091 インガオウホウ
「さあ、ゴーレムよ、こいつらを始末しろ!」
その部屋の扉を開けた瞬間、中から聞こえてきたのはそんな叫び声。
「…え?」
思わずそんな声を漏らしながら部屋の中に視線を向けると、そこに居たのはジョーカーとトランプと数名の騎士、アレックスさんに国王。そして、何故かウォルフさん。
よくわからないが俺は全員からの注目を集めていた。
………え? どういう状況?
困惑していると、ジョーカーが驚いたように声を上げた。
「なっ!? 貴様等、どうやってここまで!? ゴーレムをどうした!?」
「え? ゴーレム…?」
「惚けるな! 吾輩の姿を模ったイカした石像のことだ!」
「え?」
急にそんなことを言われ、間の抜けた声を上げつつもそっと後ろを振り返る。
そこにあるのは、通路に延々と散らばる石像の残骸。そして、狂気すら感じさせる笑い声を上げながら残骸をさらに砕き続けるバルザックとオーギュストさん。
普段活躍できない鬱憤を晴らすには丁度よかったのだろうか。長い通路を進みながら、この二人は並んでいた石像のことごとくを破壊してきた。
………。
「えーっと…、その…。あのイカれた石像なら、全部ぶっ壊しました…」
「ぶっ壊…!?」
唖然として言葉を失うジョーカーだったが、ふと我に返ると声を荒らげる。
「馬鹿な。あれはアダマンタイト製のゴーレムだぞ。そんな簡単に壊されて堪るものか!」
その時、バルザックの一撃によって粉砕された勢いで石像の頭部が部屋の中へと転がり込んだ。そんな転がる頭部をミーアが楽しそうに追いかける。カワイイ。
それはともかく。その光景を見たジョーカーが声にならない悲鳴を上げる。そして、部屋に並ぶ列柱の一本をキッと睨みつけると叫びを上げた。
「これはいったいどういうことだ。答えろ、ヨサーク!」
「どうもこうも、そもそも、石像の素材にアダマンタイトを指定された覚えはないでし」
柱の陰からひょこっと顔を覗かせてその問いに答えたのは、後頭部から結っている三つ編みのみが黒い金髪の男。
居たのか、ヨサーク。
「何を言っている。予算を使い切っても構わんからアダマンタイトを使用するように言ったはずだ」
「だから、予算内で用意できる中での最高の素材を使ったでし」
「え?」
「常識的に考えて、たったあれっぽっちの予算でアダマンタイトなんて使用できるわけがないでし」
そんなヨサークさんの発言に対して、ジョーカーが唖然と呟く。
「……え? できないの?」
「無理でし」
「まあ、無理でしょうな」
ヨサークさんとトランプにきっぱりと否定されたジョーカーが項垂れていると、そこへすかさずアレックスさんが追い打ちをかける。
「そんなこともわからなかったんですか? やはり無知蒙昧な殿下には国家の運営など到底できませんよ。もう諦めて投降されてはいかがですか? 今ならまだ、国家反逆罪で死刑くらいで済みますよ?」
それはもう既に取り返しのつかないところまで行きついてしまっているということなのではないだろうか?
煽るようなアレックスさんの発言にジョーカーがわなわなと体を震わせる。
「ふざけるな! どいつもこいつも馬鹿にしおって」
そんなジョーカーを余裕の表情で見つめながら、アレックスさんはさらに続ける。
「冗談はさておき、こうして首謀者も明らかになったことですし、これ以上おとなしくしている必要もありませんね。早々に事態を収拾するとしましょうか」
「貴様ごときにに何ができるというのだ、アレックス!」
怒り任せに叫びを上げたジョーカーは、そのまま周囲の騎士達に命令を下す。
「お前達、何をしている。さっさとこの男を黙らせろ!」
「「ハッ!」」
騎士達が一斉に襲い掛かってくる中、アレックスさんは冷静に周囲の状況を把握する。そして、微かな笑みを浮かべると、彼の前に二つの光球が現れる。直後、それらが左右から斬りかかっていた二人の騎士を迎え撃った。
一瞬の出来事に、二人の騎士は防御することもできずに吹き飛ばされた。
思いもしない反撃にジョーカーが唖然としていると、俺の隣にいたオーギュストさんが自慢気に口を開く。
「忘れておるようじゃが、アレックスは儂の下で魔術を学んだ優秀な魔術師じゃぞ?」
だが、少し離れた位置にいるオーギュストさんの声など向こうには聞こえなかったらしい。アレックスさんは冷静な表情でジョーカーを見据えながら言い放つ。
「お忘れですか? 私は国立アカデミーで魔術を学び、そこを首席で卒業しているんですよ」
俺の隣でちょっと寂しそうに『儂の弟子…』とか呟いているオーギュストさんのことは置いておくとして、アレックスさんの発言にウォルフさんが続く。
「そう。しかも、断トツの成績でね。その記録は未だに破られていないんだよ」
親友の功績を嬉しそうに自慢するウォルフさん。だが、褒められているはずの当の本人はウォルフさんの背後の光景に気付くなり、遠い瞳になっていく。
彼の背後には、天井や周囲の柱から張り巡らされたクリーム色の紐のようなもので絡めとられてぐったりとしている騎士達の姿。そして、その紐のようなものはウォルフさんが右手に嵌めているグローブの各指に繋がっていた。
そう、アレックスさんが二人の騎士を倒した間に、ウォルフさんは国王や俺達の方へ向かってきていたのも含めた残りの騎士全員を倒していたのだ。
「自分もアカデミー時代はそんなアレックスに追い付き、追い抜くことを目標にして頑張ってきたものさ。まあ、結局一度も勝てなかったんだけどね」
アレックスさん。気をしっかり持ってください。
ウォルフさんは、おそらく嫌味とかではなく本心からそう思って言っている。アレックスさんもそれがわかっているからこそ何も言えずにこの表情なのだろう。
そんな中、まだ意識の残っていた一人の騎士が何とかそこから逃れようともがき始めた。
「やめた方がいい。あまり動くと千切り大根が食い込んで体が千切れてしまうよ?」
それ、千切り大根かよ…。
呆然とそんなことを考える俺の目の前でウォルフさんが右手を動かすと、もがいていた騎士はギリギリと締め上げられて意識を失った。
するとその時、状況を見て自分達が有利だと判断したのだろうか、バルザックが前へと進み出た。
「どうやら万策尽きたようだな」
そんなことを言いながら、さっき転がり込んできた石像の頭のところまで行くと、その頭の上に自らの斧の柄を突き立てる。
「護衛の騎士達は俺達の力の前に再起不能に陥り」
お前、何もしてないだろ。
「お前達の切り札だったゴーレム部隊もこの通り、俺の機転によって全滅した」
ただの結果オーライだろ。
「もうお前達に勝ち目はない。俺が本気を出す前におとなしくした方が身の為だぞ?」
何だろう。あの勝ち誇ったかのような顔が非情に腹立たしい。
そんなバルザックの発言をジョーカーが鼻で嗤う。
「あのゴーレムが切り札だと? フッ、何を勘違いしている」
「何?」
「あんなものは数ある策の内の一つに過ぎない」
有利だと思ってしゃしゃり出てきたはずのバルザックだったが、まだ絶対的に有利な状況にまでは至っていないことを敏感に感じ取ったようだ。表情やポーズは強気なまま、じりじりと後退していく。器用な奴である。
「ハッ、この状況からお前にいったい何ができる!」
そんな強気な発言をするバルザックだが、既に扉の前まで移動して逃げ出す準備は万端だ。
「吾輩が戦えもしない無能なトップだとでも思っていたか? 吾輩とて伊達に幻影道化師のジョーカーを名乗っているわけではない」
すると、ジョーカーは右手を自らの顔の前に翳して厨二っぽいポーズを決めた。
「そう、幻影道化師の本当の切り札はこの吾輩。切り札は最後まで取ってお…」
「不愉快でし」
「ええぇぇ!?」
恰好良く決めようとしていたジョーカーだったが、思わぬところからの横槍に驚愕を隠せない。
そんなジョーカーを無視して、不満顔のヨサークさんが続ける。
「Meの作品を無視して話を進めないでほしいでし。Meの作品はまだ負けてないでし」
その時、とうとう扉の外まで退避していたバルザックの背後で動きがあった。通路に散乱していた石像の破片の一部が寄り集まるとそこにバルザックよりも一回りも二回りも大きな石のゴーレムが現れる。
「予算の都合もあって一体分だけでしが、自動修復機能を搭載しておいたでし」
余計な真似を。
俺がミーアと共にヨサークさんへと冷たい視線を向ける中、背後に不穏な気配を感じたバルザックはそっと後ろの様子を窺っていた。そこでバルザックが目にしたのは今にも拳を振り下ろそうとするゴーレムの姿。
次の瞬間、ゴーレムの拳がバルザックを襲う。
辛うじてその拳を躱したバルザックが部屋の中に転がり込んでくる。しかし、持っていた斧を手放してしまい、その斧をゴーレムに奪われた。
さっきまで執拗に斧を振り下ろして石像を砕いていたバルザックに対して何か思うところでもあるのか、執拗に斧を振り下ろしながらバルザックを狙うゴーレム。
そんな中、見せ場を奪われたジョーカーが拳を握り締めて悔しそうにしながら呟く。
「フッ…。どうやら、まだ切り札を切るようなタイミングではなかったようだな」
強がっちゃって、もう。
そんな強がりを見せていたジョーカーだったが、ゴーレムに視線を向けると不思議そうに首を傾げた。
「しかし、自動修復という割には明らかに造形が変わっているような…?」
「……気のせいでし」
目の前のゴーレムは無骨な石造りのいかにもといった感じの造形である。そして、サイズも明らかに大きくなっている。ぶっちゃけ、第一王子の石像よりも強そうだ。
さて、そんな事を考えている間にもバルザックは追い詰められていく。壁際まで追い込まれてとうとう命脈尽きたかと思われたが、ゴーレムが斧を振り上げた一瞬の隙をついてその股の間を抜けると俺の方へと走ってきた。そして、ハイタッチを求めるかのように右手を上げる。
よくわからなかったものの、ついそれに応じて右手を上げると、バルザックはすれ違いざまにハイタッチしながらとてもいい笑顔を浮かべた。
「後は任せた」
「……は?」
そのまま走り去るバルザックと迫りくるゴーレム。その瞬間、ゴーレムの標的が俺に切り替わったのを感じた。
そういえば、さっき俺も石像ぶっ壊したしね(正確には俺じゃないが…)。
ふとそんな事を思い出していると、ゴーレムが斧を振りかぶりながら俺に襲い掛かってきた。すると、それに反応して優秀なコートが動き始める。
しかし、動き出したコートの裾が向かった先は何故かゴーレムとは正反対の方向。逃げていくバルザックを捕まえるとキュッと軽く捻る。
制裁なんかよりも、今はもっと優先すべきことがあったのではないだろうか?
そんな考えが頭の隅をよぎる中で、俺に向かってゴーレムの斧が振り下ろされる。
思考の方は辛うじて追いついているものの、一般人である俺の身体能力は全く追いつかない。この状況で俺にできることといえば一つだけ…。
「うわあぁぁぁ!」
そう、悲鳴を上げることだけだった。
ただ叫ぶことしかできない俺に死の影が迫る。しかし、その時だった。俺の視界の端に何者かが現れると、それが何かを叫びながらゴーレムを殴り飛ばす。
「私が来た!」
「何か来ちゃった!」
突然現れたのはバルザックほどの大きさの人の形をしたタワシの集合体。その首元には『御呪』と書かれた小さな熨斗がぶら下がっているのが見て取れる。
束子ちゃん、今までお供えしてきた全てのタワシを使って大きくなってやがる…。
「助けに来ました、ご主人」
そして、何故か喋れるようになってやがる…。
現実逃避気味に遠い瞳で見つめていると、壁まで殴り飛ばされていたゴーレムが瓦礫を撥ね退けて戻ってくる。そんなゴーレムを束子ちゃんが迎え撃つ。
「私が来たからには、ご主人にはもう指一本触れさせません」
斧を振りかざしながら襲い掛かってくるゴーレムに柄付きタワシで応戦する束子ちゃん。そんな中、俺の背後でコートの裾に締め上げられていたバルザックが縋るようにして手を伸ばしてきた。
「情けを…。情けをぉ…」
……。
「そういえば、以前誰かが言ってたんだけどさ。情けをかけることは、その人の為にならないらしいんだ」
冷たい瞳で見下ろしながら告げると、バルザックは絶望に顔を歪めながらその場で力尽きた。
さて、こんなやつのことは置いておくとして、今のバルザックとのやり取りで一つ思い出したことがある。そういえば、俺は以前、(不本意ながらも)鷺に情けをかけたことがあった。
そう、今は配送事業を営んでいるあの鷺だ。
鷺を(不本意ながらも)見逃す。
↓
見逃した鷺が配送事業『ヘロン便』を始める。
↓
鷺にタワシの配送を依頼する。
↓
ちょっとした行き違い(?)によってタワシが束子ちゃんになる。
↓
束子ちゃんが俺を救う。
………。
(不本意ながらも)鷺にかけた情けが、巡り巡って俺の命を救った…。
世の中、善い行いをすれば善いことが、悪い行いをすれば悪いことが返ってくるらしい。
因果応報…?




