089 ツギ ノ モクテキチ
宝物庫でアレックスさんを見つけられなかった俺達は、王宮内を当てもなく彷徨っていた。
「目的地を設定してください」
「ニャ」
「唯一の有力情報が空振りに終わってしまうとはのぅ…。これではアレックスを見つけることができぬぞ?」
「そうだな。当てもなく歩き回ったところで幻影道化師の連中に見つかるだけだしな…」
「目的地を設定してください」
「ニャニャ」
「ふむ、どうしたものかのぅ…」
「いっそのこと、まずは態勢を立て直すことを優先して俺達だけでも王宮から脱出するっていうのはどうだ?」
「目的地を設定してください」
「ウニャ」
「勘違いするなよ? 俺は別に尻尾を巻いて逃げ出そうなんて言ってるわけじゃないんだ。そう、これは戦略的撤退ってやつだ」
「それにしても、幻影道化師の連中は何故アレックスを連れ回しておるのか…」
「目的地を設定してください」
「ニャン」
さっきからうるさいな、この人形。
俺達の周囲を飛び回りながら何やらしゃべり続ける人形と、それを捕まえようと必死に跳びかかるミーア。鬱陶しいやら可愛いやらで、どうにも話が入ってこない。
とはいえ、そうも言っていられない状況なわけで、なるべく人形とミーアの方を見ないようにしながら話に加わる。
「思ったんですけど、宝物庫へわざわざアレックスさんと国王を連れて行ったのは、あの二人が宝物庫を開く為の鍵を持っていたからなんじゃないですか?」
「ふむ、なるほど、確かにあり得る話じゃのぅ…。じゃがそう考えると、宝物庫が開いた今、アレックス達は既に用済みということにならぬか…」
「それはつまり、既に始末されている可能性もあるってことか? やっぱり、ここは態勢を立て直す為にもいったん脱出を…」
「目的地を設定してください」
「ニャーン」
「でも、それだったら宝物庫を開けた時点で始末しませんか?」
「確かにそうじゃな。つまり、あそこにそういった痕跡がなかったということは、まだ生きておる可能性も高いということか…」
「まだ他に用があるのか、それとも、端から命まで取る気はないのか…」
「目的地を設定してください」
「ニャ…」
「それはわかりませんけど、俺達がただ軟禁されていただけってことも考えると、命まで取ろうとはしてないんじゃないかなと…」
「ふむ…。つまり、用が済んだ今、アレックス達も再びどこかで軟禁されておるかもしれぬと言いたいわけじゃな?」
「だが、結局その場所がわからないんじゃ仕方がないだろ。だから、やっぱりいったん脱出して態勢を立て直すべきじゃないのか?」
「目的地をせって…」
「ウニャァァ!」
あっ…。人形がミーアに捕まった。
直接目撃こそしていないものの、背後から聞こえてきたひときわ威勢のいいミーアの鳴き声と突然途切れた人形の声で状況を察する。
ちらっと視線を向けると、ミーアの前足の下で人形がバタバタともがいていた。捕まえた獲物をじっと見つめながらミーアがゆっくりと顔を近付ける。すると、人形が声を発した。
「目的地を設定しました」
唐突に設定された目的地。何事かと思っていると、人形の胴体部分には『もう帰る(泣)』の文字。
「実際の交通規制に従って走こ…」
あっ、こらミーア。ペッしなさい、ペッ。
こうして、人形は無慈悲な捕食者の犠牲となったのであった…。
人形の頭を咥えて得意気に見せてくるミーアがとてもカワイイ。
ミーアの愛くるしさに色々と誤魔化されていると、オーギュストさんが廊下の先に何かを見つけた。
「む? 誰か倒れておるぞ?」
廊下の先に視線を移すと、そこにはインテリ風スーツのメガネの男が壁にもたれかかるようにして倒れていた。
「タカムラさん…?」
倒れている男の正体に気付いて慌てて近付くと、タカムラさんがうっすらと瞳を開ける。
「ヒイロ…さん…?」
「タカムラさん、いったい何があったんですか? どうしてこんなことに?」
その問いに対してタカムラさんは周囲に散らばっていたフリップを一枚手に取りながら答えた。
「実は、こういうことが…」
フリップには『斯斯然然』の文字。
「うん、斯斯然然じゃわかりません」
「正解です…。では詳しくご説明しましょう…」
初めからすんなりと説明せぇや。
「ここ数日、私達は王宮に泊まり込んで請け負った内装工事の仕上げ作業を行っていました…。その甲斐もあり、ようやく全ての作業を終え、今日は関係者へのお披露目に向けてテープカットイベントの準備をしていたんです」
ああ、だから周囲に『祝・新エリア解放』とか書かれた看板や装飾の残骸が散らばっているのか。
「そこへ突然現れたのが、幻影道化師のジョーカーを名乗る道化の仮面を着けた男でした…」
「ジョーカー?」
「はい。それは金の装飾が施された漆黒の衣装を身に纏い、右腕と左手に包帯を巻き左足にギプスをした大柄の男でした…」
「第一王子やん」
「そう、オネスト殿下のコスプレをした道化です」
「何故そこで『オネスト殿下のコスプレ』という結論に至ったのか理解に苦しむよ」
俺の頭の中では、理解さんが苦しそうに両手で自分の首を抑えながらもがいている。
「ジョーカーは私達がテープカットイベントの準備をしていたことに気付くと急にそわそわし始め、徐に近くにあった鋏を手に取ったんです…」
「めっちゃテープカットする気やん?」
そんなことしてる場合か?
「しかし、私達は発注者であるオネスト殿下がテープカットをとても楽しみにしていらっしゃることを知っていました…」
「楽しみにしてたんならしゃーない!」
妙なテンションに陥りつつある俺の頭の中では、酸欠状態に陥った理解さんが少しヤバ気な笑みを浮かべている。
「だからこそ、得体の知れない輩にこのテープを切らせるわけにはいかないと思い…」
「本人だけどね」
「クイズバトルを挑むことにしたんです!」
「何故に!?」
その時、黙って話を聞いていたバルザックが周囲に視線を向けて何やら納得したような顔を浮かべた。
「なるほど…。ここに散らばっているフリップはお前達の出した問題の数々ということか…」
どうしてフリップが散らばってるのか不思議には思っていたが、どうやらそういうことらしい…。
すると、バルザックが一枚のフリップを手に取った。そこに書かれていたのは『好好爺』の文字。それを見つめたバルザックは少し考えてからぼそりと呟く。
「…………………すきすきじじい…?」
「そんなこと言われたら、儂、照れちゃう」
ちょっと黙ってろ。
ちなみに、これは『こうこうや』と読む。気のいいお爺さんのことを指す言葉であり、別にお爺さんのことが好きで好きで堪らないとかいうわけではない。だが、そんな気のいいお爺さんであれば、きっと愛されキャラであることだろう。
そんなことを考えていると、『ねぇ、現実逃避してニャい?』とでも言いたげに俺を見上げているミーアが視界に入る。
……してニャいよ?
そんな疑惑を誤魔化す為に、俺はミーアの顎の下を撫でてやる。すると、ミーアは喉をゴロゴロと鳴らし始めた。
ミーアのカワイイ姿にちょっと一息ついていると、俺の頭の中でも、理解さんが酸素吸入器を口に当てて何とか一息ついていた。
しかし、そんな束の間の安息は長くは続かない。タカムラさんの話はまだ途中なのである。
「私達はジョーカーに対して思い付く限りの畳語漢字読み問題を出題しました」
何故そこにこだわる?
「しかし、ジョーカーに帯同していたトランプと名乗るグレーのコートの男と首相、その二人の活躍によって私達は惨敗することとなりました…」
「何故にアレックスさんも協力しとるん?」
俺の頭の中では、突然現れたアレックスさんによって理解さんの酸素吸入器が取り上げられていた。
例の如く俺の疑問はスルーされ、タカムラさんは手近なフリップを手に取りながら話を続ける。
「歴歴と力の差を見せつけられた私達のプライドは寸寸に引き裂かれました…。綽綽たる相手の様子は今でも在在と思い出せる…。しかし、能能考えてみれば、相手は国王に首相、そしてオネスト殿下のコスプレイヤーという錚錚たる面面。私達を易易と打ち破ってみせたのも頷けるというもの…」
「うん。何だか俺は段段と苛苛してきましたよ」
態態畳語の漢字フリップを織り交ぜながら滔滔と話し続けるのをやめてもらいたい。
……。
みなまで言うな、ミーア。
背後から何かを訴えかけるようなミーアの視線を感じる…。
「そして、愈愈後の無くなった私達は正正堂堂と限界限限の謎謎バトルを挑むことにしたんです」
「ええい、遅遅として話が進みやしない!」
喋喋とどうでもいいことばかり喋りやがって。もっと粛粛と話を進められないものだろうか。
「しかし、謎謎バトルは混迷を極めました…。謎謎の答えには割と屁理屈的なものも多い。誰もが納得できるような答えを作るのは、畑違いの私達には却却に難しいものだったのです。結果、各各が其其の問題について、自らの解釈こそが正しいと区区の主張をする事態となりました…。こういったことは私達の業界では屡屡発生します」
「どこの業界だ?」
「薄薄気付いてはいましたが、結局、私達は謎謎作りに関しては平平凡凡な才能しか持ち合わせていなかった…。そのことを熟熟思い知らされることになったわけです…」
そういえば知ってる?
『々』って実は漢字じゃないんだって。
※ヒイロが現実逃避モードに移行しました。しばらくヒイロの一人語りにお付き合い下さい。
日本語を表記する上で使用される踊り字と呼ばれる記号の一種で、畳字や重字などと呼ぶらしい。あと、その形がカタカナの『ノ』と『マ』の組み合わせに見えることから『ノマ』と呼ばれることもあるそうだ。
直前の漢字を繰り返す為に使用され、これ自体に特定の読み方などはない。なので、状況に応じて様々にして色々な読み方をされることになる。
パソコンなどでこの記号を単独で入力したい時は、『くりかえし』と入力して変換すると出てくるらしいよ。
さて、そんな現実逃避に走っている俺のことを、一枚のフリップの上に乗ったミーアが『復復現実逃避してる…』とでも言いたげに見つめている。
そんな視線に耐えられなくなった俺はとりあえずミーアの顎の下を撫でる。すると、ミーアはゴロゴロと喉を鳴らしながら甘え始めた。カワイイ。
「謎謎バトルに敗北した私達は、唯唯諾諾とジョーカーの指示に従う他なかった…。ジョーカーに言われるがままにテープカットイベントを開催し、ジョーカーによってテープが切られるのを、唯唯黙って見ていることしかできなかったんです…。そして、テープカットを終えたジョーカー達は戦戦恐恐とする私の横を悠悠と通り過ぎていきました…」
語りながら屈辱に顔を歪めていくタカムラさんを励ますようにバルザックが声を掛ける。
「安心しろ、タカムラ。お前をそんな目に合わせた奴等には、必ず俺が報いを受けさせてやる」
「ありがとうございます、バルザックさん…。しかし、今私がお話ししたのは、敵の能力のほんの一端にすぎません」
今の話の中で明らかになったのは、トランプとアレックスさんの漢字能力ぐらいである。正直言って、全く役に立つ気がしない。
「その事だけは努努お忘れなきよう…」
努努なんて言い回し、久久に聞いた気がする…。
「フッ。相手がどんな能力を持っていようと、俺のインフィニティアックスの敵ではないさ」
そんな強気な発言をしながらバルザックが手を掲げると、間髪入れずに廊下の先から巨大な斧をぶら下げた白鷺が現れた。
一直線にこちらに向かって飛んでくる白鷺は、まるで今にもミサイルを発射しようとしている戦闘機のようだ。以前の会議室での件を鮮明に覚えていた俺は、そっとバルザックから距離を取った。
バルザックをロックオンして今にも斧をぶっ放しそうな勢いの白鷺だったが、倒れているタカムラさんに気付くと急に慌てた様子を見せ始める。
「タカムラさん!?」
そう声を上げるなり、天使モードに変身して斧を放り出し、タカムラさんに駆け寄ってその手を取る。
「タカムラさん、いったい何があったんですか?」
心配そうに問い掛ける裴さんに、息も絶え絶えといった様子でタカムラさんが答える。
「裴さん…。私は…この仕事を成功させて、あなたと共に人生を歩みたかった…。しかし、その夢は…もう叶わないようです…」
今にも死にそうな雰囲気を出しているが、この人は謎謎バトルに負けただけである。
「タカムラさん。そんな弱気なことを言わないでください」
「ですが…、私にはもう…メガネの位置を直す力すら残っていないんです…」
「そんな…」
タカムラさんのズレたメガネを見て、裴さんが絶望の表情を浮かべながら言葉を失った。
バルザックとオーギュストさんも、涙をこらえながらとても見ていられないとでもいうかのように目を背ける。
何だこれ?
「裴さん、あなたにお願いが…」
「何ですか、タカムラさん…」
「私の店を…お願いできませんか…?」
一瞬、裴さんの耳がピクッと反応した気がするのは、俺の気のせいだったことにしておこう。だがまあ、表情には出さずに直ぐに立て直す辺りはさすがプロである。
「タカムラさんの店を…ですか?」
「はい…。ヨサークとの共同経営となっていますが…、あの男は信用できません…」
そういえば、ヨサークさんどこに行ったんだ?
さっきの説明で『私達』と言っていたことからも、内装工事の作業は相棒でもあるヨサークさんと行っていたと思われる。しかし、今この場にヨサークさんの姿は見えない。
「ヨサークは…、この機会を利用して私を亡き者にし、店を乗っ取ろうとしたんです…」
そういえば、初めて会った時にもさりげなくそんなこと言ってたよね、あの人。
「あの男は…、謎謎バトルで惨敗した後、竣工確認への立ち合いを口実にジョーカーの側へと寝返りました…。そう、私と依頼者であるオネスト殿下を裏切って…」
とりあえず、依頼者を裏切ってはいないな。
「そんな男にあの店は任せられない…」
死んでも死にきれないとでも言いたげな様子のタカムラさんを前に、裴さんは戸惑いがちに問い掛ける。
「私で、いいんですか…?」
すると、タカムラさんは最後の力をふり絞り、裴さんの手を両手で包み込むようにして握った。
「はい…、あなたになら任せられる…。お願い…できますか…?」
「わかりました、任せてください」
「…ありがとう…、裴さん……。これでもう…思い残すことはありません…」
そうしてタカムラさんは静かに瞳を閉じた。
「タカムラさーん!!」
俺はいったい何を見せられているんだろうか…?
「どうして…、どうして…タカムラさん…」
タカムラさんに縋りつきながらすすり泣く裴さん。
「どうして…、権利書と実印の場所を教えてくれなかったんですか…」
あ、ダメだこの鷺。早く何とかしないと。
ミーアと共に冷たい視線を向けていると、すすり泣く裴さんの肩にバルザックが手を置いた。
「タカムラをこんな目に合わせた奴には、必ずその報いを受けさせてやる。だから、気を落とすな」
そう言うと、無造作に投げ捨てられていた斧を拾い上げる。
「バルザックさん…」
裴さんが顔を上げると、バルザックは励ますように力強い表情で斧を肩に担いでみせる。
「…代金引き換えになります」
「…………そうだな…」
何をやっても締まらない男、バルザック。
『Critical!』という音を響かせて決済が完了すると、バルザックは気を取り直して口を開く。
「何にしても、これで次の目的地は決まったな」
「そうじゃな」
「ヒイロ。お前の主張通り、いったん退いて態勢を立て直すというのも一つの手ではある…」
「それを主張していたのはお前だが?」
突然の擦り付けに苛立ちつつ言い返すものの、バルザックはそんな俺の発言など聞こえていないかのように続ける。
「だが、お前だってタカムラをこんな目に合わせた奴等を許せないはずだ」
「そんなこともない」
だって、この人は勝手にクイズ及び謎謎バトルを挑んで勝手に負けただけだもん。
「この先にその仇がいるというのであれば、俺達でそいつらを討ちとってタカムラへの手向けとしようじゃないか」
その発言を聞いた裴さんは、横たわるタカムラさんへと語りかける。
「タカムラさん…、聞こえていますか…。この人達がきっと、あなたの仇を取ってくれるはずです」
……。
タカムラさんは別に死んではいない…。
何か色々と不満もあるが、そんなことを言っていても仕方がないので、俺達三人と一匹は内装工事が完了したという通路へと足を踏み入れた。
そこで見たのはまっすぐに続く豪奢な通路と、その左右に等間隔でずらっと配置された石像。多種多様な武器を天高く掲げるポーズの石像の顔は眉のない強面の男。そして、頭の上には金色の不自然な物体が乗っかっている。
うわぁ…悪趣味…。
ちょっと引き気味にそんな感想を抱いていると、後ろから何かが砕けるような大きな音が聞こえてきた。
驚いて振り返ると、そこには引き倒されて粉々に砕け散った石像と興奮した様子で斧を振り下ろすバルザック。
「何してんの!?」
「何だか無性にムカついた」
気持ちはわかる。
「確かに、いかにも『吾輩カッコいい』とでも思っていそうなドヤ顔はイラッとするのぅ」
そう言いながらオーギュストさんが光球を投げつける。
物凄くわかる。だが、一応これは王国の所有物だ。後で賠償請求されても知らないぞ?
そんなことを考えつつも、最初の大きな音に驚いて石像の頭の上へと駆け上がっていたミーアに手を差し伸べる。
「ミーア、怖くないから降りておいで」
警戒気味に見下ろしていたミーアがおずおずと近付いてきたその時、ミーアが乗っていた金色の不自然な物体がズレ落ちた。
慌てるミーア。
「あっ、ミーア危ない!」
次の瞬間、俺の着ているコートの裾が動き出す。そして、周囲の石像を盛大に巻き込んで破壊しながらミーアを優しく受け止める。
………。
「えげつないことするな、ヒイロ…」
「それほどまでにムカついておったのか?」
………。
とりあえず、後で何か聞かれたら幻影道化師がやったって言っておこう。




