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八話、六番目の魔王




エルを追って、遅れてセントレイアに着いたマシェエラは、巨大で禍々しい魔力が空を切り裂く瞬間を目撃した。


あれはなに……。


マシェエラにとって現実感のないほどの出来事だったせいか、はたまたその青い魔力の光が妙に悲しげで魅入ってしまったためか、どちらにしてもマシェエラは少しの間そこに立ち止まってそれを見上げていた。


そういえばエルは……。


ふと思い出して周りを見回す。


町にエルの姿はない。


人のいる気配もない。


もしかして……。


マシェエラはプロセスとしてはありえないとわかっていても、直感という部分ではその可能性を無視できなかった。


マシェエラは今も空に立ち上る巨大な魔力が出ている方に急いで向かった。


町を出て魔力の柱の根元が見えるところまで近くと、そこには思った通り、バグと思われる鼻の長い魔物と見知らぬ金髪の魔女と魔力の柱を発生させているエルの姿があった。


「エル、どうしてこんなことに」


「あなた、このこの子のなに?」


金髪の魔女が聞いてくる。


「私はエルの……なんだろう?」


マシェエラは言われて初めて自分の彼にとっての立ち位置について考える。


あれ……そういえば私、エルにとってなんなんだろう。恩人……恩人といえば恩人。同居人……というかもう同棲してるようなもの。でも恋人じゃないんだから、同棲ってのも違うと思うし。仲間……どうだろう。エル自身からはそう言われたことないし。私はそう思ってるけど、エルは仲間の話しをするときは、バグの被害者となった二人のことしか話さない。


という思考を数秒のうちにマシェエラの頭のなかで行われたが、途中でそんなことを気にしている場合ではないことに気づく。


「そっ! そんなことより、あなたこそ誰なの。エルになにをしたの」


「見てればわかるわ。これからおもしろいことが起きるから」


「ロゼ、これはなんだ。なにが起こっている」

二人の間にバグが割って入った。バグは状況を呑み込めず慌てているようだった。


「バグ、私ようやく巡り会えたの。イレギュラーに」


「なんだと。まさかほんとうにいたというのか。俺はてっきりただの与太話だと思っていたぞ」


バグは魔法の柱となっているエルに視線を移す。魔王の側近たるバグであろうと、これほどの魔力を放出している存在には注視しているようだ。


「そして残念なお知らせがあるわ」


不意にロゼはバグにとって思いもよらないことを口にした。


「バグ、あなたはここで殺されちゃう運命よ――――」


瞬間、バグは魔王より産み出されてから一度も感じたことのない感覚を覚えた。


身体が急に重くなり、冷や汗が噴き出した。それと同時に猛烈な寒気が起こり、まるで自身が凍ってしまったかのように錯覚した。


なぜだ。身体が動かない。


気がつけば巨大な魔力の柱は消えていた。その代わり目の前に、灰ような色をした髪の、眼が赤い異質な魔力を漂わせるなにかがそこにいた。


バグは恐怖から思考が止まっていた。それ故に目の前の存在がなんなのか確かめたいという衝動が口を開かせた。


「おまえは……なんだ。なにものだ」


そう問いかけるバグの目の前には、悲しげな眼をした青年が立っていた。


悲しげな眼をした青年は、動揺しているバグに向かってこう言い放った。

「なにもの……か。そんなこと、お前が知る必要はない」


青年はバグの額に人差し指を押し当てると、そこに膨大な魔力を込める。


「だが一つだけお前が知っておくべきことは、お前はこれから死という名の悪夢を見ることになるということだけだ」


その瞬間、バグは死の恐怖に取り付かれた。


「やめてくれ。助けてくれ」


「お前のような人をただの食い物にしか思っていない悪魔に、慈悲を乞う資格はない」


その一言を言い終えた次の瞬間には、バグは魔力の光のなかで塵となっていた。


「終わったか。思いは汲み取ってやったぞ」


彼にとっての一つの戦いが終わったことで、さっきまでの威圧感のようなものはさっぱりと消え失せていた。


そこにロゼが近づいていく。


「イレギュラー。あなたの名前を聞かせてくれるかしら」


「イレギュラー? なんのことだ?」


「説明すると長くなるのだけれど、聞く? それとも後にする?」


「後にしよう。野次馬がやってくるまであまり時間もないしな」


「それもそうね」


「名を名乗るのもそれからでも遅くはない」


一区切りついたところで、自身注がれる熱い視線を感じた。


その視線の先には、複雑な表情をした、自分と関係のありそうな女性が遠目から自分を見ているのがわかった。







青年とバグの戦いと青年とロゼの会話が終わるまで、それらを見届けたマシェエラのキャパシティは既にパンクしていた。


当たり前のことだが、理解が追い付かない。そんな出来事の連続だった。


一つだけわかるのは、バグを倒したあの青年は紛れもなくエルだということだ。


どうしたらいいか、変わってしまったエルにどう話し掛けたらいいのかわからずに止まっていたマシェエラの前に、気がつけばエルが下から覗きこむように話し掛けてきた。


「お前はたしか……マシェエラだったか。いいもの持ってんな」


そしてエルは手を伸ばしてした。


「えっ! なにを――――」


エルの伸ばした手は、そのまま真っ直ぐマシェエラの胸元に向かう。そして自然に、それが当たり前かのように開かれた手がマシェエラのを揉みしだく。


「いやぁぁぁぁぁ」


マシェエラは奇声を上げる。


「いやいい! 柔らかいぞ。最高だ。やはり女の胸はいいな」


「やめて!」


自動的にマシェエラの身体が動く。拒否反応がそのまま平手打ちという形に変わってエルの頬に当たる。


叩かれたエルはさして気にしてもいないような表情でマシェエラを見つめる。


エルはマシェエラの顎に手をかけ、自分の方に引き寄せる。


マシェエラはそれに抵抗するように顔を背けた。


「母性的な顔の造形だ。 マシェエラ、俺の母になってくれる気はないか?」


「はあ!!」


今のエルのしていることは、マシェエラにとって理解できない行動の連続だった。これがほんとうにエルなのだろうか。


性格も目付きも、背丈も大きく変わってしまった彼は、もはや自分のよく知っているエルではないのだとわかった。


しかしなぜだろう。エルだからだろうか。たとえ変わってしまっているのだとしても、その奇行とも呼べる行為に対して完全に拒絶できない自分がいる。


マシェエラはそんな自分に困惑していた。このままではいつか身も心もほだかれてしまうのではないかと危惧するほどだ。


そんなマシェエラの気持ちの整理がつかないまま、更にこの状況を複雑にする存在が近づいてきていた。


「やっぱりね。来ると思ってたわ」


ロゼが空の向こうを凝視して言う。


「お前は知っているんだな。これから来るやつのことを」


「当たり前でしょ。だって彼女はこの世界の五大魔王のひとり――――」



「炎獄のシル・カイナっていうっすよ。よろしくっす」



そう言って突然空から落ちてきたのは、蛇のような妖しい瞳をした赤い髪の女の子だった。肌は黒く、見せる表情から察するに楽天的な性格をしていると思われる。


落ちてきた衝撃で、地面がえぐられ、広範囲に割れていた。


いくら魔王だといえどあの見た目で地面をえぐるほどの重圧があの身体にあるようには見えない。視線を少しずらすとその理由ははっきりする。彼女はその手に自分の身体の五倍以上ある黒い大剣を肩に乗せて持っていた。


「やっぱりシルだったのね。なにか気になることがあるとすぐ行動に移すところは変わってないわね」


「暇っすからね。それに、ロゼだってあたしとあまり変わらないじゃないっすか。あたしとロゼは同類っすよ」


「私をあんたみたいな戦闘狂と一緒にしないでくれる」


「ロゼの場合は色情狂っすからね」


「どうしてそうなるのよ」


「ロゼはいっつもエッチい格好してるじゃないすか」


「この服装はファッションよ。好きだから着てるの」


「へぇ~そうだったんすか~」


「あんた信用してないわね」


「だってその格好で外歩いてたら、誰か私と夜やりませんかって言いながら歩いてるようなもんすよ」


「シル、これ以上言ったらあなたとはいえ容赦できなくなるわよ」


「へぇ~。ロゼが相手してくれるんすか。いいっすよ。一度やってみたかったっすから」


「上等じゃない」


二人の間に火花が飛び散る。


危険な女二人の喧嘩など、飛び火しそうで誰も近づきたいとも思わないが、横で話しを聞いていた暇人が、唐突にその間に入った。


「まあまあお二人さん。ここは俺に免じて拳を納めて――――」


暇人はそう言いつつ二人の胸元に遠慮なく手を押し込む。そうすると二人のそれぞれの良さを持つ膨らみが一つずつその手に収まっていた。


もみもみ。これは至高の一時。


「やめんか!」


「やめるっす!」


納めたはずの拳がお約束のごとく飛んでくる。


「ぐへっ」


そしてその場に崩れ落ちる。


「誰すかこいつ」


「あんたが感知した魔力の主よ」


「こいつがっすか! とんだスケベ野郎っすね」


「そうね。でも彼も、今日からあなたと同じ魔王なのよ」


「どういうことっすか?」


「私が彼を堕天させてあげたのよ。イレギュラーだったし、魔力回路が反転してるのに勇者に産まれてるなんてどんな食い違いなのやら」


「それじゃあ勇者としては出来損ないじゃないっすか。傑作っすね」


「でもこれで今の変化のない世界にどんな影響を与えてくれるのか楽しみだわ」


「俺はナハトだ。魔王というものではない」


そこで元々はエルだったものが立ち上がって話しに加わる。


「へぇ、あなたの裏の名前って、ナハトっていうのね。でもあなたは紛れもなく魔王よ。魔力の質やセンス、すべてにおいてこの世界の五大魔王に匹敵するわ」


ナハトはロゼの言っていることの半分も理解できていなかった。そのため、まずは一番理解できていないところから説明をしてもらえるよう試みた。


「魔力反転ってなんだ?」


「あっ!! それやめるっす!!」


シル・カイナが止めに入る。


「えっ!?」


「魔力反転っていうのはね」


「あ~あ、始まっちゃったっすよ」


ロゼはここから約三時間半くらい魔力反転についての説明を始めた。まとめると、魔力には表と裏があり、それは基本的にはこの世に生をうけたときに、表と裏の魔力を比較して優秀な方を使える種族に生まれてくるようにしている世界システムがあるらしい。エルはその逆で、魔力の低い方が採用されて勇者として産まれてきたようで、それを産まれてきた後に変える方法が魔力反転らしい。だが、魔力反転は通常産まれてきてからすることはできないので、堕天というやり方で反転させたらしい。


更に堕天についての説明も一時間くらい続いたが、ここでは簡潔に述べさせていただく。


堕天とはその字のごとく天使が堕ちると書く。つまり女神が世界に産み落としたとされている勇者は、天の使いということになる。エルの場合、それを堕天させて魔力反転して、ナハトという裏の人格に切り替わったとき、裏側の魔力が強大だったこともあり、六番目の魔王と呼べる存在となった。


ここまで約四時間ほどの説明をロゼは淡々としていたが、ナハトは最初の方で飽きてしまい、説明しているロゼを置き去りにして、ナハトとシル・カイナは二人で話しを続けていた。


「ロゼは解説するのが大好きなんすよ。こうなるとしばらくは夢中なんであたしたちすら眼中に入ってないっす」


「じゃあ誰に解説してるんだよ」


「解説すること事態に意味があるみたいっすよ」


ナハトにはよくわからない心理だった。もちろんシル・カイナも理解できていないだろう。


「それじゃあ自己紹介も済んだっすから、そろそろこっちも始めるっすよ」


「ん? 始めるってなにをだ」


「決まってるじゃないすか」


シル・カイナはそう言うと持っている大剣を軽々と振り回す。そして構える。


「格付け勝負っすよ」


「格付けかぁ。別に俺は興味ないんだがな」


「あたしはあるっすよ。というか暇なんで遊びたいだけっす。ここに来たのもそれが理由っす」


「そうかわかった。だったら俺の条件を一つ呑んでくれ。そしたらやってもいい」


「なんすか条件って」


「俺が勝ったら、俺のお姉ちゃんになってくれ」

「なに言ってんすかあんた……」


思いっきり引かれていた。


「それが条件だ。やるのか? やらないのか?」


「まあいいっすよ。あたし、負けないっすから」

「じゃあゲームスタート――――」


シル・カイナはナハトの始まりの合図が言い終わる前にに既に動いていた。


ナハトに向かって大剣を軽々と振り下ろしてくる。


ナハトはそれを真っ向から受け止めることになったが、幸い瞬時に取り出した剣が間に合った。そしてナハトが大きく間合いと取ると、受け止めた剣は鉄屑のようになってしまった。新人勇者の安物の剣だ。ナハトが魔力を込めて補強しておかなければ受けきれてはいなかっただろう。


「だ、まで言わせてくれよ」


「よく受けきれたっすね。褒めてあげるっすよ」


「褒めなくていいから、その代わりにおっぱいを触らせて――――」


ナハトが言い終わる前に再度、それもさっきよりも暴力的で強力な一撃が襲いかかる。


ナハトはさすがにまずいと察し、回避する。


「なんか言ったっすか?」


「あらら……シル・カイナは魔王なのに意外とこういうのに免疫ないんだな」


「免疫ないんじゃなくて、あんたが不快なだけっす」


「なんで! なんで拒絶するのお姉ちゃん」


「お姉ちゃんじゃないっす喧嘩売ってるっすか?」

喧嘩を売られてるのは俺の方なのだが。


「調子に乗るなって言ってるっすよ。まずはあたしの享楽が終わってからにしてほしいっす」


「じゃあそのあとは俺の享楽に付き合ってもらおうか」


「いやっす」


「なんでだよ!!」


「レイプされるっす」


「俺は逆レイプの方が好きなんだが……」


「あんたの性癖は聞いてないっすよ」


「お互いのことをもっとよく知るのにだな……」


「なんのためにっすか?」


「将来のために」


「ないっす。絶対ないっす。賭けてもいいっす」


「さてと、そろそろ本気を出さないといけないらしいな」


「ようやくやる気になってくれたっすか」


「そうだな。ここからは身体で語り合うとしよう」


「また意味深な言い方っすか。ほんと懲りない人っすね」


「だったらあたしがこの手で叩き直してあげるっすよ」


シル・カイナは強烈な一撃を繰り出してきて、ナハトはそれをうまく受け流す。振り下ろされた大剣は、ナハトが受け流すごとに地面が炸裂し、地盤を破壊していく。


「おいおい、そいつじゃ直すどころかぶっ壊れちまうぞ」


「そのときはそのときっすよ」


シル・カイナは子供が遊んでいるときのような表情を見せる。自分から格付け勝負なんてものをしようと提案するくらい、やはり戦うことが好きらしい。


それにしてもあの一撃はヤバい。地面に激突するごとに威力が増している気がする。このままではより広範囲に影響が出てしまう。


ロゼは既に空中に逃げていて、空から高見の見物をしている。


問題は離れているが被害にあう可能性の高いマシェエラと町だ。


「仕方ないな。女には手をあげない主義なんだが」


と、ナハトは人差し指をシル・カイナに向ける。


「ようやく反撃っすか。出し惜しみしないでたくさん遊ぶっすよ」


「悪いがそれはできない。俺の後ろには守らなきゃならないものが沢山あるんでね」


「魔王になったのに勇者みたいなこというっすね」


「いくら俺の肩書きが魔王だろうと、俺は俺なんだ」


ナハトは人差し指から目で認識できるかできないかくらいの小さな魔力の弾を撃った。そしてそれはシル・カイナの手首に命中した。


その瞬間シル・カイナの手首は衝撃とともに痺れ始め、持っていた大剣を落としてしまう。


そのあともシル・カイナの手首は痺れたままだった。シル・カイナは突然のことに動揺し、手首を押さえている。


「いったいなにをしてくれたんすか。教えてほしいっすねぇ」


「神経に直接魔弾を撃ったんだよ。壊れないように威力を調整してな」


「神経とは器用なことするっすね。手加減までしてくれたってことすか」


「いっただろ。俺は女には手をあげない主義だ。だから俺が魔弾を撃った時点で、俺は負けてるんだよ」


「そんなの、あんたのルールのなかの話しじゃないすか」


「それでいいんだよ。俺は俺の世界で生きてるんだからな」


そこでシル・カイナは納得したようだった。表情からはわからなかったが、雰囲気からは伝わった。


「今日のところはそういうことにしとくっすよ」

シル・カイナはそう言って、大剣を拾ってどこかへ帰っていった。


危機は去った。


ナハトは空を跳んで帰っていくシル・カイナを見送ったあと、崩れ落ちた。





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