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019 マオウ ヲ カタル

 まどろみの中、俺の頬に何かが押し当てられているのを感じる。

 それは、プニプニとした感触で、なんだかとても心地よい。


「ニャー」


 耳元で猫の鳴き声が聞こえ、俺は目を覚ました。

 直ぐ傍には、俺の頬に両前足を置いて踏み踏みしているミーアの姿。

 ここ、天国かな?

 上体を起こし、流れるような動作でミーアを抱えてモフる。

 そして、ひとしきり撫で回して満足したところで周囲を見渡してみると、街の広場で多くの人が倒れている事に気付いた。

 正面に見えるステージの上では、立ったままのカイが『やりきったぜ』とでも言いた気な満足した表情で燃え尽きている。

 …あそこで満足そうにしている音響兵器こそが、真の(俺達が倒すべき)魔王(本当の敵)なのではないだろうか?

 そんなことを考えていると、ふと後方に人の気配を感じた。

 振り返ると、大きな猪が牽く立派な装飾のついた車(牽いているのが猪の場合、何と呼べばいいのだろう…?)が広場の片隅にとまっていた。猪の背中には長毛の大きな猫が二匹ちょこんと乗っている。

 その車の周りには数人の男女がおり、広場で倒れている人達を車の中へと運び込んでいた。

 救助活動だろうか?

 その人達の姿は、全員が全員金髪碧眼で端正な顔立ち、緑を基調とした服に身を包み弓矢を背負っている。そして、尖った長い耳。

 とてもステレオタイプなエルフ像だ。

 そういえば、俺はつい最近、この世界のエルフについての噂を耳にした記憶がある。

 確か、人間を捕まえて保管料と称して金銭を巻き上げているとか…。

 ……誘拐? えっ、俺今まさにその現場に居合わせてる?

 その時、エルフの一人と目が合った。


「…姐御、起きてる奴がいる」

「だったら、眠ってもらいなさい」


 黄金の首飾りを身に着けた女が答える。

 ここにいるエルフ全員が美形なのだが、彼女の姿はその中でも一際目を惹く美しさだ。


「あいよ~」


 そう言って目が合ったエルフの男が近付いてくる。

 そして、俺に銃を向けた。あれ、なんか思ってた展開と違う。

 とはいえ、銃を向けられている事実には変わりがないので、おとなしく両手を上げる。

 すると、銃を向けた男が見下した態度で声を掛けてきた。


「何だ? その腰に付けている銃はただの飾りか?」

「お前こそ、その背中に背負っている弓矢はただの飾りか?」


 これ見よがしに弓矢を身に付けておいて、いきなり銃使ってるんじゃねぇよ。


「両手を上げている奴の台詞セリフとは思えないな…。そんな度胸があるんなら反撃でもしてこいよ」


 見下した態度で挑発してくる男に対して、俺は毅然とした態度で答える。


「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ! 俺は…撃たれたくない!!」

「キメ顔で情けない台詞セリフを吐くな!」


 そう言いながら、俺に憐みの表情を向けてくる。失礼な奴だ。


「それに…、もっと上達しない限り、人に向けて撃ってはいけないって某探偵が言っていた」

「お前、こんな状況に置かれているのに結構余裕だな…」


 何言ってやがる。銃を向けられているのに余裕なんてあるわけがないだろう。

 その時、近くの家の屋根から雪が落ち、ドサッという音が響き渡った。

 銃を向けている男が一瞬そちらに気を取られる。

 俺はその隙をついて相手に跳びかかった。

 まずは相手が構えている銃を抑え、そのまま相手の体勢を崩す。そして、相手が体勢を立て直すよりも前にこの場を離脱するのだ。

 フフ、我ながらなんて隙の無い作戦だ! ※ヒイロの頭の中には、戦うなんていう選択肢は端から存在していない模様。

 そんな俺の決死のタックルを、その男は難なく躱す。

 …あれ?

 そして、俺の首元に銃のグリップで一撃…。

 俺YOEEEEE!


 薄れゆく意識の中で、ミーアだけでも無事に逃げてくれることを祈った。


 

***



 まどろみの中、俺の頬に何かが押し当てられているのを感じる。

 それは、プニプニとした感触で、なんだかとても心地よい。


「「ニャー」」


 耳元で猫の鳴き声が聞こえ、俺は目を覚ました。

 直ぐ傍には、左右から俺の両頬に両前足を置いて踏み踏みしている二匹の猫の姿。

 先ほど猪の上に乗っていた長毛の大きな猫達だ。

 ここ、天国かな?

 上体を起こし、流れるような動作で二匹の猫を抱えてモフる。

 俺が猫達を撫でていると、背後から何やらプレッシャーを感じた。

 ミーアがジトッとした目でこちらを見ている…ような気がする。

 背後から『ロングヘアーのの方がお好みニャのぉ?』という幻聴が聞こえてくる…ような気がする。

 …あらミーアさん、そこにいらっしゃったのですね?

 どうしよう、振り向くのが怖い…。

 違うんだミーア。これは決して浮気じゃないんだ! 信じてくれ!

 …だが、猫達をモフる手は止められない。


 ひとしきり撫で回して満足したところで周囲を見渡す。俺はどこか見知らぬ部屋のベッドの上にいた。

 近くの窓から外を眺める。俺は今、大きな通りに面した建物の三階部分にいるらしい。

 スマホの時計を確認してみるが、広場で気を失ってからそれほど時間は経っていない。

 ここから広場は見えないが、ガランサスの街から出てはいなさそうだ。

 改めて部屋の中を確認してみると、他にも数台のベッドが並べられており人が寝かされている。

 そして、そのベッドの一つの上にオーギュストさんが寝ている事に気が付いた。

 いつも周囲を漂っている幽霊を探してみるが見当たらないので、仕方なく体の方へと呼び掛けてみる。

 返事が無い。ただの屍のようだ…。

 …って、おい! 呼吸すらしてないぞ?

 少し慌てていると、部屋のドアが開いて黄金の首飾りを身に着けた女が入ってきた。

 二匹の猫達が、女の足元へとすり寄っていく。


「あら、起きていたの?」


 俺が警戒していると、そんなことを言いながら女が優しく微笑みかけてきた。

 心を奪われるとはこういうことを言うのだろうか? 全てを放り出してでもこの人の為に何かをしたい、そんな気にさせられる。俺はどうしてしまったのだろう。

 すると、後頭部にミーアが跳びかかってきた。そしてそのまま俺の首元にまとわりつきながら頭をこすりつけてくる。

 焼き餅? このニャンコ、焼き餅焼いてるのかな? 可愛いなぁ。

 そんなことを考えながらミーアを抱えて撫でる。

 すると気持ちよさそうに喉を鳴らしながら小さく鳴いた。


「にゃ~ん」


 うん。可愛い!


「ふにゃあぁぁぁぁ」


 つい、変な声が漏れてしまうほどに可愛い!

 猫撫で声とは、猫が撫でられている時に発してしまう甘えた鳴き声なのか、猫を撫でているときに思わず出てしまう人間の声なのか、永遠の課題である。

 いや、一般的には前者なんだけど…。


「無視しないで!」


 俺がミーアと二人だけの世界に旅立っていると、急に目の前の女が怒りだした。


「もう一度、ワタクシのことをよく見なさい」


 すると、ぼんやりと首飾りが光る。

 何だ…?

 ミーアが喉を鳴らしながら甘えてくるので、正直言って俺は今とても忙しい。得体の知れない女の相手などしている暇はない。

 そのままミーアをモフり続けていると、女が顔を顰めた。


「…何で魅了が効かないの?」


 魅了? こいつ、そんなことしてやがったのか。

 ふふっ、だがそれは無駄な努力だな。


「俺にそんなものは効かない! 何故なら、俺は既にミーアに魅了されているからだ!」


 『さっき、散々浮気してたくせに…』、ミーアがそんな抗議の眼差しを向けてくる気がするが、そこはあえて気付かなかったふりをしておこう。

 …そういえば、ミーアのあまりの可愛さに大事なことを忘れていた。


「あんた誰だ? そして、ここはどこで俺をどうするつもりだ?」


 俺の問いに、女が呆れたような顔を浮かべて『今更…?』とか呟いた後、話し始めた。


「ワタクシは美と愛の女神フレイヤよ」


 自分で美と愛の女神とか言っちゃったよ、この人。


「ここは、アルフヘイム株式会社のガランサス支部。そして、あなたはこれから、ワタクシ達の計画の礎となるのよ」

「計画の礎? それって、エルフが進めているっていう人間保管計画とかいうやつの事か…?」

「その通り、逃げようとしても無駄よ。既にこの街に魔王であるお兄様が向かっているのだから」


 魔王であるお兄様!? この女、ラプラーの妹なのか?

 というか、魔王がここに向かってるって、魔国との全面戦争待ったなし?


「魔王ラプラーがここに…?」


 俺が呟くと、フレイヤが急に不機嫌そうな表情を浮かべる。


「はぁ? 何を言っているの? あんな魔王を騙る偽物と一緒にしないで!」

「えっ? ラプラーが偽物…?」

「そうよ。正式な魔王はワタクシのお兄様、フレイなのよ!」


 どういうことだ? 魔王って何人もいるの?

 俺が状況を理解できずに考え込んでいると、フレイヤが語り始める。


「いいわ、教えてあげる。お兄様は七年前まで魔国の副大統領を務めていたのよ。そして、ワタクシは国防長官だったわ」


 行方不明になったのこいつらか。


「当時魔王だったウスペラーの下で、面白可笑しく日々を過ごしていたのよ」


 おい、魔王の名前…。

 そして、フレイヤが先代魔王について語りだす。


「ウスペラーは、中身が空っぽの薄っぺらい奴で、正直言って一国のトップに立つような器じゃなかったわ。でも、その実力だけは本物で、ワタクシ達の力をもってしても確実に勝てる保障はなかった。だから方針を転換して取り入ることにしたのよ。幸いなことに、機嫌さえ取ってやればすぐに調子に乗るようなおバカさんで、それはもう、とても御しやすかったの…。それなのに、パブロ(あの駄犬)が余計なことをして…」


 フレイヤが険しい表情でパブロに対する怒りを露にする。


「元々、あいつのことは気に入らなかったのよ…。何をするにもすぐに反対して…、ちょっとコネを使って親族を要職に取り立てたり、国家予算を使いこんだり、有力企業の私物化を図ったり、選挙で自分達が有利になるようにしたり、圧力をかけて対抗勢力を潰しただけなのに…」


 パブロへの文句を垂れるフレイヤだが、どう聞いても全面的にこいつが悪い気がするのだが?


「何にしてもパブロ(あの駄犬)は、ワタクシ達が他国への豪遊で不在にしている隙をついて、ウスペラーを暗殺し、魔王の座を簒奪したのよ」

「外遊してたみたいな言い方やめろ」


 遊んでただけじゃねぇか。

 喋ってる間にパブロへの怒りが再燃したのか、フレイヤの愚痴は止まらない。


「どんな汚い手を使ったのか知らないけれど、本来ならあいつごときがウスペラーに勝てるわけがないのよ。政治力には長けていたから内政運営の為に使ってやっていたのに、その恩を忘れて…、ああ、今思い出しても腹が立つ! まさに飼い犬に手を噛まれた気分よ!」


 顔を真っ赤にしてフレイヤが怒っている。


「だから、帝国に攻め込まれた時は、ざまあみろと思ったわ!」


 そう言って愉悦の表情を浮かべるフレイヤ。


「そして、ワタクシ達に泣きついてくるものと思っていたのに、ラプラーとシュレディとかいうポッと出てきた奴らに美味しいところを掻っ攫われて…。ああ、もう! ラプラーが魔王を騙ってるのを見ているだけで、イラつくのよ」


 フレイヤが苦虫を噛み潰したような表情で悔しがる。さっきから百面相凄いな、こいつ。

 完全に自業自得ではないだろうか?

 何にしても、魔王ラプラーが来るわけではないらしい。

 幸いなことにガランサスの街からは出ていないようだし、ここから脱出する方法を考えよう。

 とりあえず、まずはハル達もここに連れてこられているのか探りを入れてみるか…。


「あの広場にいた全員をここへ運び込んだのか?」

「さすがにそれは無理よ。ワタクシ達はガランサス支部の視察の為にこの街へ来ただけだもの。街に入ったら攫ってくださいとでも言わんばかりに人が倒れていたから、ワタクシの移動用の車に積めるだけ積んできただけよ。だから、とりあえずはここにいるので全員よ。今、お兄様と一緒に輸送部隊がこちらへ向かっているから、それを待って回収作業を再開させるわ」


 うん、なんかペラペラとよく喋ってくれる人だ。

 でも、ハル達はここにはいないということか。なんとか自力で脱出する方法を考えないと…。

 ……っていうか、スマホ取り上げられてないんだから連絡とれば良くね?

 でも、俺自身がここがどこなのかわかってないな。それと、さすがにこいつらの前でってのはまずいし、早くどっか行ってくれないかな…。

 そんなことを考えていると、ベッドの上に座っていたミーアが急にビクッと反応した。

 そして、俺の顔をじっと見つめる。俺の…顔を…? いや、違うな俺の右後方をじっと見てる?

 …ねぇ、ミーアさん? 俺の背後にいったい何が見えていらっしゃるんですか?

 猫って時々何もないところをじっと見つめてたりするよね…。大抵の場合は、何か気になる音が聞こえているとからしいけど。猫は耳が良いから…。

 でも、そんな微動だにせずじっと一点を見つめられると気になってしまう。

 そんなわけでそっと後ろを向く。すると、シュッと何かが壁の中に消えた。

 …今、何か居た。え、何? 何が居たの?

 再びミーアに視線を向けると、今度は俺の左後方を見ている。

 今度は一気に後ろを向く。すると、またシュッと何かが壁の中に消えた。

 この部屋、何か居る…?

 俺が妙な気配に怯えていると、急に部屋の外が騒がしくなった。


「お兄様が来たのかしら?」


 フレイヤがそう呟いたその時、部屋のドアが開き一人のエルフの女が慌てた様子で入ってきた。


「フレイヤ様、大変です。変な連中が乗り込んできました」

「何ですって?」


 もしかしてハル達が俺を助けに来てくれたんだろうか?


「どんな連中?」

「それが、『人間(N)保管(H)計画(K)から人間を守る党』と名乗っています」


 うん、助けてくれそうな気もするけど、正直言ってあまり関わりたくないな…。


「お引き取り願いなさい」

「分かりました」


 そう言ってエルフの女が部屋の外へ出ていこうとした時、急に部屋の窓を割って人が飛び込んできた。

 飛び込んできたのは赤い髪の少年。

 その少年が、フレイヤ達を牽制するようにして右手で持った黒い棒を突き付ける。


「ヒイロ、助けに来たぜ!」


 勇者カイがヒーローの如く登場した。

 ……。

 …恰好良く登場したところ悪いのだが、ひとつ言わせてもらいたい。

 何でお前はフレイヤ達にマイクを向けているんだ? 邪剣どうした?

 まるでカイがフレイヤにインタビューでもしているような状況になっている。

 フレイヤはどう対応して良いのかわからずに困惑気味だ。


 そして、その場は微妙な空気に包まれた。


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