018 マオウ ノ シゴト
ジェネラルフロストと名乗る雪だるまに見逃してもらい、そいつが去っていったことで吹雪も止んだ。
元の気候に戻った為に降り積もった雪が猛烈な勢いで解けている。
とはいっても、大量に積もっているので完全な雪解けまではまだ結構な時間が必要だろう。
そんな中、今俺達が居るのはガランサスの街。
この街へは昨日のうちに到着し、今日は朝から街の広場に来ている。
というのも、この街で勇者のPRイベントが企画されているからだ。
除雪された広場にはステージが設営されており、そこには『レニウム王国公認 勇者カイ ライブ会場』の看板がかかっている。
その会場を取り囲むようにしてカイの姿を模した氷像がずらっと並んでいた。
その中に見覚えのある大男が入った氷柱が混じっている気がするが、気のせいだと思うことにしよう。
そして、俺が立っている真後ろには仮設のテントが設営されており、『勇者グッズ販売中』の幟が立っていた。
…俺はまた売り子をやることになるのだろうか?
いや、そんなことより…。
「ライブって何ですか…?」
半ば呆れたようにしながらも、ウォルフさんに尋ねてみた。
ちなみに今日のウォルフさんは、いつもの上着の代わりに背中に『祭』という文字が大きく描かれた法被を羽織っている。…その法被、何?
「生演奏による公演のことで、録音技術が発達し…」
「そうじゃなくて、何で勇者がライブをやるんですか?」
すると、何か答えてくれようとしたのだが、俺が知りたいのはライブという言葉の定義ではない。
遮るようにして意図を確認すると、さも当然の事のようにウォルフさんが話し始める。
「今回の勇者は、『歌って踊れる勇者』『会いに行ける勇者』をコンセプトにしてプロデュースしていく方針らしい」
「どこのアイドル?」
「先代勇者のプロデュースで失敗した経験を活かそうということなんだろうね」
「今回も勇者としては既に失敗してません?」
プロデュースするにしても、もう少し方向性を考えろよ。それもう勇者である必要性無いだろ。
そんな風に冷めた視線を送っていると、隣で聞いていたカイが真面目な顔で呟く。
「そもそも、プロデュースの方向性が間違ってるんだよな…」
珍しくポンコツ勇者がまともなことを言い始めた。
「やっぱり、メインプロデューサーが真面目に仕事していないのがいけないんだよな…」
…? あれ、急によくわからない話になった。
「…メインプロデューサーって誰の事を言ってるんだ?」
そんな俺の問いに、信じられないとでも言いた気な表情でカイが答える。
「本気で言ってるのか、ヒイロ? 魔王に決まってるだろ? 勇者をプロデュースするのが魔王の仕事だからな!」
「そんなわけあるか!」
俺に否定されてカイが驚愕の表情を浮かべた。
「え? でも、勇者を効率よくレベルアップさせる為に、その強さに合わせた部下を送り込んだり、各地にダンジョンを作って勇者に対してアイテムを提供したり…。そうやって、自分好みに勇者をプロデュースして最高のクライマックスを演出して討たれるのが魔王の目的だろ?」
「何で討たれることを前提にしてるんだよ!?」
おそらく、その魔王達は勇者をプロデュースしたかったわけではない。ただのゲームシステムの犠牲者だ。
その時、俺の発言を聞いたカイがハッと何かに気付いたような表情を浮かべた。
「確かにヒイロの言うとおりだ、俺も思い違いをしていたらしい…。前提が間違ってるってことだよな…。つまり、自分の最期の花道を飾るような最高のクライマックスを演出する為に勇者をプロデュースしているわけではなく、勇者を『偉業を成し遂げた最高の存在』としてプロデュースすることが最終的な目的ということか…。魔王自身が街を破壊したり、人々を苦しめる悪逆非道の数々を繰り返してヘイトを稼いでいるのもそれで説明がつく! くっ、自己犠牲すら厭わない素晴らしい敏腕プロデューサーだ…」
「まず、プロデューサーから離れようか?」
だんだんと世の魔王達が不憫に思えてきた。
そこへウォルフさんが口を開く。
「違うよカイ君。魔王の仕事は、行政のトップとして国家の運営を行ったり、他国との交渉を行ったりすることだよ。他にも、いざというときには軍のトップとして国防の責任を担ったりとその仕事は多岐に渡っている」
「それも違…う…こともないな…」
一国を治める立場なら確かにそれも仕事の内だろう。
だが、そんな真面目な考察は特に求めていない。
そんなウォルフさんに、カイが納得いかないというような顔で噛みつく。
「でも、魔王を募集する求人広告には、大抵『勇者をプロデュースするだけの簡単なお仕事です』って書いてあるよな?」
「そんな求人広告、見た事無いわ!」
そもそも、何で魔王を募集してるんだよ。
「カイ君、何を言っているんだい? 魔王は求人に応募しただけでなれるものじゃないよ。ちゃんと選挙で勝たないと」
「選挙…?」
この人も何を言ってるんだ?
話についていけていない俺に対して横からハルが解説を始める。
「ヒイロ様。この世界での魔王と言えば、基本的には魔国のトップのことを指します。そして、通称で呼ぶことが多いですが、魔国の正式名称はマイトネリウム共和国です。そう、共和制国家なのです。つまり、魔王というのは、要は魔国の大統領の事です」
魔王は大統領???
「元々は大統領という呼称だったようですが、先代魔王が議会に要請して法改正を行い、正式に魔王に改称したそうです」
「紛らわしい! そして、割ときちんと手順踏んでる」
「法治国家ですから」
それはもういいよ…。
「とはいっても、先代魔王は自らの圧倒的な力で対抗勢力を抑えつけ、およそ百年に渡って事実上の独裁政治を行っていましたが…」
「へぇ、そうなんだ…。でも結局七年前に先代勇者に討たれたってことか…」
俺がそう呟くと、ハルが即座にそれを否定する。
「違いますよ? 先代勇者はあれこれ理由をつけて王国内を巡っていただけで、先代魔王とは直接対峙したことすらないそうです」
…先代勇者、ただ国内の民家荒らしてただけかよ。
でも、そうだとすると七年前に誰が魔王を討伐したんだ?
七年前…。あっ、そういえば大賢者が召喚されたのも七年前とか言ってたな。
「それじゃあ、大賢者が魔王を倒したんだ?」
「いえ、違います。大賢者様が召喚されたその日に、魔王が死んだという一報が届いたそうですから」
何その出オチ…。
「……だったら、誰が?」
「公式には地方視察中の事故死と発表されています。ですが、それを信じる者はほとんどいません。実際には、当時魔国の国務長官を務めていたパブロが暗殺したという話です。事実、同時に副大統領をはじめとする主要閣僚が行方不明となり、それによってパブロが魔王代行の地位に納まりましたから」
「トップは魔王に改称したのに、No2は副大統領なんだ?」
「今の話を聞いて最初に気にするところがそこなんですね、ヒイロ様」
だって気になるじゃないか。
それはともかく、ハルの説明によれば、魔国では現職魔王が任期途中でその責務を果たせない状態になった場合でも再選挙は行われないらしい。副大統領が魔王に昇格し、残りの任期分の責務を引き継ぐことになる。
ただし、副大統領も同時に責務を果たせない状態だった場合は、規定された継承順位に従って閣僚が魔王代行を務めることになる。そして、副大統領以外は魔王に昇格することは無い。
ちなみに、継承順位は副大統領、財務長官、国防長官、国務長官…の順とのことだ。
確かに、普通に考えれば国務長官にまで順番が回ってくることはまずないだろうな…。
「あれ? でも、今の魔王ってラプラーって名前だったよね?」
「はい、その通りです。任期満了後の魔王選挙で、パブロは自らは立候補せずにラプラーの支援に回りました。パブロは現政権でも国務長官を務めています」
「…うーん? それって、ラプラーが裏で糸を引いてたってこと?」
「それはどうでしょうね…。ラプラーが魔王選挙で当選できるほどの支持を得られたのは帝国との戦争が原因ですから」
「どういうこと?」
「そうですね…」
なんだかだんだんと大きな話になってきたが、聞いた話を要約するとこんな感じだ。
現在に至るまで、この世界において最大の勢力を誇っているのがマイトネリウム共和国、通称魔国…。先代魔王が、その武力によって版図を拡大してきた超大国だ。
それに対抗する為に、その他の国の間で八カ国同盟というものが締結されているらしい。
今俺がいるレニウム王国もその構成国の一つとのことだ。
帝国もこの八カ国同盟の構成国の一つで、正式名をビスマス帝国という。
それで、七年前に何があったかだが、そもそもパブロは戦争終結の為に八カ国同盟の構成国の一つである満願皇国に秘密裏に接触していたらしい。
そして、魔王代行となったパブロは、正式に八カ国同盟に対して和平協議を申し入れてきた。
しかし、魔王という最大の脅威が消え、それをチャンスと捉えた帝国が魔国への侵攻を開始したのだ。
八カ国同盟内でも帝国に協調する国と、その行動を非難する国とに分かれ対応が遅れてしまう。
そんなときに現れたのが現魔王であるラプラーだ。
彼は側近のシュレディを伴い突如として戦場に現れた。そして、あっという間に帝国の軍勢を壊滅させたという。
大敗を喫した帝国は兵を引いた。
だが、当然和平協議は流れ、魔国と八カ国同盟とは今も微妙な関係が続いている。
余談だが、この件が尾を引いているのと、その後魔国が内政を優先したことによって直接の脅威が薄れたこともあり、八カ国同盟内も微妙な関係となっているらしい。
どこの世界でも、政治って難しいね…。
「…そういえば、結局パブロもラプラーもトップの名称は魔王のままで戻さなかったんだ…」
「パブロが魔王代行時代に一度戻そうとしたようですが、議会で否決されたそうですよ。その後は、いろいろと優先順位の高い問題が山積している状態なので放置されているみたいですね…」
「そうなんだ…」
「放置国家ですから…」
だから、それはもういいよ。
そんな話をしていると、ミーアがお気に入りの猫じゃらしを口に咥えて俺の足元までやってきた。
そして俺に視線を向ける。どうやら遊んでほしいらしい。
でも、正直言ってこの後はライブの準備をしないといけないので忙しい。俺はおそらく売り子を手伝わないといけないし…。
俺が黙っていると、ミーアの耳が伏せて尻尾も垂れ、悲しげな表情を浮かべる。
そして、上目遣いの潤んだ瞳で俺のことをじっと見つめてきた。彼女の方からは『遊んでくれニャいの?』という幻聴すら聞こえてくる気がする。
くっ、あざといニャンコだ。
だが、そんなあざとい真似をしても俺は騙されない! そう、騙されニャいぞ!
…。
そんなわけで俺は今、猫じゃらしでミーアと戯れている。
猫じゃらしを追いかけるミーアがとても可愛らしい。
あはは、捕まえて御覧なさ~い。
開場時間となり広場に人が集まり始めた。
幽霊が売り子をしている売店にも列ができている気がするが、気にしてはいけない。俺にはミーアの相手をするという大事な仕事がある。
しばらく遊んでいると、満足したらしいミーアが俺の足に前足を掛けて抱っこをせがむ。
ミーアを抱え上げると、遊び疲れたのか、俺の腕の中でうつらうつらし始めた。
何この可愛い生き物。天使かな? 天使だよね? 天使だ(確信)!
その時、ウォルフさんの声が聞こえた。
「そろそろ本番の時間だね。カイ君、準備を」
もうそんな時間なのか…。
俺がミーアとの二人だけの世界に旅立っていた間に随分と時間が経過していたらしい。
「よし、任せとけ!」
そう言ってカイがステージへと向かっていく。
「カイって歌上手いんですか?」
カイの後姿を見送りながら、ふと気になったのでウォルフさんに尋ねてみた。
いや、尋ねるまでもないか。わざわざ歌を売りにしてるんだから。
「さあ、自分は知らないよ? 上からの指示でやっているだけで、企画したのは自分ではないからね」
なんだか嫌な予感がしてきた。
カイがステージの上に現れると、広場に集まった人達から歓声が上がる。
そして、カイがマイク片手に話し始めた。
「皆、今日は俺のライブに来てくれてありがとう! こんな大勢の前で歌うなんて初めてだけど、精一杯歌うから聴いてくれ!」
そして一呼吸おくと、マイクを構え直す。
「俺の歌を聴けぇー!」
カイがそう叫ぶと同時に、背負っていた剣が勝手に鞘から抜けて禍々しい姿へと変貌する。
その邪剣から重低音の音楽とも呼べない不快な音が響き渡ると、それに合わせてカイが歌い始めた。
地獄から這い出して来る亡者達の雄叫び…、そんな比喩すら生ぬるいほどの不快な音。
それはまるで、し〇かちゃんのバイオリンに合わせて歌うジャ〇アンのような…そんな不協和音。
大気が震え、周囲に置いてあった氷の彫像に罅が入り、砕け散る。
それに伴って氷柱の中にいた大男がようやく解放されるが、正直言って今はどうでもいい。
広場に集まった人々が苦悶の表情を浮かべてのたうち回る。
誰かに助けを求めるように、縋りつくように手を伸ばす人々…。そして、もがき苦しみながら天へと昇っていくオーギュストさん。
地獄絵図とでもいうべき光景が、そこには広がっていた。
その歌声を聴いた人々は、苦しみながらも次第に意識を刈り取られていく。
しばらくすると、その街から動く者はいなくなった。
こうして、勇者によって一つの街が滅ぼされたのだった…。
世の魔王達 「何で俺達、自分を殺しに来る勇者を育成してるんだろう…」
ゲームプロデューサー? 「勇者育成ゲームの主人公だからさ」
まおー 「!?」