102 チヤバンゲキ
NAZNAの嘴の先端に立っていた老齢のメイドが輪郭を失うと黒い靄となって消えていく。すると、そこに残ったのはオネスト殿下の姿を写し取った一枚のカード。
それが再びNAZNAの口の中へと消えていくのをを見守りつつ、トランプが満足そうに口元に笑みを浮かべる。
「これでようやく…」
その時だった、満身創痍で俺の近くに転がっていたオネスト殿下の元へ豪華な装飾品を身に纏った黒猫が駆け寄った。
「ニャー」
「バステト…ちゃん…」
オネスト殿下は心配そうにすり寄る黒猫にそっと手を伸ばして優しくその頭を撫でる。どうやら、愛猫家というのは本当だったらしい。
「そうだ…、吾輩は…、こんな…ところで……負けるわけには…いかんのだ…。吾輩には…なさねばならぬことがある…」
そう言うと、オネスト殿下はどこか遠くへ想いを馳せる。
「そう…バステトちゃんと出会ったあの瞬間から…運命は動き出した…」
おや? 何やら茶番劇の気配が…。
「あれは、凍えるような寒い冬の日であった…」
嗚呼…。始まっちゃったよ、茶番劇…。
「散髪の為に近所の床屋へと向かっていた吾輩の前に、神は舞い降りた…」
ねぇ、トランプさん? 止めないの? 止めようと思えば止められるよね? ねぇ。
「突如として屋根の上から飛び降りてきた彼女は、とても震えていた…。それもそのはず…。吾輩の元へと舞い降りた彼女は、彼の猟奇殺人鬼『皮剥』の手によって全身の毛皮を剥ぎ取られていたのだから…」
ここは身に覚えがないとツッコむべきなのか、それとも、そもそも俺は『皮剥』ではないので関係ないと静観するべきなのか?
どうするのが正解だ?
「その震えは寒さゆえか、それとも『皮剥』への恐怖ゆえか…。それは彼女にしかわからないが、温もりを求めてすり寄ってきた彼女を吾輩は優しく抱きしめた。そして、吾輩を見上げながら切なげに鳴く彼女を見て誓ったのだ…。『吾輩が守護らねば』と…」
ツッコみたい点はあるがモフモフを守護らねばという点には同意したい。
「その為には力が必要だった。『皮剥』という巨悪に屈することのない力が。最高の発毛剤の開発を指示できるだけの力が。バステトちゃんのことを思えば一刻の猶予もないことは明らかだった。だからこそ、吾輩は一刻も早く父王を廃し、この国の王となる必要があった」
「いや、他にも方法はあっただろ」
オネスト殿下の一人語りに釣られて、不覚にもツッコんでしまった。しかし、オネスト殿下は止まらない。
「そして、その覚悟を示す為に、|吾輩は全身の毛を剃る《バステトちゃんとお揃いにする》ことを決意したのだ!」
「覚悟の示し方、おかしくない!?」
そういえば、事あるごとに剃っているだけだの、自毛で作った鬘だの言っていたが、どうやら真実だったようだ。
「その決意の時から早二年…」
「だったら『皮剥』関係ねぇじゃん」
俺はまだ召喚すらされていない。
そんな俺の発言にオネスト殿下が反応を示す。
「貴様、『皮剥』を擁護しようというのか?」
この人、どうやら俺が『皮剥』だとは知らないらしい。
……。
いや、俺は『皮剥』じゃないんだけどね(ややこしいな…)。
そんなことを考える俺の前にはモフモフニャンコとツルツル頭のおっさん。そんな対照的な様子を見てふとあることに気付く。
「というか、バステトちゃん、二年の間に順調に回復して既にモフモフニャンコ(はぁと)に戻ってるじゃん。あんたはいつまでお揃いのつもりなの!?」
俺のその『モフモフニャンコ(はぁと)』という発言に隠しきれない何かを敏感に感じ取ったのだろうか、腕の中のミーアが前足でチョイチョイとちょっかいをかけてくる。
何この可愛いモフモフニャンコ(はぁと)。ヤキモチ焼いてるのかな?
それはともかく、ついツッコんでしまったその発言に対してオネスト殿下は何かを思い出したかのように怒りに震えはじめる。
「あの『皮剥』から受けた傷がそれほど簡単に回復するわけがなかろう。見よ、この痛々しい傷跡を」
そう言うと、オネスト殿下は黒猫の首元に手を伸ばした。その首元には豪華な装飾に紛れるようにしてファスナーのようなものが見える。
ん?
俺が不穏な空気を感じていると、オネスト殿下がそのファスナーに手をかけ、黒猫の首の周りを一周させる。そして、黒猫の頭に優しく両手を添えると、そのまま上へと引き上げた。すると、そこから顔を出したのは地肌が見える一匹の猫。
「いや、その子、スフィンクスじゃねぇか !」
「貴様、あくまでも『皮剥』を擁護するつもりか!」
「そもそも誰の犯行でもない!」
ちなみに、正確に言うならばスフィンクスは完全な無毛というわけではなく産毛が生えているらしい。
「というか、その見た目を表現するならば『毛皮を剥がれた』よりも『毛をむしり取られた』の方が適切だろ!?」
腕の中のミーアから『ツッコむべきはそこニャの?』とでも言いたげな視線を感じる気がする。
そんな中、着ぐるみを脱ぎ去るのに悪戦苦闘していたバステトちゃんを手助けし終えたオネスト殿下がよろけながらも立ち上がる。
「バステトちゃんのこの姿を見るたびに胸が締め付けられる思いだ…。だからこそ、吾輩はこんなところでくじけるわけにはいかない…」
そして、決意を新たに言い放つ。
「そう、吾輩は、一刻も早くこの国の王となり、最高の研究者を集めてバステトちゃん用の発毛剤の研究開発をさせなければならないのだからな!」
「そんな不毛な研究開発を命じられる人達が可哀想だよ!?」
俺のツッコミがむなしく響き渡る中、今まで黙って待っていたトランプがようやく口を開いた。
「茶番はそこまでにしていただきましょうか?」
「くそっ。いつの間にか俺も茶番を演じる側になってやがる」
だが、その茶番を止められる状況にいたのに黙って見ていた奴に指摘されたくはない。
そんな中、オネスト殿下がトランプへと対峙する。
「もう勝ったつもりでいるのかトランプ」
すると、トランプは口元に自嘲するかのような笑みを浮かべた。
「いいえ、私は勝者になどなれはしませんし、なる気もありません…。そもそも、この戦争自体が盛大な茶番なのですから」
「何を言っているのかわからんが、最後に勝利を手にするのはこの吾輩だ」
「往生際が悪いですな。NAZNAは既に私の手にある。いまさら、あなたにできることなどありはしません」
「フッ…。本当にそう思うか? ならば、NAZNAを動かしてみるがいい」
次の瞬間、何かに気付いてトランプの余裕が消えた。
「これはいったい…?」
明らかな困惑を見せるトランプと微動だにしないNAZNA。
すると、オネスト殿下が厭らしい笑みを浮かべてみせる。
「『プロテウスは使用者の意志によって変幻自在に姿を変える』…。さっきそう言ったのはお前自身ではないか」
「まさか…」
「そう。内部コックピットなどただの飾り…。本当のコントローラーはここにある!」
「何ですって!?」
トランプ、さっきからちょいちょい詰めが甘いな。
それはともかく、ドヤ顔のオネスト殿下の手に握られているのは一本のナズナ。
締まらねぇ!
巨大ロボの制御装置がナズナ。圧倒的に締まらねぇ!
というわけで、ナズナを握った強面でガタイのいいおっさん(ドヤ顔)に制御されるイワトビペンギン型巨大ロボ。
いったいどんな絵面なんだろうか。
「さあ、お仕置きの続きだ、トランプ! NAZNAの必殺技、お尻ぺんぺんでその尻が赤く染まるまで叩き潰してくれる!」
「いや、それをくらったら尻どころか全身、いや、周囲までもがプチッと赤く染まるわ!」
ツッコみだけがむなしく響き渡る中、驚愕して隙ができたトランプに向かって今NAZNAの腕が振り下ろされる。
***
そのころ、アレックスとウォルフは苦戦を強いられていた。
連携して襲ってくる黒騎士と異形の化け物達。そこへオーギュストだけでは足止めしきれなかったヨサークも加わり、状況は再び三つ巴に陥っていた。
さらに、極めつけはバルザックの突然の離反(?)。
国王の安全確保もしなければならないというのに圧倒的に人手が足りていなかった。
「分が悪いですね」
「そうだね。一方は攻防一体の各種武器防具による圧倒的な物量。そしてもう一方は一匹の蜘蛛による連携、そして…」
ウォルフがそう言いかけたその時、近くの瓦礫の山から飛び降りてきた大男が彼等に向かって巨大な斧を振り下ろす。
それに気付いて回避すると、大斧が打ち付けられた大地が大きく揺れ周囲を衝撃波が襲う。
「モオォォォォ!!」
周囲の空気を振動させるほどの雄叫びを聞きながら、焦りの色を浮かべたウォルフが続ける。
「この圧倒的な破壊力…」
「まさか、バルザックさんがこれほどの力を隠していたとは…」
「当然じゃ。彼奴は禍牛族最強の戦士なのじゃからな」
そんなバルザックが斧を構え直すとウォルフ達へと向かってきた。
「自分達では、あのパワーには対抗できない…。ならば…」
ウォルフはそう呟くと腰のカバンの中身を周囲へとばら撒く。そこから飛び出してきたのは大量のキノコ。
「行け! Boss海王羅!」
次の瞬間、キノコが寄り集まるとそこに巨大な斧を担いで背中にチェーンソーを背負った手足の生えた巨大なマグロが姿を現した。
それが向かってくるバルザックの前に立ち塞がると、両者による大斧での激しい応酬が始まった。
「モオォォォォ!」
「Tunaaaa!」
雄叫びを上げながら斧をぶつけ合う牛とマグロ。そんな己の意地と矜持をかけた戦いに触発された男がいた。
彼は自らの周囲を飛び回る武器の中から一本の斧をその手に取ると、その瞳に熱い闘志が宿る。
「なかなか見事な斧捌きでし。今でこそ木に恋い焦がれる気持ちを失ってしまったMeでしが、嘗ては樵界のレジェンドとまで謳われていたでし…」
そうして斧を構えると牛とマグロの戦いへと割って入る。
「Me以上に斧を上手く扱える者などいないということを教えてやるでし!」
こうして、今ここに樵界最強を決める戦いの火ぶたが切って落と…。
「Eiserne Jungfrau. Nr.drei」
「Yes Master. Code-03 release」
…されなかった。
突如現れた人物が、樵(?)達が小競り合っている真上から独特な形状をした棍棒を振り下ろす。
それに気付いた三者がそれを躱すと、棍棒が大地を打ち砕き土煙を巻き上げた。その土煙が晴れると、そこには宙に浮かぶ黒い箱を伴ったクラブの仮面を身に着けた人物の姿。
「茶番はそのくらいでいいでしょう。そろそろ終幕の時間です」
***
少し離れたところで土煙と共に大きな音が響き渡ったのと時を同じくして、俺達の目の前に唐突に姿を現したのは黒いコートでスペードの紋様の入った仮面を身に着けた一人の人物。
「剣の冬」
その呟きと共に雪氷の剣が幾つも形成されるとNAZNAへと襲い掛かる。その攻撃にNAZNAが後退を強いられる中、少し驚いたようにトランプが呟いた。
「スペード…」
そして、少し離れたところに視線を向けて続ける。
「それに、クラブまで…?」
トランプの視線の先には見覚えのある黒い箱を伴った黒いコートの人物の姿。
セバスさんが敵に回った時点で予感はあった。でも、信じていたかった。
「ハル…?」
消えそうなほど小さな声で呟いた俺の声など聞こえたはずはないだろう。しかし、そこに立っていた黒いコートの人物は、少し離れたところから見つめる俺に気付くと確かに俺のことを見つめ返していた。
それも束の間、事態が動く。
「どいつもこいつも、吾輩の邪魔をするな!」
「Meの邪魔をしないでほしいでし!」
オネスト殿下とヨサークが同時に叫びを上げると、NAZNAが大きく口を開けそこから熱線を吐き、同時に空を覆いつくすほどの凶器の数々が大地を蹂躙する。
……。
普通に焼け野原にする攻撃もできるんじゃん。
NAZNAが放った熱線の威力を前にしてそんなことを考えていると、二人の黒いコートの人物が応戦を始める。
「狼の冬」
スペードのつぶやきと共に雪氷の剣が狼へと姿を変えると巨大ペンギンの周囲を飛び回り翻弄する。
「Eiserne Jungfrau. Nr.fuenf」
「Yes Master. Code-05 release」
クラブが持っていた棍棒が消え去ると幾つもの棘が現れ、凶器との空中戦を繰り広げる。
そんな激しい応酬を前に何もできずに佇んでいると、そこへウォルフさんとアレックスさん、オーギュストさんに国王が近付いてきた。
「高レベルな戦闘だね、アレックス」
「そうですね、ウォルフ。まさしく一騎当千と言って過言ではない戦いです」
「でも…」
「ええ。どちらも決め手に欠くといった状況ですね」
また解説に回るつもりなのか、この人達。
「これは長引きそうだね」
「そうですね」
だったら、悠長に解説していないで何らかの手を打ったらどうなんですか?
ふとそんなツッコミが頭をよぎるが口に出すようなことはしない。
何故なら、俺には何もできないからだ。
そう、今日一日で俺は学んだ。こういう時に反射的にツッコむと碌な結果にならない。普段無視するくせにそういう時だけ正論で返してくるんだ。
そんな俺に対して『ヒイロよ、良い学びを得たようじゃな』とでも言いたげな上から目線の表情を向けてくるオーギュストさんが何だかとてもウザい。
…。
……。
………。
ところで、さっきから気になっているんだけど。ウォルフさんの後ろにいる二足歩行のマグロ、何?
「まあ、何にしても両者とも現状では私達の敵ですからね。少し様子を見て、あわよくば潰しあってもらうとしましょうか」
「いや、そうもいかないみたいだよ、アレックス」
その瞬間、少し高いところから一人の大男が俺達向かって大斧を振り下ろしながら飛び込んできた。
「モオォォォォ!」
「バルザック!?」
思わず驚愕の声を漏らしていると、バルザックに向かってマグロが飛びかかりその攻撃を受け止める。
だから、このマグロは何!?
そんな困惑の中、異形の化け物達が俺達を囲む。すると、アレックスさんが呟いた。
「そういえば、まだバルザックさんが残っていましたね」
「いや、どうしてバルザックが敵に回ってるんですか!?」
俺のその問いにオーギュストさんが悔しそうにしながら答える。
「バルザックは、あそこの蜘蛛によって操られておるのじゃ」
「え? 操られてんの、こいつ」
俺の目の前で繰り広げられているのはバルザックと謎のマグロによる壮絶なバトル。二体が斧を打ち付けあうたびに周囲をとてつもない衝撃波が襲う。
……。
こいつ、操られてる方が強くない?
そして、本当にこのマグロは何なの?
そんな中、相変わらず悔し気な表情でバルザックを見つめながらオーギュストさんが続ける。
「そう、彼奴は儂というものがありながら、他の奴に操られておるのじゃ」
何か言いだしたよ、この爺さん。
「儂以外の奴に操られるなど、そんなことが許されてもよいのか? 否、許してはならぬ」
そんなことを宣ったオーギュストさんがバルザックに向けて両掌を翳す。すると、バルザックが急に動きを止めて何かに抗い始めた。
「モ…、モォ…、モォォ……。モオォォォォ!」
そして、一際大きな叫び声を上げると、大きな斧を振り回して自らに繋がっていた蜘蛛の糸を断ち切った。
すると、オーギュストさんは身を乗り出し気味に渾身の叫びを上げる。
「儂が一番バルザックをうまく使えるんじゃ!」
「モオォォォォ!」
次の瞬間、バルザックが空中に向かって大斧を大きく振り抜いた。すると、たちまち巻き起こる強大な衝撃波。それは瞬く間に異形の化け物達を一掃し、そして、それを操っていた蜘蛛をも消し去った。
「モオォォォォ!」
強者の風格を漂わせながらしっかりと大地を踏みしめ、天をも震わせるような雄叫びを上げるバルザックを見ながら俺は思った。
バルザック、自意識ない方が強い説…。
バステトちゃん
スフィンクスがうまく表現できない…。あくまでも参考ってことで…。
===
Q ところで、クラブ乱入時点ではバルザックはトランプによって操られていたはずなのに、どうしてクラブはバルザックごと攻撃したんですか?
A バルザックだからです。
ヒイロ 「それ、答えになってる?」
===
ヒイロ 「というか、俺って地下に居たはずじゃなかったっけ?」
白狐 「ヒイロ達が居た地下空間の天井はNAZNAに取り込まれる形で地上部まで穴が空き、さらにNAZNAが暴れたことで周囲も崩壊し地上まで上がれるようにりました。なので、ヒイロもまた、NAZNAやそれを追っていったトランプ、アレックス、ウォルフなどを追って地上に上がっています。そう、今のヒイロは戦えもしないくせに戦場をウロチョロする迷惑な奴です!」
ヒイロ 「え?」
白狐 「まあ、いつものことだけど」
ヒイロ 「え?」
……
ヒイロ 「でも、俺が居なくなって一番困るのはお前だよな?」
白狐 「!?」 Σ(゜Д゜)!?
===
あの時のハル…?
・・・しかし、そこに立っていた黒いコートの人物は、少し離れたところから見つめる俺に気付くと確かに俺のことを見つめ返していた。
白狐 「ミーアを見ていたんじゃないかな?」
ミーア 「にゃ~ん」
ヒイロ 「……え?」
結論:真相はハルにしかわからない。
===
あの時のミーア…?
・・・腕の中のミーアが前足でチョイチョイとちょっかいをかけてくる。
何この可愛いモフモフニャンコ(はぁと)。ヤキモチ焼いてるのかな?
白狐 「実はミーアは前話での失敗を経てある学びを得ています」
ヒイロ 「え? 前話での失敗? 学び?」
白狐 「そう、前話でおとなしくしていたら言及がなかったことから自ら積極的に動かなければ出番はもらえないと学びました」
ヒイロ 「ニャに言ってんの?」
というわけで、今日のミーア『出番は自分で作るもの!』
ヒイロ 「また俺の扱いが酷い…」
白狐 「だって描けないんだもん」
ヒイロ 「というか、ミーアデカくね? ノルウェージャンフォレストキャットくらいのサイズありそうなんだけど?」
白狐 「デフォルメなんだから気にしちゃいけない…」(目逸らし)




