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精霊呪縛  作者: 甲斐桂
第一部 プリエスカ・理学院編
35/105

第10話 秘密(2)

「だけど、いつのまにそんなに仲よくなったの?」

 午後の授業が終わった帰り道、アマンダが心底不思議そうに尋ねた。「ねえねえ、なんで? だって、休み前はライバルって感じだったよね?」

「いやー……」

 当人のシフルも、首を傾げていた。「休み中に、招待されてセージん家に行って……、そしたらなんとなく……?」

「なんとなくじゃわかんないよー」

 アマンダは頬を膨らませた。「だって、あのロズウェルさんだよ? いくらこっちががんばってニコニコしたって、絶対なびいてくれない、あのロズウェルさんだよ? 私だって前にお昼誘ったりしたのに断られたし、シフルだけあっさり仲よくなれるなんて、ずるいずるい!」

「ずるいといわれてもな……」

 シフルは言葉を濁した。自分でもよくわからないのである。一応あの訪問も「挑戦」に受けてたった、という形式のはずなのだが、ふと気づいたらセージのもうひとつの顔に出会ったあとで、そのセージに引っぱられるままつきあっていたら、なんとなく友達らしきものになっていた。本当に、なんとなく、なのである。

「でも、セージが好敵手であることに変わりはない!」

 シフルは抵抗を試みた。

「でも仲よしってことに変わりはないもん」

 アマンダはあっさり切って捨てる。

「仲よし……なあ」

 その言葉は少しちがう気もしたが、反論はやめておく。「で、アマンダはセージと友達になりたいわけ?」

「え?」

「だから、アマンダはセージと仲よくなりたいのか?」

 彼女の返事はない。当然そうなのだろうと思って投げかけた問いかけに、アマンダはきょとんとしている。

「えー……っと、なんだろ?」

「ちがうの?」

「わかんない」

 アマンダは困惑し、頭を抱えた。「とにかく、こう……変な感じなの。いやな感じ、ううんそうじゃなくて、でもこう」

 彼女は、本格的に思案の渦に呑みこまれだした。シフルが彼女の言葉を待っていると、アマンダはいきなり足を止めた。シフルも、黙って聞いていたユリスも、立ち尽くす彼女を振り返る。夕日を背にしたアマンダの表情は、少年たちからは見えない。しかし彼らは、うつむきかげんの顔を覆う、思いもよらない影の昏さに、一瞬息を呑んだ。

「アマンダ? 大丈夫か?」

 ユリスの案じる声。

「うん——」

 アマンダはうわ言のようにささやく。「うん、大丈夫、だよ」

「アマンダ……?」

 シフルは本当に心配になってきて、彼女の顔をのぞきこんだ。「オレ、何か……いやな思いさせた?」

 アマンダの肩がびくりと痙攣して、彼女の水色の瞳がシフルを映しだす。大きな瞳。いつもは誰にも負けないほがらかさと明るさをたたえている眼が、今日はひどく曇ってしまっていて、シフルはその原因が自分にあるならなんとかしたいと、深刻に思った。

「アマンダ、ごめ——」

「ちがうの!」

 アマンダは頭を振った。「シフルは何も悪くない、私が、——」

 私が。……

 彼女は目を伏せた。次に、すうと息を吐き、

 ——ごめんね、ただの癇癪なの。

 そう、つぶやいた。

「あのね、今その……体調が悪くって」

 アマンダはごまかすように笑って、せわしなく踵を返す。

「体調が? つらいのか? 歩いて帰れる?」

 あわてて追いかけていくシフルを、

「平気だよ」

 アマンダはうるさそうにして、けれども少年を気づかってか目は細め、それでいて速度をゆるめることはしなかった。シフルが困惑し、さらに彼女についていこうとしたところ、ユリスに制止された。少年が理解不能というまなざしを向けると、友人はわずかに首を横に振った。その隙に、アマンダは足早に去っていく。彼女の姿が見えなくなったあとで、ユリスは嘆息がちに少年を諭した。

「あのな、シフル。おまえの善意はアマンダもわかっただろうけど……」

 シフルはいまだ察せず、眼をしばたかせた。「野郎相手じゃ、言えることと言えないことがあるだろ?」

「——あッ!」

 ようやく合点がいって、シフルは顔を真っ赤にした。己の無神経が恥ずかしく、それ以上に申しわけなく、アマンダのいたたまれなさを思うと、のたうちまわりたくなった。その場にうずくまり、叱られた仔犬のように反省するシフルを、ユリスは軽く小突く。

「アマンダが元気になったら、いつもどおりにしような」

「そうします」

 いたらなさに肩を落とすシフルと、ユリス。二人は足どりもとぼとぼと、寮に帰っていった。

 夕食は気まずかった。三人は普段同様、一緒のテーブルについたものの、まず日ごろ真っ先に明るい話題を提供してくれるアマンダが、今日はひどく沈んでいる。彼女が明らかに落ちこんでいるので、通りがかる学生たちは次々にアマンダを励まそうとするのだが、せっかくの励ましも、今日の彼女には届かない。シフルたちが弱ったのは、学生たちは自分たちの努力が効果なしと知るや、いつも一緒に行動している二人の責任を追及しはじめることだった。

「レパンズさんに何したんだよ、え?」

「アマンダをこんなに落ちこませやがって、今に見てろよ」

 咎がないわけではないので、シフルは返事に窮する。《ワルツの夕べ》に参加したときにも薄々感じていたが、理学院に女子が少ないことを斟酌しても、なおアマンダの男子人気はものすごい。うっかりある方面の話題に踏みこみかけたなどと言おうものなら、袋だたきは免れない。

 少年たちは沈黙を守った。何を言ってもろくなめに遭わないだろうから、いっそ弁解しないほうがいい。十代の友人関係にけんかのひとつやふたつはつきものだし、沈むアマンダとともに暗い顔をしていれば、そう判断してくれる可能性もある。シフルとユリスはあらかじめ相談しておき、夕食の時間はそれを貫き通した。アマンダ信奉者の学生たちが、ときおり故意にぶつかってきたり、これみよがしに陰口をいったりしたが、二人の唇はかたく閉ざされていた。

 沈黙のままに夕食は終わった。周囲の反応がカウニッツの一件よりも辛辣で、今度はセージも助け舟を出してくれなかったので、シフルはすっかり疲れ果てた。その後いったん部屋に戻り、セージと合流して特別カリキュラムの授業に向かったが、大陸史の講義中、シフルはこれまでの学習の甲斐もなく寝入ってしまい、例によって長い長い戦争語りを聞かされるのだった。

 夜中近くに、留学メンバーの四人も寮に戻る。

 どうせ同じ寮に帰るのだから、一緒に行けばいいものを、メイシュナーは常にひとりで去っていき、ルッツは常にどこかへとでかけていく。むろん正規の外出ではなく、校則で「脱走」と表現される行為である。みつかれば罰則が待っているというのに、ルッツは気楽なもので、いつも「ちょっと行ってくる」のひと言で出ていく。

「どこ行くんだ?」

 と、尋ねるシフルに、あの金の瞳を細めて、彼は言った。

「秘密」

 ルッツの姿は闇に溶けた。あとには、かたわらのセージと少年だけが、夜の召喚学部棟にたたずんでいる。廊下は、ところどころランプがさがっているものの、足下も危ういほどに暗い。シフルたちは慎重に歩きだした。故郷の夜に比べれば暗闇のうちに入らないらしく、セージはいつもどおり颯爽と足を動かす。大理石の床に彼女のかかとがあたり、硬質な音を響かせていた。

「セージは、ルッツがどこに行くか知ってる?」

 シフルはおもむろに訊く。

「さあ、知らない。同じクラスは長いけど、別に親しくないから」

 彼女はさして興味もなさそうに答えた。「でも、あまりいいことじゃないだろうね」

「?」

「一番ありそうなのは、女性。あるいは単なる夜遊び。普通の学生なら、せいぜいそのどちらかだな。ドロテーアなら他の可能性も出てくるかもしれないけど、人目を忍んですることなんて、何であれろくなことじゃない」

 もっともではある。シフルがこくりとうなずいて、その話題は終わった。特別カリキュラム終了後の帰り道、いつもふたりは闇のなかを進みながら、他愛もない話をする。ときおり壮大なテーマになって、議論が白熱することもあるのだが、今日は穏やかに語りあっている。

「そういえば、レパンズと何かあった?」

 ふとセージが提供した話題に、シフルは凍りついた。が、次の瞬間には氷が溶けだし、またたくまに水となって沸騰する。街灯に照らされたシフルの頬は、ひどく紅潮していた。

「思いださせないでくれよ……、セージ」

 シフルは力なく座りこむ。「それだけじゃないと思うけど、気づけなくってさ」

「何に」

 セージはその横に腰を下ろした。シフルは口を山型に結び、言えないようなことだよ、と答えた。セージは首を傾げていたが、やおら噴きだす。だいたい理解したらしい。

「なるほどね。でも、それならけんかってほどでもないし、いいじゃない」

「よくない!」

 シフルは思いきり頭を振った。「アマンダが恥ずかしいだろ……そういうの。オレだって恥ずかしい! あーもう、この話題やめやめ」

「了解……、あ」

 突然、セージが立ち止まる。シフルも、彼女の視線の先を追いかけた。

「あれ——」

 セージは前方を指さした。彼女の指と視線のはるか先に、淡い光が集まっていた。寮へと続く杉並木のうちの一本に寄りかかっている、ぼんやりとした白い光を放つもの。暗闇のなかで浮かびあがる、誰もが息を呑む人外の美貌と、かすかに風に揺れる青い髪。その青さは、トゥルカーナ公国でしか採掘されない貴石の色。

 シフルに従うスーニャの妖精、ラーガ。

「ラーガ? どうした?」

 シフルは駆け寄る。妖精はゆっくりと顔をあげ、いきなり言った。

「……時姫さまに会いたいか?」

「は?」

 シフルは反射的に聞き返し、横目にセージを見る。彼女は察し、先に帰ってるね、と告げて歩きだした。しかし、シフルはとっさにセージの腕をつかんで引き止める。少年は自分で自分の行為に仰天したが、彼は確かに、セージに待ってほしいと思っていた。彼女は事情を知っており、べつだん問題はない。

「じゃあ、あっちにいる」

 セージは二人と少し距離をおいた。

 彼女が杉の陰に入ったのを見届けて、シフルは口を開く。

「——そりゃ、会いたいよ。いろいろ聞きたいこともあるし。それに」

 彼はラーガの青い瞳をまっすぐにみつめた。「思いだしたんだ、オレ。時姫がベアトリチェ・リーマンだって」

アインの領域で教えられたのではなく、か?」

「ちがう。思いだしたんだ」

 シフルはそう強調すると、ズボンのポケットを探った。出てきたのは、金紐のペンダント。紐の先には、深い緑色の孔雀石が揺れている。

「これは時姫にもらった。オレがあの女の名前を思いだせるように」

 ラーガの目の前に示し、再びしまいこむ。「家でこれをみつけて、思いだしたんだ。あの女がベアトリチェ・リーマンって名のったこと」

 自分で思いだすことができたら、《母》に会わせてくれる。そう言ったはずだ。

 シフルは妖精の青い瞳を見据えて逸らさない。妖精は、少年の真剣さに、かすかに笑みを浮かべる。

「なんで笑う?」

 シフルはむっとして問いかけた。

「時姫さまがお喜びになるからだ」

 ラーガは思いのほか優しい声で言った。「おまえも喜べば、時姫さまはもっとお喜びになるだろう。我が主が喜ばれれば喜ばれるほど、俺は喜ぶ」

 細められた眼には、普段の無味乾燥な色は一切ない。生きた人間にも劣らない、あたたかな感情だった。シフルはうろたえて、とっさに怪訝な面もちになったが、表情とは裏腹に少年の頬は熱をもっていた。

「なあ」

 その熱に促され、シフルは唇を開く。「どうしておまえ、そんなに時姫を……?」

 ラーガの時姫に対する思慕は、明らかに主従の絆を超越している。少年の知る主従関係といえば、元素精霊教会における司教と末端の司祭たちで、彼らは主従というより上司と部下といったほうが正確だが、絶対服従という点からいえば主従にちがいない。その関係には敬愛も思慕もなく、伝統的な階級制度がいまだに重んじられているというだけの話である。

 他の例としては、シフルの父母がそうだ。父はダナン家の当主、母は元女中だったけれど、彼女はシフルの育ての母として父に見いだされ結婚した。しかし、彼らは夫婦ではなく、いまだに主従といって差し支えない。母は父に逆らわず、意見もしない。それは職業と階級差からくる態度であり、何らかの情をもってそうしているのではない。

 そういうわけで、シフルの知る主従とは、基本的に冷淡な関係なのだった。その関係を定義するならば「主従」だが、ラーガと時姫は単なるそれとは異なる。シフルはそう感じた。

「キリィって妖精が、スーニャは時に従属する属性なんだって言ってたけど、それだけ?」

「いや」

 ラーガは否定した。

「じゃ、何があるんだ?」

 シフルが尋ねると、ラーガは眼を若干動かした。セージが聞いている、といいたいのだろう。シフルが、かまわない、と言うと、妖精は静かに口を切った。

「——母だ」

「え?」

「あのかたは、俺の母だ」

 ラーガはどことなく誇らしげに告げる。「もちろん、精霊としてのスーニャに母などない。この器を産んだのが、時姫さまなのだ」

 妖精は己のからだを愛おしむように、胸にそっと手をあてた。シフルは思わず、彼の全身を見る。青い髪——異常な色や尖った耳が妖精エルフの特徴だとしても、彼には人間離れした部分がまだ残っている。その美貌である。彼は、時姫がそう話していたからには「彼」にちがいないのだろうが、外見はむしろ「彼女」といったほうが納得できるような代物だ。女々しいのではない。人間の男には備わらない類いの美しさが、彼にはある。

 シフルは呆気にとられた。それが事実なら、このような美しさをもって生まれる人間が実際に存在しうるということだ。しかも、このラーガが、自分と血を分けた兄弟。

「美しいだろう? この器は」

 得意げに微笑む妖精に、少年はうなずいた。それは動かぬ事実だ。「時姫さまが、俺にはこの世でもっとも美しい器を与えよう、とおっしゃった。そして、大陸でいちばん美しい男をみつけだし、その者とのあいだにもうけたのがこの肉体」

「はー」

 いかなる価値基準によってその男が一番に選ばれたのか知らないが、ラーガのいうとおり、彼の器が稀有な美しさを備えているのはまちがいなかった。見る者に恐怖すら覚えさせる美貌は、ラーガを目撃した教授たちをして、英雄クレイガーンのようだ、といわしめるほどなのだから。

「詳しくは時姫さまに聞くといい」

 ラーガは手を差しのべた。「——行くぞ」

「え? 今?」

 シフルはとっさに躊躇した。「だいたい、時姫ってどこに住んでるんだよ。オレが行けるような場所なのか?」

「時姫さまの館はトゥルカーナにある」

 トゥルカーナ? シフルは間の抜けた声で復唱する。

「もちろん、人に知られないよう、森の奥深くに結界を張り、その中に屋敷を用意したものだ」

「へ……へえ。結界の中に家ね……」

 シフルは口の端をひきつらせた。時姫やラーガが元素精霊長だとすでに知っている以上、今さら驚くべきことなど何もない。けれど、ラーガと話していると、予想もしなかったことや、未知の精霊の力などが次から次へと飛びだしてくるので、油断していると開いた口が塞がらなくなる。

(しかも、何だって? トゥルカーナに、今すぐ発つ、だって?)

 トゥルカーナはラシュトー大陸の南東に位置しており、北西端のプリエスカからすればはるか彼方の国だ。むろん、空間を操るスーニャの、しかも元素精霊長であれば、たやすいだろうことはわかる。しかし例によって、理屈のうえでの理解と、納得という理解は異なっており、あまりにも予備知識を無視した事実を突きつけられると、どうしても混乱せざるをえない。

「なんだ、この期に及んでわからないのか? 学生のくせに、老教授並みに頭が固いな」

「放っとけ」

「とにかく、行くか行かないか、だ。メルシフル」

 ラーガは言った。「おまえが望むなら、時姫さまとお会いするあいだ、時間を止めてもいいと、他でもない時姫さまがおっしゃっている」

「時間を……なあ」

 シフルは苦笑した。まったく、簡単にいってくれるものだ。本当にいつか、頭がおかしくなるかもしれない。それまで信じていた世界を、精霊の力は根底から覆す。世界を構築したものたちは、シフルの小さな世界を変えることぐらい簡単にやってのける。不可能が可能になり、不可視は可視になる。すべてが、シフルの前にひらかれる。

 だからこそ、気軽に用いてはいけない。少年はそう感じていた。すべての真実を知りたいという欲求がないといえば嘘になるけれど、しょせん自分の器は小さい。受け入れきれるとは限らないのだ。世界の中心に触れるとき、世界の理に逆らうとき、きっと何かが狂いだす。

「そんなことしないでいい」

 と、シフルはきっぱりと返した。「ちゃんと、時間と余裕があるときに会うよ」

「それはいつだ?」

「うーんと」

 シフルは首をひねった。当分はラージャスタン留学の特別カリキュラムでいっぱいいっぱいだ。出発したらしたで、新しい環境に慣れるのに体力気力を割かねばならないだろう。よって時姫に会うとしたら、特別カリキュラムが終わったあとで、なおかつ出国前。そうなると、出発日が春休み終了直後だという話だし、その春休み中なら都合がいい。

「春休みかな。だいたい半年後になるけど、先すぎるか?」

「問題ない」

 ラーガは答えて、淡い白の光をまとい、宙に浮かびあがった。「この世界が成立するころから、俺はここにいる。たかが半年、またたきの間だ。時姫さまにとってもまたしかり」

 妖精が身を翻すと、そのからだは闇の狭間に吸いこまれていく。

〈半年後に、と。確かに伝えよう〉

 離れたところからの、彼の声。

「ああ。半年後に」

 シフルは妖精の去っていった夜空を見上げ、彼を見送る。ラーガの残した光が最後の一片まで消え去るのを、黙ってみつめていた。精霊のいたしるしが完全になくなったあとで、待たせていた友人のことを思いだす。

「セージ? 話、終わった——」

 おもむろに呼びかけたそのとき、

「——え」

 シフルは、そこにはいないはずの面々を見いだした。

 闇のなかにたたずむ、二人の影。

 彼らはおそらく、忍び足でここまでやってきたのだろう。自分を驚かそうとしたのかもしれない。いや、そうとしか思えない。何しろ、黙って自分を待っていてくれたセージが、彼らの到来に気づかなかったのだから。

「ユリス……、アマンダ」

 シフルは、信じがたい思いで口を開く。「なんでここに……?」

 二人は呼ばれて、揃って肩を震わせた。

「シフル」

 ユリスは真摯なまなざしを向けてくる。「ごめん——俺たち、シフルをびっくりさせようと思って」

 ささやかないたずら心が引き起こした思いもよらない結果に、人のいい友人の声はかき消えんばかりだった。

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