八十五話、決戦のその日まで
マリアたちがエルたちの借りている家に着くと、なかから人の気配を感じた。
ミズチとククだろうか……そう思っていると、不意に家のドアが開く。
「えっ!? マリアじゃない」
「あなたはララ!? どうしてここに……」
エルたちの家から出てきたのは、剣聖、最強の勇者、そして金色の妖精など、様々な異名を持つ異色のエルフ、ララだった。
「あなたこそどうしたの。怪我してるじゃない」
「私はエルやここにいる人たちに伝えなくてはならないことがあってきました。ちょうどいいです。あなたも…………」
マリアが言葉を続けようとしたところに、ララの後ろから見覚えのあるダークエルフの顔がこちらの様子をちらちらと覗いてくる。
「あなたは……魔王シル・カイナ」
「あれ? 聖女さんっすね。お久っす」
「まっ……魔王!?」
「あちゃぁ~」
それぞれがそれぞれの表情をみせる。
シルはマリアやシスターに見られても気にもとめていない。
マリアは驚いてはみせているが、予想の範囲内だった。以前よりシスターミケランジェロから、ララがシル・カイナと会っていることは報告を受けている。
マリアについてきたコロナは、伝説の存在である剣聖ララに出会えたことに隠れて少し興奮していたが、その次にあの五大魔王のシル・カイナがいきなり現れて気が動転していた。
ララはばれてしまったといった感じで笑みを浮かべている。ララ自身隠せているとは思ってはいなかったが、それでもこれ程はっきりと自分といるときにシルを教会側の人間と接触させてしまったのは初めてだった。
「そういえば見かけない子がいるけどあなたは?」
「はい、二週間ほど前にこちらの教会に派遣されてきました。コロナと申します」
コロナはそのしっとりとした艶やかな黒髪を揺らして挨拶をした。
「私はララ。私もあの教会に所属している一人だから、なにかあったらよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人の挨拶が済むと、今度はララの後ろにいるシル・カイナことシルが話しの間に入ってくる。
「それでいったいどうしたんすか? 聖女がわざわざ出向いて来るなんてただ事じゃないっすよね」
シルにそう突っつかれ、マリアは決心を固める。
「わかりました。この際です。ここにいる方々全員に話しを聴いていただきましょう」
そうしてマリアはコロナと外に出ようとしていたララたちを連れて家のなかに入った。
「あっ マリアだ~。久しぶりだね」
居間につながる廊下には玄関口での騒がしさに様子を見にきたククの姿があった。
「お久しぶりです…………やはり随分と変わられたようですね」
「そうかな~。まあ、マリアと一緒のときより背は伸びたからね~」
「それだけじゃないですよ。もうずっと中身のほうも成長されたようで。役割のほうもきちんと理解しているようですから」
「わかるんだ~。流石聖女様だね」
ククは薄く笑ってみせる。
以前のククに寄せていた話し方はやめたようで、もう演技する気はないらしい。
「とはいえ私もそれ以上のことは知りません。ですからすべてはあなた方のお心次第でしょう」
「ボクはもう決めてるんだけどね。エルは男の子だからなぁ~」
確かシスターミケランジェロの話しでは今頃エルはミリアと同棲生活の最中だという話しだった。
それだというのにククの表情からは余裕すらあるように思える。
イレギュラーとその番いには切れることのない繋がりがあると姉のレイアから聞いていたが、それ故の余裕なのだろうか。
やはりエルとククには謎が多い。姉のレイアですらすべてを知っているわけではない。
神の言葉を聴くことのできるマリアでも、神は不必要と思っているのかお言葉を頂戴することができない。
だが今はそれどころではない。急いでここの人たちに伝えなくてはならないことがある。
魔王ブラックレオが奪われた。魔王クラスの力を持った存在に対抗できるのは、イレギュラーの力を持ったエルや、剣聖のララ、そして彼らの仲間たちしかいないのだから。
「クク、お話しがあります。ミズチは家にいますか?」
「うん、居間にいるよ」
「ではそこで話しましょう。皆さん先に入って下さい」
マリアの後ろにいたララ、シル、コロナの三人とククを先に居間に通した後にマリアが続く。
「ん? なんだお前らぞろぞろと」
「ミズチ、お久しぶりです」
「マリアじゃねぇか。なにかあったのか?」
「ええ、だからこうして皆さんに集まってもらったのです」
久しぶりにあったかつて一緒に旅をしていた仲間たち。それぞれの顔つきは一様に様々である。
ミズチは変わっていないけど、それでもどこか退屈そうで、ククはマリアの知っているククとは外見も中身も成長とともにがらりと変わってしまった印象だ。
この分だと他のエルやミリア、そして魔王セクスの人格が現れたというマシェエラはもっと変わってしまっているだろう。
マリアはもうここにくるまでの間に覚悟を決めていた。ここからは聖女の自分として彼らの元にいくのだと。もう自分が仲間だったのは、かつてのものなのだと。
マリアは改めて心を切り替える。最早なんのぶれもなかった。
「それでは始めさせていただきます」
「…………エルたちはいいのか?」
「今はここにいる人たちに先にお話しします。エルたちには後で」
そうミズチに話し、マリアは話し始めた。
「三日前のことです。私がブラックレオをグランゾールから輸送中、二人のフードの男に襲われ、ブラックレオが奪われました」
「なんだと!!」
「マリア、それほんとう!!」
ミズチとララは驚いて声を上げる。
二人がなにより驚いたのは、マリアがいたのにも関わらずブラックレオが奪われてしまったことだった。
マリアは聖女、つまりこの世界の創造神から力を授かった存在だ。その力で天使化すれば、あの化け物のような魔王たちともそれなりの戦いをすることができる。
そのマリアからブラックレオを奪いとったとなれば、相手は魔王クラス以外に存在しない。
「私はフードの二人の内一人と戦い、敗北しました。そしてその私と戦った男は自らフード脱いで顔を見せてきました」
「どんな顔をしていたんだ?」
ミズチは興味が湧いたのだろう。そう聞いてきた。
「男の顔は…………エルそっくりの男でした」
マリアがそう言うと、エルを知らないコロナ以外の面々は動揺を見せていた。
「どういうことだ。そいつがエルだってのか?」
「いいえ、恐らく違うでしょう。ですがエルとなにか関係のある人物だと考えられます」
「エルのお兄さんとかじゃないんだよね?」
「聞いたこともねぇよ」
そうミズチとララが話す。
「デュースがきたんだ~。ねぇマリア」
それはククからの一矢だった。まだ男の名前をマリアは伝えていなかったはずだが、ククからその男の名前が上がった。
「クク、知っているの? デュースのこと」
「知ってるよ。でもこれはまだエルも知らないことなんだよね。ここで話すべきか迷っちゃうな~」
ククは悩ましげにそう言っているが、話したそうにしている節もある。
「ククお願い。知ってるなら話して」
「おいクク、ここまで言ったんなら話せよ。気になんだろ」
主に話しを先導している二人がククに話すよう促す。
言われてククは大して考えることなく軽い感じで了承した。
「まあ~そのうちわかることだから教えちゃうね」
ククはみんなの視線が集まるのを待ちながら、静かになったのを確認すると簡潔に説明してくれた。
「エルのライバルかな~」
「…………えっ……終わり!?」
ララが突っ込みを入れる。
「そうだよ~」
「なんもわかんなかったぞ……」
「わかったじゃん。エルのライバルだって」
「そこだよ。そこをもっと深堀してくれよ」
「え~~もう、仕方ないな」
ククは小さく咳払いをしてから話しを続けた。
「デュースはイレギュラー因子を破壊するために世界が産んだ存在。イレギュラーキラー、それがデュース」
ククは表情なく浮き沈みのない一定の声でそう言った。
その表情は今まで見てきたククの表情に一つも当てはまらない無機質なものに見えた。
まるでククがなにかに取り憑かれてしまったかのようだ。
「えっと…………クク、大丈夫?」
「大丈夫ってなにが~?」
「だって急に真顔で話し出すから」
「そういうのがお望みだったんじゃないの~」
「まあそうなんだけど……」
確かに真面目に話して欲しかったのだが、普段のククと様子が一変しすぎていて聞いている全員が心配するほどであった。
ここでマリアが咳払いをして一度場の空気感を戻す。
「ククが話してくれたデュース。彼が今後なにをしてくるのかまだはっきりしていませんが、必ずこの世界の秩序を乱す行いをすることは明白です」
マリアはここにいる全員に一人一人視線を配ったのちこう続けた。
「ですから皆さんにまた力をお貸しして欲しいのです。この世界の秩序を守るために」
マリアはかつての仲間の前で頭を下げた。
「マリアよう……頭なんか下げなくても、俺たちはお前が頼むんなら力を貸すぜ」
「ミズチ……」
「こういう時のために私がいるんでしょ。当然私も力を貸すわ」
「ボクもいいよ。その方が都合いいし」
「わ、私もなにか手伝えることがあればなんでもいってください」
ララもククもコロナも力を貸してくれると言っている。
「俺たちは仲間だ。どれだけ時間が経とうと、立場が違えどそれは変わらないだろ」
最後にミズチがそう締めくくる。
「みんな…………ありがとうございます」
「いい雰囲気のところ悪いっすけど、あたしは降りるっすよ」
立ち上がってそう言ったのはシルだった。
「シル……」
「ララには悪いっすけど、あたしは戦うことにしか興味ないっす。だから今のところ一人の方が気楽なんすよ」
シルはそう理由を述べてから部屋を出ていった。
五大魔王のなかにはブラックレオのように闘争が好きなものも多い。シル・カイナもまたその一人だ。
その彼女としてはもっともな理由である。孤高である彼女には、誰もそれを止める権利を持ち合わせていない。
「それではまずエルとミリアとマシェエラ、三人にもこの事を伝えねばなりません」
次にすることを明示すると、ミズチから手が上がった。
「俺からも一ついいか」
今度はミズチに視線が集まる。
「このままじゃ力不足だ。だから少し時間が欲しい」
ミズチはそう切り出した。確かに今のままではデュースに対抗できるか怪しい。なぜなら今ここで魔王クラスに対抗できるのはララ、そして次いでマリア。だがデュースにマリアは敗北してしまっている。ならそれはマリアより下、ミズチやククは戦力外とは言わないが、魔王クラス相手では不利だということだ。
そして相手側もどれほどのコマを揃えているのかまだ不明だ。そういう意味ではちゃんとした情報すら得られていないのが現実だった。
「そうですね……時間が必要です。では一月後までにそれぞれの戦力増強と、相手側の情報を獲得する時間としましょう」
話しが終わるとマリアとコロナはバージナルにいるというマシェエラのところに。ククとミズチはそれぞれにどこかへ散っていった。
一月後……またこの場所で会おうと約束を結んで。




