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017 ヒヨウジヨウ ノ カクトウギ

 国境の長いトンネルを抜けると…。

 今俺の目の前に広がるのは、そんな小説の冒頭を彷彿とさせるような光景。辺り一面の銀世界。それにプラスして、猛吹雪。

 ……。

 いや、おい!

 トンネルに入る前まで過ごしやすい気候だったのに、抜けた瞬間これはおかしいだろ?


「ヒイロ様、これを…」


 輸送車の小窓から外を覗いていた俺に、ハルが防寒着を渡してくれた。

 俺がそれを着ると、ミーアがその中に潜り込んで来る。そして、襟元から顔を出して小さく鳴く。

 うん、可愛い。

 その時、ウォルフさんと運転をしているスリップさんとの話し声が聞こえた。


「スリップ、行けそうかい?」

「隊長。凍った湖の上を走らせたら世界一を自称している俺がハンドルを握ってるんスから、全く問題無いっスよ」

「そうか、それなら大丈夫そうだね」


 不安しかない。今の会話のどこに大丈夫な要素があった? 運転手の名前からして駄目だろ。

 そもそも俺達って今、凍った湖の上走ってんの?

 ところで、ウォルフさんの迷彩服が冬季迷彩に変わっているんだが、これはいつもの間違い探しの延長線上なのだろうか…?

 他のウルフファング隊員はいつも通りの迷彩服だし、判断に迷うな…。

 それはともかくとして、そろそろこの状況に関しての説明を求めるとしよう。


「山一つ越えただけで、何でこんなに気候が変わるの?」

「先ほど気象庁からの発表がありましたが、今この辺りに冬将軍が出張ってきているそうです」

「…何て?」

「冬将軍がこの辺りに出張してきているんです」


 ハルが、さも当然の事のように答える。

 …気象現象の比喩表現で良いんだよな?

 嫌な予感しかしないが、一応確認しておこう。


「冬将軍って何?」

「二十年ほど前から報告されるようになった異常気象です。冬将軍が到来すると、数十キロにも渡る範囲が極寒の地となり猛吹雪に閉ざされます。その猛威は、灼熱の砂漠を雪原へと変貌させ、噴出した溶岩を瞬時に冷やし固めて火山の噴火さえ止めてしまうほどです」

「それ、異常気象とかいうレベルで済ませて良いの? おかしいよね?」

「そういう仕様です」


 仕様だと言っておけば何でも許されると思うなよ?


「そして、その猛吹雪の中心部には、冬将軍の本体でもある一体の鎧武者がいます」

「あ、うん。結局そうくるんだ…」


 いかにもネタにしてくださいって感じの名前してるもんね。


「冬将軍はその脅威から、この世界における『八大災厄エイトディザスターズ』の一つに数えられています。ちなみに、竜王ドラグゴナレスもこのうちの一つです」

「竜王クラスの脅威!?」

「冬将軍が到来した場合、人々はそれが過ぎ去るのをただじっと待つことしかできません」


 何それ、怖い。

 すると、それを聞いていたカイが口を挟んできた。


「なるほど、つまりそいつを討伐するんだな?」

「しません!」


 ハルにビシッと否定されて、カイが残念そうな顔を浮かべる。

 この勇者は戦闘狂バトルジャンキーなのか?

 そこへ、俺達の話を聞いていたエリサさんが声を掛けてきた。


「冬将軍といえば、エルフが進めている人間保管計画、通称NHKの刺客だという噂もありますね」

「この世界のエルフ、何やってんの?」

「エルフ達は捕まえた人間をどこかに保管し、その関係者から保管料を巻き上げることで生計を立てているんですよ」

「ただの誘拐!」


 この世界のエルフ、碌でもない連中だな。


「まあ、冬将軍とエルフが関係しているというのは、あくまでも街で聞いた噂ですよ」


 エルフが犯罪に手を染めている話は事実なのか?

 というか、こういった話の展開、前にもなかったっけ?


「とりあえず、こんな猛吹雪の中で冬将軍本体に遭遇するなんてことは、滅多にないから安心して良いよ、ヒイロ君」


 ウォルゥゥフ!! おいこら、フラグを立てるな!

 その時、輸送車の天井をすり抜けて現れたオーギュストさんが外を指さした。


「おい、外に誰か歩いておるぞ?」


 ふよふよと漂って壁抜けしてんじゃねぇ、この幽霊!

 心の中でそんなツッコミを入れていると、車が停止する。

 無視して立ち去るっていう選択肢はないんですか?

 いや、まだただの遭難者という可能性もあるのか。


 車から降りて前方に視線を向けると、吹雪の中に一体の鎧武者の姿を見つけることができた。

 水色を基調にした配色の鎧兜を身に着け、兜には『冬』の文字が付いている。

 はい、アウト。

 それを見てバルザックが口を開く。


「こいつ、何で兜に『冬』って文字を付けてるんだ?」

「『愛』って文字を付けてた武将の真似じゃないか?」


 カイが即座に答えるが、それは違うと思う。

 すると、その会話が聞こえていたのか、鎧武者が声を発した。


「違う…そんな理由じゃない…」


 兼続さんをリスペクトしているわけではないらしい。


「全てNHKが悪いんだ!」

「NHK…?」

N(夏の)H(日差しが)K(きつ過ぎる)

「DAIG〇…?」

「真夏の炎天下にこんな恰好は地獄なんだ…」

「だったら脱げよ、その鎧!」


 『冬』という文字付けてる理由になってないし。

 というか、まさかそんな理由で異常気象起こしてるのか、こいつ?

 …ん? あれ? ところでこいつ、さっきからなんか震えてない?


「…ところで、さっきからどうして小刻みに震えてるんだ?」

「な!? わ、儂は、ふ、震えてなどいない」


 いや、どう見てもガタガタと震えてるよ。


「…もしかして、寒いとか?」

「ち、違う。これは武者震いだ」


 明らかに武者震いといった感じではない。

 一斉に全員の冷ややかな視線が突き刺さる。

 すると、冬将軍が逆上した。


「くそっ。ああ、そうだよ、寒いんだよ。寒いの苦手なんだよ! 悪いか!?」

「この寒さ、お前が原因だろ!?」

「違う、儂ではない。この吹雪の原因はこいつだ」


 俺の指摘を慌てた様子で否定する冬将軍。

 するとその後ろから、一体の雪だるまがヒョコッと顔を出した。


「オイラはジェネラルフロストだよ」


 現れたのは赤いバケツを被り、赤いマフラーに赤い手袋を身に着けた雪だるま。

 どちらかというとジャックフロストというイメージだ。

 それは良いんだが、この雪だるま、何とも不気味な雰囲気を醸し出している。

 というのも、頭の上から赤い液体を被ったような状態になっているんだ。

 ホラーかよ、正直怖い。


「頭からだらだらと流れているその赤い液体は何なんだ?」

「みんな大好き、イチゴのシロップだよ」

「かき氷か!」

「おいしそうでしょ?」

「食われてしまえ!」


 ふよふよと漂う雪だるまとそんな不毛な会話を繰り広げていると、それを眺めていた冬将軍が再び口を開く。


「儂がこいつと出会ったのは、今からもう二十年以上も前の話だ…」


 急にしみじみと話し始めるなよ。別に聞きたくもない。


「その日、儂は夏の日差しに耐えかねて行き倒れていた」

「鎧脱げよ」

「薄れゆく意識の中、儂はかき氷を削る一人の少女に出会った。そして、その少女は儂にイチゴのシロップがかかったかき氷を御馳走してくれた…。意識が朦朧としていた為なのか、あまり記憶は定かではないのだが、気が付いた時にはこの雪だるまがまとわりついていた。こいつは、儂に食われたことを恨んだかき氷の怨霊なのかもしれない…」

「かき氷食って恨まれたら、何も食えねぇよ」


 なんにしても、本当にやばいのは冬将軍ではなく、この雪だるまの方らしい。

 だが、それが分かったところでどうすれば良い?

 そんなことを考えつつふと隣に目をやると、カイが背中の剣に手を掛けている。

 あ、やばい。


「そうか分かったぞ! お前がこの吹雪を発生させている黒幕だな!?」


 まるで今自分が気付いたかのように雪だるまを指さすカイだが、さっきから既にそう言っている。


「そうだよ、オイラがこの吹雪を発生させているんだよ」

「そんな言い訳が通用すると思っているのか? この勇者カイの目をごまかせると思うなよ!」


 そう叫びながら、カイが剣を構えた。

 言い訳なんてしていない。むしろ全面肯定しているんだが?

 本当に黙っていてほしい、この節穴勇者。

 カイに対して冷たい視線を向けていると、急に後方から叫び声が聞こえてきた。


「先手必勝!」


 それと同時に、バルザックが雪だるまへと殴りかかる。

 バルザック、お前もか!

 それに対して雪だるまは動じることもなく少し息を吹きかける。すると、そこに見事な氷柱ひょうちゅうが出来上がった。

 ブリ〇ックとは違って、こいつの氷上性能は大したことがないらしい。いや、氷上に限った話じゃないな…。

 うん、とりあえず、あれは放っておこう。

 次にカイが動きを見せる。


「覚悟し…モガッ」


 斬りかかろうとしたカイを俺とハルで取り押さえる。

 どいつもこいつも、勝手な行動ばかりするんじゃない。


「私達には、あなたと敵対する意思はありません」

「そうそう、俺達はこの先の街に用があるだけなんで、すぐに立ち去ります」


 見逃してもらえないだろうか?

 下手へたを打つと大量の氷柱ひょうちゅうが出来上がるだけなので、とりあえず下手したてに出て様子を見ることにする。

 すると、冬将軍が縋るように声を上げた。


「な、儂を見捨てるのか? 助けてくれ、この雪だるまをなんとかしてくれ!」


 黙れ、冬将軍。俺達を巻き込むな!

 こんな広域気候変動を引き起こせるような化け物、相手にしてられるか。


「え~、オイラと遊ぼうよ。そうだ、皆で氷鬼やろうよ。オイラが鬼をやるからさ。全員凍らせたらオイラの勝ちね」

「凍らされた時点で死ぬわ!」


 どうやら、見逃してくれる気はないらしい。


「氷鬼が嫌なら、雪合戦にしようか? 全員凍らせたらオイラの勝ちね」

「さっきと同じじゃねぇか!」


 雪合戦にそんなルールはない。

 その時、合戦という単語に冬将軍が反応を示した。


「合戦だと? 合戦と聞いては儂も黙ってはいられないな。あのナポレオンすら退けた儂の力を見せてやろう」

「あ、そんなに自信があるなら頑張ってください。それじゃあ、俺達はこれで…」


 そう言ってカイを引き摺りながら車の方へ向かうと、冬将軍に肩を掴まれる。そして、必死の形相で懇願を始めた。


「待て、調子に乗ったことは謝る、本当はナポレオンとは会ったことすらない。お願いだから、見捨てないでくれ!」

「そんなことより、みんなで遊ぼうよ。ねぇ、遊ぼ、遊ぼ、遊ぼ~」


 何だ、このカオスな状況。

 駄々をこね始めた雪だるまが、そのまま一方的に雪合戦の開始を宣言する。


「はい、それじゃあ雪合戦開始~!」


 その宣言と同時に、雪だるまがウォルフさんめがけて息を吹きかけた。

 すると、ウォルフさんが持っていた心太ところてんと豆腐が凍り付く。

 おい、何でこの状況で寒天と高野豆腐を作ろうとしてるんだ?


「あれ、何で凍らないの?」


 雪だるまは不満気に呟くと、もう一度ウォルフさんに息を吹きかける。

 すると、ウォルフさんは取り出したゴボウを自分の前でぐるぐると回してそれを回避する。そして、ドヤ顔で言い放った。


「野菜は、糖度を高めて凍結を防ぐんですよ」


 だから何だ? 今は全く関係ない。

 そもそも、そのゴボウは最近スーパーで買ったやつだろ?

 その時だ、俺がツッコミに気を取られた隙を突いてカイが拘束を振り解く。そして、そのままの勢いで雪だるまへと突っ込んでいく。


「これでもくらえ! 雪ヲ喰ラウ者(スノーイーター)!」


 その叫びと共に邪剣が正体を露にし、大きな口を開く。

 しかし、それは雪だるまに躱され、地面に積もっていた雪を呑み込むだけに終わった。

 すると、そこに氷のフィールドが出来上がった。

 …便利な除雪機だな。

 それを見て雪だるまが声を上げる。


「すっご~い! 氷のフィールドができちゃった。あ、それじゃあ、ヒョウジョウノカクトウギやろう?」


 氷上の格闘技? 確かアイスホッケーの事だったっけ?

 そんなことを考えていると、雪だるまがどこからともなく取り出したホッケーマスクを被り、そしてチェーンソーを装備した。

 おい、氷上でデスマッチでも始めるつもりか?

 だが、とりあえずこれだけは言っておかなければならない。


「実は本家は一度もチェーンソーを使ってないらしいぞ?」

「何を言ってるの? これは、氷像を作る為のチェーンソーだよ?」


 氷上の格闘技どうした?


「丁度そこに氷柱ひょうちゅうがあるし、あれで女神像でも彫ろうかな?」


 その氷柱ひょうちゅうを彫刻すると中の人が大変な事になるからやめてあげて。

 というか、まだ生きているんだろうか?

 あ、なんか涙流してる。生きてはいるようだ。

 そこへ、カイが大きな声を上げた。


「ちょっと待てよ。氷上の格闘技をやるんじゃなかったのか? こっちは準備万端だぜ!」


 その発言に、じりじりと氷柱ひょうちゅうに近付いていた雪だるまがこちらを向く。

 ナイスフォローだ、カイ。

 そんな彼が手に持っている邪剣は、禍々しさを維持したままアイスホッケーのスティックの形状に変形していた。

 ……いや、こいつは、ただ自分がアイスホッケーをやりたいだけかもしれない。

 そんな中、雪だるまがこちらに近付いてくる。


「そうだね、それじゃあ始めようか…。にらめっこしましょ~」

「表情の格闘技!?」


 俺が驚いて声を上げたのをよそに、オーギュストさんが感心したように呟く。


「なるほど、ごく自然な流れで自分だけ表情を隠せる仮面を着けてにらめっこを開始するとは…、此奴こやつ、策士じゃな」

「不自然極まりない!」


 時間があったら、どの辺に自然な流れがあったのか小一時間ほど問い詰めたいところだ。

 大体、表情隠してたらにらめっこにならないだろ。

 そんな中、にらめっこをする時のお決まりの掛け声を掛けながら、雪だるまはふよふよと漂い続ける。


「笑うと負けよ~」


 そして、最初の標的と定めたのかエリサさんの眼前へと移動する。


「あっぷ…」


 しかし、そこまで言いかけると雪だるまが止まった。

 被っていたホッケーマスクがポロッと落ちる。すると、雪だるまの頬が赤く染まっていた。


「女神様…」

「え???」


 エリサさんは困惑している。うん、まあ、俺も困惑している。

 そんなエリサさんをよそに雪だるまはさらに言葉を紡ぐ。


「こんなところで、これほどまでに美しい女神様とお会いできるなんて…」


 眼鏡が曇っていて表情がいまいちわからないが、ウォルフさんの眉尻がピクピクと反応している。

 そして、ゴボウを持ったまま黙ってこちらへと近付いてくる。


「あ、オイラ、今何も持ってない…。今度お会いするときは、女神様に似合う素敵なプレゼントを用意してきます」


 雪だるまはそう言い残すと、手早く冬将軍を氷漬けにして、それを持って去っていった。そして、それと共に吹雪が止んだ。

 雪だるまが去っていった方向を黙って睨んでいるウォルフさんがなんか怖い。

 そして、エリサさんが遠い目をしている。

 この人は、変な生き物に好かれる特技でも持っているのだろうか?


ウォルフの冬季迷彩…

漫画が描ける能力があったら、その中でヒイロに『白黒じゃわからん…』とかメタ発言をさせたかった…。

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