??? ミーア ト マナボ
ヒイロ 「あそこに居るのはミーアですか?」
ハル 「はい。あそこに居るのはミーアです」
ヒイロ 「ミーアは猫ですか?」
ハル 「はい。ミーアは猫です。ですが、より正確に言うのであれば、食肉目ネコ科ネコ属ヨーロッパヤマネコの亜種イエネコです」
※)諸説あります。
ヒイロ 「では、今ミーアの前に現れたキジトラ猫もイエネコですか?」
ハル 「いいえ。今ミーアの前に現れたキジトラ柄の猫はリビアヤマネコです。イエネコは、このリビアヤマネコが家畜化されたものだとされています」
ヒイロ 「では、木の上からミーア達を見下ろしている三毛猫はイエネコですか?」
ハル 「はい。木の上からミーア達を見下ろしている三毛猫はイエネコです。ですが、あの猫は飼い猫ではなく野良猫です」
カイ 「野猫とは何ですか?」
ハル 「野猫ではなく野良猫です。野良猫は特定の飼い主がいない猫の事です」
ヒイロ 「野猫というのも聞いたことがありますが、野良猫とは何が違うのですか?」
ハル 「はい。野猫とは野生化したイエネコのことです。主に人の生活圏と被らない山野などに生息するものを指し、狩猟対象にできるとされています。しかし、野良猫と野猫の境界は割と曖昧です。猫を生態系に影響を及ぼす害獣として駆除できるようにする為に野猫という建前が用意されているといってもいいかもしれません」
ヒイロ「結局は人間の都合ということですね?」
ハル「そうですね。野良猫にしろ野猫にしろ、人間の勝手な都合で翻弄されているといえます。いずれにしても、このような悲しい猫達を生み出さない為にも、猫を飼うと決めたら最後まで面倒を見る覚悟と責任が求められます」
***
今、俺が手にしているのは、俺とカイ(だと思われる)とハルのコスプレをしたミーアの挿絵と共に、妙な会話形式で猫についての雑学を紹介する一冊の本。
「……え? 何この本…?」
そんなことを尋ねると、この本を俺に渡した張本人でもあるハルがそれに答える。
「これは学習教材『ミーアとまなぼ』シリーズの初級日本語教材です」
「初級日本語教材!?」
まさかの返答に驚きを隠せない。
「いや、ちょっと待って。初級にしては漢字が多くない? というか、後半に至っては日本語どころか完全に何者かの主張が入ってるよね?」
すると、ハルが何食わぬ顔で答える。
「猫愛護団体『プリティキャット』が総力を挙げて作った初級日本語教材ですから」
「何やってんの、プリティキャット!」
「猫についての啓蒙活動もプリティキャットの役割です」
そんな曇りのない眼で言われても…。
「ヒイロ様もこの教材を使って学習し、猫に対する知識を深めてください」
いや、目的変わっとるがな…。
そんなことを考えながらもページをめくる。
***
カイ 「棚の下にミーアがいるよ」
ヒイロ 「ミーアの御目々が暗闇で光るのはどうしてですか?」
ハル 「猫の目にはタペタム(日本語では輝板とも)と呼ばれる層があり、それが光を反射することで夜目が効くようになっているからです」
カイ 「つまり、ミーアはタプタプということですか?」
ハル 「いいえ。ミーアはタプタプではありません。ですが、ミーアのお腹はタプタプです」
ヒイロ 「触ると気持ちよさそうですね」
ハル 「はい。とても気持ちよさそうです。ですが、機嫌がいい時しか触らせてくれません。話を戻しますが、これはミーアが太っているというわけではありません。猫のお腹にはルーズスキンと呼ばれる皮膚のたるみがあります。正式名称はプライモーディアルポーチ(直訳すると原始的な袋)といい、これの役割としては、腹部への致命傷を避ける、脚部の可動域を広げる、食い溜めができる等の説が唱えられています」
カイ 「ミーアが棚の下から出てきたよ」
ヒイロ 「耳をぴくぴくさせながら周囲の様子を探っているね」
カイ 「あれ? 耳の付け根のところの皮膚が剥がれたようになっているよ? 怪我でもしているのかな?」
ハル 「いいえ。猫の耳の付け根にはヘンリーズポケットと呼ばれる袋状の部位があります。日本語では縁皮嚢といい、これの役割としては、耳の可動域を広げる、高音を聞き取りやすくしている等の説が唱えられています」
カイ 「あ、ミーアが近付いてきたよ」
ヒイロ 「『ω』みたいな口元が可愛らしいね」
ハル 「猫のあの口元の『ω』の様な部分のことをウィスカーパッドといいます。髭を支える役目をしており、各種感覚器官も集中しているので敏感な部分となっています」
カイ 「ミーアが撫でてほしそうにこちらを見ているね。撫でてあげたら喉をゴロゴロと鳴らし始めたよ」
ヒイロ 「猫が喉をゴロゴロと鳴らすのは何故ですか?」
ハル 「このゴロゴロ音には癒し効果があり、猫自身がリラックスしている時の他にも心を落ち着かせたい時にも鳴らすといわれています。また、このゴロゴロ音に骨密度を高める効果があるという研究結果もあるそうです。ですが、結局のところこのゴロゴロ音を何故鳴らすのかは完全には解明されていません。そして、実はこのゴロゴロ音をどうやって出しているのかもいまだ解明されていないそうです」
カイ 「ミーアが毛布を前足でふみふみし始めたよ」
ヒイロ 「可愛いね」
カイ 「でも、どうしてやっているのかな?」
ハル 「この行為はミルクトレッドとも呼ばれ、仔猫が母猫の母乳を出やすくする為に行っていた名残だと言われています」
***
可愛いな、ミーア。
いや、違う違う違う。この本、もう完全に目的を見失ってるじゃねぇか。猫の雑学本になってきてるよ。
少し呆れ気味にページをめくっていると、ハルがさらに説明を始める。
「実は、この教材の作成には特殊諜報局も協力していまして、その権限をフルに活用して来年度から教科書として正式に採用されることが決まっています」
「職権乱用!」
すると、ハルが少し不思議そうに首を傾げる。
「ですが、何故か小学校低学年の『生活科』の補助教材として採用されたのは不思議なところです」
「板挟みになった検定実施者の苦労が目に浮かぶよ」
キャラ崩壊を引き起こしているカイが何かを思い出させるなと思っていたが、なるほど、生活科の教科書の登場人物か。
「ですが、ものは考えようですね。幼い頃から猫についての教育を施すことで、立派な猫派に洗脳ができると考えれば…おっと…」
「洗脳!?」
口を滑らせたハルの発言に驚いていると、俺と一緒にこの本を読んでいたカイが足元のミーアに視線を向けた。そして、急に貼り付けたような笑顔を浮かべる。
「あれ? 耳の付け根のところの皮膚が剥がれたようになっているよ?」
「おい、カイが洗脳されてんぞ!?」
「『皮剥』のヒイロの被害にでもあったのかな?」
「いや、やっぱりいつも通りだ!」
「猫には他にも興味深い秘密がいっぱいあるよ。皆で猫についていろいろと調べてみよう」
「あれ? やっぱり洗脳されてる!?」




