015 サガシモノ ハ ナン デスカ
戦闘は勇者パーティの勝利で幕を閉じた。
「結局俺、何の役にも立たなかったな…」
自嘲気味にそんなことを呟いたら、それを聞いていたエリサさんが真剣な表情で声を掛けてきた。
「そんなことは無いわ。あなたは大事な役目を果たしてる。だから、もっと自信を持って良いと思うの…」
ただの社交辞令のような気もしないでもないが、なんだろう、とても鬼気迫るものを感じる。
さっきまで呆然と遠くを見つめていたし、何かあったんだろうか?
まあいいか。それより今はこの二人をどうするかだ。
縛られて地面に座っているミヤモトと、同じく縛られて気を失って転がっているササキを取り囲むようにして俺達は立っている。
さて、竜王(仮)さんの言葉を信じるのであれば、この森から魔物が溢れ出ているという今回の件はこの二人が原因らしいのだが…。
「お前等は、どうしてローリエの街を魔物に襲わせたんだ?」
「何言ってるの? 襲わせてなんていないわ。ここで探し物をしていたら、この森に住んでいた魔物達が勝手に逃げ出しただけよ」
カイの問いにミヤモトが答えた。
「探し物? いったい何を探してたんだ?」
「ふっ、そんなの教えるわけがないでしょ? …ちょっとササキ、あんたいつまで寝てんのよ!」
ミヤモトが足元に転がっているササキを蹴ると、ササキが絶叫と共に飛び起きた。
「いじめないで!」
何故か後ろでウォルフさんがアザミの花を掲げている。
……あっ、違う。あれ、ゴボウの花だ。
「何寝ぼけてるのよ? あんたも、この状況を打開する手立てを考えなさい!」
そう言われてササキが周りを見回した。
邪剣を肩に担いだ勇者、何とも言えない威圧感を放つメイド、何故かサディスティックな笑みを浮かべている男女、ふよふよと漂う幽霊、車椅子上で気絶している大男+α、猫を抱えた戦力外。
…後半三人は、まあ置いておこう。
とにかく、ササキは最悪な状況であることを瞬時に理解したようだ。
お手上げだよという表情で両手を広げ、フウッと息を吐く。さり気なく縄抜けしやがった、こいつ。
そして、すぐにキリッとした表情をして言い放った。
「贋流弁解術、最終奥義! 掌返し!」
「変わり身早ぇな!」
キリッじゃねぇよ。
「ちょっと、ふざけないでよ! このっ、このっ!」
ミヤモトの繰り出した蹴りが鳩尾に入り、ササキは再び意識を失った。
「とりあえず、この二人を連れて宿営地まで戻ろうか」
ウォルフさんの提案に皆が同意する。
…それは良いんだが、とりあえず、さっきからどうしても気になっていることがあるんだ。
「ところでウォルフさん、そのゴボウどうしたんですか?」
ウォルフさんは、森に入る前からずっとゴボウを振り回していた。それは知っている。
だけど、何で少し目を離した隙にささがきゴボウになってるんだ?
ササキとの戦闘中に何が起きたの?
「これは昨日、ローリエの街のスーパーで二本¥198(税別)で買ったゴボウだよ」
いや、そういうことじゃない。
「そのささがきゴボウどうしたんですか?」
「長年連れ添った相棒だけど、こんな姿になってまで自分を守ってくれた…。後で金平ゴボウにして美味しく頂く…、それがせめてもの供養なんじゃないかと思うんだよ…」
「さっき昨日買ったって言ってませんでした?」
何か感慨深げに語っているが、答えになってないよ?
「そうだね、ヒイロ君…。自分は、あの時ゴボウの神様に見放されたと思ったんだよ…。でも、今思えばそうじゃなかった…。あれはきっと、ゴボウの神様から自分へ与えられた試練だったんだよ…」
「あ、なるほど。会話が成立してないんですね?」
この人はいったい何を語りだしたんだ?
その悟りでも開いたような表情をやめてもらいたい。
そもそも、ゴボウの神様って何?
「さて、そろそろ戻らぬか? 此奴等は儂が運んでやろう。意識を失っておれば、念力で操作できるからのう」
「…ほふぇ?」
オーギュストさんがそう言うと、ミヤモトが奇妙な声を上げて意識を失う。
そして、ミヤモトとササキが白目を剥いた状態で立ち上がり、歩きはじめた。
…怖いよ!
***
翌朝、俺はハルとウォルフさんと一緒にミヤモトとササキを収容しているテントにいた。
机の前で椅子に座っているミヤモトとササキだが、この世の終わりみたいな表情をしている。生気が感じられない…。
「朝食だ。食べ終わったら取り調べを始める」
ウォルフさんが金平ゴボウの乗ったトレイを机に置く。
その時、ウォルフさんが何かに気付いたようにハッとした表情をした。
「この状況は…、危険だ…」
「え? 何がですか?」
ウォルフさんは深刻な表情で続ける。
「これは、戦時中の日本の話なんだけどね…」
ちょっと待て、異世界の人間が普通に戦時中の日本の話を語りだすな。
「自分達の食糧事情も厳しい中で、捕虜に対して善意でゴボウを与えた人がいたんだ。しかし、木の根を食べさせて捕虜を虐待したという誤解を受けて、戦後の裁判で不利になったらしいんだよ…」
「それよりも、朝食が金平ゴボウだけという方がよっぽど問題だと思いますよ?」
確かにウォルフさんが言うような不幸な事実もあったらしい。
ゴボウは日本以外でほぼ食材として使われないらしいし、知らない人から見たら木の根と思っても仕方ない部分もある。
だが今はそれよりも、トレイの上に金平ゴボウしか乗っていないことの方がよっぽど虐待だろう。
「金平ゴボウを馬鹿にしちゃいけないよ。そもそも、ゴボウには…」
「いや、もういいです。何でそんなにゴボウの豆知識を披露しようとするんですか?」
「ゴボウなのに豆知識とは、これ如何に…」
もう黙っててくれないかな、この人…。
そんな中でも、ミヤモトとササキは黙々と金平ゴボウを食べている。
反応が無さ過ぎて逆に怖い。
食事を終えた二人のトレイをハルが片付けていると、そこへパンツスタイルのグレーのスーツを着た三人の女性が入ってきた。
そのうちの一人、小麦色に焼けた肌に黒い髪を後ろでまとめた女性が軽い口調でハルに声を掛ける。
「ハル君、準備整ったよ~」
「ありがとうございます。では、そろそろ拷も……尋問を始めましょうか」
今、拷問って言おうとしなかった?
そんなことを考えていたら、さっきハルに声を掛けた女性と目が合った。
「あれ~? 何か可愛いらしい少年がいるんだけど?」
「か、可愛い…!?」
ちょっと待って、可愛いとか言われても嬉しくないんだけど。
「あ、そうか、君がヒイロ君か~」
「えっと、あなたは?」
「ああ、アタシはナツ。よろしくね~」
ナツさんは自己紹介をしながら、俺の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でる。
「ちょっ、やめてください」
「や~ん。ほんとに可愛い~」
俺がその手を払い除けようとしたら、そんなことを言いながら急に引き寄せられ頭を抱え込まれた。
何やら顔面にふかふかのクッションのような感触が…。
「えっ、ちょっと…」
「赤くなってる。可愛い~」
「ナツばっかり狡いですわ」
そんなことを言いながら、ふわっとカールした赤毛の女性がナツさんから俺を引き剥がすと、そのまま俺の頭を抱えた。
何やら顔面に干したばかりの布団のような感触が…。
「ワタクシはアキといいますの。よろしくお願いしますわ」
「えっ、あの…」
「二人とも…、狡い…」
今度は白銀の髪に透き通るような白い肌をした女性がアキさんから俺を引き剥がす。
何やら顔面にせんべい布団のような感触が…。
「ワタシ…、ユキ。よろしく…」
透き通るような声で、ぽつりぽつりと呟くようにユキさんが名乗った。
フユじゃないんだ?
「ははは。なんというか、姦しいね」
「ウォルフさん、見てないで助けて…」
ウォルフさんは助けを求める俺のことを、少し離れたところから笑いながら見ている。
「そんな可愛らしいヒイロ君には、お姉さんの連絡先を教えてあげよう」
そんなことを言いながら、ナツさんが俺のズボンのポケットからスマホを抜き取って操作し始める。
何でどいつもこいつもスマホのロックを簡単に解除できるんだ?
「三人とも、いい加減にしてください。ヒイロ様が困っているでしょう」
いつの間にか俺の後ろに来ていたハルが、ユキさんから俺を引き剥がす。
何やら後頭部に硬いまな板のような感触が…。
「何、ハル君、やきもち~?」
「大丈夫よ、お姉ちゃん達は、ちゃんとハルのことも愛しているわ」
「ハルも、可愛い…」
それを聞いてハルがにっこりと微笑む。
「私は、これから行う尋問の対象が三人ほど増えても一向にかまいませんよ?」
「「「ごめんなさい」」」
こうして、姦しトリオは静かになった。
ハルは少し嘆息すると、俺とウォルフさんに声を掛ける。
「それでは、後は我々特殊諜報局にお任せください」
「お願いするよ」
ウォルフさんが答え、俺とウォルフさんはテントを後にした。
「ウォルフさんは立ち会わないんですか?」
「可能ならば立ち会いたいけれど、今回の件は特殊諜報局に任せるようにとの上からの命令があってね…」
「そうなんですか…」
そういえば、偃月の塔の賢者マリオさんが特殊諜報局について気になることを言っていたけど、少し訊いてみようか?
「あの、ウォルフさん。特殊諜報局って、どんな組織なんですか?」
「え? うーん、そうだね…。名前の通り、世界中で諜報活動を行っている王国の諜報機関だよ。五十年ほど前に初代局長でもあるトールさんによって設立されて、十年前にトールさんが亡くなってからはセバスさんが二代目局長を務めているんだ。ハルや、今はカイ君も局員だね」
なるほど。
「名目上は首相直轄の組織になっているんだけど、アレックスが首相就任後に断行した政治改革は彼等の協力なくして成し得なかったらしくてね、今では軽々に口出しもできないらしい」
「どんだけ権力持ってるんですか」
「ただでさえ議員や官僚の弱みを握っていたり、そうでなくても、事実上王国の最高戦力を抱えているしねぇ…」
それ、アカンヤツやん。
「でも、実力は確かなんだよ。表立って動くことは少ないけど、数多くの実績を上げているし、王国を見えないところで支えているんだ」
しばらく歩きながら会話をしていたが、仕事があるというのでウォルフさんとは別れた。
さて、俺はどうしようか…。
ミーアと一緒に遊ぼうかな。
しかし、しばらく周囲を探してみたものの、ミーアの姿が見当たらないので諦めることにした。
そうだ、今なら時間もあるし、もう一度『アカシックレコード ~神の箱庭~』の検証でもしてみようか。
その時、ふとスマホを抜き取られたままだったことに気が付き、スマホを取りにテントに戻ることにした。
そして、テントの前に差し掛かると中からミーアが出てきた。ミーア、ここにいたのか。
俺がミーアの頭を撫でていると、続いてハル達も出てくる。尋問は終わったらしい。
ふとテントの中に視線を移すと、相変わらず生気のない目をしたミヤモトとササキが何かを呟いていた。
「ワタシタチ ナニモ シラナイヨ」
「ソウ シラナイ シラナイ」
何か壊れてないか!?
そこへハルが声を掛けてきた。
「ヒイロ様、どうされました?」
「尋問、終わったんだ?」
「ええ、たった今」
「何かわかった?」
あ、答えてくれないかな…?
「そうですね…。あの二人はO2の末端で、組織の概要すら知ることができる立場にはなかったようです」
おい、『開かれた組織』の理念はどこ行った?
「スロットで作った借金を返済する為に、アルバイトとして働いていただけのようですね」
「へぇ~…って、バイトかよ!」
そういえば、あいつら出てきたときもスロット愛がどうとか言ってたな…。
賭けた金貨、全部吸い込まれたのか。
「…ところで、あの二人が探していた物って結局何だったの?」
「え!? ヒイロ様、気付いていらっしゃったのですか?」
俺の問いに、ハルが驚いたように答えた。
…? 気付いてって何に?
「えっと? 探し物って何だったのかなって…」
「ええ、ヒイロ様の仰る通りナンです」
「…何だって??」
「そうナンです」
何か話が噛み合ってない気がする。
「…もう一度訊いても良いかな? あの二人の探し物って何だったの?」
「はい。ヒイロ様の仰る通り、あの二人の探し物はナンでした」
………?
「……………もしかして、パンの一種の?」
「はい」
「何でなん!?」
いや、本当にどういうこと?
「ヒイロ様…? 何故急に似非関西弁に…?」
「いや、それは気にしないで…。それより、何で森の中にナンを探しに行くんだよ?」
「いろんなパンを集めて、パン祭りを開催したかったそうです」
うん、言ってる意味がわからない。
「…騙されてない?」
「そんなことはありません。自白剤と拷問を駆使して聞き出しましたから」
「ねぇ、飴らしきものが無いよ?」
その時、俺は背後に誰かが迫ってくる気配を感じた。
「ヒイロ君、寂しくなってお姉さんに会いに来たの~?」
「あ、そうだ、俺スマホを取りに…」
「それでしたら、そこの棚の上です」
ナツさんに背後から抱き付かれそうになったのを躱しつつ言うと、ハルがスマホの場所を教えてくれた。
ナツさんが後ろで『いけずぅ~』とか呟いているが、純情な男子高校生をからかうのはやめてほしい。
棚の上に置いてあったスマホを手に取ると、画面に何やら肉球の跡が付いている。
スマホを訝し気に見ていたら、ハルが犯人を教えてくれた。
「さっき、ミーアがスマホの前でお座りして弄っていましたよ」
え、ミーアが? 何それ、超見たかった。
何はともあれ、スマホも回収したことだし、アカシックレコードの検証を始めようか。
ハル達と別れて近くの木陰へと移動する。
そこに座ると、ミーアが膝に乗ってきた。
モフモフを堪能しつつ、アカシックレコードのアプリを起動する。そこで俺はある変化に気が付いた。
…あれ? メニュー画面が少し変わっている気がする。
今ある項目は、『クエスト・ガチャ・アイテム・BATTLE・設定』の五項目だ。
はて、『ガチャ』なんて項目、昨日はあっただろうか?
まあ、考えていても仕方がないので、『ガチャ』の項目を選択してみる。
…なるほど。どうやら、一日一回ガチャが引けるようだ。
あと、神力石というアイテムを十個集めると一回ガチャが引ける。
どっかで聞いたことがある設定だな…。
とりあえず、ガチャを引いてみることにする。
画面をタップすると、しばらくして景品名が表示された。
そこには、『タワシ』の文字。
……。
とりあえず、その画面をタップしてみる。
すると、スマホの画面が輝きだす。そして、黒い穴のようなものが現れるとそこから一つの段ボール箱が出てきた。
その段ボール箱を開けてみると、中にはタワシ…。
手に取ってみるが、間違いなくタワシだ。何の変哲もないタワシだ。
ガチャを引ける事を喜ぶべきなのか、タワシを悲しむべきなのか、とても微妙な気分になった。
ミーアも不思議そうにタワシを見ている。
しかし、すぐに空の段ボール箱の方に興味が移ったらしく、前足でチョンチョンしたり、覗き込んだりしている。
猫って箱好きだよね…。
でも、さすがにその小さい段ボール箱の中には入れないと思うよ、ミーア。
そうして俺は、頭に段ボール箱を被ってヨタヨタしているミーアに癒されるのであった。
はぁ~。癒し系ニャンコ。