094 センイ ソウシツ
レニウム王国沖合を潜航するビスマス帝国海軍所属の潜航戦艦ネプチューン。
その艦内にある倉庫にやって来たのは二人の乗組員。
「しかし、艦長にも困ったものだな。夜一人で寝るのが怖いからってまさか荷物の中にお気に入りの人形を忍ばせていただなんて」
「おい、あんまり大きな声で言うな。艦長は俺達を信頼してこの極秘任務を任せてくださったんだ」
「でもよ、それならそれでもっと早く命じてくれてもよかったんじゃないか?」
「艦長の気持ちも察してやれよ。あの人だって艦長としての威厳を保とうと必死なんだよ」
「でも、それで出港からの数日間全く眠れずに体調崩してたら本末転倒だろ」
「それはそうなんだが…」
「そもそも、艦長が実は可愛いもの好きだってみんな気付いてるしな」
「海上でイルカを見かけるとキュンとしてるからな」
「そうそう。それに、陛下がよちよちと歩いているところを見る目が尋常じゃない」
「それな」
そんな会話をしながら目的の荷物を探していると、一人がふと水が湧くような音が聞こえてくることに気付く。
「…水の音…?」
音の出所を探っていくと、一つの小さな箱が倒れていることに気付く。蓋が開いたその箱からは転々と水の跡。
訝し気にその水の跡を追っていくと、そこに2.5頭身ほどにデフォルメされた一体の人形が落ちていた。その人形が纏うのは赤いコート。フードを被り、顔の上半分を覆うのはハートの文様の入った仮面。
「お? これが艦長の人形か?」
その人形を拾い上げると、もう一人へと声を掛ける。
「おーい、見つけたぞ」
「本当か?」
もう一人がそう言いながら合流するものの、相方が掲げる人形の異変に気付くと震えながら指をさす。
「何だ…、それ…」
「え?」
人形が形を失うと不思議な水塊となって倉庫の中に浮かぶ。直後、水が湧きだすような音を響かせる水塊から声が聞こえてきた。
「あら…、見つかってしまいましたわね」
クスクスという笑い声が倉庫内に響き渡る中、二人は水塊に襲われて意識を失った。
艦内に鳴り響く警報音。乗組員達が慌ただしく動き回る中、目の下にクマをこしらえた艦長も慌ただしく通路を進む。そして、数名の乗組員が倒れている場へと駆け付けると介抱をしていた人物に声を掛けた。
「ドクター、何が起きている」
「それが…、乗員が原因不明の高熱で次々と倒れていっています」
「何だと?」
「どうやら、艦内で何者かに襲われているようです」
「艦内でいったい何に襲われるというんだ」
「わかりません。ですが、倒れた乗員達は皆うわ言のように『お人形さん…』と呟いています」
「え? いやいやいや、お人形さんなんて持ち込んでないよ?」
「艦長…?」
「ほんとだよ? 持ち込んでないよ?」
慌てて否定する艦長だったが、ふと少し離れたところに何かが落ちていることに気付く。それはデフォルメされた人の形をした物体。
驚きのあまり思わず二度見してしまった艦長だったが、周りに気付かれてはまずいと何も気付かなかったふりをしながら平静を装う。
早く回収しなければ…。そんな思いを抱きながら艦長は周囲の様子をそっと窺うと、何食わぬ顔で人形が落ちている方へと近付いていく。そして、慌ただしく動き回る周囲の人達が誰も見ていないことを確認すると、誰にも気づかれないようにそっと人形を拾い上げた。
おや? 私の人形ではない…?
拾い上げてみて自らの持ち込んだ人形ではないことに気付いて安堵する艦長。それと同時に、その指先に伝わるまるで水風船のようなぶにょぶにょとした感触に心地よさを覚える。その心地よさに思わずぶにょぶにょとしながら遊んでいると、突然人形が首をもたげた。
「気安く触れないでくださる?」
「うわぁっ!」
突然のことに驚いた艦長は思わず人形を放り投げる。すると、床に落ちた人形がその場で立ち上がった。
「酷いことをなさるのね。いきなり放り投げるだなんて」
「何だ? どうなっている!?」
艦長が困惑していると人形が恭しい態度で礼をする。
「初めまして。ワタクシは幻影道化師のハート。あなた達に恨みは無いのですけれども、この船を王国へ行かせるわけにはいきませんの」
人形が口元に微かな笑みを浮かべる。
「そういうわけなので、あなた方は少しの間眠っていてくださる?」
次の瞬間、人形が輪郭を失って水塊となり艦長へと襲い掛かった。艦長は咄嗟にドクターが使っていた洗面器を手に取ると襲い来る水塊へ向かって投げつける。
「あら?」
洗面器と共に床へと叩きつけられた水塊だったが、直ぐに洗面器と床の隙間からニュルリ出てくると再び人形の姿を形作る。
その人形を警戒しながら艦長がドクターへ退避を促す。
「ドクター。君はこの場を離脱しろ!」
「しかし、艦長」
渋るドクターに、再度艦長が退避を促す。
「何をしている、早く行くんだ!」
「ですが、ここで艦長を失うわけには」
「私を失っても代わりはいる。だが、船医である君を失ったら、いったい誰がこの状況に対処できるというんだ!」
「…ッ。…ぅぅ。…………わかりました。艦長もお気をつけて」
苦渋の決断でその場を後にしたドクターは医務室へと駆け込むとすぐに治療に使えそうな道具や薬を探し始める。そうして考え得る限りの道具をカバンに詰め込んだところでふと背筋に寒気が走った。
医務室の外から聞こえてきたのは、まるで水溜まりの中を歩くかのような足音。クスクスという笑い声と共に近付いてくる足音が止まると、隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。
「あら、ここには誰も居ませんわね」
そうして再び鳴りだした足音が医務室の扉の前で止まる。
ドクターが慌てて近くの戸棚の中へと身を隠すと、医務室の扉が開かれた。
「あら、おかしいですわね? 人の気配があった気がしましたのに」
そう言うと、人形がゆっくりと部屋の中へと入ってくる。
「どこかに隠れているのかしら?」
クスクスという笑い声と共に、人形が部屋の中をゆっくりと歩き回る。ドクターは見つからないことを祈りながら戸棚の中で必死に息を押し殺していた。
「…ここにも誰も居ませんわね」
しばらくすると部屋の中を探っていた人形がそう言った。続いて医務室の扉が開閉する音が聞こえてくる。
ドクターが戸棚の戸の隙間からそっと外の様子を窺うが、部屋の中に人形の姿は見当たらない。無事にやり過ごすことができたと安堵の息を漏らしたのも束の間、ふと背後に何かの気配を感じた。
恐る恐る振り返ると、そこには引き違い戸の反対側の隙間から戸棚の中を覗き込んでいる人形の姿。それはドクターと目が合うなりニタリと笑みを浮かべる。
「見ぃつけた」
こうして、船医の断末魔を最後に、潜航戦艦ネプチューンは完全に沈黙した。
***
王国領内の帝国との国境付近に位置する山岳地帯。
本隊も合流した王国軍は数でこそ帝国軍を上回ったものの、狂気に満ちて獣と化した帝国兵達の猛攻の前に苦戦を強いられていた。
そんな中、獣からの攻撃を防ぎながら王国軍国境警備隊の隊長が苦し気に呟く。
「勇者カイがあの化け物を排除していったのに、こいつらは元には戻らないのか?」
すると、獣達の猛攻を捌きながらレオが答える。
「一度削られてしまったSAN値はそう簡単には戻らない。それに、奴等はもともと寒さと空腹によって極限状態にあったようだからな。それらも相まって、あの狂化状態はそう簡単には解けないだろう」
「そんな…」
「だが、方法はある」
「本当ですか、剣聖レオ」
「ああ。幸いにも勇者カイがあの化け物を排除していってくれたおかげでこれ以上SAN値が削られることはない。ならば、他の要因を取り除いてやれば直ぐにでも正気に戻せるはずだ」
そう言うとレオは大剣を空高く掲げた。
「有言実行! 暖衣飽食!」
次の瞬間、暴れ回っていた帝国兵達の周囲を暖かな空気が包み込んだ。
「グルルル…?」
「グル…ル?」
獣と化していた表情が和らぎ、人間離れした動きで戦場を駆け回っていた帝国兵達が次第に足を止めていく。
「グル……ゥ…? …何だ…これは…?」
「…暖かい…」
「腹が…心が…満たされていく…」
寒さと飢え、さらには得体の知れないお弁当によってSAN値を削られていた帝国兵達の心身が満たされていく。
「帝国兵達を闘争へと駆り立てていた要因は全て排除した。これでもう、戦う理由は無…」
レオが得意気に語る中、帝国兵達が落ちていた武器を手にする。
「よくわからないが、体力が回復した今なら戦える」
「そうだ。祖国の為にも、今ここで王国軍を打ち破るぞ」
狂化の要因がなくなっただけで戦う理由はなくなっていないのだから当然の成り行きである。
「あれ?」
間の抜けた声を上げたレオだったが、帝国兵達が迫ってくるのを見るなり高く掲げていた大剣をそっと下ろす。
すると、帝国兵達を包み込んでいた暖かな空気が消え去った。
「何だ…? 急に…腹が減った…?」
「さ…寒い…。どうして…?」
混乱の最中、レオが呟く。
「まあ、暖衣飽食は満たされたような気分になるだけだからな…」
その発言に対して帝国兵達が愕然と立ちすくみ、その場に武器を落とす。
「そんな…、騙したのか…」
「憎い…」
「食い物の恨み…。グル…グルルル」
再び狂気を帯びて獣と化した帝国兵達が今にも襲い掛かろうと牙を剥く。その様子を見るとレオは再び大剣を高く掲げた。すると、帝国兵達の周囲を暖かい空気が包み込む。
「あぁ…、暖かい」
「満たされていく…」
「皆、武器を取れ」
そうして満たされた帝国兵達が落とした武器を拾って構えると、それを見たレオはすぐさま大剣を下ろした。
「「グルルルル」」
何だか少し楽しくなってきたレオが大剣を上げ下げすると、帝国兵達はそれに合わせて正気と狂気の狭間を行き来する。そんなことを何回も繰り返していると、次第に息が上がってきた帝国兵達が魂の叫びを上げた。
「「人の体で遊ぶなぁぁぁ!!」」
「あ、すまん。つい…」
ついつい楽しくなってしまっていた自分を反省しつつレオは続ける。
「でも、まあ、とりあえず丁度いいのはこのくらいか…」
そう言うと、大剣を高く掲げるでもなく下ろすでもなく地面に対して水平な状態に保つ。すると、帝国兵達は狂気に支配されるでもなく満たされるでもなく、ただただその場で立ち尽くす。
「何だこの空腹や寒さで危機感をあおられるでもなく、満たされてやる気がでるでもない微妙な気分…」
「何だかもうどうでもよくなってきたな…」
帝国兵達の士気が大きく下がる中、耳の大きな男だけが妙に元気よく声を張り上げる。
「何を言っている、お前達。今は戦闘中だ。戦え! 目の前の敵を倒せ!」
そんなマギーシンを冷ややかに見つめる帝国兵達。
「何であいつだけあんなに元気なんだ…?」
「さあ」
「お前達、上官に向かって何だその態度は!」
怒りに震えるマギーシンに向かってレオが声を掛ける。
「何を言っても無駄だ。俺の能力によって、既にそいつらは狂気に支配されることもなく、かといって自らやる気を奮い起こすこともできない状態だ」
その発言に国境警備隊隊長が続く。
「そういうことだ。もうお前達に勝ち目はない。投降しろ」
すると、マギーシンが不敵な笑みを浮かべた。
「フッ…」
「何がおかしい!」
「俺達に勝ち目がないだと?」
「一目瞭然だろう。剣聖レオの力によって兵士達は戦意を失い、兵士を狂気に駆り立てた異形の化け物も既に勇者カイによって無力化された。これ以上お前達に…」
そんな国境警備隊隊長の発言を遮りつつマギーシンが意味ありげに口を開く。
「SAN値直葬魔心弁当が一つだけだなどと、誰が言った?」
「何!?」
王国兵達に緊張が走る中、マギーシンは足元に置いてあった袋から大きな箱を取り出す。
「何だ、それは…?」
国境警備隊隊長が困惑気味に問い掛けると、それにマギーシンが答える。
「これはSAN値直葬魔心弁当DXだ」
「DXだと!?」
「そう。SAN値直葬魔心弁当DXの魔心度は通常版比で何と42.195倍!」
「42.195倍!? 何故さっきそれを出さなかった!?」
すると、マギーシンは意味ありげに微笑む。
「フッフッフッ。急に何か都合のいい力に目覚めて逆転するなどというご都合主義展開はそうそう起きるものではない。だからこそ、逆転に次ぐ逆転という手に汗握る展開を演出する為には、こうやって手の内を小出しにするなどのひと工夫が必要になってくるのさ!」
「クッ…、何というエンターテイナーだ。さすがはマギーシン!」
「ハッハッハッ。もっと褒めろ!」
そんなやり取りをしながらもマギーシンは箱の蓋を開く。
すると、一瞬にして周囲の空気が張り詰めた。箱の中から聞こえてくる何かが蠢く音。箱の淵に手を掛けるようにして現れるグロテスクな黒い触手。
『見てはいけない』。頭がそう警告を発しているのに、誰もが目を逸らすこともできずに立ちすくむ。
その場にいる者達へ狂気を植え付けながら、今、異形の化け物が箱の中からその姿を現す。
「させるか!」
誰もが狂気に呑まれていく絶望的な状況にありながら、強靭な精神力で正気を保った男が大剣を構えて駆け出した。
しかし、それと同時に異形の化け物もまたその全身を露わにしようとしていた。その箱から這い出してきたのはタコのようなイカのような頭部をもったグロテスクな巨体。
レオはそんな相手にも怯むことなく突き進むと大剣を振りかぶる。
「有言実行! 粉骨砕身!」
その叫びと共に跳び上がると、大剣の腹を異形の化け物の頭部へと叩きつけた。
激しい衝撃が周囲を襲うと共に異形の化け物が大きな叫びを上げながらその場へと倒れていく。
「全身の骨を粉々に打ち砕いた。これで、こいつはもう動けない」
そんなレオに黒い触手が襲いかかる。
「何!? こいつ、骨を粉々に砕かれても動けるのか!?」
驚愕しつつもレオは器用に触手を躱す。
異形の化け物がゆっくりとその体を起こす中、レオは焦りの色を浮かべながら振り返る。そこには焦点の定まらぬ瞳で呻き声を上げる兵士達の姿。
今にも暴れだしそうな兵士達を止める為、レオは苦渋の決断を下す。
「有言実行! 一触即発!」
次の瞬間、兵士達を囲むように無数の機雷が出現した。
「それに触れれば即時爆発する。命が惜しければ俺がこいつを倒すまで全員おとなしくしていろ」
しかし、そんな忠告も狂気に呑まれて理性を失った兵士達には意味がなかった。
一人の帝国兵が狂気に満ちた笑みを浮かべると徐に眼前に浮かぶ機雷に手を伸ばす。
「やめろ、何をする気だ」
困惑するレオを尻目に兵士が機雷を掴み取るとその場で大爆発を引き起こす。その爆発を引き金として両軍の兵士達が狂った叫びを上げながら激突した。
「何てことだ…」
兵士達の争いを止めに向かうべきか。
逡巡するものの、レオはそんな考えを振り払い自らに悪意を向け続ける異形の化け物へと向き合う。
そう、こいつを倒さなければ同じことの繰り返し。まず真っ先に片付けるべき相手を間違えてはならない。
「まずは、この場からこいつを引き離す…」
覚悟を決めたレオは異形の化け物へと大剣を向ける。
「有言実行! 意気衝天!」
その叫びと共にレオが異形の化け物との距離を詰める。そして、気迫を漲らせながら大剣を振り上げると、天を衝くような力の奔流が異形の化け物の体を押し上げる。異形の化け物は触手を伸ばして大地にしがみつこうとするものの、その力の流れに負けて天高く舞い上がる。すると、レオもその流れに乗った。
自らの後を追うようにして昇ってくるレオに気付いた異形の化け物は無数の触手を伸ばす。そして、全方位からの同時攻撃による圧殺を試みる。
周囲を完全に触手に囲まれるもののレオに焦りの色は窺えない。
「有言実行! 一騎当千!」
その叫びと共に大剣を振り抜くと周囲の触手を吹き飛ばす。その勢いに乗って異形の化け物を追い越して上を取るとレオは次の行動に移る。
「有言実行! 龍翔鳳舞!」
空高く大剣を掲げると天空より二筋の光が差す。そこに現れたのは空を翔ける龍と天を舞う鳳凰。龍と鳳凰は空を覆わんとする触手を次々と切り裂いていく。
すると、自らの不利を悟った異形の化け物が口を大きく開き、そこへエネルギーが収束し始めた。その様子にレオが危機感を覚える。
「まずい」
そう呟くと、咄嗟に龍と鳳凰の前へと躍り出る。その次の瞬間、収束したエネルギーが一気に撃ち放たれた。
迫りくる熱線を前にしてレオは大剣を盾にするように構える。
「有言実行! 金剛不壊!」
大剣の前に現れた光の盾と異形の化け物が放った熱線が激しくぶつかり合う。
激しい衝撃に押されながらも何とか凌ぎきったレオに間髪入れずに触手が襲いかかる。しかし、レオに慌てた様子はない。彼の傍に控えるは心強い二体の守護獣達。
龍と鳳凰がレオに向かう触手を切り裂く中で、レオ自身は異形の化け物を見据える。
「今度はこちらの番だ」
そう言うと、大剣の剣先を異形の化け物へと向ける。
「有言実行! 旭日昇天!」
直後、異形の化け物の下方に燃え盛る火球が現れ、触手を焼き焦がしながらゆっくりと上昇を始めた。
異形の化け物が叫び声を上げながら無数の触手でそれを押しとどめようと試みる。しかし、次々と触手が焼かれてその動きを完全には抑えきることができない。
すると、火球の動きを抑えることは難しいと判断した異形の化け物は標的をレオへと変更した。
無数の触手を伸ばして龍と鳳凰の防衛網を突破しようと試みる
「無駄なあがきを」
そんな悪あがきを眺めつつ、レオは再び大剣の剣先を異形の化け物へと向ける。
その行動に危機感を覚えた異形の化け物が叫び声を上げると、レオ達の周囲で蠢いていた無数の触手が寄り集まる。そして、強度を増した触手で龍と鳳凰の爪を受け止めると、再び無数の触手へと別れながら一気に両者を覆いつくす。
そうして龍と鳳凰の動きを止めると、無防備になったレオへ向かって無数の触手が一斉に襲い掛かる。
だが、その状況にもレオは一切動じることがなかった。ただただ静かに異形の化け物を見据えると、構えていた大剣を薙ぐ。
「有言実行! 澌尽灰滅!」
直後、レオの眼前まで迫っていた触手がボロボロと崩壊し始める。狼狽えながら叫び声を上げる異形の化け物。しかし、触手の崩壊は止まらない。
下からは火球に焼かれ、さらに解放された龍と鳳凰に追い打ちをかけられる。対抗しようと触手を伸ばすものの、伸ばした端から触手は崩壊していく。
そうして、抵抗もむなしく異形の化け物は跡形もなく消え去った。
勝利を収めたレオは狂気に呑まれた兵士達を止める為に全体が見渡せる崖の上へと降り立つ。
「化け物は倒した。全員正気に戻れ!」
しかし、いくら叫んでみたところで狂気に呑まれた兵士達は止まらない。獣のような唸り声を上げながら手当たり次第に目についた相手へと襲い掛かる。
「クッ…、仕方がない。どうやら、根本から戦意を挫かなければならないようだ…。悪く思うなよ」
覚悟を決めたレオはその場で天高く大剣を掲げる。
「有言実行! 戦意喪失!」
次の瞬間、大剣がまばゆい光を放ち戦場を照らし出した。すると、戦場に異変が起こる。
崖の上には、まるでどこかの宗教画を思わせるような神々しい光を纏いながら、大剣を空に掲げる全裸の男。
それを崖下から見上げているのは、荒れた大地に佇む全裸の兵士達。
その場に居合わせた者達は、後にこう語ったという。
それは、とても異様な光景だった…、と。
気まずい空気に包まれた兵士達は、お互い目を合わせないようににそっと視線を逸らす…。
こうして、全ての繊維と引き換えに戦場から全ての戦意が喪失した。




