プロローグ
鉢植えの花がようやく蕾を付けたのを見て、ほっと息を吐く。よかった、上手く育ってくれている。
前は全て枯らしてしまっていた鉢植えの花も、ここ最近は枯れなくなって、窓辺には色とりどりの花の鉢植えが置かれるようになった。
これも全てはあの男、まだ寝室で寝ているあの男のおかげかと思うと、ちょっとだけ面白くないが感謝もしている。出会いがアレだっただけに、あんまり素直には感謝できないのが正直な話だ。
私が住んでいるのは森の中の小さな家。この森は西の森だか魔女の森だか呼ばれていて、滅多に人は寄り付かない。そんな森の中、私ことシャロと、部屋で寝ているオズは暮らしている。
いや、オズはどちらかというと居候かしらね?まあとにかく、森の中、小さな家で2人暮らしをしているというわけだ。
窓辺の花を眺めていたらヤツの寝室のドアが開く音がして、寝癖だらけのオズが起きてきた。
「んあ〜〜ねみ〜〜」
「あら、おはよう。まっくろもさもさ」
「はよ〜〜…ん?まっくろもさもさって俺か?」
「さっさと顔を洗ってらっしゃいな。朝食ができているわよ」
「スルー?スルーなの?自分でボケといてスルーなの?」
「スルーよ」
「スルーか〜〜」
もっさもさの頭を手櫛で整えながら、あくびをしているこの男、つい先日突然家に押しかけてきて住み着いてきた不審者である。お互いにメリットがあるからこそ成立したものの…正直ほんとに怪しい男よね、どうでもいいけど。私の平和な暮らしを害しさえしなければ私はなにも言わない。男手はやっぱり助かるし。
「わ〜〜今日の朝ごはんも美味しそうだねえ。いただきます!」
「いただきます」
「ん〜〜美味しい!サクサクのパン、カリカリのベーコン、トロトロの卵…最高!」
「そう、ちゃんとその味がするのならよかったわ。今日は天気がいいから掃除と洗濯をするの、手伝ってちょうだいね」
「まかせて!俺にかかればちょちょいのちょいだよ!」
「その自信はどこから来るのかしらねえ…」
最初は慣れなかったこの男の食事風景も、数日でだいぶ慣れつつある。本当に美味しいのか正直疑わしい。本人は幸せそうに食べているから別にいいんだけれど、私はちゃんと美味しいものを食べているし。
今日のメニューはトーストにベーコンエッグ、サラダにスープと、スタンダードな朝食。もちろんオズにも『同じように見えるもの』を用意した。私のトーストは香ばしくやけていて、卵は君も白身もつやつやで、サラダはみずみずしく、スープからは温かな湯気が上っている。対してオズの朝食は黒一色。私の周りに浮かぶお菓子たちと同じ色。別に焦げてるわけじゃない。ちゃんとグレーとか黒とかグラデーションもあるし。
彼の食事は特別、異常、異質。でも彼にとってはご馳走。そのために私と暮らし始めた。
「ご馳走様!食後のデザートにそのクッキー食べてもいい?」
「こんな空中に浮いてるものなんてホコリがついてるわよ。それ以上虫みたいになってどうするの?おやつにケーキでも作ってあげるから、それまで我慢なさい」
「え?シャロってもしかして俺のこと虫みたいだと思ってるの???」
「あらやだ…ふふっそれじゃ虫に失礼よね」
「衝撃の事実!!!笑顔がまたかわいい!!!なんでも許しちゃう!」
「あなたに許されるなんて不愉快だわ」
「酷すぎる!!!」
恒例となった軽口の応酬も、今ではないと物足りなくなってしまった。なんだか楽しくもなってしまって、つい笑ってしまう。
「そんなことより洗濯物を干さなくちゃ。あなたは食器を洗っておいてね。終わったらお掃除よ」
「ええ〜〜唐突な会話切り替え。とりあえず了解。何かあったらすぐ俺を呼んでね」
「ええ、よろしくね」
洗濯物を持って外に出る。春風が心地よい、雲ひとつない晴天。
物干し竿に洗濯物を次々と干していく。風が強くないから飛んでいく心配もあまりなくて助かる。
本当に今日は天気がいい。洗濯物も、きっと気持ちよく乾いてくれるだろう。
そういえば、オズが家に来たのもこんな天気の日だった。