001 イセカイ テンイ
豪華な装飾に彩られた柱に天井。床に敷かれた赤い絨毯。
そんな中世ヨーロッパの宮殿にありそうな謁見の間といった雰囲気の空間。そこには、正方形の黒く薄い盤が置いてあり、上面には魔法陣のようなものが浮かび眩い光を放っている。
俺はその上に立っていた。
その盤を囲むようにして三名の男女が立っており、左右の壁際にはいかにも騎士といった風体の人々が整列している。
正面の数段高くなったところには玉座。その玉座に腰を掛けた立派な恰好をした男が、俺に視線を向けると笑みを浮かべた。
「よくぞ来てくれた。歓迎するぞ、稀人よ」
……え? 何これ?
そんな風に俺が困惑していると、俺を取り囲むように立っていた三名の内の一人が歩み寄ってくる。
その燕尾服に身を包んだ灰色の髪の男は、俺の前まで来ると声を掛けてきた。
「初めまして、私はセバスと申します」
「…えっ? え? えぇ…?」
混乱して語彙力が残念なことになっている俺に向かって、セバスと名乗った男が続ける。
「混乱しておられるようですな。ですが、貴方様ならば、この状況に思い当たるところがあるのではありませんかな?」
「え…?」
相変わらず語彙力が残念なことになりながらも、周囲を見回してみる。
豪著な謁見の間、王様っぽい人物、魔法陣らしきものが浮かんでいる黒い盤…。
「えーっと……。これって…もしかして異世界召喚…?」
俺が呟くように漏らすと、目の前の男がにっこりと微笑む。
「さすが最近の日本の若者は理解が早くて助かりますな。数多くの世界が、こぞって日本人を召喚したがるのもうなずけます」
…ちょっと待て、日本人そんなにいろんな世界から拉致られてんの?
セバスさんは納得したように頷くと、話を続ける。
「そう、貴方様のご想像通り、ここは貴方様がいらっしゃった世界とは異なる世界…『ユグドラシル』でございます。そして、貴方様は世界に選ばれし者なのでございます」
「俺が…、選ばれし者…?」
「はい。詳細は別室にて説明をさせて頂きますので、どうぞこちらへ…」
突然の事態に未だに状況を理解しきれない俺は、セバスさんに促されるままに別室へと移動した。
飾り気のない白い壁と天井、中央にはコの字状に配置された長机とパイプ椅子、正面にはスクリーンが掛けられており壁際にはホワイトボードが置いてある。
極めつけは、机の上に置いてあるペットボトルのお茶…。
まさに、現代の会議室といった雰囲気だ。
…異世界召喚とは?
いや、ここに案内されるまでに何か違うっていうのは薄々感じていた。
案内されている途中に外の景色が見えたんだが、この建物の周囲は立派な柵で囲まれ、その内側は中世ヨーロッパの宮殿といった雰囲気だった。
だが、少し遠くに目をやると高層ビルが立ち並んでいるのが見えた。
さらに、空飛ぶ自動車とでも形容すべきものが飛び交っていて、どちらかというと未来都市といった雰囲気だった。
情報過多で頭がパンクしそうだ。
そんなことを考えていると、セバスさんに座るように促される。
俺は促されままにスクリーンの対面の席へと腰を下ろす。
「まずは、召喚に応じてくれたことを感謝する。儂は、このレニウム王国の王、ライアー三世である」
左側に配された長机、その真ん中の椅子に座った男が話し始めた。
白い髪の上には王冠、白い立派な髭を生やしたこの人は、先ほど玉座に座っていた男だ。
ちなみに、セバスさんは国王の右隣に座っている。
よく見ると、メイド服を着た少女(この少女は召喚されたときに俺を囲むように立っていた三人のうちの一人で、名前はハルというらしい)も一緒に座っているのだが、趣味で着ているだけで実は偉い人達なのだろうか?
彼女は膝に乗せた白猫の頭を撫でている。俺が召喚されたときもこの猫を抱いていた。
何故猫? いや、可愛いけど…猫。
「えっと…。ちょっと待ってください。召喚に応じたってなんのことですか?」
そう、俺は召喚なんてものに応じた覚えはない。
いつも通り学校へ行き、その帰り道にスマホでゲームをやっていただけだ。
『パチモンNO』というタイトルで、拡張現実と位置情報を用いたゲームだ。
現実の街を歩いていると『パチンコ利権に群がる者』略して『パチモン』が現れるんだが、そいつらの業界に牽制球を投げつけたり、権力を笠に逮捕したりして遊ぶんだ。捕まえたパチモンは更生させたり、裏取引したりできる。
他にもパチスロでアイテムをゲットしたり、パチモン同士の利権争いも可能だ。
最近は、カジノ利権の話題で持ちきりだ。
基本無料でプレイできるが、この手のゲームのお約束の課金ガチャもある。俺はそこまではしてなかったけど。
「なんだ? 規約を読んでおらぬのか?」
「規約??」
よくわからないことを言う国王に対して困惑を隠せないでいると、セバスさんが口を開いた。
「私からご説明致しましょう。日色様は『アカシックレコード ~神の箱庭~』というゲームをやっていらっしゃいますね?」
…なんかツッコみたいことはいろいろあるが、とりあえず俺、自己紹介したっけ?
「どうして、俺の名前を…?」
「こちらの部屋へ移動するまでの間に、日色様の個人情報を収集させていただきました」
何それ、怖い…。
「日色祐樹様 男性 16歳 日本在住 両親と三人暮らし 彼女なし…」
セバスさんが手にした資料を読み始めた。
「最近は異世界物のライトノベルをよく読んでおり、ひそかに無双展開に憧れている。身長は160cm、背が低いのが悩みの種」
「な!?」
「好きなタイプは、しっかり者だけど、どこか抜けた一面がある女の子…」
「!!? 何でそんなことまで!?」
やめてくれ ワタシのライフは もうゼロよ (泣)
俺の言葉をスルーしつつ、セバスさんは続ける。
「猫派…。気が合いそうですね」
セバスさんがにっこりと微笑む。どうやらこの人は猫派らしい。
国王が、『儂は犬派である』とか呟いているけど今はどうでも良い。
「しかし、SNSへ書き込みを行う際は注意なさった方が宜しいかと。安易な呟き一つからでも趣味嗜好を窺い知ることができますし、写真からは場所の特定ができます」
だから、怖いって。
何故俺は、異世界の住人からネットリテラシーについて説教を受けているんだ?
「また、複数のSNSの情報や過去のネット閲覧履歴などを複合的に解析、プロファイリングすれば、その人となりも推察することが可能です」
俺は、犯罪捜査の対象にでもされているのだろうか?
「もっとも、あちらの世界のセキュリティーレベルであれば、直接各種機関のサーバ等に侵入した方が効率良く情報収集できますが…」
セバスさんがしれっと何か言っているけど、こちらの世界のほうが技術は進んでいるようだ。さっきの外の様子を考えれば納得…なのか?
とりあえず、落ち着く為にお茶でも飲もう。ペットボトルのお茶が用意されていたはずだ。
そうやってペットボトルに手を伸ばすとそのパッケージが目に入る、そこには『五右衛門』の文字と、大釜で茹でられている歌舞伎顔の男のイラスト。
…これ、お茶で良いんだよな?
うん、もういいや。とりあえず、話を進めよう。
「それで、アカシックレコードですか? そんなゲーム…知りませんけど…?」
俺がそう言うと、セバスさんの表情が凍り付いた。
「………え??? …間違い?」
おい、今不吉な言葉が聞こえたぞ?
一瞬でその場が重苦しい雰囲気に変わる。そして、セバスさんが恐る恐る尋ねてくる。
「……では、何か他のアプリゲームはやっていらっしゃいませんか?」
「やってますけど…?」
「そのアプリは、『バンドルプレイ』で入手されたのではないでしょうか?」
「そう…ですけど…?」
俺の返事を聞いたセバスさんが安堵の表情を浮かべた。
「それを聞いて安心致しました。『バンドルプレイ』でアプリを取得された方には、もれなく『アカシックレコード ~神の箱庭~』が付属しております」
「バンドル販売!?」
「そのアカシックレコードの利用規約、第20条8項に異世界召喚に関する記載がございます」
「え!? 何それ!?」
「まあ、まずはご確認ください」
俺はセバスさんに促されるままに、スマホを取り出してアカシックレコードとかいうゲームの規約画面を開く。
というか、普通にスマホが使えるよ、この世界…。異世界召喚とは?
―――――――――――――――――――――
第20条 (利用者の義務及び権利)
・・・
(8)利用者は、当社より要求のあった場合、異世界召喚に応じること。
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あ、本当だ、規約に書いてある。
いや、そうじゃない。どうしよう何からツッコんだら良いのかわからない。
「アプリをインストールした時点で、規約には同意頂いたということになります。そういったわけで、この度の召喚という運びとなりました」
「ちょっと待って! なんかいろいろとおかしいですよね!?」
勝手に変なアプリが付属してきて、そのアプリにわけのわからない規約があって、そしてなんか勝手に召喚に同意したことになっている?
どんな悪徳商法だよ!?
よし、早急に帰らせてもらおう。
「えーっと、元の世界に帰りたいんですけど…?」
「はい、規約の第20条9項にも記載しておりますが、役割を果たして頂ければ、元の世界へ送還することが可能です」
―――――――――――――――――――――
第20条 (利用者の義務及び権利)
・・・
(9)利用者は、異世界においてその役割を果たした際、当社に対して元の世界への送還を請求できる。
(10)利用者は、異世界滞在中における元の世界での地位保全の為の措置を当社に対して請求できる。
例)関係者に対する認識操作、ダミー人形の提供など
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おい、その下の10項にしれっと恐ろしい事が書いてあるぞ。何だよこの偽装工作。
そんな俺の不安をよそに、セバスさんは続ける。
「まあ、せっかく来て頂いたのですから、 そんなに急いで帰りたいなどと仰らないでください。
日色様のいらっしゃった世界では体験できないようなこともできますし、料理もおいしいですよ。日本語も通じますので、言語の心配もいりません」
「…日本語? 何か特別な力で翻訳されてるわけじゃないんだ…」
「そんな都合の良い力存在するわけがないではありませんか」
異世界の公用語が日本語っていう事実そのものの方が、よっぽど都合の良い力が働いた結果に思えるんだが?
「一日の長さは、およそ23時間56分4秒。また、グレゴリオ暦を採用しておりますので、地球の皆様方にも馴染みやすい仕様となっております」
どういう経緯をたどれば、異世界の暦が採用されるに至るんだ?
「それに、通信環境もきちんと整備されておりますので、スマホが繋がらなくて困るなどということもありません。もちろん、日色様の世界の通信規格にも対応しておりますのでご安心ください」
ちょっと何言ってるかわかんない。
「ちょっとした界外旅行とでもお考え頂ければよろしいかと」
明らかに”ちょっと”ではないんだが?
「他にもこの世界について何か気になることがあるようでしたら、どうぞこちらの冊子をご覧ください」
そうして手渡されたのは表紙に『ユグドラシルの全て』と記載された写真多めのフルカラーの冊子。
「観光パンフレット…?」
「いいえ。それは、この世界の仕様書です」
「は?」
思わず間の抜けた声を上げた俺の前で、セバスさんは『正確に言うと、これは写本ですが』とか呟いている。しかし、正直気になるのはそこじゃない。
「この世界をお創りになった創世児は、この仕様書に従って世界を構築したとかしなかったとか」
「どっちだよ?」
そして、その腸詰なんだか双子なんだか微妙な名前は何なんだ?
「その16頁にも及ぶ仕様書は、まさにこの世界の全てと言っても過言ではありません」
「この世界の全て、随分と薄っぺらいな!」
そんな俺のツッコミをセバスさんは笑いながら躱す。
「ハハハ。まあ、そういう仕様ですからな」
仕様だと言っておけば何でも誤魔化せると思うなよ!?