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精霊呪縛  作者: 甲斐桂
第一部 プリエスカ・理学院編
41/105

第12話 倒錯舞踏会(1)

 長机の端にルッツ。その横にシフル、続いてセージ。反対側の端にメイシュナー。

 ラージャスタン留学メンバーの四人は、午後、小教室に移動してくると、常にそのような席順で座る。シフルとセージはたまに位置を交換することもあったが、片側の隅にルッツ、もう片一方の隅にメイシュナーがくる点だけは決して変わらない。シフルがうっかり机の隅を陣どれば、ルッツにまちがいなく押しやられる。

 最初のころに一度、ルッツとメイシュナーを隣りあわせに座らせたことがあった。授業が始まる前のことで、しばらくお互いそっぽを向いていたのだが、例によってメイシュナーがつっかかり、

「あー、けものの匂いがする」

 と、ひとり言のようにいった。「猫の匂いだな、こりゃ」

「鼻がいかれてるんだね」

 当然、ルッツはやり返す。「耳鼻科に行きなよ」

「いんや、おれの目は猫を見てるぜ」

「眼科も必要かもね」

 ルッツはなげやりである。彼はけんかが好きなわけではなく、単に売られたけんかを買わずにはいられない性分らしい。無難に流す気がないのだ。

「じゃ、その瞳はなんだ?」

シータに愛されるしるしだよ。君のうす汚い灰色とはちがう。価値があるのさ」

 ルッツは猫の眼を細める。メイシュナーは待ってましたとばかり、身を乗りだした。

「おれのはヴォーマの色だ。これがうす汚いって?」

 挑戦的な口調で問うメイシュナーを、ルッツはちらりと見やる。

「話はもっと簡単だよ、『バ』カ」

 頬杖をつき、顔を背けた。「おまえの色だから下品で汚いんだ。いちいち人の気分を害さずにおかない、ハエかゴキブリ並の人間の色」

 大儀そうに嘆息する、金の瞳の少年。彼は、メイシュナーには何の関心もないようだった。そんな二人の剣呑なやりとりをはらはらと見守るシフルには、不思議でたまらない。メイシュナーがルッツを忌みきらっているのはわかるが、どうしていちいちけんかを売らなければ気がすまないのか。きらいなら、放置すればいいのに。

 しかし、メイシュナーは中傷をやめない。

「そうかあ? おれにはそうは思えんな」

 メイシュナーは唇を歪めた。「こいつはシータを崇拝するがゆえに、対となるヴォーマを軽んじているんだよ」

「メイシュナー、憶測でものをいうのは——」

 セージが口を挿むと、

「ロズウェルは黙ってろ」

 メイシュナーは一蹴する。「こいつがシータ信仰の人間なら、学院出てもらわないと困るだろうが。学院は四元素精霊のいずれをも重視する、四大精霊信仰だ。どれかひとつに偏ったやつは、入れないはずじゃないか」

「おい、やめとけよ」

 シフルも隣で眉をしかめた。気に食わないというだけで、宗教問題にまで発展するのはどうかしている。

 メイシュナーのいったとおり、理学院は四大精霊信仰の人間、すなわちプリエスカ国教たる元素精霊教会の信徒しか入学できない決まりである。とはいえ、教会のおしえはさして厳しいものではないし、入信に何らかの儀式をともなうわけでもない。週に一回でも月に一回でも、礼拝に通えばいいのである。よって、信仰の問題で入学許可を取り消されることは、実際にはそうめったになかった。

 しかし、重要な問題ではある。プリエスカの前のロータシアは、四大精霊信仰を掲げてはいたものの、それを国民に強いていたわけではない。つまり、百年と少し前までは、四大精霊信仰や四つのうち一元素のみを奉じる単一信仰など、同じ精霊崇拝でもさまざまな宗派があったのである。

 が、簒奪事件の末にゼン家のロータシア帝国が滅び、コルバ家のプリエスカ王国が興ってからというもの、宗派と言語の統一が図られていく。四大精霊信仰を掲げる元素精霊教会を国教と定めるとともに、現代プリエスカ語——ロータシア語を単純化した言葉——の日常会話における使用を普及させていった。

 それは、プリエスカが国としてひとつになる象徴だった。元素精霊教会に入信しており、現代プリエスカ語を話すということは、己がプリエスカ人であるとの表明になる。また、プリエスカを統治するコルバ家に従順だという表明でもある。言い換えれば、それ以外のものは反王家、反国家、ひいては反逆者たる表明なのだった。

 メイシュナーは、ルッツがシータに愛されており、ルッツもまた彼らを愛していることを、シータ単一信仰に結びつけようとしている。ルッツを反逆者だといっているのだ。むろん、証拠が揃ってルッツがシータ崇拝者に認定されたなら、逮捕とはいかなくても学院を追われることになる。

「いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるだろ」

「事実だったら、ダナン君はどうするよ?」

 シフルの忠告に、メイシュナーは切り返す。

「別にどうもしない。勉強したいやつは、誰でも入学すればいいじゃん。個人の信仰と学問は関係ない」

「おれは追いだすね」

 メイシュナーは明瞭に言った。「気に食わないやつを目の前から消すために、口実があれば使うしかないだろ?」

 その言葉には納得がいったが、賛同はしかねる。

(メイシュナーって、人懐っこいやつじゃなかったかなあ)

 シフルはひとりごちる。知りあったときの彼は、にこにこ笑っていた。カウニッツがBクラスに脱落してからというもの、ちょっととげとげしすぎる。カウニッツといえば、噂にはなっていないから退学にはなっていないのだろうが、Aクラス復帰は果たしていない。教授陣の決定に反して、わざわざアグラ宮殿の女官頭が失格を言い渡しにきたことは、どれほど彼に衝撃を与えたのだろう。

 ともあれ、そんなことがあってから、シフルとセージは、何があってもメイシュナーとルッツを隣にしないよう心がけた。ルッツはルッツで深刻に受けとめたらしく、シフルが忘れた場合、彼は自主的にメイシュナーを避ける。当人以外の三名が気づかうことによって、なんとか特別カリキュラムは平穏を維持できたのである。

 さて、特別カリキュラムが進行するにつれ、シフルたちはますます多忙になっていった。それは季節の流れに沿っており、秋が深まるごとに四名は余裕を失っていく。

 当たり前の話だが、語学は先に進めば進むほど、厄介な文法やらわけのわからない単語やらが飛びだしてくる。秋休み終了後に始まったラージャ語の講義は、冬が近づくのにともなって複雑化の様相を呈し、いつしか授業をまじめに受けるだけでは不足するようになっていた。

 そうなると、暇をみては単語帳や文法書を参照し、繰り返し頭の中で反復したり、声に出してみたりする必要が出てくる。温暖なプリエスカに年一、二回の降雪があるころ、一般の学生は雪珍しさにはしゃぎまわっているというのに、シフルたち留学メンバーは、図書館の閲覧室から恨めしげに窓の外をにらむしかない。

「……いいなあ、雪」

 そうつぶやくシフルの目の下には、濃いくまができている。彼はこのところ、まともに睡眠をとっていなかった。

「遊びたい」

「いいっこなしだよ」

 正面に座っているセージが、淡々と返す。彼女は持ち前の要領のよさで、常に一定の睡眠時間を確保しているらしい。

「自分で選んだことなんだから」

「わかってる」

 声にも力が入らない。今日は早く寝よう、とシフルは思った。でも、これだけ毎日部屋にこもってばかりいると、寝不足なのにもかかわらず、運動不足で寝られないことがある。

 むこうにはルッツがいる。セージもいるし、外に出ればアマンダやユリスもいるかもしれない。二人以上の集団が、雪の中ですることはひとつだ。が、いかんせん、夜の授業のために覚えるべきラージャ単語が、いまだ頭に入っていない。

「セージ」

「なに」

 単語帳から顔もあげずに、彼女は応じる。

「ひとつ、提案があるんだけど——」

 ふたりは、ルッツも連れて外に出た。

 広場は、雪遊びに興じる学生で大にぎわいである。三人は毛のコートにマフラー、手袋という重装備をすませたうえで、その一角を陣どった。それから、順番を決める。公正なるじゃんけんの結果、セージ、ルッツ、シフルの順になった。彼らはおのおの雪玉を丸めていく。丸めつつ、膝においた単語帳を凝視している。

 五分後、雪玉づくりと単語暗記が完了。準備万端だ。

「行くよー」

 セージは雪玉を手に立ちあがり、シフルとルッツも単語帳を懐にしまった。

「まずは、『皇帝』!」

「《皇帝ラージャ》!」

 シフルとルッツは、ラージャ語でもって同時に叫ぶ。お次はルッツ。

「じゃ、『皇女』」

「《皇女ラージーヤ》!」

 シフルとセージが答える。シフルの番だ。

「難易度あげなきゃゲームにならないかな。『婿殿』!」

「《婿殿ムストフ・ビラーディ》!」

 一巡して、セージに戻る。

「いっそ、文章にしてみようか。『私はプリエスカ出身です』」

「《私はプリエスカ出身です》!」

 セージは眼をきらりと光らせた。

「シフル、ラージャ語にPの音はないよ!」

 彼女は思いきり振りかぶると、雪玉を投げた。バスッと景気のいい音がして、シフルの肩に玉が命中する。便乗してルッツも、シフルの足に雪玉をぶつけた。やったな、と声をあげて、少年は反撃に出る。しばし、三人のあいだを雪玉が行き交った。

「次行くよ。単語の練習なんだからさ」

 ルッツのひと声で、雪玉を投げるふたりの手がいったん止まる。「『アグラ宮殿は森の奥にある』」

「《アグラ宮殿は森の奥にある》!」

 シフルの答えるほうが、ひと足早かった。ロズウェル、遅いね! と言って、ルッツは雪玉に手をのばす。が、彼がセージに雪玉をお見舞いするより先に、セージの雪玉がルッツの後頭部を直撃した。

「……やってくれたね」

「ぶつけたもの勝ちでしょ」

 二人とも口角をあげると、そこに激しい雪玉戦争が勃発した。運動神経のいい二人が本気になってやりあうと、少々鈍いところのあるシフルにはついていけない。雪玉を握りしめたまま二人を交互に見やっていたところ、とつぜん両者の攻撃の矛先がシフルへと向けられた。少年の顔に、雪の冷たさがぶつかってくる。

「なに関係ないような顔してんの、シフル!」

 ルッツが楽しそうに振りかぶった。シフルは急いで顔の雪を拭う。

「いくらオレでも、やられっぱなしじゃいかねーよ」

 叫ぶと、地面の雪を両腕いっぱいにすくいあげた。「『ラージャスタンを治めるのはマキナ皇家だ』!」

 解答する暇も与えず、少年は大量の雪をルッツに浴びせる。溜飲が下がったのもつかの間、

「それは卑怯じゃない?」

 という冷静な声とともに、もっと大量の雪を頭から浴びせられた。「《ラージャスタンを治めるのはマキナ皇家だ》。『今、二時十分です』」

「うりゃっ」

 シフルはすばやくかがんで雪玉をつかむと、セージにやり返す。「《今、二時百分です》!」

「《十》」

 彼女は巧みにかわし、雪玉二、三個をシフルに命中させる。どうにもこうにも、運動神経では敵わない。シフルが悔しさに歯ぎしりしていると、そうしている隙にまた次々と雪玉が飛んでくる。油断できない。

「『何曜日が空いていますか』!」

「《何曜日が空いていますか》? ——《水曜日がいいです》!」

 そこに、どこからともなくメイシュナーが乱入してきた。答えついでに、ルッツに雪玉を投げるも、彼はすかさず腕で顔を守る。メイシュナーは舌うちしたが、遊びなのも相まって険悪な雰囲気はない。

「おれも混ぜてくれよ」

「いいよ」

 シフルは快諾した。「『ラージャスタンはサライ信仰の国である』」

「《ラージャスタンはサライ》……えーと、信仰?」

「《信仰》!」

 メイシュナーが詰まると、ルッツとセージが同時に口を挿み、例によって雪玉をくらわせた。メイシュナーは、やりやがったなあ、と意気ごみ、今度は自分が出題しようと首をひねる。そうしているうちにも、前後左右からの雪玉が彼を襲った。セージもルッツも、二人揃ってまったく隙をみせないうえ、休まず攻撃をくりだしてくる。飛び入りのメイシュナーも、鈍いシフルも、気が気ではない。

 もう、順序も掟もあったものではなかった。出題する速度は徐々にあがっていき、おのおの間髪入れずに解答しつつ雪玉を放つ。雪玉を切らしたので補充しようとすれば、その間、各方向からの容赦ない集中砲火をくらうはめになり、やっと雪玉を確保したと思うと、すでに雪まみれになっている。

「『私は来年の春、ラージャスタンに行きます』!」

「《私は来年の春、ラージャスタンに行きます》!」

 けれど、全員ラージャ語学習については真剣そのものだった。彼らはその点に関していえば、同じ志をもつといえる。普段はけんかばかりのルッツとメイシュナーも、鬱憤を健康的に晴らすことに異存はないようだった。

 四人は他の学生に混じって雪合戦に興じ、体力を使い果たしたところで散っていった。その日のラージャ語の講義は上々の成果をあげられたものの、授業が終わって寮に帰りつくやいなや、疲れ果てて落ちるように眠りについたのはいうまでもない。



 そうこうしているうちに、雪が溶けた。

 年に何度もない雪が消え去ってしまえば、あとはあたたかくなって、春が近づくばかりである。春が近いということは、新年が近いということだ。春の前触れとしてスノードロップの花が咲き、終わると、いよいよ年が改まる。新しい年のはじめには、水仙の花が咲き乱れる。

 そのころには、また帰省の季節がやってくる。すなわち、秋休みと並ぶ理学院の二大休暇、春休みだ。アマンダいわく、春休みの始まるころはたいていスノードロップの花の終わるころ。新年は家族とのんびり過ごせ、ということらしい。それでも、アマンダの家族は例によって例のごとく、帰ってこいとはいわなかったそうだが、当の彼女は帰る気まんまんである。

「親の銀行口座おさえてあるの」

 と、アマンダはにっこり笑った。

「え……」

 あまりの発言に、一緒に昼食をとっていた三人は硬直した。Aクラス校舎廊下横の芝生の上は、日当たりのいい場所で、時期的にはまだまだ寒くても、あたたかだ。しかし、のどかな空間は、愛らしいアマンダの笑みによって凍りついた。

「どうしても帰省したいときは、そこからちょっともらっちゃう。だって、帰りたいって言ってもお金送ってくれないんだもん。しょうがないよー」

「……」

 強者だ。シフル、セージ、ユリスの善良なる三人は、そう思った。

「怒られない……の?」

 ユリスはおそるおそる尋ねる。

「怒られないよー、今さら。昔からやってるもん。それに、大した額じゃないし」

 価値観がちがう。再び三人の頭に、同じ文句が駆け抜けた。アマンダの故郷はミドルスブラ、はっきりいって遠い。

「ママもパパも、また帰ってきちゃったの、なんて言いながら笑うよー?」

「あー、そう……」

 彼女は実は変なのではないだろうか。外見と振るまいのかわいらしさに気をとられがちだが、本当はとんでもない人なのでは。シフルはユリスと目配せしあい、視線でもってそう話しかけてみたが、それでもアマンダはかわいいよなー、というばかばかしい結論がユリスのまぬけな顔に書いてあった。かわいければ何でもいいのか、ユリスよ。

 そんな声なきやりとりをよそに、

「ところで、ねえねえっ」

 と、ほがらかに話を振られたユリスは、

「なになに?」

 と、むやみやたらにへらへらしている。シフルは苦笑いするしかない。

「春休み前の《ワルツの夕べ》がもうすぐだね。みんなはどうするの?」

 アマンダは、その晴れやかな空気をシフルに向けた。「シフルは?」

「出ない」

 シフルは即答する。前に《ワルツの夕べ》に参加したときから、密かに決めていたのだ。もちろん楽しいかもしれないが、それにも増して恥ずかしい。

「えーっ、うそ、ホントにー?」

 アマンダは不満そうに聞き返してくる。

「ホントに」

「なんでえ? 前回、つまらなかったの?」

 どうでもいいが、悲しげに問いかける彼女の隣の、ユリスの視線が痛い。必要以上に真剣なまなざしは、彼の願望を如実に物語っている。

「いや、楽しかったけど。でも、ラージャスタン留学も近いしさ、遊んでなんかいられないよ」

 シフルは無難に答えておく。建前はともあれ、本音のところは、二度とあのような悪目立ちはしたくないということだ。それには、この話題は望ましくない。シフルは腰をあげ、

「じゃっ、そういうわけだからオレ部屋戻るよ」

 と、言い残して足早にその場を去った。保身のため友情を裏切ったことに良心の呵責を覚えつつも、少年は残してきた三人を振り返らない。

「えー、そんなあ。じゃあ、ユリス組んでくれる?」

 アマンダにうるんだ瞳でみつめられて、ユリスがうなずかないはずはない。彼が、もちろん! とうわずった声で応じたところで、セージが話題からはずれていたことに気づき、

「あ、でも……セージは?」

「……」

 セージは企て顔で首を傾げた。それから、言う。

「私、シフルと組むわ」

「へ」

 アマンダとユリスは呆気にとられた。当の本人が、たったいま逃げていったではないか。

「ちょっと考えがあるの」

 セージは意味深長に微笑む。「シフルを言いくるめる考え。私、どうしてもシフルと踊りたいから、取り替えきかないんだよね」

「セージ、それって……」

 アマンダはかすかに頬を赤らめる。セージは彼女をまっすぐに見て、動揺など微塵も悟らせない。そして、

「私、シフルが好き」

 当然のことのように、告げた。「もうひとつの秘密よ。ただし、この三人だけのね」

 臆面もなく言うので、そばで聞いている二人には単なる連絡事項のように感じられた。少々間をおいて、言葉そのものの意味を呑みこんでみると、実はとても重要な告白なのだった。アマンダとユリスは、突発的な事故に遭遇したかのように、呆然としてしまう。

「シフルにはまだ秘密。でも、未来永劫秘めておくわけじゃない」

 彼女は立ちあがり、スカートに付着した芝を払い落とす。「必ず自分で言う。だから、それまでは秘密ね。——ちなみに、本気」

 セージは踵を返した。校舎に入り、廊下を進んでいくと、彼女らしい硬質な靴音が響く。

 最後までまったく照れがないというのもすごい、とユリスはひとりごちた。アマンダと二人、セージの背中を見送って、彼はかたわらの少女をちらりと見やる。

「セージの口から恋愛沙汰が出るとは……」

 つぶやき、アマンダの表情をうかがった。

「それは私も思った——……」

 彼女は複雑な顔をしている。ユリスは、友人の恋愛沙汰を冗談にして流せない、アマンダの事情に思いを馳せた。事態はきっと、アマンダの願うとおりにも、自分の願うとおりにも、ならないだろう。あきらめと、それでもわずかに残る期待が、ユリスの内側ではしりだす。

「……本気かあ」

 アマンダの眼は、とうにいなくなったセージを追っている。「本気で、シフルを……」

「セージ、どうやってシフル誘いだす気かな?」

 話題を変えようとしたユリスの声が、空しかった。

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