013 メイド ノ ミヤゲ
「ウォルフさん! エリサさん!」
ウォルフさんがササキとの攻防を繰り広げながら森の奥へと消えていき、エリサさんがそれを追っていった。
「ヒイロ様、あの二人なら心配いりません。それより、危険ですのでお下がりください」
ハルにそう声を掛けられて、俺はミーアを抱えて木の陰に身を隠す。
…あれ? 俺ってただの足手まといなんじゃ?
俺が身を隠したのを確認すると、ハルがミヤモトに対峙する。
「さて、竜種を従えているのには驚きましたが、ハイドラモドキを何体集めようと私の敵ではありませんよ?」
ハルさん、さりげなく凄いことを仰っておられる…。
それに対して、ミヤモトが見下すような表情で応じた。
「フフフ、余裕ぶっていられるのも今の内だけよ。私の得意分野は合成獣の作成…、こいつらを素材にした最強の合成獣で、あなた達を葬ってあげるわ!」
その瞬間、三匹いたハイドラモドキの内の一匹が頭から血を噴き出してその場に倒れた。
ドラゴン達の正面には、二丁の銃を構えたハルの姿。
唖然としていたミヤモトが我に返り、ハルに抗議し始める。
「ちょっとあなた、まだ準備ができていないのに攻撃するとか何考えてるの!?」
はて、こいつはいったい何を言っているんだろうか?
そんなの待ってくれるのは、ただの馬鹿か余程の御人好しだ。
そもそも、何故戦闘に入ってから合成獣を作成しようと考えていたのか?
しかし、そんなミヤモトに味方をする者がいた。
「そうだぞ、ハル! 敵が名乗りを上げる場面やパワーアップする場面では、おとなしく待つのがルールだろ!」
ポンコツ勇者がそんなことを言いだした。
ハルが残念なものを見るような視線をカイに向けると、その隙をついてミヤモトが魔法陣を展開した。
「少し予定は狂ったけれど、まあいいわ! さあ、私の二頭竜に恐怖しなさい!!」
すると、二匹のハイドラモドキが融合し、頭が二つある一回り大きな竜となった。
正直、双頭竜とか言った方が恰好良い気もするが、きっと『にとうりゅう』という響きに何かこだわりでもあるんだろう。
あと、個人的に見たかったな…キングギ〇ラ…。
「これで終わりじゃないわ! もう一体、特別な合成獣を見せてあげる!」
調子に乗り始めたミヤモトに、ハルが容赦なく銃を向ける。すると、ミヤモトが小さく悲鳴を上げて震えあがる。
その時、ハルに二頭竜が襲い掛かった。
二頭竜の牙がハルを襲う。ハルはそれを躱しながら銃口を向けると、引き金を引いた。
しかし、その攻撃は硬い鱗の前に弾かれる。
「フフフ、凄いでしょう? 素材の力を何倍にも引き出す私の合成術…」
ミヤモトがドヤ顔しながら自慢気に話し出した。
「ただし…」
その時、二頭竜が尻尾を振り回し、それがミヤモトを襲う。
「強力すぎて私にも制御ができない…」
ミヤモトは尻尾をかろうじて躱しながらも、震えて目に涙を浮かべている。
こいつ、阿呆なのか?
二頭竜はハルを敵と認識したらしく、執拗に追い回し始めた。
その隙に、ミヤモトが何やら『木』と記された巻物を取り出す。
「さあ、もう一体の特別な合成獣を見せてあげるわ! クリエイト、ウッドゴーレム!」
「合成獣はどうした!?」
既に素材らしいものもなかったし、何を作るんだろうとは思ってたけど…。何でもありか?
ミヤモトの叫びと共に、彼女の背後に立っている一本の木を中心にして魔法陣が展開された。すると、その木が一瞬で切り刻まれ、ネジや歯車といった部品が形成されていく。そして、それらが器用に組み立てられると、そこにウッドゴーレム(?)が現れた。
ちなみに外見は剣道の道着姿で竹刀を構えている。首には何故かマフラーを巻いており、その両端は首の後ろに回り込んだあたりから上空へと向かって跳ね上がるようになっている。
……ウッドゴーレムじゃなくて絡繰り人形じゃね?
「このウッドゴーレムは内燃機関を搭載した優れものよ」
あの首回りのものは、どうやら防寒具ではなく排気管らしい。
しかし、木製なのにどうやって内燃機関を搭載してるんだろうか?
「さらに、この付属のコントローラーに、さっき手に入れたこの石を電池代わりに入れてやれば…。無線操縦が可能になるわ」
ゲーム機のコントローラーのような物に何やらはめ込みながら、誇らしげにそんなことを言うミヤモト。
「フフッ、制御不能などっかの駄竜とは違うのよ!」
「作ったのお前だろ!?」
その時、駄竜呼ばわりされた二頭竜が勢いよく空中へと舞い上がった。そして、二つの口から同時に熱線を吐き出す。
すると、一瞬にして、さっきまでハルがいた辺りが焦土と化す。
回避したハルが体勢を立て直すが、二頭竜の口には次の熱線の準備ができていた。
それに気付いたハルが咄嗟に銃をスカートの下に仕舞うと、ポケットから取り出した眼鏡を掛ける。
「Eiserne Jungfrau. Nr.sechs」
「Yes Master. Code-06 release」
ハルの指令に応じて『鋼鉄の乙女』が浮上し、ガラスが青白く輝く。
そして、縦一直線に入っていた線の部分から二つに割れると、中から直径10cm程の黒い球体がいくつか飛び出してきた。
それらの球体がハルの前に移動すると、その間に光の壁のようなものを展開する。
それと同時に竜の口から熱線が放たれる。しかし、その熱線は光の壁によって阻まれた。
「Eiserne Jungfrau. Nr.zwei」
「Yes Master. Code-02 release」
続けざまにハルが指令を出す。
すると、『鋼鉄の乙女』の左右が飛び出すように開き、そこに二振りの剣が現れる。
次の瞬間、それがハルめがけて射出された。
飛んできた二振りの剣をハルが両手で掴み取ると、刀身が微かに振動し始める。
ハルが上空の二頭竜を見据えると、黒い球体がハルと二頭竜の間に移動し、それぞれがその上面に小さな光の壁を形成した。
そして、彼女はそれらを足場にして二頭竜めがけて駆け上がり始めた。
ちょっと、ハル! その恰好でそんなことしたら、スカートの中が見え…アッ。
……。
結論から言うと、ハルはスカートの下にショートパンツを穿いていました。
覗いたわけじゃないぞ、見えてしまっただけだ。
素早く駆け上がったハルが二頭竜の上を取ると、双剣を同時に振り下ろす。
それは硬い鱗に阻まれるも、彼女はそのまま力任せに振り下ろし、二頭竜を地面へと叩き落した。
地面に叩きつけられた二頭竜だったが咆哮を上げると、再び舞い上がろうとする。
そこへ、カイが斬りかかった。
「ドラゴン退治は、勇者の役目だぁぁぁ!」
カイによって再び二頭竜が地面へと叩き伏せられる。
しかし二頭竜も負けじとカイへ向けて尻尾を叩きつける。カイはそれを剣でいなしながら、距離を取る。
その時、上空から落下してきたハルが二頭竜めがけて剣を突き立てた。
すると、その硬い鱗に罅が入る。そこへカイも追撃の構えを見せる。
苛立ったように方向を上げる二頭竜。そして、二人を睨み付けると力任せに尻尾を振り周囲を薙ぎ払った。
カイとハルは上空へと跳び上がり、それを回避する。
その時、回避した二人に向かって、二頭竜の二つの頭が狙いを定めていた。
その口に紫電が迸り、熱線が放たれる。
しかし、それは黒い球体が展開した光の壁の前に阻まれた。
熱線が止むと光の壁が消え、すかさずカイが二頭竜へと斬りかかる。
ハルもそれに続こうとするが、背後に気配を感じて振り返った。
そこには、死角から忍び寄り、その手に持った竹刀を振り下ろしているウッドゴーレムの姿。
ハルは右手に持った剣でそれを受け止めると、もう一方の剣を突き出した。すると、その剣がウッドゴーレムの面の防具を打ち砕く。
次の瞬間、どこからともなく叫び声が響いた。
「リペア、ウッドゴーレム!」
声が聞こえた方へ振り向くと、ミヤモトが新しい頭を持って立っていた。
そして、それを力いっぱい投げつける。
すると、ウッドゴーレムの頭に当たり、壊れた頭が新しいものと入れ替わった。
…アンパ〇マン?
ハルとウッドゴーレムがお互いにバックステップで距離を取る。
すると、ハルがミヤモトの方に視線を移した。ハルとミヤモトの視線が交錯する。
俺には、今ハルが考えていることがわかる気がする。
ウッドゴーレムの操縦者が目と鼻の先にいるんだ…。そして、そいつはほぼ無防備な状態だ…。
うん、当然こうなる。
ハルがミヤモトめがけて駆け出した。
「え…? ちょっと…、イヤー、来ないでー」
ミヤモトが取り乱しながら逃げ出す。当然、操縦をしている余裕などありはしない。
「こうなったら…自動操縦への切り替えを…」
また制御できなくなるとかいうオチじゃないだろうな?
ミヤモトがコントローラーのスイッチを押すと、彼女はその場に崩れ落ちるようにして倒れた。
直後、ウッドゴーレムの方から何やら音声が発せられる。
「しまった! 間違えて憑依のスイッチを押してしまったわ!」
「どんなスイッチだよ!?」
何がどうしてそうなった?
「でも、結果オーライ…。操縦する手間が省けるわ!」
ウッドゴーレムがハルめがけて突進していく。
しかし、ハルはそれをひらりと躱す。
ウッドゴーレムはそのまま突き進み、ミヤモトの体の側まで移動した。
ハルめがけて突進をしていったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「まだ、奥の手があるのよ! 五輪書!」
そんな声を発しながらウッドゴーレムがミヤモトのカバンから五本の巻物を取り出した。
「まずは、火の巻! 盛火嵐拿!」
「五輪違い!?」
すると、ウッドゴーレムが口から火を噴き出し、それが炎の嵐となってハルを取り囲む。
…こいつ、木製のはずだよな?
炎に囲まれたハルだが、慌てることなく双剣を振るうと、その風圧だけで炎を掻き消した。
「森の中で炎を起こすとか、何を考えているのですか?」
言っていることは正論だ。剣の風圧で炎を消したことには異論を唱えたいところだが…。
ウッドゴーレムには表情が無い為に分かりにくいが、おそらくミヤモトは呆然としているのだろう。完全に停止している。
「…はっ、いけない。えっと、次は、水の巻! 水球!」
周囲から集まった水滴が大きな水の塊になると、それがハルに向かって放たれる。
しかし、慌てることなくハルがそれを両断すると、水の塊は四散した。
「そんな…、えっと次は、土の巻! オリンピアのゼウス像!」
ウッドゴーレムの叫びと共に地面が盛り上がり、そこにゼウス像が現れる。
とりあえず、オリンピアのゼウス像は木製だったらしいぞ?
ハルが剣を振り下ろすと、ゼウス像が粉々に砕け散った。
「えっ…えーっと、木の巻はウッドゴーレムの作成だから…、残るは、金…?」
土は解釈次第でギリいけるのかなぁとも思ったけど、これで確信した…。
これ、五輪(風・火・水・地・空)じゃなくて、五行(木・火・土・金・水)だ。
そんな風に遠い目で見つめる俺の前で、ミヤモトが『金』と記された巻物を掲げる。
「金の巻! 金メダル!」
だんだんと雑になってきたな。
ちなみに、金メダルは基本的にメッキだ。素材的には銀メダルに金メッキをした感じらしい。
……あれ? 何も起きないな?
「そんな、この森には材料となる金が無い…」
項垂れるウッドゴーレム。
そんなウッドゴーレムのところまでハルが距離を詰めると、剣を振るった。
ウッドゴーレムがそれに気付き咄嗟に後退するも、持っていた竹刀が両断される。
ハルは手を休めることなく剣を振るう。その度に、ウッドゴーレムの左肘から先が、右肩から先が胴体に別れを告げる。
そして、その剣がウッドゴーレムの胴に大きな傷跡を付けた時、急にウッドゴーレムの口が開かれた。
しかし、そこから炎が噴き出されることはなく、気付いた時にはウッドゴーレムの頭が胴体から離れて宙を舞っていた。
「何なのよ、あんたはぁ!」
ウッドゴーレムからそんな叫びが発せられると同時に、背中からジェット噴射しながらハルへ向かって突進する。
しかし、ハルがそれを躱し様に一閃。すると、ウッドゴーレムの右脚が胴体に別れを告げた。
バランスを崩したウッドゴーレムがその場に倒れこむ。
「こんなところで終わるのは、御免なのよぉぉ! リペア、ウッドゴーレム!」
ウッドゴーレム中心に魔法陣が展開され、周囲の木からネジや歯車の部品が形成され始める。
しかし、その完了を待つほどハルは優しくなかった。
彼女はウッドゴーレムの傍らに立つと微笑を浮かべる。
「先日、南方へ出かけた際にパイナップルを仕入れました。冥土の土産です。お受け取りください」
ハルはそう言いながらスカートの左右をつまみ、優雅にお辞儀をする。いわゆるカーテシーというやつだ。
するとスカートの裾から黒い何かが二つ、地面へと落ちる。それはパイナップルに似た形状をしたもの。そう、手榴弾だ。
ハルがバックステップでその場を離脱すると、その前面に黒い球体が光の壁を展開した。
刹那、爆音が轟く。
後には、抉れた大地と、ウッドゴーレムだったものが残されていた。
あ、これ手榴弾じゃ無い。手榴弾の形をした何かだ。
威力がエゲツナイ。
ヒイロ 「きっと『にとうりゅう』という響きに何かこだわりでもあるんだろう。……あれ? でも、こいつ三頭引き連れてきたよな…?」
ミヤモト 「スペアよ!」
ヒイロ 「一体倒されるのは織り込み済み!?」