九十二話、デュースという男 Ⅰ
ブラックレオが統治していた国は、人間と魔物とが領地を別けて暮らしていた。
お互いに生活に干渉せず、またなにか問題が起こったときなどは助け合いながら暮らしていく。そういうルールを作った。
ブラックレオは国のことには基本的に無頓着で放任していた。
ブラックレオは戦うことだけが生き甲斐だった。だから日々鍛錬し、強さを磨き、自分と同等に戦える相手を探していた。
悪癖もあった。ブラックレオは暇潰しと同じ要領で戦争を仕掛けることがあった。かのグランゾールでの戦いもその一つだ。
ペースとしては数十年に一度するか否かというところだ。人間たちや教会側としてはその頻度の少なさに助かっていた面もある。
そうでなければ数百年前の初代魔王の頃と同等の悲惨な時代がまたやってきていただろう。
ブラックレオは国民たちには自分達のことは自分達で決めさせ、自分がいなくても勝手に生きていけるような国の制度を人間たちや魔物たちに合わせて作っていた。
それが功を奏して、ブラックレオがいなくなったあとも、なに不自由なく彼らは暮らしていた。
そんなある日のことだ。ブラックレオと同等、いや、それ以上の力を持った人間の男が現れた。
男の名はデュース。彼はブラックレオに成り代わり、国の統治者になるべくやってきた。
デュースは以前参謀としての役割を担うブラックレオの右腕だったと名乗りを上げ、自らの力とその能力で国を守っていくと宣言した。
歯向かうものはもちろんいなかった。なぜなら歯向かおうものならなにをされるかわからないからだ。
デュースは誰に見ても明らかに異質なほど強大な魔力の持ち主だった。それに魔王でもなく、魔の物でもない人間の男にそれほどの力があることも奇妙で不気味だった。これでなぜブラックレオの右腕として遣えていたのかと不信にさえ感じた。
だから誰も逆らわなかった。
デュースはそれをいいことに自分の発案したルールを国民に強いていった。
まずは人間と魔物との生活圏を一つにすること。それぞれがお互いにお互いを尊重すればそれは可能だと謳った。
もし争いに発展した場合においては喧嘩両成敗とし、国から追放するという厳しいルールも課せられた。
明確で厳粛なルールはそれだけだったが、それを厳正に執り行うために監視する役割を国を守る兵たちのなかから選抜されて城から送られてきた。
彼らの仕事は国の状況を把握し、デュースにそれを伝え、改善案を模索するために監視し情報を送ることだった。
最初のうちはそれが窮屈と感じながらも何気なく国民たちは生活していた。
時間が経つとやはり緩みも出てくる。いつしか緊張も解けていた国民たちのなかには、それぞれの生活環境違いから鬱憤が重なり、一時の感情に任せてそれを晴らそうとするものたちも現れ始めた。
だがひとたび、万が一にもそれをやってしまったものたちはルール通り喧嘩両成敗で国から追放された。
監視は国民たちの私生活や仕事、その他様々な場所で行われていたため、国民たちは気の緩む暇を与えてもらえなくなっていった。
しかしそれ以外は特になにが悪いこともなく、独裁的な恐怖政治が行われたわけでもないため、国民たちは強く逆らうこともなかった。
そうして徐々に国民の数が減っていくと、デュースはどこからか新たな国民を連れてきた。
そしてその繰り返しだった。
気がつけば国の在り方は元あった自由なものではなく、互いに監視し合う社会へと姿を変えていた。
もちろん自由がすべてなくなってしまったわけではない。国民たちにとっては前よりは視線を気にして、誰ともいざこざを起こさないように過ごすだけの話しだ。
そのルールに順応できたものだけがそこで暮らしていける。当たり前といえば当たり前のことだ。
国と言うのはそういうもの。そこにはそこのルールがある。社会のあるべき姿だ。
だがデュースはこれを見て思った。
失敗だ。
デュースが国作りに干渉したのは最初の段階までだった。
それからは徐々に下のものたちに任せていったが、結果はこのあり様だ。
なにも違いがない。
デュースはもっと別の形を期待していた。
どこの国にもあることだが、人と魔物は共存が難しい。
今現在国に住んでいる人間と魔物の比率は人間が七で魔物が三だ。他の国よりはいい方ではあるが、デュースの理想にはほど遠かった。
なによりやはり壁があった。同じ場所に住んでいてもお互いに避けている。
なにも起こさぬよう。触らないようにしている。
ルールを変えても結果は変わらないだろう。結局生きている他者の心をそう簡単に変えることなんてできないのだ。
「わかってはいたことだったが、もしかしたら私にならと……そう考えたが、まあそんなものだろう」
デュースは空の上から国全域を眺めて独りごちる。
「所詮は愚民どもだ。私が直々に変えてやらねばなるまい」
理想郷を作り上げるために。
それが、私がこの世に生まれ落ちた意味なのだから。
それだけが唯一、イレギュラーの抹殺という役割のためだけに生まれたのだと知ったときの絶望から解放してくれる希望なのだ。
たとえ煉獄の炎に焼かれても、この身朽ち果てるまで自らの理想を叶えてみせる。
この偽りの皮を脱皮して蝶としてありきたりに羽ばたくその日まで。
デュースはかつてより抱いていた野望を再確認するように心でそう言葉にする。
そのとき、一際大きな魔力の出現を感じ取った。
もう気づかれたか。彼奴にしては以外に速かったな。
まだデュースは完全にイレギュラーの力をものにできたわけではなかった。それでもあのダメで平和ボケした子供に負けるなんてことは一ミリも想像していない。
来るがいい。貴様の遊びに付き合ってやる。
しかし、これでもう最後だ。
引導を渡してやろう。
デュースは魔力を解放すると、城へ近づいている奴を迎え撃つため転移した。