010 ユウタイ リダツ
調査の為に森へと入った俺達勇者一行。この調査にはエリサさんも同行している。
そのエリサさんは俺の後ろでオーギュストさんの車椅子を押しながら歩いている。その車椅子の住人は相変わらず小刻みに震えているだけだ。
すると、その様子を見ていたカイがウォルフさんに問い掛ける。
「オーギュストは大丈夫なのか? 正直、これから始まる魔王との長く激しい戦いに耐えられる気がしないんだが…」
今更か? 出発時点ですでに分かっていた気もするんだが…。
あの時すでに、一人だけ別のところへ旅立ちそうだったし。
「俺達は、人類の最後の希望なんだ。万に一つも負けるわけにはいかないんだ!」
それはともかくとして、どうしてこの勇者は魔王と戦う気満々なのだろうか?
「確かに…、彼には今までの実績もあるけれど、もう年も年だしね。いつまでも特別な扱いを続けるというわけにもいかないし、勇退してもらった方がいいのかもしれないね」
「そうですね、今後のことも考えると、このパーティから離脱してもらった方が…」
ウォルフさんがそう答えると、エリサさんがそれに続いた。
そこへバルザックが口を挟む。
「そもそも、何でこんな状態の爺さんをパーティに入れたりしたんだ? 今のところ一度も役に立ってないだろ」
とりあえず、今の所こいつも役に立っていない。いや、俺もだけど…。
「本人の強い希望だと聞いているよ。アレックスも師匠の頼みは断り切れなかったようでね」
「いや、そこは断ってあげた方が本人の為だったのでは?」
「むしろ、介護に人手を取られて足手まといになっている気もしますしね」
ウォルフさんに続いて俺とハルがそう言うと、オーギュストさんの震え方が急に激しくなった。
それを見てカイが驚いて声を上げる。
「どうしたんだ急に!?」
次の瞬間、オーギュストさんの頭から半透明のオーギュストさんが現れた。
車椅子に座った本体の方は、何やら瀕死の表情でピクピクしている。
これは、大分やばい状況なんじゃないだろうか。いや、前にも見た気がするが。
すると、半透明のオーギュストさんがこちらを見据える。
「ふっふっふっ、驚いたようじゃのう? 何度も死にかけているうちに、儂はついに新しい魔法を開発したのじゃ。
本体の方は弱っておっても、こうして精神体を構築することで話すことも戦うことも可能じゃ。これでもう、お主等に好き勝手は言わせぬぞ!」
何気に、彼の初台詞だ。
「いや、それって…ただお迎えが近いだけなんじゃ…?」
「何を言うか! これは魔法じゃ。儂は戦える、戦えるんじゃー!!」
俺の指摘に対して、透き通ったオーギュストさんが駄々をこねる。
上だけ見ていると元気そうだが、本体の方は虫の息だ。
その時、近くの茂みから物音が聞こえてきた。そちらに視線を向けるとそこから大きな生き物が顔を出す。
そいつは体長2mほど、二本足で自立しており、短い手…前足(?)にはボクシンググローブを付けている。
ピンと立った耳に、長い尻尾。そして、そのお腹には袋。その袋からは、そいつの縮小版のような生物が頭だけ出している。
それを見てウォルフさんが呟く。
「カンガルー…?」
…ウォルフさん、何故手に蕨を持っているんですか?
俺が戸惑っていると、オーギュストさんがニヤリとほくそ笑んだ。そして右手を前に翳しながら口を開く。
「皆、手を出すな。丁度よい機会じゃ、儂の真の強さを見せてやろう!」
すると、彼が翳した右手から光球が生じ、それがカンガルーに向かって放たれた。
飛んでくる光球に対してカンガルーは怯むことなく立ち向かう。そして、カンガルーは自ら光球の方へ向かって進み出ると左の拳でそれを迎え撃ち相殺した。
「ぬ! やりおるな!」
少し感心したようにそう呟くオーギュストさんに向かって、カンガルーが素早く詰め寄り右ストレートを繰り出す。
しかし、それはオーギュストさんをすり抜けた。今の彼は、ほぼ幽霊と言って問題ない。
戸惑いを見せるカンガルー。だがその時、お腹の袋から頭を出していた仔カンガルーが身を乗り出し、車椅子に座っていたオーギュストさんの体にパンチを繰り出した。
「ぐふっ!!」
オーギュストさんが苦しそうな声を上げる。
その様子を見たカンガルーがニヤリとほくそ笑む。
「!! なるほど、そちらが本体か!!」
いや、見りゃわかるだろ。ていうか初めから弱点丸出しだろ。
あと、このカンガルー喋ったよ?
「弱点さえわかればこちらのもの。覚悟するが良い!」
カンガルーがそう言いながら自分の拳に力を集中し始めた。すると、その拳が眩く輝きだす。
そして、尻尾を支えにしてジャンプすると、オーギュストさんの体に向かって後ろ足で蹴りを繰り出した。
「いや、殴らないのかよ!」
思わずツッコんでしまった俺の叫びが周囲にこだまする。
いや、確かにカンガルーってこんな感じの攻撃するけど。
そんなカンガルーの攻撃に対して、オーギュストさんも怯まない。彼が両手を前に翳すと、そこに光の壁が展開され、それがカンガルーの蹴りを受け止めた。
とてつもない衝撃波が周囲を襲う。
「ハァッ!!」
そう叫びながらオーギュストさんが光の壁にさらに力を込めていく。すると、カンガルーの体が後ろへと吹き飛ばされた。
カンガルーの体が木の幹に激しく打ち付けられる。
そこへ、すかさず魔法で生み出した光球での追撃。
しかし、カンガルーはすかさず体勢を整えると右ストレートでその光球を粉砕した。
お互いに決め手を欠く状態、カンガルーとオーギュストさんの睨み合いが続く。
その時、離れて見ていた俺達のところへ、木の上からコアラが降ってきた。
そして、それがバルザックの頭に抱きつく。
コアラはなにくわぬ顔をして抱きついているが、奴らの爪はとても鋭い。そう、結構怖い奴なのだ。
バルザックの頭に爪が突き刺さり、それに耐えかねたバルザックが斧を振り回す。
しかし、彼は前が見えていない。
手から斧がすっぽ抜け、カンガルーめがけて飛んでいった。
「手を出すなと言ったじゃろー!!」
オーギュストさんが鬼の形相でそう叫びながら、生み出した光球を斧に向かって放つ。
すると、それが当たった斧が融け落ちた。
「俺の斧ぉぉぉ!」
バルザックの悲壮な叫びが響き渡る。
ちなみに、コアラはミーアが撃退した。ついでにバルザックの顔に多くの引っかき傷を残して…。
オーギュストさんが斧に気を取られた隙を狙って、カンガルーが動き出していた。
両足に力が集まり光輝く。そして、尻尾を支えにして跳び上がると、オーギュストさんに向かって渾身の右ストレート。
「いや、蹴らないのかよ!!」
さっきから何がしたいんだ、このカンガルー。
オーギュストさんが光の壁でそれを受け止める。そして、カンガルーの尻尾に向かって光球でカウンターの一撃。
すると、カンガルーはバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
「これで仕舞いじゃ!」
オーギュストさんが光球を放つと、それがカンガルーの頭を吹き飛ばした。
勝敗は決したかに見えた…が、次の瞬間。頭が吹き飛ばされたはずのカンガルーの拳に再び力が集まる。
その拳は眩い光を放ち、カンガルーが再びオーギュストさんの体に襲い掛かる。
「何じゃと!!」
とっさの出来事にオーギュストさんは反応が遅れてしまう。
しかし、今にもカンガルーの拳がオーギュストさんの体にヒットしそうになったその時、車椅子に座ってピクピクしていた本体が一際大きくビクンと仰け反った。その拍子に車椅子が後ろに倒れる。
カンガルーの拳が空を切る。すると、倒れていく車椅子に座っていたオーギュストさんの足が、お腹の袋の中の仔カンガルーにヒットした。
「ぐふっ!!」
仔カンガルーが苦しそうな声を上げる。そして、頭を失ったカンガルーの方も何やら痛そうにもがいている。
それを見てオーギュストさんがニヤリとほくそ笑む。
「!! なるほど、そちらが本体か!!」
カンガルー、お前もか!!
仔カンガルーが袋から這い出し、急いでその場から離脱しようと試みる。
それを見ながら、オーギュストさんが口角を上げた。
「弱点さえわかればこちらのもの。覚悟するが良い!」
オーギュストさんの手から光球が放たれ、それが仔カンガルーを直撃した。
カンガルー戦はここに幕を閉じた。
すると、オーギュストさんが誇るような表情を俺達に向けてくる。
「もう役立たずなどとは言わせぬぞ?」
そんなオーギュストさんを呆然と見つめていると、ハルが淡々とした口調で声を掛けてきた。
「ところで、こちらの始末はどうしましょう。…埋めますか?」
彼女の視線の先には、倒れた車椅子と血だまりの中にあるオーギュストさんの体。
どうやら、倒れた拍子に地面の石に頭をぶつけたようだ。
……。
半透明のオーギュストさんが、とても良い笑顔で手を振りながら天へと昇って行く。
さようなら、オーギュストさん。
「勝手に殺すでない!!」
あ、帰ってきた。
その後、彼はエリサさんによる適切な治療によって一命を取り留めた。
ヒイロ 「ウォルフさん、その蕨どうしたんですか?」
ウォルフ 「さっき、そこで収穫したんだ」
ヒイロ (何やってんの、この人!?)
===
優待? 融体? 有袋?