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009 ムソウ

 ローリエの街からの移動中、この辺りの地理について教えてもらった。

 レニウム王国があるのはバルニ大陸の東側、つまり西に行くほど大陸中央に近づくことになる。

 そして、大陸中央には竜王が住むテルル山が聳えていて、その周囲は竜王の森と呼ばれる絶対不可侵領域となっている。

 そこに接する王国側の森は、緩衝地帯として王国によって立ち入りが制限されているらしい。

 ローリエの街からさらに西にある森というのは、まさにこの森のことをさしているそうだ。

 だんだんと超危険地帯に近づいているんだが…?

 事前調査では、この森から出てきた魔物達がローリエの街を襲っているらしい。

 その森を監視する位置に軍の宿営地があり、俺達はそこへ向かっている。


 宿営地に到着すると、一人の女性が声を掛けてきた。

 褐色の肌に短い黒髪、ウルフファング隊の制服を着ている。


「お待ちしておりました」

「エリサ、ご苦労様。早速だけど今の状況を教えてもらえるかな?」

「はい、隊長。状況は芳しくありません。魔物が想定以上に多く調査も進んでいません。詳しくは後程」

「そうか…」


 ウォルフさんは二言三言言葉を交わすと、こちらへ振り向いた。


「彼女はエリサ。ウルフファング隊の隊員で、先行して情報収集をしてもらっていました」

「エリサです。よろしくお願いします」

「カイだ。よろしく」

「バルザックだ」

「ヒイロです。よろしくお願いします」

「お久しぶりです。エリサさん」


 ウォルフさんからの紹介を受けて各々挨拶をする。

 オーギュストさんは車椅子に座り、相変わらず小刻みに震えながら軽く頭を下げる。

 そういえば、彼の声を一度も聞いたことがない。


「あ、隊長。また、帽章を忘れていますよ」


 ウォルフさんの帽子を見て、エリサさんが指摘する。

 言われてみれば、いつもベレー帽についている狼の帽章が今日はついていなかった。

 この人は、『ウォルフの間違い探しコーナー』でも作りたいのだろうか?


「全く、困った人」


 そう言いながら、エリサさんが自分のポケットから帽章を取り出し、ウォルフさんの帽子につける。

 随分と用意がいいな。


「ありがとう、エリサ。やはり自分は、君がいないと駄目だな」


 ウォルフさんはそう言いながら、エリサさんの手を両手で握る。


「もう、ウォルフったら」


 ん? この二人随分と距離感が?


「エリサさんとウォルフさんは夫婦です」


 ハルがそう教えてくれた。

 なるほど…。

 とりあえず、イチャつくなら余所でやれ。



***



 詳細の説明があるまで少し時間が空いたので、俺はミーアと一緒に宿営地内をうろついていた。


 さて、そろそろ俺は今まで目を逸らしていた現実と向き合わなければいけない。

 流されるままにここまで来てしまったが、異世界に召喚された者としてこのままでいいのだろうか?

 異世界転移系の小説では、どこかで特殊能力に目覚めたり、特殊武器を見つけて無双を始めるものだ。しかし、今のところそんな気配すらない。

 勇者ですらなくなってしまった今、俺にできることはいったい何だろう?

 少し考えてみよう。


 無双しない異世界転移の定番といえば、自分の持っている知識が武器になるパターンか…。

 ……。

 うん、この世界、明らかに俺がいた世界よりも技術が発達してる。

 その上、なぜか俺がいた世界の情報が普通に入手できる。スマホも使えるしな。

 ただの高校生の知識が活きる余地は、ほとんど無いな…。


 さて、次だ。

 他に定番と言えば、料理で異世界の住人の胃袋を掴むパターン。

 ……。

 俺、料理できないな…。

 しかも、さっきも言った通り、普通に俺がいた世界の情報が手に入る。

 そして、素材も手に入る…。というか、普通に俺がいた世界と同じ料理が出回ってる…。


 よし、次だ。

 召喚されたけど、無能だと思われて捨てられるパターン。

 しかし、後からチート能力が発覚して大逆転する。

 ……。

 いや、だからそのチート能力が発現する気配すら無いのが、今の問題なんだよ…。

 とりあえず、捨てられたり殺されかけたりしなくてよかったな、俺…。


 気を取り直して、次だ。

 乙女ゲーム世界の悪役令嬢になるが、ゲームの知識を活かしてフラグ回避を画策するパターン。

 ……。

 これはどちらかというと、異世界転生の定番だな…。

 そもそも俺は男だし、乙女ゲームもやってないし。


 …そういえば、ゲーム世界への転移ってのも割と定番といえるな。

 自分がやっていたゲームの世界に、そのキャラの能力を持って転移するパターンだ。

 でも、俺がやってたゲームの世界観とは全く違うんだよな、この世界。

 ……あれ? 違う、そうじゃないな。

 そう、俺はやってなかったけど、そういえばこの世界と関係しているゲームがあったはずだ。

 確か名前は『アカシックレコード ~神の箱庭~』。

 このアプリゲームを勝手にインストールされたことで、俺はここに召喚されることになったんだ。

 その時、ふと召喚初日に出会った少女に言われた言葉を思い出した。

 『…ねぇ。君は、この世界に召喚されることになった切っ掛けを覚えていないの?』

 あの少女が誰なのかは、いまだにわからない。だが、俺がこの世界に召喚された切っ掛けは間違いなくあのゲームだ。

 これって俺の能力のヒントになるんじゃないか?


 さっそくスマホを取り出すと、アカシックレコードのゲームアプリを立ち上げる。

 するとメニュー画面が表示された。その画面上のタイトルの横には『異世界出張版!』の文字。

 …なんかいろいろツッコみたい所がある気がするが、これが俺に与えられた能力で間違いはなさそうだ。

 落ち着いて確認する為にも、俺は近くの木陰に腰を下ろす。すると、ミーアが膝の上に乗ってきた。そんなミーアに気を取られながらも俺はスマホに視線を移す。

 メニュー画面には、『クエスト・ショップ・アイテム・BATTLE・設定』の五項目。

 『BATTLE』のところには『NEW』と表示がついており、『クエスト』は選択できなくなっていた。


 とりあえず順番に見ていくとしよう。

 まずは無難なところで『設定』からだ。

 うん、予想を裏切らない普通の設定画面だ。

 アバターのプロフィール変更やゲームの設定ができる。

 というか、アバターの名前とか勝手に設定済みなんだが?

 名前が『ツバサ』になっているのは何故だろうか?

 まあ、とりあえずこのままでいいか。


 次は『アイテム』の画面を開く。

 すると、初期アイテムというやつだろうか、一つだけアイテムが入っていた。

 そのアイテム名は『シードケン』。

 シード権?

 不思議に思いつつもそれをタップしてみると、『使用条件を満たしていません』と表示された。

 とりあえず、よくわからないけど今はまだ使えないらしい。


 続いて『ショップ』の画面だ。

 販売されているのは一つだけのようだ。

 『狂化(?)パック $37,564』

 俺はそっと画面を閉じた…。


 さて、いよいよ『BATTLE』だ。

 BATTLEのところをタップすると、カメラ撮影された地面が映った。

 これはあれか? 敵をカメラで捉えればいいのか?

 とりあえず、周りの木や花を映してみるが特に変化はない。

 背景扱いという事だろうか?

 とりあえず、何か的になりそうなもの…。

 その時、視界の端にバルザックを捉える。

 ……。

 よし、ちょっと試してみるだけ。

 『(注)良い子も悪い子も危険物を人に向けてはいけません』

 スマホ画面に注意喚起が出ているような気がするが、きっと気のせいだ。

 それに俺は良い子でも悪い子でもない、ごくごく平凡な普通の子だと自負している。

 バルザックにカメラを向けると、ターゲット表示が映し出された。

 そして、攻撃の選択肢が表示される。

 感動して思わず攻撃しそうになったが、さすがにそれは我慢した。

 でも、これでいける、俺も戦える。

 俺もこの世界で無双できるんだ。そんな自分の姿を夢想した。


 その時だ、突如警報が鳴り響き、宿営地内が慌ただしくなる。

 すると、森の方から魔物の群れが出て来るのが見えた。

 周りの人達もすぐに戦闘態勢を取る。

 俺も今見つけた能力を試そうと、群れの先頭にいた大きな猪にスマホを向けようと腕を動かした。

 そして、その時すでに嫌な予感がしていた。

 スマホを向ける。しかし猪は動きまわる。

 ターゲット表示が現れるよりも前に、その猪はカメラの外に出てしまった。

 空を飛んでいたワイバーンにカメラを向ける。そもそも動きが早すぎて捉えられない。

 いや、それ以前の問題として、カメラに映った相手を攻撃対象として認識する為には、その全身が丁度画面いっぱいに納まるくらいの大きさで対象を捉えなければいけないらしい。

 だが、ズームアップ機能は無い。


 ……。

 とりあえずこれ、実戦闘には耐えられないな…。

 周りとスマホ画面の両方気にしながら動く敵を追い続けて、丁度良い距離感のところでカメラで捉え、さらにターゲット表示が現れた後に戦闘アクションを選択して画面タップする?

 そんな真似が戦闘中にできるか!!


 俺がそんなことをしている横で、他のメンバーが戦闘に入っていた。

 カイが剣を抜き猪を斬り伏せる。

 ウルフファング隊が各々銃を構え、魔物の群れへ向けて発砲する。

 ウォルフさんだけは、なぜかゴボウを構えている。どこにあった?

 オーギュストさんは車椅子の上で小刻みに震えており、その車椅子の横ではミーアが威嚇している。

 バルザックは斧を掲げて魔物の群れめがけて駆け出す。

 ハルはスカートの下から銃を取り出し、猪に向けて発砲した。


「さすがに、数が多いですね…」


 向かってきていた猪の何頭かを屠った後、ハルはそう呟くと銃をスカートの下へと戻した。

 そして、ポケットから眼鏡を取り出してそれを掛けると、隣に置いていた黒い箱に向かって指示を出す。


Eiserne(アイゼルネ) Jungfrau(ユングフラウ). Nr.eins(ヌマーアインス)


 ハルの指示に反応して黒い箱が少し浮き上がり、丸いガラス部分が青白く光り始める。

 そして、機械音声による応答を返した。


「Yes Master. Code-01(マルヒト) release」


 言いたいことは多々あるが、とりあえず、まず言語を統一するところから始めようか?


 ガシャンという音を立てながら黒い箱の左右が飛び出すようにして開き、そこから二丁の自動小銃が現れる。

 ハルはそれを手にすると、正面から向かってきていた猪の群れへと銃口を向けた。

 直後、轟音と共に弾丸が放たれる。

 その場で向きを変えながら次々と猪を葬っていく。

 その時、空を飛んでいたワイバーンがハルめがけて急降下した。

 しかし、ハルはそれをひらりと躱しながらその翼を撃ち抜く。そして、地面に激突したワイバーンの頭に追撃をくらわす。

 そして、そのまま猪の群れに銃口を向け直すと弾丸をばら撒いた。

 しばらくすると動くものはいなくなり、そこには魔物の死体の山が築かれていた。

 Oh…ジェノメイド…。

 

 ちなみに、駆け出していたバルザックはギリギリ回避し、今は地面に這いつくばり頭を抱えて丸くなっている。


 無双することを夢想していたら、メイドが無双した。

 …ラノベのタイトルにできそうだ。


ヒイロ 「俺の無双展開はいつから始まるの?」

白狐 「キーワードに『無双しない系主人公』って入ってるらしいよ?」

ヒイロ 「…え?」


結論:白狐 「宣誓。ワタクシ白狐は、ヒイロ君を絶対に無双させないことを、ここに誓います!」

   ヒイロ 「誓わないでぇ(泣)」

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