八十三話、デュース始動
ブラックレオ。現最強の魔王と言われ、グランゾールに戦いを挑み敗北。後に聖女マリアによって地下牢に封印されていた。
ブラックレオの力は人智を超えているが故に管理が難しく、同じく人智を超えた神の力を宿している聖女マリアでなければそれは勤まらなかった。
グランゾールは持て余していたブラックレオの身柄を今日正式に教会組織受け渡すことにしていた。
数日前から少しずつ準備を重ね、結界を施した特殊な魔石から造られた牢と同じ大きさの箱のなかにブラックレオを閉じ込めて、それを馬車で移送する計画だ。
「それではグランゾール王、魔王ブラックレオは私どもが責任をもって預からせて頂きます」
「聖女殿、戦の始まった日から今日までの働き、誠に感謝する。道中気をつけられよ」
グランゾール王シュズリゲルは今日までグランゾールにてブラックレオの管理、そしてその後の処理などの作業を一手に担ってくれた聖女マリアに対して心からの礼を口にした。
「御気遣い感謝致します。それでは――――」
マリアは馬車に乗り込み、御者に声をかけ馬を進ませる。
「あれから半年近くは経つわね。エルたち、どうしてるかしら」
グランゾールやあのブラックレオ軍との大戦に参加した勇者や傭兵などの間では、ブラックレオを倒したのはマリアだということになっている。
それはエル――――――イレギュラーの力の存在を世間の目から隠すために教会側としてマリアが隠蔽工作をしてくれたことによるところが大きい。
秘密は守られた形にはなっているが、一部ではなにか別の力を持ったものが現れたのだと騒ぐものがいなかった訳ではない。
大戦時は乱戦状態にあったのが功を奏した。
それとやはりブラックレオの力の圧倒的な差によって兵や勇者、傭兵などのほとんどが蹴散らされていたからでもある。
大戦時、途中までは作戦によってグランゾール側が有利に戦いを進められていたのは事実だが、ブラックレオが出てきてからは壊滅的だった。
正直あの時エルがイレギュラーの力でブラックレオを倒せていなかったら、グランゾールはブラックレオとその軍に落とされていただろう。
マリア自身もどうなっていたか想像したくないものである。
この仕事が終われば少しばかり自由がきくようになる。そしたら一度ハイアリンに顔を出してみようかしら。
マリアが肩の力を抜いてこの先の休暇に思いを馳せていると、動いていた馬車が急に止まった。
「どうしました」
マリアがなにかあったのかと声をかける。
「マリア様、不審な奴等が――」
御者を務めていた教会騎士がマリアにそう伝えてくる。
「私が出ます」
マリアはそういって外に出ると、馬車の前にはフードの男が二人並んで行く手を塞いでいた。
「なにかご用ですか?」
「ああ、その後ろの積み荷に用がある」
直接的な物言いから、彼らは後ろの積み荷になにが乗っているのかわかっているようだ。
どこから情報が漏れたの。
マリアとしては気になることだが今はそれどころではないので切り離す。
「あなたたちはなにものですか? 積み荷がなにかわかっているのですか?」
「わかっているよ聖女様。ブラックレオをこちらに渡してもらいたい」
「彼は教会で管理します。あなたたちのような身元のわからないものに渡すことはできないわ」
会話をしているフードの方が不気味に笑う。
「ならば今ここで明かしましょう」
男はそういって深く被ったフードを脱いで顔を晒す。
現れた男の顔はマリアもよく知る人物の顔をしていた。
「エル…………」
「おや聖女様、面識がおありで?」
「あなたは一体…………」
「私はデュース。あなたと同じ神の僕ですよ」
神の僕と……目の前の男デュースは名乗った。
「冗談はよしてください。目的はなんですか。ブラックレオを利用してこの世界に混沌をもたらそうとしているのなら、この場で排除します」
マリアは剣を抜いて戦闘態勢になる。
「大人しく引き渡してはくれませんか。まあちょうどいい。この力をあなたで試させてもらうとしよう」
デュースはもう一人のフードの方を下がらせて自分が前に出る。
「始めましょうか」
デュースが魔力を解放する。
すると、衝撃波のような凄まじい魔力の波動が風を起こし、周囲の木々などをふきとばしていく。
「なんという魔力。まさか魔王クラスなのか」
マリアが様子を見ていると、デュースの魔力の波動は次々に力を増していった。
それはもう周囲の地形すら変形させるほどの衝撃波を起こすほどだった。
「くっ……あのブラックレオよりも上だというのか」
まさに悪魔的、神に力を与えられたマリアですら、指一本でどうとでもされてしまうほどの力の差があった。
「これは非常にまずいことになりました」
私には止められそうにありません。
マリアは覚悟を決めると、後ろで成り行きを見守っている教会騎士たちに逃げるようにと合図を送った。
「全力でいきます」
マリアは教会騎士を逃がすと、自分のすべての力を解放して天使化した。
「これが天使化か。なるほど……神話やその他の文献を元に作っただけあって我々には受け入れやすい見た目だ。神々しく、そして少しばかりエロスだ」
デュースがマリアの姿を観察しているところに躊躇なくマリアは攻撃を仕掛ける。
「そのようないやらしい目で見ている暇なんてないですよ」
デュースはそれを片手で受け止める。
「威勢のいいのは結構だが勝ち目のない戦いをしていることには気づいているのか?」
「そんなことはわかっています」
だがなおもマリアは攻撃の手を緩めない。
「そろそろこちらも反撃させていただくよ」
デュースは手の平に高濃度の魔力球を作り、それをマリアの攻撃も飲み込み打ち消してしまうほどに巨大化させていく。
「耐えられるかな」
そしてそれをマリアに向けて放った。
マリアはそれを両腕で受け止めたが、弾き返すこともできず、耐え続ける一方だった。
マリアは上空、デュースは下から撃っている。本来なら重力でマリアが受けるのは多少といえど楽になっているはずであるが受け止めきれない。
マリアは受けきれず魔力球がマリアごと爆発する。
マリアは受け身もとれず墜落する。
力の差は歴然なのは当然のこと。そのことはマリアもわかっている。
どこかで隙を作って逃げないと。ブラックレオは諦めるしかないわね。
マリアはデュースが来ないうちに立ち上がる。
だがすぐにデュースはマリアを見つけて近づいてくる。
くっ…………こうなれば一か八か。
「もう来たのね」
「少し早すぎたかな。僕を迎え撃つ準備ができるまでもう少し待つべきだったね」
マリアはデュースができるだけ自分の近くにくるまで待った。
「さて、聖女様はもうぼろぼろだね。可哀想だからそろそろ終わらせてあげるよ」
そういってデュースが手を上げてなにかをしようとした瞬間、マリアは魔力を発動させた。
ミラーフォース――――――。
マリアは全身を太陽や雷のような強力な光で発光させ、デュースの視界を奪った。
そしてその隙をついて、マリアは転移魔法でその場から逃げることに成功した。
「逃げたか…………」
「デュース様」
もう一人のフードの男、デュースがハイムと呼んでいる男が様子を見にきた。
「逃げられたのですか?」
「なに、逃がしてやったのだよ」
そしてデュースはもぬけの殻となった馬車を手に入れると、その膨大な魔力で転移魔法を展開し、馬車ごと自身を転移させた。
なんとか逃げることができたマリアは、ハイアリンの教会前で力尽き、気を失った。