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八十七話、エルの覚悟



これはマリアとコロナがエルを訪ねてくる前の話。


エルがミリアを置いて転移魔法を使ってあの辺境の田舎の家に戻った後、エルは旅立つ支度を整えていた。


ここに来る前、最後に見たミリアの顔が脳裏に浮かぶ。


罪悪感。


本当にこれでよかったのか。エルは考えては自分にそれでいいのだと言い聞かせていた。


こういう時の方がなぜか手を動かす仕事は捗る。ある意味無心に近いのだろうか。


そんなときだった。


不意に家のドアが開く。


エルは丁度外のドアにつながる居間でミリアと生活していたときの物を整理していた。


物音に気づいて振り返り、そのドアの方に視線を送った。


するとそこにはなんと、今バージナルにいるはずのマシェエラがいて家のなかに入ってきた。


「あらエル、久しぶりねぇ。逢いたかったわ」


「マシェエラ……いやセクスか」


「どちらでも構わないわ。あなたが私を呼んでくれるなら、どちらの私も歓迎だもの」


「なにか用かな」


「事情が変わったことはもう耳に入っているわ。エル、私に協力させて欲しいの」


「マシェエラ……僕は……」


マシェエラが僕の次の言葉を手で遮る。


「エル……あなたは優しいから、きっと私たちを巻き込みたくないと思っているではないかしら。でも、だとしても……あなた一人だけでデュースと戦うというのなら、デュースはあなたを罠に嵌めるための策を講じてくるはずよ」


「それでも……」


「あなたのお母様も、それがきっかけでデュースに殺されてしまった。エル、悲しいことをまた繰り返すつもり?」


返す言葉もなかった。あの出来事のことを思い出すと無力感に苛まれる。


如何に力があろうと、それを扱えず守りたいものを守れなかった無力な自分が、お母さんの顔が、あの忌まわしい自分とよく似た顔をしたデュースが脳裏に映し出させる。


それはまるで自分自身がお母さんを殺したようにも映って見えた。


「そうだねマシェエラ。僕はまだイレギュラーとして未熟だ。だから君の力を貸して欲しい。五大魔王の一人、セクスとして覚醒した今の君に」


マシェエラは魔王だ。あのブラックレオやシルと同等の力を持っている彼女なら、最悪自分で身を守ることも可能だろう。


「その言葉に免じて後悔させないと約束するわ。そして――」


そういってマシェエラは僕に近づいてくる。


なにをするのかと様子を見ていると、突然僕の背中に手を回してきた。


「ちょっ!? ちょっとマシェエラ」


「これで一歩……エルに近づけた。あなたの妻になれる日も近いわね」


マシェエラの大胆な行動に僕は平静さが崩れ、頭が回らない。


本当に彼女はマシェエラなのだろうか……。いや……どうだろう。こんな一面もないことはなかったかも。


セクスとマシェエラ。今の彼女はどちらなのか。それとも両方なのか。


マシェエラは僕を包容から解放して、そして顔の近い位置で僕にこう言った。


「エル、私はマシェエラでありセクス。覚醒して少しの間はエルみたいに二つの意識が同居しているような状態だったけど、今はもう結合して私たちは一つとなった」


彼女は僕の様子を見て察したのかそう自分のことを語った。


それは彼女はもうかつてのマシェエラでもなくセクスでもない新しい存在となったことを意味する。


「気に病まないでエル。私はあなたの力になれる今がとても幸せよ」


大胆かつ直接的。その好意をきちんと僕に伝わるように濁すことなくはっきりと伝えてくる。


マシェエラは以前より格段に大胆になった。これはセクスの部分だろうか。


「セクスが覚醒してなかったら、私はあなたと一緒に戦うことができなかったもの」


そして彼女はそう前向きに受け止めている。僕はそんな彼女のようにはいかない。


「エル……もっと私に甘えていいのよ。私があなたの支えになってあげる」


マシェエラはまた僕をその身体で包み込む。


人肌の温もりの連鎖。僕の頭のなかを沸騰させる。


気持ちが揺らぐ。それでも僕はこのまま身を任せるわけにはいかない。楽になるわけにはいかない。復讐があるのだから。


「ありがとうマシェエラ。気持ちだけ受け取っておくよ」


「あら、意外としぶといわね」


マシェエラは名残惜しそうに手を離す。


そうして僕たちは互いに離れる。


「名残惜しいけど、そろそろいくわね。バージナルで待ってるわ」


マシェエラは僕に背を向ける。


「マシェエラ、一つ頼みたいことがあるんだ」

「なんなりと」


マシェエラは振り返ってそう言った。「ミリアがもし戻ってきたときは、転移魔法でまたあの村に送り返して欲しい」


「心配なの? まあミリアのことだからそうするかもね」


「頼むよ。今はミリアがいると困るんだ」


「そうね。守りながら戦っている余裕なんてないかもしれない」


「もちろんマシェエラが危ないときは自分を優先してくれて構わない」


「みくびらないで。私は魔王セクスでありマシェエラ。今の私にとってはミリアも大切な仲間の一人よ。命懸けで守るわ」


その言葉で僕は二つの意味でほっとしていた。一つはミリアのことを守ってくれるとマシェエラが言ってくれたこと、そしてもう一つは、マシェエラがマシェエラのままでいてくれたことだった。


魔力、雰囲気、言葉遣いや多少の性格の変化はあるが、彼女が今まで一緒に旅をしてきた仲間であることは変わりないようだ。


「それじゃあ私は先に戻ってるから、エルも彼女たちと話したらすぐにきて。準備して待ってるから」


マシェエラは転移魔法で一瞬にして消えていった。


僕もいかないと。でもその前にしなきゃいけないことがある。


かつての仲間たちとの決別。


僕は僕の復讐のために、そしてデュースとの因縁の決着のために。


これからここを訪れる二人に、そう話さなければならない。


イレギュラーの魔力感知でここに向かっている見知った魔力を捉えた。


一人はマリア、二人目はまさかあの冥府であった女の子とこうして会えるとは夢にも思わなかった。


だがそれを彼女に告げるべきではないだろう。彼女はもう既に忘れてしまっている。


すべて過去のこと。イレギュラーである僕が普通の人と不用意に関係を作る必要はない。


僕は決めた。ここからは修羅の道だ。


そしてデュースを倒したら、イレギュラーとして孤独に生きよう。それこそが、僕が他者を巻き込まずに存在していける唯一の方法なのだから。




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