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020 メイド ノ カガミ

 割れた窓の外に垂れ下がっているロープ。それを伝って上からウォルフさんがスルスルと降りてきて部屋の中に飛び込んできた。

 続いてエリサさん、そしてハル。

 最後にバルザックが上から降りてきて、ブチッという音と共に転落していった。

 ……。

 よし、俺は何も見なかった。


 エリサさんは部屋に入ってくるなりオーギュストさんの体に駆け寄って何やら処置を始める。


「まだ間に合います」

「そうか、君はそのままオーギュストさんの救命処置を」

「はい」


 ウォルフさんが指示を出し、エリサさんが心臓マッサージを始める。そこを、幽霊が壁からそっと顔を覗かせて見ていた。

 その幽霊をミーアがじっと見つめている。…さっきミーアが見てたのも、もしかしてアレか?

 それにしても、もう肉体は必要無いんじゃないだろうか、あの幽霊…?

 正直言って、救命よりもアレの正体を究明してほしい。

 そんなことを考えているとウォルフさんが声を掛けてきた。ちなみに、彼は相変わらず法被姿だ。


「無事かい? ヒイロ君」

「あ、はい。無事です。それにしても、よく俺がここにいるってわかりましたね?」

「発信機が付いてるからね」

「…え? 今なんて?」


 この人、しれっとなんか言ったよ?


「発信機?」

「ヒイロ様、危ないですのでお下がりください」


 ハルが俺の前に出て、手で下がるように合図する。


「発信機って何?」

「ヒイロ君、ミーアがオーギュストさんの体に乗っかってくるの。抱えていてくれないかしら?」


 エリサさんに言われて、俺はミーアを抱える。


「ねぇ、発信機って何?」


 俺が何度も問い掛けていると、漸く、渋々といった様子でウォルフさんが答える。


「…電圧を掛けると固有の周波数で振動する素子のことで、水晶製やセラミック製などが…」

「今は発振子の話はしてませんよ。ねぇ、発信機?」

「……ヒイロ君、世の中には知らない方が良いこともあるんだよ?」


 諭すようにウォルフさんがそんなことを言った。

 いや、あんたの所為で中途半端に知ってしまったんだよ。


「発信機…?」

「……自分達は、体を求めて彷徨っていたオーギュストさんの幽霊の後を付いてきただけだよ。体が発信するSOS信号を幽霊が受信したんだろうね。ある意味これも発信機と言えなくはないんじゃないかな?」


 そんな誤魔化しが通用するとでも?

 必死に誤魔化そうとするウォルフさんの後ろでは、オーギュストさんの幽霊が体に戻ろうと奮闘していた。

 体に重なった状態から幽霊だけが起き上がり、『幽体離脱~』とか言っている。遊んでんじゃねぇ、エリサさんが対応に困ってるじゃないか。

 試行錯誤の末ようやく戻れたらしく、幽霊が体に吸収されるように消えていく。

 そして、オーギュストさんの頭から新たに半透明なオーギュストさんが現れた。体の方も苦しそうではあるが呼吸をし始める。

 …結局その状態は変わらないのね?


「あ、そうだ、ほら、スマホの電源さえ入っていれば、大体の位置は把握できるものだしね…。後はオーギュストさんの壁抜けを駆使して周辺の地道な調査を…」


 ウォルフさんが、まるで今思いついたかのようにそんな説明を始めた。

 筋は通っているような気もしないでもないが、疑惑を拭い去ることはできない。

 ふと、ウォルフさんがさっきから左手を後ろに回している事に気付き、スッと回り込んでみると彼は手にスマホを持っていた。

 その画面には、この周辺の地図と現在地辺りを指し示す三角の表示…。

 んん??

 俺の視線に気付いたウォルフさんは、そっとスマホを操作してその画面を消した。

 そして、ばつが悪そうにしながら言う。


「ただの地図アプリだよ?」


 俺はまだ何も言ってないよ?

 ウォルフさんに事の真意を問い質そうと口を開きかけたその時、フレイヤにマイクを向けていたカイが不思議そうに自分が握っているマイクに視線を向けた。


「何で俺は、マイクを突き付けてるんだ?」


 それは、こっちが聞きたい。

 周りの人達も同じ思いのようだ。みんな微妙な顔でカイを見ている。

 そんな中、何かを考えているカイ。

 暫くして何か閃いたというような顔を浮かべると、マイクを構え直して自分の口に近付ける。そして叫んだ。


「俺の歌を聴けぇー!」


 お前はどこを目指しているんだ?

 次の瞬間、フレイヤの首飾りが淡い光を放つ。


「ワタクシの言うことを聞きなさい!」

「Yes,ma'am!」


 カイが敵に回った…。

 クルッとこちらを向き、俺達にマイクを向ける。

 おい、簡単に魅了されてんじゃない、このポンコツ勇者。

 すると、カイがまた何かを考え始めた。

 そして、マイクを構え直して叫ぶ。


「俺の歌を聴けぇー!」


 この勇者、結局やることは変わらない。

 敵も味方も(破壊)ない無差別攻撃(音波)が全員を襲う。

 その時、窓から邪剣が飛び込んできてカイの頭にクリーンヒット。カイがその場に倒れた。

 起きるとまた歌いだしそうだから、こいつはこのまま寝かせておこう。

 念の為に倒れたカイからマイクを取り上げていると、ドスドスと大きな足音を立てながらバルザックが部屋に入ってきた。


「助けに来てやったぞ、ヒイロ!」


 物凄く今更感のある台詞セリフを吐くバルザック。

 そこへエルフの女が驚いたように声を上げる。


「エントランスには仲間がいたはず…。どうやってここまで…?」

「そいつらなら、入口のところで変な連中と押し問答してたぞ」


 そういえば、変なのが来てるとか言ってたな。

 でも普通に歩いて入ってこれるって…、さっき窓から飛び込んできた人達の立場は?


「さて、俺が来たからにはもう安心だ」


 バルザックがそう言いながら拳を構える。

 その時、フレイヤの首飾りが淡い光を放った。


「ワタクシのしもべになりなさい!」

「Yes,sir!」

「「「「「この役立たず!」」」」」


 パーティメンバーの心が一つになった。勇者は伸びているけどな…。

 そして、ついでに言っておくとsirは違うだろ。

 ツッコミもそこそこに、ハルが素早い動きでバルザックの後ろに回り込むと、その首元に手刀で一撃。すると、大男が崩れ落ちた。


「「この役立たず!」」


 エルフの二人にも罵られる役立たずがそこにいた。

 そんなバルザックを放置し、ハルがフレイヤの方へと向き直る。

 すると、またフレイヤの首飾りが淡い光を放ち始める。

 それはまずい、さすがにハルが敵に回ると洒落にならない。


「さあ、ワタクシのし…」

「お断りします」


 ハルがフレイヤの言葉を遮るように拒否すると、フレイヤが驚いたような顔を浮かべる。


「え? 断るとかそういう話じゃないのよ…」

「何度言われましても返答は変わりません。私には既に仕える主がおりますので」

「素晴らしい忠誠心ね…。それなら仕方ないわ…」


 いや、納得すんなよ。


「そして、主がよりよい環境で過ごせるように掃除をするのも私の仕事です」


 ハルはそんなことを言いながら、スカートの下から先端にいくつかのヒラヒラとしたものがついた棒を取り出した。


「さっきの忠誠心といい、万が一の時の為に常に掃除道具はたきを携帯している姿勢といい、あなた、メイドの鑑ね」


 いや、それ、拷問(キャットオブ)道具(ナインテイル)…。

 どうしよう、掃除のニュアンスが別の意味に聞こえる。

 ハルが手に持った鞭をその場で振るうと、それが掃除道具はたきなどではないことに気が付いたフレイヤが、焦ったようにしてウォルフさん達の方を見た。


「そ、そこのあなた達! ワタクシに従いなさい!」

「それはできない相談だね」

「嫌じゃ!」

「そんなものは効きませんよ」


 ウォルフさん、オーギュストさん、エリサさんから三タテを食らうフレイヤ。

 そして、戸惑ったようにして呟く。


「どうして? こんなはずじゃ…」


 その様子を見ながら、ウォルフさんが口を開く。


「野菜もそうだけど、植物は花を咲かせることで虫を魅了して受粉の手伝いをさせる…。だから、自分に魅了は効かないよ」

「何言ってんの!?」


 ”だから”って何だよ? 前後の繋がりおかしいだろ。いや、そもそも前提からして俺には理解不能だよ。

 続いてオーギュストさんがドヤ顔で語る。


「魑魅魍魎、恐るるに足らず!」

「恐ろしいのはあんたの思考回路だ!」


 どっから出てきた、魑魅魍魎。

 最後にエリサさんが口を開いた。


「私達軍人は特殊な訓練を積んで耐性を身に着けています。魅了なんて効きませんよ」

「ッ……」


 おかしくない。何もおかしくないんだが、この状況でいきなりまともな事を言うのはやめてほしい。

 一瞬、流れに従ってツッコみそうになった…。


「なんなのよ、そこの猫バカといい、どうして魅了が効かないのよ」


 なんかディスられている気がするが、ニャンコを愛でて何が悪いというのか。


「こんなはずじゃないのよ。ワタクシの魅了は、こんな…」


 そんなことを呟きながら狼狽えているフレイヤが、ふとミーアに視線を移した。

 まさかこいつ、自信を取り戻す為にミーアに手を出そうとしてやがるのか?

 ミーアが不穏な気配を察したのか、『ニャ?』と鳴き声を発しながらフレイヤの方を向く。

 すると、フレイヤの首飾りが淡く輝き始めた。


「ワタクシを褒め称えなさい!」


 自信を無くし過ぎて変な私情が入りまくってる。

 その時、ミーアを抱えた俺の前にハルが割って入り、懐から手鏡を取り出した。

 そして、それをフレイヤに向ける。

 ……。

 フレイヤが呆然と鏡に映った自分の顔を眺めている。


「ハァ、なんて美しいのかしら…。光り輝く黄金の髪…、吸い込まれそうな碧い瞳…、透き通るような純白の肌…、均整の取れた美しい顔立ち…まさに絶世の美女…。美と愛の女神フレイヤ様はここに健在よ、ウフフフフ…」


 どうやら、自分で自分に魅了されたらしい。

 鏡に映った自分を見てうっとりしているフレイヤに、エルフの女が呆れた様子で声を掛ける。


「フレイヤ様、それは自室にいるときだけにしてください。全く、鏡を見ると直ぐにそれなんですから…」


 どうやら、ただのナルシストらしい。

 フレイヤがハッと我に返る。そして、俺達を見て唇を噛んだ。


「ここは、いったん引いた方が賢明ね…」

「逃げられるとでも思っているのかい?」


 ウォルフさんがそう言いながらゴボウを構える。

 …うん、何だか逃げられそうだ。


「ワタクシを甘く見ないことね…。いらっしゃい、ヒルディス!」


 フレイヤが声を上げると、廊下の方からドドドドッと何かが走る音が聞こえてきた。

 その音が次第に大きくなると、次の瞬間、部屋の壁をぶち抜いて車を牽いた猪が現れた。


「お呼びですか、フレイヤ様!」


 猪が喋った!?


「ヒルディス、いったんここを離れるわ!」

「Yes,ma'am!」


 フレイヤとエルフの女が車に乗り込み、二匹の猫達が猪の背中へと飛び乗った。

 すると、猪が入ってきたのとは反対側の壁に向かって突進し、外壁を突き破って建物の外へと飛び出ていく。

 途中で床に倒れていた大男が猪に轢かれたが、気にしてはいけない。

 そして、猪はそのまま空中を走り去っていった。


 …あれ、猪って空飛べたっけ?


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