021 トラツク キヨウギ
「Eiserne Jungfrau. Nr.elf」
「Yes Master. Code-11 release」
ポケットから取り出した眼鏡を掛けながらハルが声を発し、それに応じて『鋼鉄の乙女』が浮き上がると、中央に一筋入っていた線から縦に割れる。すると、その中に円状に束ねられた複数の銃身が形成された。
ハルがそれを小脇に抱えるようにして掴むと、飛んでいく猪が牽く車へとその銃身を向ける。
刹那、轟音が響き渡り、銃身が回転しながら無数の弾丸を放つ。
いや、それ小脇に抱えて使うような物じゃないから!
猪が牽いていた車がハチの巣にされ、目の前の大通りへと不時着する。
ハルが無表情でそれに向けてさらに追い撃ちを掛けていると、突然、空が暗くなった。
壊れた壁から上空を見上げると、そこには空に浮かぶ大きな帆船。
すると、その帆船から大きな球体が落ちてきた。
ハルがそれを見て咄嗟に声を上げる。
「Eiserne Jungfrau. Nr.sechs」
「Yes Master. Code-06 release」
ハルが抱えている『鋼鉄の乙女』の銃身が輪郭を失い、いくつかの黒い球体へと姿を変えていく。
そして、黒い球体が俺達の周りを光の壁で囲い込んだ。
次の瞬間、帆船から落ちてきた球体が肥大化し、俺達がいる建物ごと押し潰す。
激しい衝撃が俺達を襲った。
……。
「皆さま、お怪我はありませんか?」
ハルに呼びかけられて周囲を見渡すと、俺達がいた建物は瓦礫の山へと変わり果てていた。
そして、建物を押し潰した大きな球体が、元の大きさに縮小しながら大通りの方へと飛んで行く。
その大通りの方に視線を向けると、大破した車から這い出して来るフレイヤとエルフの女、そしてその前には全長4mほどの二体のロボットが立っていた。
基本的に同じ形状をしたロボットだが、一体には胸のあたりに大きくDという文字があしらわれている。
そのDという文字があしらわれたロボットが、飛んで来た大きな球体を肩に担いだ。
「「御無事デスカ、フレイヤ様」」
「助かったわ、ありがとう」
ロボット達がフレイヤへと声を掛ける。
フレイヤはそれに答えた後、帆船を見上げて声を上げた。
「お兄様、お待ちしておりましたわ! さあ、一緒にあの愚か者共に罰を下しましょう!」
なんか凄いのが出てきてしまった。
何この大きな空飛ぶ帆船…。そしてあのロボット…。
フレイヤが勝ち誇ったかのような顔で上空を見上げているが、帆船からは反応が無い。
「お兄様…?」
「フレイヤ様、大変申シ上ゲニクイノデスガ…。フレイ様ハ、ココヘ来ル途中デ、急ニ鹿ヲ狩リタイト仰ラレ、鹿狩リヘト赴カレマシタ」
「……は?」
球体を担いでいない方のロボットにそう言われて、フレイヤが間の抜けた声を漏らした。
「お兄様、来てないの?」
「ハイ」
しばしの沈黙の後、気を取り直してフレイヤが二体のロボットに声を掛ける。
「ま、まあいいわ。あなた達、あの邪魔な奴らを片付けるわよ」
「「ワカリマシタ」」
俺達を囲っていた光の壁とそれらを生み出していた黒い球体はいつの間にか消えており、ハル達は臨戦態勢に移っている。
ちなみに、相変わらず俺はミーアを抱いているだけだ。
そんな状況の中、腹這い状態で目を輝かせている輩がいた。
「何だその恰好良いロボット!」
さっきまで気絶していたカイが興味津々といった様子でロボットを見つめている。
そして、スッと立ち上がると、ロボットの方へと駆け寄っていく。
「なあ、何なんだそのロボット。スゲェな、カッコイイな!」
まるで新しいオモチャでも与えられた子供のように燥ぎだすカイ。
緊張感の欠片もない勇者だ。
そんな勇者の発言に気をよくしたのか、フレイヤがドヤ顔で語りだした。
「この子達は、ワタクシ達アルフヘイム(株)が技術の粋を結集して作り上げた人員輸送用ロボ、その名もオリジナルエルフモビリティのタイタンとアトラスDよ!」
そこは、い〇ゞのトラックじゃないのか?
ん? Original Elf Mobility…?
「この子達は輸送用だけでなく、戦闘もこなす優れものよ!」
フレイヤがそう言うと、タイタンが拳を振り上げた。そして、目を輝かせながら周りをうろちょろしていたカイめがけてそれを振り下ろす。
「カイ君、危ない!」
ウォルフさんのそんな叫びが聞こえているんだかいないんだか、カイはその拳をひらりと躱す。
すると、タイタンの拳は地面のアスファルト舗装を打ち砕き、地面に大きな穴を開けた。
「おお、凄いな!」
カイが振り下ろされたタイタンの腕に手を当ててべたべたと触っている。
タイタンの方も褒められてまんざらでもない感じだ。
今はそんな状況じゃないはずなんだがな…。
「でも、俺だって負けないぜ!」
カイが右手を上空に翳すと、俺達の後ろの瓦礫の山から邪剣が飛び出してカイめがけて飛んでいく。
そして、カイがそれを掴み取る。
「くらえ! 地ヲ喰ラウ者!」
カイが地面へと剣を叩きつけるのに合わせて、邪剣が大きな口を開き地面を呑み込む。
そして、さっきタイタンが開けたよりも数倍大きな穴が開いた。
「どうだ、俺も凄いだろ?」
カイがドヤ顔で語るが、お前が街を破壊してどうする。
何を対抗してるんだ、このポンコツ勇者。
敵陣営の面々がポカンと口を開けている。猪の背中に乗っている二匹の猫の半開きになった口が何だかとても可愛らしい。
口を開けて唖然としていたフレイヤだったが、ふと我に返り猪達へ呼び掛けた。
「ヒルディス、デュト郎、キャン太、あなた達も手伝いなさい」
すると、猪の背中に乗っていた猫達が二本足で地面に降り立った。
おい、猫達の名前…。
どうやら、クリーム色をした猫がデュト郎、薄いグレーがキャン太というらしい。
「Yes,ma'am!」
「わかったニャ!」
「任せるニャン!」
なんか急に二足歩行で喋りだしたよ、この猫達。しかも、いつの間にか長靴を履いている。
…可愛いからまあいいか。
「このケット・シー達が、とても愛らしい外見をしているからって甘く見ないことね。もともとはワタクシの車を牽く為に採用した子達だから力持ちなのよ」
フレイヤの言葉に疑問を抱いたカイが尋ねる。
「何で今は猪が牽いてるんだ?」
すると、フレイヤが呆然と遠くを見ながら呟いた。
「……だって、動物愛護団体が……」
何があったんだ?
その時、ウォルフさんがゴボウを構えながら前へと進み出た。
「さて、ふざけるのはここまでだよ。全員お縄についてもらおうか?」
正直、ゴボウを構えている輩にふざけているとか言われたくない。
「ちょっと待ってほしいニャン。もっと平和的な方法で解決を図るべきだと思うニャン」
「そうニャ、そうニャ」
ニャンコ達が何かを提案してきたが、ぴょこぴょこと飛び跳ねたり前足をパタパタと動かす動作が可愛らしくて頭に入ってこない。
「平和的な方法? 例えば?」
「ニャン!?」
ウォルフさんに聞き返されて、キャン太が困ったような顔を浮かべる。
困ってワタワタしているキャン太に、デュト郎が助け舟を出す。
「少し時間が欲しいニャ。今から皆で協議するニャ」
そして、タイタン、アトラスD、デュト郎、キャン太による協議が始まった。
「猪は仲間外れか?」
「ヒルディスは、フライングしてたから失格ニャ」
「空飛んでただけだろ!」
…いつの間にか、猪が空を飛ぶことを自然に受け入れている自分がいる。慣れって怖い。
すると、デュト郎がわかってないなぁというような表情で俺に指摘してきた。
「猪が空を飛んでる時点で、常識的に考えてアウトだニャ」
「二足歩行の喋る猫が言うなぁ!」
俺のツッコミは無視して協議が再開される。
…これ、おとなしく待つ必要ないよね?
そういえば、こういう時に真っ先に攻撃を仕掛けそうなハルが何故かとてもおとなしい。
ふと隣にいるハルに視線を向けると、口元がにやけそうになるのを必死に我慢していた。
彼女の視線の先には二匹の猫の後姿。二つのふさふさな尻尾がゆらゆらと揺れている。
ハルが魅了されてる!?
そして、協議が終わるとデュト郎が高らかに宣言した。
「お互い代表を三人ずつ出し合って、3000m陸上で勝負だニャ!」
………………。
「はい。そんなわけで、何だかよくわからないうちに始まった3000m陸上ですが、出場選手を紹介していきたいと思います。
第一コース、アルフヘイム(株)所属。猪突猛進! ちょっと妄信? ヒルディス選手。
どんなキャッチコピーなんですかねぇ? 妄信してる時点でちょっとじゃないでしょうに。
第二コース、レニウム王国所属。噛ませ犬ならぬ噛ませ牛 バルザック選手。
今回は、いったいどんな噛ませっぷりを見せてくれるんでしょうか?
第三コース、アルフヘイム(株)所属。世界を支える巨人 アトラスD選手。
担いでいる球体が明らかに俺がいた世界の地球を模しているのは何故なんでしょうね?
第四コース、レニウム王国所属。お野菜大好き ウォルフ選手。
いつまでその法被着てるんですか~?
第五コース、アルフヘイム(株)所属。おそらくノルウェージャンフォレストキャット キャン太選手。
本日のモフモフ枠で~す。
第六コース、レニウム王国所属。もはや説明は不要。お馴染みのポンコ……勇者カイ選手。
そして会場はここ、ガランサスの街の大通り。実況はヒイロ、解説はミーアでお送り致しま~す」
「ニャー」
ちなみに陸上競技においてトラックレースの場合はm表記、ロードレースの場合はkm表記になるらしいんだが、今回の場合明らかにロードレースだろって言ったら四体のトラック野郎共に親の仇でも見るような物凄い目で睨まれたので、m表記でお送りします。
俺だって命が惜しい。
「さて、いよいよ運命の時が迫ってきました。全員がコースに入り、準備運動をしています」
「ニャー」
スターターはハル。そのハルが上空に向けて銃を構える。おそらく空砲ではない。
「位置について…、ヨーイ…」
ドドドドッ。
ハルが銃を撃つより早くヒルディスが走り出した。
「ヒルディス選手、フライングで失格で~す」
パァンッ。
俺がヒルディスに対して失格を宣言していると、ハルがヒルディスに向けて発砲した。
そして、全員が一斉に走り出す。
…いや、仕切り直そうよ。あと、さり気なく敵減らそうとするのやめよう、ハル…。
ヒルディスは辛うじて弾を躱したが、ガタガタと震えて縮こまっている。
さて、気になるレースの方だが…。
「トップを走るのは、おーっと以外な選手…、なんとバルザック選手だ。
それに続くのがアトラスD選手、そして、カイ選手、キャン太選手、ウォルフ選手の順だ」
「ニャー」
「おっと、ここでカイ選手に動きが。
カイ選手、邪剣を使って街灯を切り倒し始めた。そして切り倒した街灯をアトラスD選手のコース上に投げつける。悪質な妨害行為だ。とても勇者を名乗る者の所業とは思えない!」
「ニャー」
「アトラスD選手、コース上の街灯を跳び越える。一人だけハードル走になっているぞ」
「ニャー」
アトラスDがハードルに苦戦して順位を下げる。
すると、焦ったアトラスDが肩に担いでいる球体を地面に置き、その上に乗った。
「おーっと? アトラスD選手、玉乗りで巻き返し始めた。すごいスピードだ! あっという間にカイ選手を追い抜き、トップのバルザック選手に迫る!」
「ニャー」
そして、バルザックがプチッという音と共に球体に潰された。
潰れたバルザックが球体にへばりついて一緒に回っているが気にしてはならない。
ちなみに、へばりついている位置は大西洋の辺りだ。
「アトランティス大陸復活の礎となってバルザック選手がリタイア。アトラスD選手がトップに立ちました! ここで下位の選手の様子も見ていきましょう。
現在最下位はウォルフ選手。穏やかな表情で微笑みながら、のんきに歩いていますね。やる気あるんでしょうか?」
「ニャー」
「その前を走るのはキャン太選手。彼は何故二本足で走ってるんでしょうか? でも、よちよちと一生懸命走る様子が微笑ましいですねぇ!」
「に゛ゃ?」
『他の猫に目移りしてるんじゃニャいよ』と言わんばかりのドスの効いたミーアの鳴き声が隣から聞こえた気がするが、怖いので横は見ないことにしよう。
「さぁ、レースもいよいよ大詰め! トップを走るアトラスD選手、このまま逃げ切れるか!?」
「ニャー」
その時、ウォルフさんが不敵な笑みを浮かべた。
「牛蒡流追跡術、秘義! ごぼう抜き!」
「追跡どころか全員追い抜いてますよ、ウォルフ選手!」
「ニャー」
ウォルフさんが疾風の如く駆け抜けて、全員をあっという間に追い抜いていく。その様は、さながら疾風ウォルフ。…どっかの銀河帝国にいそうだな。
そして、ウォルフさんはそのままトップでゴールテープを切った。
ちなみに、ゴールテープが無かったのでオーギュストさんの本体と幽霊を大通りの両側に配置して代用している。
本体とのリンクを断ち切られた幽霊が慌てふためいているが気にしてはいけない。
「優勝はウォルフ選手!」
「ニャー」
こうして、唐突に始まった3000m陸上はウォルフさんの優勝で幕を閉じた。
「さすがニャン。僕たちの完敗ニャン」
「君たちも素晴らしかったよ。いい勝負だった」
キャン太とウォルフさんが固い握手を交わす。
レースに参加した者も参加しなかった者もお互いの健闘を讃え合った。
しばらくお互いを讃え合っていたが、もう時間だというのでキャン太達を見送る。
そして、彼らは空飛ぶ帆船に乗り込んで、そのまま去っていった。
勝負が終わればノーサイド。実に清々しい気分だ。
そこへ、完全に蚊帳の外にいたエリサさんが戸惑いながら声を掛けてきた。
「捕まえなくてよかったの?」
「「「「「あっ…」」」」」
タイタンとアトラスDについて…
フレイヤ 「人員輸送の際は、専用の背負子を背負ってその中に人を詰め込むのよ」
ヒイロ 「輸送効率悪っ!」
===
アルフヘイム株式会社のケット・シーには、もう一匹、ダイ奈がいるらしい。
===
あの時のカイ
ヒイロ 「お馴染みのポンコ……勇者カイ選手」
カイ (ポン子…? 狸???)