093 ライセツ
「風陣裂翔、急急如律令!」
「鎌鼬」
コノエが構えた札から風刃が発せられたのと同時に、エースが振りぬいた腕からも風刃が発せられる。それらがぶつかり相殺されると、続いて武士達がエースへと襲い掛かる。
「風神の羽衣」
エースの周囲に風が巻き起こると、武士達は一太刀も浴びせることができぬまま弾き飛ばされる。
その状況にコノエが焦りの色を見せる一方で、エースは余裕の表情を浮かべていた。
「何度やっても無駄だ」
「それでも、麿達は退くことはできないでおじゃる。そう、麿達の野望の為にも」
「その覚悟だけは認めてやろう。だが、覚悟だけではどうにもできない力の差があるということを教えてやろう」
すると、エースの背中の太鼓が一際大きな放電を始めた。
「其は世界を照らす光なり! 雷神さん!」
次の瞬間、エースの体がふわりと浮かび上がると共に激しい雷光がその周囲を覆う。まばゆい光に包まれながら上昇していくエースの姿は、さながら日が昇るかのような神々しささえ感じられる。それを目の当たりにした武士達がその姿に畏怖の念を抱く。
「怯むでないでおじゃる! 麿達はこんなところで負けるわけにはいかないのでおじゃる!」
武士達を鼓舞するように叫びながら、コノエは新たな札を構える。
「雷陣閃駆、急急如律令!」
札から発せられた閃光が空を駆ける。その光がエースの身に届こうとしたその時、上空から厳かな声が響き渡った。
「見よ、神すら見惚れる天光を! 御雷光!」
激しい雷光が迸しると、周囲が目が眩むほどの光に包まれる。そのあまりの眩しさに武士達が目を覆う。次の瞬間、視界を奪われた武士達を激しい嵐が襲った。
嵐によって蹂躙し尽くされた地にエースが舞い降りると、そこに立っていたのはコノエのみ。雑面を身に着けていたコノエは雷光を直視することを免れていた。嵐が巻き起こった瞬間には咄嗟に新たな札を取り出し仲間達に風の衣を纏わせて守ろうともしていた。しかし、圧倒的な力の前に武士達は全員地に伏し、コノエもまた突風によって雑面を剥ぎ取られ立っているのがやっとの満身創痍な状態だった。
「ほう、まだ立っていられるか、コノエ」
それでも最後の力を振り絞って一枚の札を取り出そうとするが、手に力が入らずにその札を取りこぼしてしまう。
その姿を見てエースがコノエの限界を悟る。
「いや…、どうやらもう限界のようだな」
「まだ…、まだ…終わってないでおじゃる…」
「もうやめておけ、コノエ」
「まだ…やれるでおじゃる…」
息も絶え絶えながらもコノエの瞳はまだ死んではいなかった。
「そうか、そんなになっても最後まで抗うか…。ならば私も騎士として最後まで相手をしよう」
そう言うとエースがコノエに向かって手を翳す。
コノエの脳裏には次の行動の選択肢が浮かぶ。しかし、体はとっくに限界を迎えていた。
防御の為に札を取り出そうとするのに体は思うように動かない。
「武士の情けだ。せめて苦しまぬようにあの世へと送ってやろう」
「無念でおじゃる…」
「さらばだ、コノエ」
風刃を放とうとしたエースだったが、背後から微かな殺気を感じて咄嗟に振り返る。そして、そこに今まさに自らに斬りかかってきている人物を認識するとその相手に向かって風刃を放った。
しかし、その風刃は相手の剣戟によって打ち消される。その時、エースは向かってきている相手がスペードの紋様の描かれた仮面を身に着けていることに気付いた。
「スペード…?」
一瞬戸惑いを見せたエースの首筋へスペードの剣が迫る。しかし、エースとて近衛騎士団にて団長を務めるほどの実力者。すぐに冷静になって状況へと対応する。
「風神の羽衣」
エースを覆った風の衣がスペードの剣筋を逸らせるが、スペードもすぐさま次の一撃を放とうと試みる。しかし、掴みかかってきているエースの腕に気付くと距離を取った。
「どういうつもりだ、スペード」
不愉快そうに問い掛けるエースに対して、少し間を置いてからスペードが静かに答える。
「……私の役目は、今回の計画を完遂する上での不安要素への対応」
要領を得ない返答にエースが苛立ちを見せる。
「それが何故この状況につながる?」
「……今あなたが思い浮かべた『計画』と私の言っている『計画』が同じものとは限らない…」
「何だと?」
その時、満身創痍ながらも辛うじて立っていたコノエがその場に膝をついた。スペードはそんなコノエへと視線を向けると静かに続ける。
「計画では彼等に近衛騎士団の足止めをしてもらう予定だった…。でも、やはり荷が重かったみたい…」
「足止めだと?」
「まだ気付かない? 彼等を差し向けたのが誰なのか…」
スペードのその発言を受けてエースの脳裏に一人の男の姿が浮かんだ。
「…フッ…、ハハッ…。そうか、そういうことか。初めからあの男は気に入らなかったんだ」
同時に、その男が今まさに自らの主と共にいるという事実に思い至る。
「どうやら、こんなところで遊んでいる暇はなさそうだ。早々にジョーカー殿下の元へ向かうとしよう」
「させると思う?」
己の前に立ち塞がるスペードをエースが威圧する。
「思い上がるなよ。お前ごときで私を止められるとでも思っているのか?」
すると、スペードは嘲笑うかのように口元を微かに歪める。
「そう思っていなければ、わざわざこんなことを話したりしない」
その発言と態度に苛立ちを覚えるものの、エースは頭の中で冷静に優先順位を判断する。
「安い挑発だ。そんなものに私が乗るとでも思…」
「思ってる」
スペードの食い気味の即答に対してエースもまた即答で応じる。
「よし、殺す」
直後、エースの鎧に付いた太鼓の装飾から雷光が迸る。
「旋風」
すると、スペードの周囲で風が渦を巻き始めた。スペードはそれを敏感に感じ取ると回避がてらエースへと斬りかかる。しかし、それはエースが纏う風の衣によって防がれた。
いったん距離を取ったスペードだが、すぐに剣を構え直すと再び斬りかかる。ヒットアンドアウェイで攻撃を続けるスペードにエースも応戦するものの、エースの放つ旋風も鎌鼬もスペードを捉えるには至らない。
共に攻め手を欠く状況かと思われたが、スペードは冷静に風の流れを見極めていた。右手に持った剣が風によって逸らされるのを確認すると左手を軽く振るう。そして、そこに現れた剣でもって風の衣の隙間を縫うようにして刃を通す。
風の防御を抜かれたことを感じ取ったエースは咄嗟に体を捻り斬撃を躱す。しかし、完全には避けきれず腰に着けていた巾着袋が宙を舞った。
それを掴もうと、エースは思わず手を伸ばす。しかし、スペードの追撃が迫っていることに気付くと、後ろ髪をひかれながらも巾着袋を諦めて伸ばしていた手をスペードに向け直す。
「疾風」
突然の強風に吹き飛ばされつつもスペードは持っていた二振りの剣をエースに向かって投擲する。しかし、風によって逸らされたその剣はエースの背中の太鼓の装飾を破壊するだけに留まった。
吹き飛ばされたスペードが着地すると同時にエースもまた距離を取る。
すると、少し遅れて巾着袋と太鼓の装飾がその場に落下した。それを目の当たりにながらエースが怒りを露わにする。
「よくも私の誇りを踏みにじってくれたな、スペード」
エースの体がふわりと浮かび上がるのを見ながらスペードは軽く両手を振るう。そして、そこに現れた剣を握ると再び攻撃の構えを見せる。そんなスペードを見下ろしながらエースが天に手を翳した。
「其は恐ろしき竜の系譜なり! 雷竜!」
直後、轟音と共に雷が大地を穿つ。すると、その雷がエースの周囲で竜の姿を形作った。
「恐れよ、渦巻く竜の逆鱗を! 渦雷!」
その叫びと共に雷竜が渦を巻くようにしながら天へと昇る。それに伴って周囲の風が渦を巻き始めると、その渦がスペードを飲み込んだ。
「そのまま切り刻んでくれるわ!」
風の渦に捕らわれたスペードであったが特に慌てた様子は見せない。
「風の冬」
そんな囁くような呟きと共にスペードの周囲で吹雪が巻き起こる。そして、その吹雪が次第に勢力を増すと風の渦を完全に打ち消した。
「馬鹿な、この私の風魔法を打ち消しただと!?」
驚愕を隠せないエースを見据えながらスペードがまた静かに呟く。
「剣の冬」
次の瞬間、スペードの周囲で渦巻いていた雪が幾つもの剣を形作る。そして、それらが一斉にエースへ向かって放たれた。
エースが宙を舞いそれを回避するも、第二撃、第三撃が続けざまに放たれる。それらも回避しながらエースが反撃に出る。
「鎌鼬」
風刃と雪の剣による激しい応酬。どちらも相手の攻撃を躱しつつ自らの攻撃を叩きつける。両者ともに攻撃も回避も第一級の実力者。このまま同じ攻撃を続けていても意味がないことを悟った両者が同時に動く。
「狼の冬」
「風焔」
剣を形作っていた雪が狼へと姿を変えると一斉にエースへと襲い掛かる。それを迎え撃つのは周囲が歪んで見えるほどの熱波。
双方の攻撃が激しくぶつかり合う。その結果を見届けるよりも早く両者は次の行動に移っていた。
スペードが両手の剣をエースに向かって投擲するとエースはそれを躱しながら一際空高く舞い上がる。そして、その場で両手を天に掲げると一気に振り下ろした。
「下降噴流!」
一気に吹き降ろす風によって大地が圧し潰されるが、スペードはそれを躱しながら軽く両手を振って新たに剣を握り直す。その様子を見下ろしながらエースが追撃の構えを見せる。
「其は流浪の旅人なり! 風雷暴!」
エースの全身が雷を纏う。
「惑え、刹那の幻影に! 雷騰雲奔!」
次の瞬間、スペードがエースの姿を見失った。直後、背後に微かな気配を感じたスペードは振り向きざまに剣で切り払う。しかし、既にそこにエースの姿はなく、再びスペードの背後へと姿を現す。それも敏感に感じ取ったスペードだったが、対処しようとした時には既に風と雷を纏ったエースの手刀がスペードの胴体を真っ二つに切り裂いていた。
「さすがにあれだけの見栄を切るだけのことはあった。だが、それでも私には及ばなかったようだな」
そうやってエースが勝利を確信していた時だった、切り裂かれたスペードの体が雪となって散っていく。
「何だこれは…?」
困惑するエースの周囲を、散っていった雪が吹雪となって通り過ぎる。それがエースの背後にて寄り集まるとそこに真っ二つにされたはずのスペードが姿を現した。
「何!?」
驚愕しつつもエースは反射的に手刀を向ける。しかし、スペードによる一閃がエースに届く方が早かった。
「思い上がっていたのは、あなたの方みたいね」
「馬鹿…な…。この私が…こんな…」
エースが地に伏し沈黙したのを確認すると、スペードが持っていた剣がその場に溶け込むようにして消えていく。
そうしてその場を後にしようとしたスペードだったが一歩踏み出したところで急激な眩暈を覚えた。
「…? …少し、無理をしすぎた…みたい…」
よろけたスペードを何者かが背後から支える。それは黒いコートに身を包みクラブの紋様入りの仮面を被った人物。
「あまり無理をしないでください、ユキ」
「……ハル…? どうして、あなたがここに…?」
「大公国へは私の代わりにライルさんに行ってもらいました。私にはここでやらなければならないことがあるので…」
「やらなければならないこと…?」
「……セバスさんは、自分の都合に私達を巻き込んだと思っています…。だから、一人で全ての責任を背負うつもりでいる…。ですが、今回の一件、私達も無関係というわけではありません…。いえ、むしろ私達が…」
「…そうね…。いつまでも甘えてばかりはいられない…。せめて、自分達の問題くらいは自分達で背負わないといけないわね…」
ハルに体を預けていたユキだったが、そう言うと全身に力を入れて自らの足で立ち上がる。
「終わらせましょう、ハル」
「はい」
ヒイロ 「今回、ちょっとだけ真面目なバトル…?」
白狐 「そう見える?」
ヒイロ 「いつもに比べてネタ控えめのような…?」
白狐 「そっか…、そう見えるか…。じゃあ、ちょっと時間差ツッコミいってみようか」
ヒイロ 「え?」
●ケース1
エース 「武士の情けだ。・・・」
出張ヒイロ君 「お前、騎士だろ!?」
●ケース2
エース 「安い挑発だ。そんなものに私が乗るとでも思…」
出張ヒイロ君 「時間稼ぎをしようとしている相手とそんな悠長に会話をしている時点で、安い挑発以前の問題であるということに気付いてほしい」
エース 「よし、殺す」
出張ヒイロ君 「乗ったぁぁぁ!!」
●ケース3
エース 「よくも私の誇りを踏みにじってくれたな、スペード」
出張ヒイロ君 「そこに誇りを見出すな!」
●ケース4
エース 「其は恐ろしき竜の系譜なり! 雷竜!」
白狐 「さて、ここで問題です。エースが召喚した(?)雷竜ですが、皆さんはどんな竜を思い浮かべたでしょうか? 中華風の龍? それとも西洋風の竜?」
ヒイロ 「………。雷で構成されていて不定形ではあるものの、この雷竜、実は立派な胴体と四本の脚があるよね?」
白狐 「そうだね」
ヒイロ 「翼が生えているように見えるけど、実はあれってただ雷が迸ってるだけだよね?」
白狐 「そうだね」
ヒイロ 「ブロn」
出張ヒイロ君 「ブロントサウルスやん!」
白狐 「そう。別名、雷竜」
出張ヒイロ君 「恐ろしき竜の系譜ってそういうこと!?」
ヒイロ 「ねぇ、さっきからこいつ何なの?」
白狐 「本編進出前に出張ヒイロ君の試運転を…」
ヒイロ 「試運転!?」
※ 残念ながら今のところ出張ヒイロ君が本編進出する予定はありません。
●ケース5
出張ヒイロ君 「ところで、エースはどうして雷系(?)の技を使う時だけ厨二っぽい一言を入れてくるの? そんでもって、どうして発動までが二段階なの?」
白狐 「世の中には効率よりも見栄えが大事という人達も居るんです」
●ケース6
白狐 「エースが使った雷騰雲奔は体が雷化して瞬間的に移動できるとかそういうのではなく、風の力で高速移動する技です。全身に纏った雷はただの演出です」
ヒイロ 「何て無駄が多い」
白狐 「まあ、普通の人間には人体を他の物質に変化させたり一度散り散りになってから再構築したりなんて真似ができるわけないしね」
ヒイロ 「そらそうだ」
………
ヒイロ 「…………ん? あれ?」
===
おまけ
今日のミーア? 『出番をください』




