011 キズナ
森の中をさらに奥へと進んでいくと、突然、発砲音が聞こえて俺の足元に何かが撃ち込まれた。
「え!? 何だ?」
驚いた俺が声を上げていると、全員が警戒態勢に入った。
そして、周りを見渡したハルが声を発する。
「犯人はあれですね」
ハルの視線の先には何やら不思議な植物。
放射状に広がった葉の中央から2mほどの背丈の茎が伸びており、一番上には黄色い花。
伸びた茎の途中には、種が詰まっていそうなたくさんの莢。そのうちのいくつかがこちらを向いていた。
「何あれ?」
「十年程前から報告されるようになった新種の植物で、鉄砲草といいます」
「鉄砲草…?」
「はい。あれは、動くものに反応して種を飛ばしてきます。動物に種を植え付けることで、自らの生息域の拡大と、種を成長させる為の養分を一度に得るという効率的な生態をしているんですよ。自分では動くことのできない植物の知恵というやつですね」
ハルの説明が終わると同時にバルザックが後退った。
今の説明を聞いて何故すぐに動くんだ? バルザック!!
案の定、すべての莢がこちらを向き、轟音と共に種を撃ち出してきた。
うん。これ、自動小銃だ。
「およそ47秒ですべての種を打ち尽くす為、『AK47』とも呼ばれています」
「いや、砕けちゃダメ!」
「また、この植物はからし菜の変異種なのですが、その種には幻覚作用があるらしく、種が当たるとニコッとした表情でフッと笑いだすそうです」
「からしニコフッ! いや、どんな変異を遂げたらそうなるんだよ!」
「そうですね…。芥子と芥子は同じ漢字を使いますし、その繋がりではないでしょうか?」
「そこに生物学的な繋がりは一切無い!」
ちなみに、芥子にこの漢字が使われるようになったのは、種が芥子と似ていたかららしい。そこから混同され、時を経て定着していったとのことだ。
「そもそも、芥子の実に毒性は無いんじゃ? 食用にするくらいだし…」
「そこまで言われてしまっては、あとはもう、そういう仕様ですとしか…」
「どんな仕様だよ!」
俺とそんな会話を交わしながらも、ハルは『鋼鉄の乙女』を地面に置くとスカートの下から取り出した銃で向かってくる種一つ一つを的確に撃ち落としていた。何この優秀なメイド。
カイも自分の剣で種を切り払っている。
ウォルフさんはゴボウで種を切り払っていた。まだ持っていたのか、そのゴボウ。
エリサさんは鞭を振り回して種を叩き落としている。
オーギュストさんはゆらゆらと漂っている。彼に当たった種はそのまま後方へとすり抜けていった。
本体の方がニコッとしながらフッと笑っている気がするが、きっと気のせいだろう。
バルザックは俯せで頭を抱え地面に丸まっている。
ちなみに俺はミーアを抱えながら何もできずにほぼ棒立ち状態だ。周りの優秀な面々に守られているだけだ。
俺、ここにいる意味あるのかな…。
そんなことを考えていると、47秒が経過した。
「なんとか乗り切りましたね」
ハルにそう言われて、安堵の息が漏れる。
その時、後ろからフッと笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにはニコッとした表情を浮かべたバルザックが立っていた。左足のふくらはぎのあたりからは血が流れている。
「フッ…フフッ…フフフッ…」
奇妙な笑い声を上げながらニコッと笑っているバルザック…。とても不気味だ。
どうやら、バルザックは種をくらってしまったらしい。
「これ、どうすれば良いの?」
「オーギュスト様のように、即座に種を取り出せば特に問題はありません」
そう言うハルの後ろでは、オーギュストさんが本体から種を摘出していた。
やっぱり当たってたのか。
幽体の密度(?)を調整してやれば、実体にも触ることができるらしい。
『種を取り出すくらい簡単じゃ』とか言っているが、まず本体に当たらないよう努力をしろ。
「しかし、一分以内に種を取り出さないと根を張り、芽を出します。そして、次第に頭を乗っ取られてふらふらと彷徨いだし、しばらくすると倒れこみ生息域の拡大に貢献します」
怖いよ、この寄生植物。
「えっと…。今のやり取りも含めると、すでに一分くらい経過してる気がするけど…?」
「そうですね。幸いなことに、バルザックは左足に種が当たっただけのようですので、頭まで根が回るまでには多少の時間を要するでしょう。また、余談になりますが、根が張り始めてから完全に乗っ取られるまでは、幻覚作用よりも激痛の方が勝ると言われています」
淡々と語るハルの横で、バルザックが絶叫しながら転がり回っている。
これは、はたして幸いと言えるのだろうか?
そんなことを考えていると、バルザックの左足に撃ち込まれた種が芽吹いた。
どうでもいい話だが、本来の意味での『萌え』とは、こういうことを言う。
「芽が! 芽がぁ~!」
左足から生えた芽を見て、バルザックがそんな叫び声を上げた。
とりあえず、その用法は間違っているぞバルザック。
「こうなってしまっては、手遅れになる前に左足を切断するしかありませんね」
「待つんだハル。ここは自分に任せてほしい」
ハルの提案に対してウォルフさんが制止した。
「自分とエリサでバルザックの手術を行う。エリサは治癒魔法が使える。それで補助してもらいながら、自分が根を取り除く」
「死んだ方がましだと思うほどの激痛が伴うかもしれませんが、麻酔もないので仕方ないですね」
ウォルフさんとエリサさんが、そんなことを言いながらサディスティックな笑みを浮かべている。
その瞬間、バルザックが駆け出した。一目散に逃げて行く。
これはバルザックの意思なのか、それともバルザックはすでに乗っ取られていて鉄砲草の生存本能がそうさせているのか。
そんなことを考えていたら、エリサさんが投げ縄のようにロープを投げた。ロープの先の輪がバルザックを捕らえる。そして、素早く近くの木にロープの端を括り付けた。
バルザックが逃げようとするが、ロープがピンと張って引き戻され、また逃げようとしては引き戻されを繰り返している。
「ハル、頼めるかな?」
「わかりました」
ウォルフさんに頼まれて、ハルがバルザックに近付くと首の後ろに手刀で一撃を加える。
すると、バルザックが倒れて動かなくなった。どうやら気絶したようだ。
「では、手術を始めようか」
そう言うと、ウォルフさんが手にサヤエンドウを構えた。
どうしてそんなもの持ってるんだ?
「ウォルフ、こっち」
エリサさんはサヤエンドウを取り上げると、メスとピンセットを渡した。
すると、彼女はバルザックの方を見て何やら思案し始める。
「暴れられても困るので、麻酔代わりに催眠魔法でもかけておきましょう」
エリサさんが催眠魔法をかけると、ウォルフさんが手早く種の周りを切開し根を取り除き始めた。
そんなのが使えるのなら、さっきのやり取りは何だったんだ?
バルザックが少し不憫に思えてきた。
「ヒイロ君。バルザックは大事な仲間です。必ず助ける。だから、心配はいらないよ」
俺がバルザックを見る目を心配しているのだと勘違いしたのか、ウォルフさんがそんな言葉をかけてきた。
…いや、確かにここは仲間の心配をする場面だな。
そこに、さっきからバルザックの方をじっと見ていたハルが呟いた。
「これは…、絆…?」
「仲間の絆、大事だよな! みんなで助け合い、数々の試練を乗り越える。そして、俺は苦楽を共にした仲間達と一緒に、魔王討伐を成し遂げる!!」
ハルの呟きに反応したカイがなにやら勝手に語りだす。
本気で魔王討伐する気だ、こいつ。どっかで止めないと本当に全面戦争に発展するんじゃないか?
そんなことを考えている間にも、ウォルフさんによる手術が終わる。
「よし、これで終わりだ」
仲間の絆か…。まあ、確かに大事なんだろう。だが、絆うんぬん以前の問題として、パーティメンバーは再検討した方がいいと思う。
そして、俺の存在価値がだんだんと危うくなってきているのを感じる。
話は変わるが、絆というのは本来、牛や馬などをつないでおく為の綱のことだったらしい。
そう考えると、ハルの言葉が意味深に感じるな…。心なしかバルザックではなくロープの方を見ていた気もする…。
…いや、深く考えるのはやめておこう。




