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精霊呪縛  作者: 甲斐桂
第一部 プリエスカ・理学院編
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第2話 好敵手(2)

 正午の鐘が鳴っている。ヤスル教授はきりのいいところまで話すと、授業を切りあげた。

 学生たちはいっせいにからだをほぐしはじめる。シフルも立ちあがり、ペレドゥイと連れだって教室を出た。廊下に踏みだしたところで、うしろから肩を叩かれ、二人は振り返る。

 アマンダ・レパンズだ。相変わらず明るい空気を周囲に発散している。さらには、彼女がシフルとペレドゥイにむかって微笑んでみせたので、半径一メートル以内の雰囲気がいっそう晴れやかになった。

「ダナン君ペレドゥイ君、お昼一緒に食べよ! ねっ」

「おう!」

 ペレドゥイは我先にと返事をした。

「あー……、じゃあさ——」

 シフルはうなずいてから、そう言いかけた。同時にレパンズも、

「ねえ、それじゃあ——」

 と言いかけ、

「ロズウェルも誘っていい?」

「ロズウェルさんも誘っていい?」

 と、同じタイミングで提案した。二人は目を見あわせて、一緒になってぱちぱちとまたたく。それから、二人して笑った。

 ペレドゥイは苦笑する。

「気が合うなおまえら」

「だってー」

 いいわけをしたのはレパンズだ。「女の子二人しかいないんだから、仲よくしたいじゃない。ダナン君は?」

 うーん、と一瞬考えてから、シフルは答えた。

「とりあえず話がしたいんだ」

「えー、なに? 何の話?」

「そりゃもう、宣戦布告」

 こちらは即答だった。人さし指をびしっと立てて二人の目の前に示し、にやりと笑う。

「何それー?」

「何だそりゃ」

 今度はレパンズとペレドゥイが同調した。シフルは鼻息を荒くして、

「そのまんま。オレはおまえには負けないぞ、というあの宣戦布告だよ」

 二人はわけがわからないという顔をしつつも、おかしげに笑い声をたてた。

 三人は、ようやく授業から解放された、明るいざわめきのある廊下を歩いていった。まずは昼食を受けとりに行かねばならない。理学院の食事は基本的に三食指定されているが、朝晩は寮の食堂で食事をとることが義務づけられ、昼は配給される食事を学内の好きな場所で食べていい。昼休みが始まったばかりの今、学生の人波は学内数ヶ所に点在する配給所へと流れていた。

「——あ」

 むこうからロズウェルがやってくるのが見えた。単独で、やはり無表情である。すでに昼食をもらってきたとみえて、手には布の手提げ袋があった。昼食袋を受けとった学生たちの流れにのって、こちらに向かっている。シフルはタイミングを見計らって声をかけた。

「おーいロズ——」

「ロズウェルさん!」

 シフルの声は野太い声によって遮られ、彼女には届かなかった。シフルは舌うちする。そればかりか、「昼食もらった組」の流れと、「これからもらう組」の流れによって、このまますれちがってしまいそうだった。仕方なくシフルは「もらった組」の流れに入りこみ、彼女を追いかける。ペレドゥイとレパンズも続いた。

 シフルの声を阻んだのは、下品な印象の学生たちだった。どうも彼らは、ロズウェルに昼食の誘いをしているようである。複数名で彼女を取り囲み、揃いも揃って軽薄な口調でロズウェルに話しかけていた。

「うわあスゴーイ、ナンパされてる! 美人だもんねえー」

 レパンズは感心している。確かに、彼女を容姿で分類するなら美人の部類だろう。顔もスタイルも適度に整っているし、黒目がちな瞳が魅力的だ。が、そこは天下の《セージ・ロズウェル》である。美人か否かという問題以前に、彼女を相手にするとどうしても劣等感を抱かざるをえないことから、それなりに高いクラスに所属するそれなりのプライドの持ち主ならば、ロズウェルに誘いかけなどしない。シフルは以前、同級生にそう聞いたことがある。

「毎日毎日、よく懲りないな」

 彼女は例のごとくの無表情ながら、隠すことなく呆れ返っていた。「……私はひとりで食べるから」

 予想どおりロズウェルは拒絶し、足早に歩き去った。人波を抜けて、廊下の角を曲がっていく。三人もまた、ロズウェルのあとについて流れから外れた。

「じゃっ、誘ってくるね!」

 レパンズは走りだす。シフルとペレドゥイは、ひとりで食べたいとはっきり言っているのだから、これ以上誘ったところでどうにかなるものでもないという気がたいそうしていたが、二人に呼び止められるより早くレパンズは口を開いていた。

「ロズウェルさーん!」

 うきうきと、孤高の人・ロズウェルに呼びかける。残されたシフルとペレドゥイは、曖昧に笑って顔を見あわせた。……レパンズさんって新鮮なやつ。……だね。と、そんなやりとりをしつつ、二人はレパンズが懸命に誘うのを遠巻きに眺めていた。ロズウェルは一応申しわけなさそうに、悪いけどひとりで食べたいから、と断る。とはいえ、やはり表情に変化はない。

「あいつって怒るしか表情ないのかね? 女相手でもあの断りかた、貼りついたような顔に変化なし!」

 呆れたようにペレドゥイが言う。シフルは彼女が表情に乏しいことなどさして興味もなかったので、

「学院の校風合わないんじゃねえの」

 と、おざなりに返す。でもフツーもう少し笑ってもいいじゃん、とペレドゥイは不満そうだ。どうも彼は、さっそくレパンズのことが気に入ったらしい。当のレパンズは、まったくしょげた様子など見せずに帰ってきた。

「ちえーっ振られちゃった! むー、残念」

「結果がわかってても挑むレパンズさんってすごいね……」

 呆れつつ感心したような感想を述べたのはペレドゥイだったが、シフルもまた彼女の明るさには感動さえ覚えていた。かわいいというのは、こういう子のことをいうんだろう。

「うーん、仕方ない」

 ともにランチという何気ない状況がつくれないならば……と、シフルはひとりごちる。「話、今してくるよ。先行ってて」

「あ、ダナン君っ」

 シフルは急いでロズウェルを追った。彼女は早足で歩いている。もたもたしていると見失いかねない。機会を逃しかねない。

(話してどうなるってもんでもないだろうけど)

 シフルは駆け足でロズウェルをめざす。(一応、存在ぐらいは覚えといてもらう)

「おい、セージ・ロズウェル!」

 と、彼女の背中に呼びかけた。

 すると、ロズウェルが振り返る——黒目がちの瞳が、まっすぐにシフルをにらんでくる。シフルはそのとき、彼女がいま自分と同じ場所にいることに喜びを感じながら、

「……あっと、ロズウェル、さん」

 と、遅れて訂正した。

 彼女の口が、開かれる。

「何か用、メルシフル・ダナン。昼食のことならレパンズに断ったけど」

(名前、覚えられてら)

 考えてみれば、今月Aクラスに新しく入ったのは若干三名、それは当たり前でごく些細なことなのかもしれないけれど、シフルはうれしくて気が変になりそうだった。彼女の世界に自分がいる。自分の世界に彼女がいるように。

「あー、ちがうちがう。レパンズさんたち関係なくって、ごく個人的な用」

 しかし、そんなことはつゆ悟らせず、シフルは冷静に返した。

「ああ、そう。とにかく早くして、さっさと昼すませたいから」

「うん……、悪いな」

(えーっと、どこから言うべきか)

 シフルは少々ためらった。天才などと吹きこまれ、勝手に目標に仕立てていた人物をじっさい目の前にすると、どうしたらいいのかわからない。バカだと思われるのは絶対いやなのに、いい言葉が浮かばない。カリーナ先生に最初会ったときもそうだ、うまいこと言って流そうと思ったのに、うまいことなんて何ひとつ言えなくて歯噛みした。

(まあいいや、どう思われても)

 シフルは開き直る。それでもまだバカとだけは思われたくないと、ためらいがちに話しはじめた。

「えっと……、オレって生来の負けずぎらいなんだけど」

 なんてひどい直球だ。こちらをまたたきもせずに見ているロズウェルの視線が痛い。呆れられるだろうか。とんだまぬけが現れたものだと。

 シフルは語りだす。親との対立、自分のさが、カリーナ助教授との初対面のこと。ずいぶんとばか正直に話してしまい、説明を終えたときには恥ずかしさのあまり赤面した。

「ってわけで! あんたは四か月間オレにとって目標だった。でも、やっと同じところに立てたから、今度は好敵手! として見る」

 二十分も続いたにもかかわらず、ロズウェルが黙って聴いてくれたのが救いだった。

「だから、あんたも一応オレのこと意識してくれよ。召喚士の卵として」

 シフルは話を締めくくる。「——以上! 長くなってごめん」

 申しわけなさに頭を下げると、ロズウェルはやっと姿勢を崩した。表情にかすかな笑みが浮かぶ。どことなく高慢な笑みではあったが、怒り以外で初めて見た表情だった。

「いや、かまわない。誰かが自分を目標に努力してるなんて、すごくうれしいことだ」

 セージ・ロズウェルはいう。なんだ、思ったより普通じゃないか——と、一瞬シフルは思った。が、その判断が誤りであることを、少年はその場で痛感するはめになる。

 セージ・ロズウェルは、さらに宣告したのだ。

「だけど、私に勝てる日がくるとは思わないほうがいいよ」

 と——。

 黒い瞳には確固たる自信の光、口もとには不敵な笑み。

「それでもよければ、おまえの勇気に敬意を表して、おまえを私の《好敵手》と認めよう」

 こうして、ふたり——というよりむしろシフルの——戦いの日々が始まった。

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