八十八話、奪われた力
エルの協力を得られなかったマリアたちは、次はバージナルに向かった。
バージナルにいるマシェエラ、今は魔王セクスとして覚醒した彼女を仲間に引き入れられればバージナルの兵力とともに一気に戦力を拡張できる。
だがこちらはエルよりも協力を得るのが難しいと感じていた。
マリアにとってマシェエラはかつての仲間だが、今はセクスと一つになり、それによって考え方が変わっているはずなのだ。
だから彼女がどう考えるかによって協力してくれるかどうかも変わってくる。
正直望み薄ではあるが、彼女にデュースの件を伝えてどう反応するのかがマリアにとって気になるところだった。
バージナルに着くとそこは以前マリアが教会の仕事で訪れたときとなにもかもが変わっていた。
あれは二年前のことだ。マリアがここを訪れたときは魔王セクスが行方不明になってからかなりの年月が経っていたことで町の様子は落ち着いていた。
活気があるわけでもないが、陰鬱な空気感があるわけでもないごく普通の街並みだ。
大陸の首都にしては景気はなかったが、人々もそしてそのなかで共存している魔物たちも心安らかな笑顔をみせていた。
それがここ数ヶ月でバージナルは彼女好みの歓楽街といっていいほどの姿にまた戻ってしまっていた。
街並みも人々の形相、種類もすべてが入れ替わり、そういった世界の住人たちが今はそこでそれぞれの暮らしをして生きていた。
「マリア様、なんかギラギラしてて落ち着かないです。怖いですぅ」
マリアの背に隠れてコロナはその夜の世界に恐る恐る視線を向けていた。
運が悪いことにたどり着いたのは夜中だった。
もう寝静まってもいい時間のはずだが、この街にとってはこの時間こそが彼らの生活の時間だ。正に昼夜逆転したサキュバスの国と似た世界である。
「大丈夫ですよ。さあ行きましょうコロナ。きっと彼女も起きているはずですから」
バージナルがこのようになっていることでマシェエラが魔王セクスの頃と同じような私生活をしているのは間違いないだろう。
一応ここまで来る旅の途中で文を送っておいて正解だった。そうしなければきっと彼女が情事にふけっているところに通されて気まずい思いをすることになるところだっただろう。
マリアとコロナは声をかけてくる整った顔立ちの男や布地の薄い服装をした女たちを振り払いならがバージナルの城に無事に着くことができた。
「はぐれなくてよかったわ」
「はい……凄い人混みでした」
二人とも息をついて城の前で休憩をとっていた。本当は城のなかで休憩をとれればいいのだが、ここからが本番なのでそうはいかない。
「せっかくマリア様のデュースとの戦いで消耗したお身体が回復したというのに……」
コロナが珍しく愚痴を吐いている。ここまで来るのによっぽど疲れたのだろう。
まあ、その気持ちはわかりますけどね。
マリアとしても慣れないという点についてはコロナと同じだ。人間的性質がそもそもここに合わない。
一息ついて城のなかへと向かう。城門を通ると近くにいたが案内人として付き添ってくれた。
王座の間に通されると、そこにはマシェエラが王座に座って待っていた。
「久しぶりねマリア。元気にしてた?」
「ええ、あなたは随分と趣味が変わってしまったようですね」
「仕方ないわよ。セクスの人格の方が私よりも当然強いから。だからそっちの方が濃くなっちゃうのよねどうしても」
マシェエラの服装もあの外の住人たちのように肌の露出が多く、セクスの趣味趣向の入った彼女らしい色気の強い黒の服に身を包んでいた。
「でも男を誘うのはやりやすくなったわ。前と違って今はそんな自分を受け入れられて色んな意味で楽になった」
「私は前のあなたの方が好きでした」
「悪いわねマリア。でももう戻れないから」
こうして二人の手短な挨拶が終わり、次の話しに移る。
「それでマリア、なにか話しがあってきたんじゃない?」
「ええ、そうですね。それでは本題に移ります」
離れた位置から話していたマリアは、マシェエラとの距離を人二人分ほどの間隔を空けて詰めてから話し始めた。
「私がデュースと遭遇してから七日が経ちましたが、マシェエラはデュースという男をご存知ですか?」
「知っているわ。エルの敵でしょ」
「はい、正確にはイレギュラーの敵……ということになっています。本人から直接聞いたわけではないので憶測ですが」
「間違いないわ。それについてはそれなりに情報は入ってきているもの」
その情報について詳しく聞きたいところだが、話しの途中ということでまずは自分の話しを続ける。
「七日前、私が封印された状態のブラックレオを輸送しているとき、デュースが現れました。そしてデュースは魔王が内臓している魔力四つ分に相当する魔力で私を戦闘不能に追い込み、ブラックレオを奪いました」
これでハイアリンからコロナ、ミズチやクク、ララ、そしてエルと続いてマシェエラ、説明した回数は四度目になる。
「ブラックレオどうするつもりなのかはわかりませんが、これから一波乱二波乱必ずあるはずです」
「そうね」
「ですからマシェエラ、魔王セクスとして覚醒したあなたに協力を頼みたいのです」
「仲間としてじゃなくて?」
「それももちろんあります」
そう答えたマリアに対して、マシェエラはすぐにも返事を返した。
「悪いわねマリア、先約があるの」
「先約?」
「ええ、出てきてもいいわよ。エル」
名前を呼ばれて、エルが王座の間の入口から顔を出した。
「エル……来ていたのですか」
マリアはエルにそう話しかけたが、エルはなにも話さない。
「エルが今の私のパードナーなのよ。だからあなたに力を貸してあげられないわ。ごめんなさいね」
挑発しているかのような口振りでマシェエラは言う。まるで手に入れた大事なものに手をつけるなと言わんばかりに。
「そんな……酷い」
コロナがそう小さく声を漏らす。それはエルに伝わったようで、表情を影に落としていた。
コロナにはエルたちのしたことがマリアを裏切ったように見えたようだ。
それに反応したエルも少なからずそう思っているのかもしれない。
なにはともあれ、これでもう説明をする必要はなくなった。
「コロナ、もういいのです。行きますよ」
立ち去ろうとコロナに促す。
交渉はまたも決裂。この先は教会を通して各国に協力を仰ぐためにまたあちこち動き回らないとならない。
忙しくなる。でも最後に私は、王座の間を出ていこうとして、去り際に入口にいたエルにこう言っていた。
「エル……私たちでは力不足ですか?」
不意に生まれたこの言葉は、いつもなら心に閉まっておくはずの言葉だったが、このときは思わず声にしてしまっていた。
「ごめん……マリア」
その言葉が答えだった。
マリアは悔しさと寂しさを同時に感じながら城の外へと足を進めた。
城の外まで後数歩というところで足を止めた。
なぜならマリアは感じたからだ。外になにが来ていることを。
それもバージナルの外の門を通らず一瞬にして城の前に出現したかのような感覚。これは正しく転移魔法でなければできない芸当。
そしてこの禍々しい魔力は魔王のものであることはすぐに想像がついた。そしてその魔力の異様な存在感と質量は間違いないだろう。
デュースがきたのだ。
次の瞬間、マリアの横を風が通り抜けていった。
その風は一直線にデュースを目掛けて飛んでいく。
エルだ。
「デュース――――」
エルは剣を抜いてデュースに斬り込んでいく。
「お出迎え感謝するよイレギュラー」
デュースはそれを片手の剣で受け止めていた。
そこから互いに一度離れ、また剣をぶつけ合う。
「その力今度こそもらい受ける」
「お前を殺す」
エルの怒涛の攻撃をデュースはその魔力と剣の技量を以ていなしていく。
エルは鬼のようにデュースに剣を向け、デュースはしたたかな狩人のようにエルの一手を凌ぎながら反撃をうかがっている。
その戦いの様子だけで既に勝敗は見えていた。
一瞬の手の遅さと攻撃の荒さに付け込まれる。
デュースはエルの突きの一閃が来る時機を見計らってそれを右に回転しながらかわし、器用に左手に持ち変えた剣でエルの横っ腹に剣を突き刺した。
見事なカウンターだった。
「ぐはっ…………」
倒れたエルからデュースが剣を抜くと、エルの腹から血が噴き出す。
「エルっ!!」
マリアは思わず声を上げていた。
だがまだ近づいてはいけない。そんな雰囲気があった。
「立て。まだ終わってないだろう。イレギュラー、ここからが本番だ」
デュースの言葉に反応したのか、エルもまだ終わっていないというように魔力を解放する。
するとエルの傷ついた身体がすべて治癒していき、元の戦う前の状態に戻っていた。
「化け物だな。だがそれは今の私も同じだ」
デュースも魔力を解放する。その魔力は以前マリアが戦ったときよりも増していた。
「これならどうだ。如何にイレギュラーとはいえ、魔王クラス五体分の魔力。そしてこの私の技量を以てすれば貴様程度なら倒せるだろう」
「随分舐めてくれるね」
立ち上がったエルは魔力を限界まで練り上げ、魔弾を放つ準備をする。
「ああ、お前が今のイレギュラーでよかったよ」
デュースも同じように魔弾を作る。あくまでも同等の条件でエルを圧倒しようとしていた。
そして次の瞬間、二人の魔弾は放たれた。
力と力のぶつかり合い。
それは最も単純な力比べであり、実力の勝るものが勝利する戦い。
だがそれもエルが一方的に魔弾を撃ち負かされて呆気なく終わる。
気絶したエルから、デュースはエルの胸に抉るように手を突っ込み、なにかの白く光る核を取り出した。
「これがイレギュラー因子。唯一にして無二の力か」
エルは胸に穴を空けられて傷みで奇声を上げていた。
「感謝するよ。初代イレギュラーならばこうは簡単にはいかなかった」
デュースはすぐにそれを飲み込むと、すぐにその力を自分のものにした。
「馴染むな。流石は保管のための器としてできた身体だけある」
酷く不愉快だ。
デュースはそう感想を口にした。