097 オマエ キエルノカ?
「刺し貫け! 火焔刺突!」
幾つもの炎の槍が襲い掛かってくる中、リザは身を躱しながら細剣を振るう。
「彼の者を紅く染めよ…。鮮血の雨!」
リザの前に出現した紅い槍が炎の槍を迎え撃つ。
「焼き尽くせ! 地獄の業火!」
リザの周囲に数多の炎の槍が形成されると、ヴラッドが右手をこれ見よがしに握り締める。すると、
炎の槍がリザを押し潰すかのようにして包み込む。
「彼の脅威からの隔絶を…。鮮血の守護!」
周囲に展開した紅い盾によって辛うじて難を逃れたリザが距離を取る。
「さっきまでの威勢はどうした、リザ。我を大公位から引き摺り下ろすのではなかったのか?」
ヴラッドの猛攻を前に防戦一方のリザは少し焦りを見せつつ細剣を向ける。
「彼の者を…」
「遅い!」
しかし、距離を詰めたヴラッドによって細剣は撥ね退けられる。体勢を崩しながらも距離を取ろうとするリザだったが、そこへさらなる追撃が迫る。
「舞い踊れ! 炎の巨人!」
姿を現した炎の巨人がリザへと襲い掛かる。
「どうした、動きに精彩を欠いているぞ。事ここに至って、今更迷うのか、リザ。そんなことならば、端からこのような事を起こすべきではなかった」
覚悟を決めたはずだった。できているつもりだった…。
再三に渡りダイヤから尋ねられ、そのたびに大丈夫だと答え続けてきた。しかし、いざその時を前して、覚悟が足りていなかったことを痛感する。
本当に自分の判断は正しかったのか…。
本当に自分に国を背負えるだけの能力があるのか…。
最悪の場合、本当に目の前の父を殺める覚悟があるのか…。
炎の巨人の攻撃を凌ぎながら、リザの頭の中に数々の思いがよぎる。
「優柔不断なトップなど国にとっては害悪以外の何物でもない。そのような調子で大公位を継承したとして、本当にこの国を導いてゆけると思っているのか」
大人びて見えても、彼女はまだ17歳の少女。
揺れる覚悟にヴラッドの言葉が突き刺さる。
父上の言う通りだ…。
行動には責任が伴う。こんな中途半端な覚悟で、自らが起こした行動の責任を取れるのか。
そんな迷いは、より一層その行動を鈍らせる。
その時、リザの様子を見かねたダイヤが動いた。
『やはり、まだ荷が重いか…』そんな思いを抱きながら、左手をヴラッドへと向けるとそこから一枚のコインが撃ち出される。
「邪魔をするな!」
その叫びと共にヴラッドが腕を振り払うと炎が巻き起こる。それは向かってくるコインを飲み込むと、そのままダイヤへと襲い掛かった。
ダイヤはその炎を躱すと追撃の為に左手を構え直す。
しかし、ヴラッドはそれに目をくれることもなくリザへと向き合う。
「リザ、お前にはお前の信念があるのだろう。自らの進む道を見つけたのであれば何を迷う。この国が置かれた状況を改善しようと望むのならば、そして、その為の道を見つけたのならば、その障害となるものを排除することをためらうな。国を背負うと決めたのならば、その覚悟を貫き通せ」
「私は…」
「お前が迷っている間にも刻々と状況は変わっていくのだ。世の中は、お前が決断するその時をゆっくりと待ってくれはせぬぞ」
そんな会話が繰り広げられる最中にも炎の巨人は執拗にリザを追い続ける。
しかし、明らかに精彩を欠く動きをしているリザに、何故かいつまでも有効打を与えられないでいる。
それに気付いた時、ダイヤはヴラッドへと向けていた左手をそっと下ろした。
「我は、我の信念を貫く。それがお前の信念と相容れぬというのであれば、我を踏み越えてゆけ」
「私は…」
「それができぬというのであれば、我のやることをおとなしく見ているがよい!」
「それは…できません…。今のままではこの国は救えない…」
リザ自身、綺麗ごとだけで国家の運営ができるなどとは思っていない。
しかし、今のような強硬路線を続けていけば、いずれこの国は破綻する。どこかで誰かが方針を修正しなければならない。
「私は、この国を守りたい…」
「想いだけでは何も変えられはせぬぞ! リザ!」
ヴラッドの声を聴きながら、リザは少しだけダイヤへと視線を向けた。
この戦争は、ある一人の男の手によってコントロールされている。その男は自らの目的の為に大公国の融和路線化、帝国の弱体化、そして、王国の政治体制の変革を望んでいる。
そのために組織されたのが幻影道化師であり、それを達成する為に大公国内で活動している一人がダイヤであった。
そのダイヤからリザに持ち掛けられたのが今回の計画。しかし、計画を持ち掛けられた段階ではもう既にこの国を守る為の他の選択肢などあってないようなものであった。
実際、未だ表立って王国に対する宣戦布告をしていないとはいえ、王国も、そして各国も、ヴラッドが帝国、そして王国の一部の勢力と結託して今回の戦争を画策したことは掴んでいることだろう。
たとえ明確な証拠は上がらなくとも、その疑念だけで戦後における大公国の国際的な立場は悪くなり得る。それを回避する為には、現大公ヴラッドの退位と共に現行の強硬路線の修正は必須。さらに、この戦争中にその疑念そのものを払拭できるだけの行動ができれば最良。
具体的にあげるのであれば、現大公を排したうえで王国側としての参戦。
つまるところ、それは幻影道化師の計画に乗るということであった。
リザが自らに意識を向けたことに気付いたダイヤであったが、彼女の方は動こうとはしない。
幻影道化師としての目的を達成する為であれば、今ここでダイヤも戦闘に加わるべきなのかもしれない。しかし、ダイヤはただ黙ってリザを見つめる。
「やはり、あなたは私に甘いですね…」
そう、これは今後この国を背負っていく者としてリザ自身が向き合わなければならない問題だ。誰かに与えられるのではなく、自らの意思と力で切り開く事ができなければこの国を救うことなどできないだろう。
何よりも、自分自身で決着を付けなければ、自らも、そしてヴラッドにも納得のできないものが残るであろう。
ぽつりと呟いた後、リザは視線を戻した。そして、しっかりとヴラッドを見据えると、はっきりとその覚悟を口にする。
「父上、確かにあなたの仰る通り、私には覚悟が足りていなかったようです。ですが、もう迷いません。私は私の進むべき道を進む。この国を守る為に…」
「そうか、覚悟は決まったようだな、リザ」
「はい」
「ならばその覚悟、我に示してみせよ!」
ヴラッドのその発言と共に炎の巨人がリザへとその腕を振り下ろす。
迫りくる炎の巨人を前にして、リザは細剣を構え直す。
「彼の者を呑み込め…。鮮血の奔流!」
次の瞬間、真紅の大波が炎の巨人を呑み込んだ。大波にもまれながら炎の巨人が姿を消すと、その波はそのままヴラッドへと迫る。
「燃え上がれ! 火炎防壁!」
その叫びと共に炎の壁が立ち上がるとヴラッドへと迫っていた大波を受け止める。炎の壁と激しく衝突した大波が蒸発し周囲に蒸気が立ち込める。
「彼の者を覆いつくせ…。鮮血の濃霧!」
すると、紅い大波が一瞬にして深い霧へと変わりヴラッドを覆いつくした。
「こんなもので視界を奪ったつもりか? リザ」
「そんなつもりはありませんよ、父上」
そんなやり取りの後、ヴラッドが周囲の霧を振り払おうと腕を上げた時だった、ふと異変に気付く。体にまとわりつく紅い霧に動きを阻害されるような感覚。そして、全身から力が抜けていくような感覚。
そこへ、リザの声が響く。
「彼の者に混濁を…。貧窮の血!」
ヴラッドはその場に倒れこみそうになるのを強靭な精神力で踏みとどまるとリザを睨みつける。
「こざかしい真似を! この程度で我は止められぬぞ!」
すると、リザは次なる行動へと移る。細剣の切っ先をヴラッドへと向けると声を上げる。
「彼の者に無限の枷を…。鮮血の牢獄!」
瞬く間に周囲の紅い霧が凝血すると、ヴラッドを覆いつくすようにしてその身体を拘束した。
身動きの取れなくなったヴラッドだったが慌てた様子は見せない。リザが警戒する中、怪し気に笑みを浮かべるとゆっくりと口を開く。
「妖光に惑え! 不知火!」
次の瞬間、リザの背後の景色が揺らいだかと思えば、そこにヴラッドが姿を現した。それに気付いたリザが慌てて細剣にて切り払うと、その姿が儚く掻き消えていく。
すると、すぐに後ろからヴラッドの声が聞こえてきた。
「何をしている、リザ? そこには何者も居らぬぞ?」
慌てて振り返ると、そこにはヴラッドの姿。それも、何体もの…。
「我はこちらだ」
「どうした、リザ?」
「我を止めるのではなかったのか?」
リザは一瞬戸惑うものの、咄嗟に後ろに飛び退いて距離を取りながら細剣を構える。
「彼の者を呑み込…」
そこまで言いかけた時、リザは後ろにもう一人のヴラッドの姿があることに気付いた。
「包囲殲滅せよ! 火災旋風!」
リザの周囲を炎が取り巻く。
「彼の脅威からの隔絶を…。鮮血の守護!」
咄嗟に守りを展開したはいいものの、炎の渦は激しさを増していく。
「どうした、この程度か、リザ!」
「いいえ、まだです。私は、負けるわけにはいかない…。この国の未来の為にも、父上、あなたを止めてみせます」
「やってみるがよい」
リザは細剣を両手でしっかりと握りしめるとそれを地面へと突き刺す。
「彼の者に死の舞を…。血湧肉躍!」
すると、そこから鮮血が勢いよく湧き出す。それは瞬く間に周囲に広がると、炎を搔き消しながら辺り一帯の地面を覆いつくした。続いて、至る処から紅い人形や紅い腕が形成されると一斉にヴラッドへと襲い掛かる。
「刺し貫け! 火焔刺突!」
ヴラッドも咄嗟に炎の槍で応戦するものの、不定形の腕や人形は刺しても切り裂いてもすぐに復元して襲いかかってくる。
その圧倒的な手数に対処できなくなったヴラッドが無数の腕に捕らわれて覆いつくされていく。
「クッ…。まだだ」
少しだけ苦しげな表情を見せながらもヴラッドは天高く手を掲げる。
「焼き滅ぼせ! 滅戯弩火焔!」
天より炎の矢が降り注ぐと、周囲の紅い大地を火の海へと塗り替えていく。そうした中、無数の腕から逃れたヴラッドは叫びを上げる。
「このようなぬるいやり方では我を止められはせぬぞ。我を止めたければ、殺す気で来るがよい、リザ!」
ヴラッドはしっかりとリザを見据え、リザもまたヴラッドを見据える。そうして両者の視線が交錯すると、両者同時に次の行動を起こす。
「刺し貫け! 火焔刺突!」
「彼の者を紅く染めよ…。鮮血の雨!」
次第に気分が高揚していくのを感じながら、体中に小さな傷が刻まれていくのもお構いなしにただただ夢中でお互いに攻撃を叩きこむ。
「この程度で我が燃え滾る熱き血潮を止めることなどできぬぞ。お前の力はこの程度ではないはずだ。さあ、お前の力を我に見せてみよ!」
ヴラッドがそう叫びながら右手を自らの胸の前に掲げるとリザの周囲を炎が覆う。
そんな中、リザも細剣を構える。
「父上、これが今の私の全力です。この力でもって、今ここで私があなたに引導を渡して差し上げます」
すると、ヴラッドの周囲に大量の鮮血が噴き出した。
ヴラッドが右手をこれ見よがしに握り潰し、リザが細剣を振るう。
「焼き尽くせ! 地獄の業火!」
「彼の者を圧し潰せ。高圧鮮血」
次の瞬間、両者の周囲の炎と鮮血がお互いの体を一気に圧し潰す。
大きな打撃を受けながらも何とか耐え抜いたヴラッドだったが、その体はもう思うように動かない。そんなヴラッドの瞳に移るのは、周囲の炎を振り払って細剣を構え直すリザの姿。
「彼の者を紅く染めよ…」
今にもその場に倒れそうな状態にもかかわらず、ヴラッドはしっかりとリザを見据える。
「そうだ、それでよい、リザ…」
自らの死を受け入れたかのように微かな笑みを浮かべた男は今何を思うのか。
「お前の力を、我に、そして世界に示してみせよ!」
そして、リザが細剣を振るう。
「鮮血の雨!」
紅い槍が降り注ぎ、辺り一面を土煙が覆う。その土煙が晴れた時、そこには未だそこに立ち続けるヴラッドと、その周囲に突き刺さった大量の紅い槍。
その紅い槍が霧散していく中、ヴラッドがリザを見つめる。
「リザ…、何故…?」
「父上こそ、私を無力化できるチャンスはいくらでもあったはずです。何故それをしなかったのですか?」
その問いに対して、ヴラッドは少しの間を置いてからゆっくりと答える。
「我がこの場でお前を無理やり従わせたところで、この国に未来などないからだ…」
「気付いていたのですね…」
「…初めから気付いていたわけではない。最終的にどの勢力に付くべきか、その見定めは常に行っていたつもりだった。しかし、お前が我の前に立ち塞がり、それに幻影道化師が関与していると知った時点で、我の与り知らぬ何者かの意志がこの戦争を裏から操っているのだと悟った。その何者かが書いたシナリオ通りに動くのは癪ではあるが、事ここに至っては我はもう表舞台より退場するほかあるまい」
そして、ヴラッドはリザへ行動を促す。
「さあ、全てを終わらせろ、リザ」
「……」
「迷う必要などあるまい。お前はただ、野心に取り憑かれて戦乱を巻き起こした暴君を討つだけだ」
「……」
その時、黙ったまま動けずにいるリザを見たダイヤが覚悟を決めたように微かな笑みを浮かべた。そして、ヴラッドの背後に忍び寄るとコインを詰めた袋でその頭を一撃。
「えいっ!」
「ぐあっ!」
いきなり背後から殴られたヴラッドは頭を押さえながら振り返る。
「いきなり何をするか!!」
「あれ? 気絶させるつもりだったんだけど…、コインの量足りなかったかな?」
怒りを露わにするヴラッドを前にしてダイヤがおどけたように袋の口を開けて中を覗き込む。
「何のつもりだ、ダイヤ!」
「ダイヤ、あなた、何を…」
困惑気味の二人を前にダイヤが悪びれた様子もなく続ける。
「いや~、ごちゃごちゃ煩いので少しの間眠っていてもらおうかと」
「我は今、大事な話をしておるのだ。邪魔を…」
ヴラッドの発言を遮りつつダイヤが溜息を吐く。
「はぁ。正直言って、我々としてはリザ殿下に大公位を譲ってさえいただければ、あなたが生きていようがどっちでもいいんですよ」
「何だと?」
「まったく…。一人で勝手に状況に酔い痴れて『お前の力を、我に、そして世界に示してみせよ!』とか言っちゃって、悲劇を通り越してもう喜劇でしょ」
「んなっ…」
物真似を交えながら茶化していたダイヤだったが、急に真面目な顔を浮かべるとヴラッドを見据える。
「まあ、つまり、必ずしもあなたを討つ必要などないということですよ。何故なら、大公国はまだ対外的には何の行動も起こしていないんですから」
「詭弁だ。現実はそう甘くはない」
ヴラッドにそう言われると、ダイヤは大振りな動作を交えつつ再びおどけてみせる。
「詭弁で結構。これだけ情報が錯綜し世界が混乱しているんです。わかりやすい形での旧体制との決別など演出しなくとも、最終的な結果さえ確定させてしまえば、各国も証拠に乏しい件になどおいそれと言及はできない。そう、大公国は、帝国による侵略を受けた王国に協力し、そして、王国と共に勝利を収める。それが、この戦争のシナリオです。戦後の情勢? 今回の戦争で疲弊する帝国にも王国にも、様子見を決め込んだ各国にも文句など言わせませんよ」
「お前ごときの一存でどうにかなる問題ではない」
すると、そのやり取りを見ていたリザがふと笑みをこぼした。
やはり、あなたは私に甘いですね。
「父上、ダイヤの言った通り、今回の戦争にあなたが、そして大公国が直接関与した証拠など出てきません。ならば我々は臆することなく堂々と構えていればいいだけです」
「口で言うのは簡単だ。だが、お前達が思っている以上に、各国の首脳陣は老獪だぞ」
「それでも、やり通してみせます。この国を背負う者として」
少しの間、険しい顔で何かを考えていたヴラッドだったが、自信溢れる態度で言い放ったリザを見て表情を緩めた。
「そうか…。ならば我はもう何も言わぬ。お前の手腕、見せてもらうとしよう」
「はい」
そう答えたリザの目の前で、突如、ヴラッドの口から血があふれ出す。
突然のことに唖然とするリザ。しかし、自らが握っている細剣がヴラッドの心臓を一突きにしていることに気付くとその表情に驚愕と困惑の色が浮かぶ。
「え…?」
困惑の最中、自らの意思とは関係なく細剣を一気に引き抜くと、激しく血を吹き出しながらヴラッドがその場へと崩れ落ちる。
「あ…、あぁ…あぁぁあぁぁ…」
目の前に横たわる血まみれの父の姿。その光景にどこか既視感を覚えつつも、リザの呼吸は乱れ、その顔から血の気が引いていく。
「いけない…。リザ殿下!」
ダイヤが慌てる中、リザは左目に激しい違和感を覚えて眼帯の上からそれを押さえた。すると、リザの嘆きの声が次第に小さくなると共にその口元に微かに笑みが浮かぶ。
「可哀想な子…。二度もその手で父と慕う者を殺めることになるなんて…」
そんなことを呟きながら妖艶に笑うリザを前にして、ダイヤの顔に怒りが満ちていく。
「パック!」
次の瞬間、Dolls隊を翻弄していた半人半獣の妖精がリザの背後に姿を現した。そして、リザの体を拘束しようと両手を翳した瞬間、リザが静かに呟く。
「彼の者に抱擁を…。鮮血の乙女」
突如パックの背後に現れたのは真紅の妖艶な女性。それがパックを後ろから抱きかかえると、その体から無数の血の槍が突き出してパックの全身を貫く。
「キャハ?」
一瞬の出来事に何が起こったのかもわからぬまま、全身を貫かれたパックが霧散していく。
それを見たダイヤが慌ててリザへ左手を向ける。そんなダイヤを一瞥するとリザは歪んだ笑みを浮かべた。
「彼の者に焼けつくような苦しみを…。熱血」
すると、ダイヤの体に異変が起きる。まるで全身の血が沸騰するかのような感覚。意識がもうろうとし呼吸もままならない中で、ただ呻き声だけを漏らしながらその場へと崩れ落ちる。
そこへ、槍を回収してきたライルが駆け寄った。
「ナツ!」
ライルは状況を理解するとすぐに行動に移る。しかし、槍を構えてリザへと迫ろうとしたところで彼もまた自らの体に異変を覚える。
「彼の者に凍てつくような痛みを…。冷血」
全身に悪寒が走り、手足の感覚が失われていく。
そんな二人に対してリザが追い打ちをかける。
「彼の者を切り裂け。鮮血の刃」
無数の血の刃が襲い掛かる中、ダイヤとライルは思うように動かない身体を気力で動かしながら何とか致命傷を避け続ける。
いや、この表現は正確ではないだろう。
二人に致命傷を与えないようにしているのはリザの方だった。歪んだ笑みを浮かべながらまるで甚振るようにしながらじわじわと二人を追い込んでいく。
そんな中、ダイヤの仮面が割れてナツの素顔が露わになる。
「リザ殿下、気を確かに」
ナツの懇願にリザは一瞬だけその動きを止めた。しかし、すぐに不愉快そうに眉間にしわを寄せるとナツを睨みつける。
「…邪魔…」
そう呟くと、さっきまでとは違って明らかな殺気を放ち始める。
「彼の者を切り裂け…」
ナツが死を覚悟したその時だった。血まみれで横たわっていたヴラッドから消え入りそうなほど小さな呟き声が発せられた。
「蘇れ…。不死鳥…」
直後、ヴラッドの全身から炎が上がる。
すると、それに気付いたリザが少し驚いたような表情を浮かべつつヴラッドへと標的を変更した。
「鮮血の刃!」
放たれた血の刃は一瞬のうちにヴラッドの体をばらばらに切り裂いた。しかし、切り裂かれてなお消えることのない炎がその体を焼き尽くす。
すると、そこに現れたのは炎で形作られたヴラッドの姿。
少しだけ驚いたような様子を見せていたリザだったが、落ち着きを取り戻すと蔑むような視線を向ける。
「フフッ…、呆れた男…。自らの体をも実験台にしていたとはね…」
「忌々しいことだが、貴様は我が国最大の災厄であると同時に、我が大公家の始祖でもある。貴様の力への適性を研究する上で、我が一族のこの体はこの上ない研究材料となる。周辺国からの脅威に対抗する力を手に入れる為には手段を選んでなどおれぬのだ」
「でも、そこまでしても完全な制御には至らなかったみたいね? あなた、もう元には戻れずにそのまま燃え尽きていくだけなのでしょう?」
「……」
ヴラッドのその沈黙は肯定を意味していた。
「愚かな男…。それほどまでに力を欲するならば、最も適性の高いこの娘を実験台にすればよかったのに…。あなたの本当の目的は何だったのかしら?」
発言とは裏腹に何もかもを見透かしたような瞳を向けられ、ヴラッドは不愉快そうに表情を歪める。
「無駄話をする気はない」
「それは残念」
そう言いながらリザの体が宙へと浮き上がる。そして、ヴラッドを見下ろしながら両腕を広げて妖艶な笑みを浮かべる。
「彼の者達に終焉を…。血の惨劇」
すると、周囲に紅い霧が広がっていく。そして、その霧がナツを覆うとその体に異変が起きた。本人の意思とは関係なくその左手がヴラッドへと向けられる。
「え…?」
困惑の中にありながらも、ナツは咄嗟に右手で左腕を掴むと照準を逸らす。撃ち出されたコインがヴラッドを掠める中、広がった紅い霧がライルとDolls隊、そしてヴラッドをも飲み込んだ。
「さあ、殺し合いなさい」
妖艶な笑みを浮かべるリザの発言と共にDolls隊が同士討ちを始め、ナツとライルは何とか抗おうとお互いに距離を取る。Dolls隊の攻撃はヴラッドへも向けられるが、その不定形の体を傷つけるには至らない。
そんな中、ヴラッドは取り乱すこともなくリザへと視線を向けた。
「くだらぬ真似を」
そう呟くと、ヴラッドは両腕を自らの胸の前に掲げ、何かを押し潰すかのような動作で両手を合わせる。
「猛る炎を鎮めよ。火勢鎮圧!」
次の瞬間、巻き起こった炎がその場の全員を抑えつけた。
炎に抑えつけられながらも抗おうとするリザの前にヴラッドが立つ。
「貴様が出てくるにはまだ早い。もう少し眠っていろ」
すると、リザが抵抗を諦めて微かな笑みを浮かべた。
「…確かに、今の私ではまだこの眼帯すら破れない。ここはおとなしく従ってあげましょう…」
「今一度、その滾る血を鎮め眠りに着け。吸血姫カーミラよ…」
そう言いながらヴラッドがリザの眼帯に手を翳すとそこに紋様が浮かび上がる。すると、リザは妖艶な笑みを浮かべながらヴラッドを見据えた。
「でも、この娘の心はあなたが思っているほど強くはなさそうよ? 付け入る隙はこれからいくらでも…あり…そ…う…」
眼帯の紋様が消えていく中、そう言い残してリザはゆっくりと瞳を閉じた。
「リザ殿下!」
意識を失いその場へと倒れ込むリザの体を駆け寄ったナツが抱きとめる。
その様子を眺めながらヴラッドがぽつりと呟いた。
「……まさか、リザが我の死にこれほどまで心を乱すとは思っていなかった…」
それにナツが反応を示す。
「あなたは何も見えていないんですね…」
「何…?」
「リザ殿下の中でのあなたの存在は大きなものだと思いますよ。少なくとも、あなたの厨二っぽい言動に憧れを抱いて必死にそれを真似ようとする程度には…」
ナツの発言を聞きながら、ヴラッドはリザがまだ幼かった日のことを思い出していた。
訓練で火焔刺突を放つヴラッドの姿を瞳を輝かせながら見ていたリザの姿を…。
鏡の前でポーズをつけながら決め台詞の練習をしていたリザの姿を…。
そして、ヴラッドは悔恨の表情を浮かべると自らを責めるように呟いた。
「ハハッ…、悪い冗談だ…。リザから全てを奪い、過酷な運命を背負わせたのは他でもない我だというのに…」
「リザ殿下はそんな風に考えてはいないと思いますよ」
「それは、リザが何も覚えていないからだ。あの時のことを何も」
「ですが、どうしようもなかったのでしょう? それほどまでに、あの災厄の力は強大だった」
「あの場に居なかったお前に何がわかる」
「そうですね…。ですが、事の経緯はその場に居合わせた人物から聞いているもので」
「…?」
ヴラッドが訝し気な視線をナツへと向けたその時、リザが目を開いた。
「父上…」
すると、ヴラッドは安堵したように微かに笑みを浮かべる。
「リザ、大事ないか?」
「私は大丈夫です…」
そう答えた後、次第に意識がはっきりしてきたリザはふとヴラッドを見上げる。
「父上の方こそ、大丈夫なのですか…?」
ヴラッドを見つめるその瞳には不安の色が浮かんでいた。それは、この後に何が起こるかに気付いてしまったが故だろう。
そして、その不安が的中するかのようにヴラッドの体を形成していた炎が明らかに勢いを失い始める。
「そんな顔をするな、リザ。お前はこれからこの国を背負って立つのだろう?」
「ですが…、父上…」
今にも泣きだしそうなリザに対してヴラッドは優し気な笑みを向けながらその頭に手を伸ばす。
「我が、もう少し早くお前の気持ちに気付いておれば別の道もあったのかもしれぬな…」
「父上…」
「お前には過酷な運命を背負わせることになってしまって申し訳ないと思っている。できることならば、我の代で全ての憂いを払っておきたかった…。しかし、それはもう叶わぬようだ…」
そう言いながら火勢の衰えていくヴラッドを前にしてリザがすすり泣く。
「父…上…」
「もう泣くな、リザ。お前には、すぐにでもやらねばならぬことがあるのだろう」
「ですが…」
「先ほど示した覚悟は偽りだったのか?」
「…いいえ」
「そうであれば、もう前を向け。お前はもう、この国のトップなのだからな」
それを聞いたリザは自分の足でその場にしっかりと立つとヴラッドの瞳を見据える。
「はい」
リザの姿を見て満足そうに微笑んだ後、ヴラッドはナツへと視線を向ける。
「ダイヤ…、いや、ナツよ、リザを見守り、その助けとなってやってほしい」
「ええ、元よりそのつもりです」
「感謝する…」
そう言うとヴラッドの体を形成していた炎の勢いが衰え、次第に掻き消えていく。そして、そこに残ったのは小さなスズメサイズの炎の鳥。
「我も、この雛鳥モードで見守っていくつもりだ」
「父上!」
………あれ? 今、消滅する流れじゃなかった?
一瞬、そんな考えがナツの頭を過ったものの、ツッコみ属性ではない彼女は、喜ぶリザとそれに優しく寄り添う小鳥をそっと見守るのだった。
白狐 「ヒイロだったら絶対ツッコんでたね」 (確信)
ヒイロ 「俺だって空気くらい読めるもん」
===
ヒイロ君はツッコミたい!
●その1
ヴラッド 「燃え上がれ! 火炎防壁!」
ヒイロ 「ファイアウォールって防火壁だろ!?」
●その2
リザ 「彼の者に混濁を…。貧窮の血!」
ヒイロ 「ようするに、貧!血!」
●その3
リザ 「彼の者を圧し潰せ。高圧鮮血」
ヒイロ 「それ即ち、高!血!圧!」
●その4
ヴラッド 「猛る炎を鎮めよ。火勢鎮圧!」
ヒイロ 「火勢鎮圧ってむしろ火勢が衰える方!」
●その5
ダイヤ 「あれ? 気絶させるつもりだったんだけど…、コインの量足りなかったかな?」
ヒイロ 「いや、普通なら死んでるよ!」
●その6
・・・細剣がヴラッドの心臓を一突きにしていることに・・・
ヒイロ 「油断させてから心臓を一突きだと!?」
●その7
ダイヤ 「リザ殿下の中でのあなたの存在は大きなものだと思いますよ。少なくとも、あなたの厨二っぽい言動に憧れを抱いて必死にそれを真似ようとする程度には…」
ヒイロ 「いいこと言ってる風で実は割と残念だよ?」
白狐 「やっぱり空気読まないじゃん…」
ヒイロ 「!?」 ∑(゜д゜;)!!
===
おまけ
今日のミーア? 『駄々こねる』