えました…。何かおかしいと気づいた時には既に後の祭り。店の経営権は彼女のものに…、そして、いつの間にか結婚話も立ち消えになっていました…」
結婚詐欺?
あと、何でそいつはNBAを持ってるんだよ。MBAの間違いじゃないのか?
「そんな風に師匠が亡くなった後に私が引き継いだ店を奪われはしましたが、私は今でも裵さんを愛しています」
「騙されたの、お前かい!」
「私は今でも裵さんと共に店を経営する夢を諦めていません」
「目ぇ覚ませ!」
すると、ウィルが口を挟んできた。
「まあ、タカムラさんのことは置いといて、フィッシング鷺をどうにかするっていうのは賛成です」
「確かにそうでしね。あの鷺達にはほとほと困らされているでし」
「そんなに困っているのか?」
カイが尋ねるとヨサークさんが答える。
「そうなんでし。あの鷺達は、手狭になったコロニーを拡張する為に周辺の土地の価値を貶めながら安値で地上げしてるんでし」
「あの鷺共、そんな真似をしてるのか?」
「この店の屋上からならその惨状が良く見えるはずでし」
そうして店の屋上に案内されると直ぐ近くに鷺のコロニーの木が見える。そして、鷺のコロニーの裏手に視線を向けると、そこには白い廃墟が立ち並んでいた。
その光景を見てカイが驚いたように呟く。
「何だこれは…。いったい何があったっていうんだ…?」
「これは、フィッシング鷺が地価を下げる為に行ったコロニー落しの惨劇の跡でし」
「コロニー落しだって!?」
「そうでし。あの鷺達は自分達のコロニーとその下にある店を汚さない為に周囲に糞をまき散らすんでし」
「糞害じゃねぇか!」
さっきから漂ってくる悪臭はこれの所為か。
そんな俺のツッコミを受けてヨサークさんが怒りの表情を浮かべた。
「そう、周辺住民は憤慨してるんでし」
「うん、言うと思ったよ!」
「鷺達も表通りを汚すと集客に影響することがわかっているんでし。だから、この店はまだ被害を免れているでし。でも、いつこちらにも被害が及ぶかと気が気でないんでし」
「そういうことなら俺に任せておけ。勇者である俺が解決してやる」
「そうだ、あんな鷺は俺の敵じゃない!」
困り顔のヨサークさんにカイとバルザックが力強く言い切ると、すぐさま駆け出した。
仕方がないので、俺もその後に続く。
そして、『オノタロウ』の店の前まで来ると、二人はそのまま店の中に乗り込んでいった。
少しは後先考えて行動した方が良いのではないだろうか?
そっと店内を覗くと、そこには裵さんの姿。
その裵さんの元へとカイとバルザックが近付いていく。すると、カイが剣を構えた。
「お前達の悪行の数々は聞かせてもらった。この勇者カイが成敗してやる!」
「そうだ、お前等のコロニーだっていうこんな邪魔な木は俺が伐り倒してやる」
そう言うとバルザックが近くに展示されていた蟷螂モデルの斧を手に取り、木へと振りかざす。
次の瞬間、バルザックは上空へと釣り上げられていった。
馬鹿なのか、あいつ…。
カイがそんなバルザックには見向きもせずに裵さんへと斬りかかると、裵さんは自らの羽毛の中から取り出した釣り竿でそれを受け止めた。
すると、木の上から鷺達が舞い降りてきて一斉に釣り竿を構える。
そして、激闘を繰り広げ始めた。
俺がそんな店内の様子を窺っていると、一緒に店内を覗いていたウィルが口を開く。
「さて、カイさんが敵を引き付けてくれている間に僕達はあのコロニーをどうにかしましょう」
「え? どうにかって?」
「やっぱり、伐り倒してしまうのが一番手っ取り早いんですけど、あんな巨木だと簡単にはいかないですかね?」
「そうでしね…。どこかに木を伐り倒す専門家はいないでしか?」
おいこら、元樵。
俺がヨサークさんに冷ややかな視線を向けていると、それに気付いた彼は何かを悟ったような表情で呟く。
「木に恋い焦がれる気持ちを失ってしまった今のMeには、もう樵を名乗る資格はないでし」
「こいつ、何言ってんの?」
「ヒイロさん、遊んでないで行きますよ」
ウィルは俺に声を掛けると店内へと駆け込んでいく。
俺は別に遊んでいたわけじゃない。何か釈然としないものを感じつつも、俺もその後を追った。
そして、中央の木の幹の前まで来るとウィルは手に持っている槍を構え、突きを放つ。
「えいっ」
すると、大木の幹が弾け飛んだ。
!?
「倒れるぞー!」
叫びながら注意を促すウィルを呆然と眺めていると、大木は大きな音を立てながら廃墟街へと倒れていった。
そんな光景を目の当たりにした俺が体育座りでミーアと戯れながら現実逃避していると、いつの間にかカイと戦っていた鷺達は裵さんを除いて全員が伸されていた。その裵さんにも、疲労の色が窺える。
裵さんが最後の力を振り絞ってカイに向かって釣り竿で殴り掛かるが、それはカイによって薙ぎ払われ、裵さんは地面へとへたり込んだ。
すると、カイが持っている剣が禍々しい姿へと変貌を遂げていく。
「これで終わりだ」
そう言ってカイが邪剣を振り上げたその時、そこに何者かが割って入った。
「もうやめてくれ! これ以上、裵さんを責めないでくれ!」
「タカムラさん…、どうして…」
割って入ったタカムラさんを困惑した表情で見上げる裵さん。
すると、タカムラさんが少しだけ顔を後ろに向けて語り掛ける。
「ずっと、考えていたんです…。あの時、私は何故あなたに捨てられてしまったのかと…」
詐欺だからだろ?
「今思えば、あの時の私は中途半端だったんでしょうね…。『オノタロウ』の店主とインテリアコーディネーターという二足の草鞋…。器用に立ち回る事の出来なかった私はどちらにも全力を尽くせずにいた。しかし、あなたはそんな私を見かねて黙ってこの店を引き受けてくれた…」
なんか記憶の改竄が行われているらしい。
「インテリアコーディネーター一本に絞った私は、あなたに釣り合うような人間になる為にがむしゃらに働きました。今の私があるのは、あなたのおかげです」
すると、タカムラさんは裵さんに優しい笑みを向ける。
「裵さん…。私は今度、王宮のインテリアコーディネートを任されることになったんですよ。これで漸く、胸を張ってあなたの隣に立てる。私は必ずこの仕事を成功させてみせます。ですから、この仕事が上手くいったら私と結婚してくれませんか?」
「タカムラさん…」
……なんだこの茶番。
そこへカイが苦渋の表情で声を掛ける。
「タカムラ…、すまないがそれはできない。そいつが今までしてきたことを考えると勇者として見逃すわけにはいかないんだ…」
「そんな…」
タカムラさんは絶望の表情を浮かべるが、直ぐに毅然とした態度で声を上げた。
「私の眼鏡はどうなっても構わない! ですから、どうか彼女だけは見逃してください」
こいつの眼鏡がどうなろうが正直知ったこっちゃない。
だが、カイは心打たれたようなハッとした表情を浮かべると、振り上げていた剣を下ろした。
「タカムラ…。あんた、そこまでの覚悟を…」
どんな覚悟だ?
すると、隣にいたヨサークさんが目に涙を浮かべながら呟く。
「いい話でしね…」
どこが?
「いや、ちょっと待って? 何かおかしな方向に流れてるけど、そんな危ない鷺、野放しにできないよね?」
妙な流れを断ち切ろうとして問い掛けると、カイが非難するような視線を俺に向ける。
「おい、ヒイロ。お前には情ってもんがないのか!?」
「Youは冷血でし…」
「ヒイロさんって非情な人なんですね…」
「あれ? 何で俺が悪いみたいになってるの?」
全員からの非難に戸惑っていると、ウィルが口を開く。
「…でも、確かにヒイロさんの言うことにも一理ありますね」
そう言って少し考えると、何か閃いたような表情を浮かべる。
「よし、わかりました。あの鷺達は全員、僕が責任をもって引き受けます。きちんとした職を与えて、必ず更生させてみせますので安心してください。ヒイロさんもそれでいいですか?」
「え…、うん…」
「良かったなタカムラ。勇者パーティーのブレーンでもあるヒイロからの御許しも出たぞ」
カイがタカムラさん達に声を掛けると、裵さんとタカムラさんが熱い抱擁を交わした。
裵さんがニヤリと笑いながら目を光らせている気がするのは気のせいだと思うことにしよう。
「ヒイロ、俺は信じてたぜ。お前は本当は情け深い奴だって」
こうして鷺事件は幕を閉じた。誰かのことを忘れている気もするが、思い出せないのであれば大したことではないのだろう。
余談だが、ここで不本意ながらもかけた情けが後に巡り巡って俺自身を救うことになる。しかし、この時の俺には知る由もなかった。
もう一つ余談だが、後にウィルはこの鷺集団を使って新事業を立ち上げ莫大な利益を手に入れることになる。
===
オノのタカムラの店の前にて…
ヒイロ 「ところで、店の前に置いてある斧が刺さった灯篭はなんなの?」
ヨサーク 「『灯篭の斧』という名の前衛アートでし」
ヒイロ 「それは前話でやれよ!」
ヨサーク 「前話では、そもそもMe達は登場してないでし…」
===
ちなみに、小野太郎氏は120歳という大往生でした。