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八十二話、悲しみの火



転移魔法で僕たちの目の前に現れた謎の男。彼はデュースと呼ばれていた。


外見は人間のようで、魔物でもなく、亜人種でも魔人でもないようだった。


だが普通の人間では到底持ち得ない魔力を持っていた。


「お前がデュースか?」


「覚えていないか? グランゾールでの戦いのとき、ブラックレオの隣にいたんだがな」


「悪いけど覚えてない」


「そうか……なら、もう一人の方はどうだ?」


「私!?」


ミリアが自分に指を指して聞く。


「違う。初代イレギュラーの方だ」


こいつ……ナハトのことを知っているのか。


【俺も知らないな】


ナハトが僕にそう素っ気なく答える。


「知らないみたいだけど……」


「なるほど。こちらは眼中になしか」


そう呟いてデュースは被っていたフードを脱いでその顔を晒した。


「その顔は!?」


「エルそっくり!?」


デュースはミリアも驚くくらい僕と似た顔をしていた。


「君ではなくて初代イレギュラーに似ているだけだよ。私は君たちイレギュラーを殺すために造られたのだからね」


デュースは僕に近づいてくると、そのまま通り過ぎてその先の村の大通りを歩いていく。


「けど今の私では無理だ。身体に適性因子を持っていない。だからまずはそれを頂いてからだ」


デュースはどこかへ向かって歩きだ出す。それに僕たちがついていくように後ろからフードの男がせっついてくる。


ついていくうちにたどり着いたのは僕の家だった。


家の前にはお母さんがいて、僕たちが来るのを待っていた。


「いつか来ると思っていたわ。インサイダーの刺客」


「あなたはインサイダーを知っている。やはりあなたが矢田野真由理博士か」


「そうよ。あなたの狙いは私でしょ」


「その通りですよ。拒めば今すぐにウイルスをばら蒔かせてもらいます。数日のうちに村の人たちは確実に死に絶える」


「残念だけどこれでも元天才科学者よ。どんなウイルスであろうと、一日あれば特効薬は作れるわ」


「それは厄介ですね。でも後一時間しかないとしたらどうです?」


「どういう意味だ」


デュースの発言に対して僕は二人の間に割り込む。


「もう感染してるんだよ。ここにいる全員がね」


「なにっ…………」


「数日前にもうばら蒔いておいたんだよ。この日のためにね」


「やられたわ」


「君たちにもわかるようにいうとこの細菌はね……この間そこの女の子が感染したものとは違うものなんだ。発症してから死ぬまでの時間が短い即効性のあるタイプ」


デュースはまるで子供が答え合わせをするときのような話し方でそう言った。


「だからぁ…………ちょうど後一時間でリミットだ。特効薬はここにある。さあ…………どうする?」


一気に僕は追い込まれていた。お母さんも表情を滲ませている。


「いいわ食べなさい。覚悟はしてた」


「お母さん!!」


「いいのエル。ごめんなさい」


僕が全く状況が掴めないままでいるときにお母さんは既に死を覚悟している。僕はそれを感じ取ったが、止められる術を持っていない。


デュースはお母さんへと近づき、逃げられないようにと腕を掴む。


「邪魔だ」


デュースは左手に持っていた特効薬を投げ捨てる。


僕は身体ごと飛んでそれが落ちてしまう前になんとか受け止めたが、その間にデュースがお母さんを襲っていた。


「この時を待っていた。貰うぞ……おまえのすべてを」


「お母さん!!」


デュースは一瞬にして今の自分の姿を変え、黒い粘液状になってお母さんを丸飲みにした。


「やめろ。やめてくれ……お母さんを殺さないで」


そしてデュースはすぐに形状が元の人間の姿に戻っていく。


「うわああああああ」


だがデュースはもうお母さんを飲み込む前とはなにもかもが違っていた。


「なんだこれは……底無しの受け皿だ。ふははっこれは凄い」


魔力量がはっきりとわかるほどに上がっていた。


それは魔王クラス三体分の魔力に等しかった。


「核は無くともイレギュラー因子だけでもその底知れなさが解る。確かにこれが満ちるほどの魔力ならインサイダー、世界を壊すことも容易い」


デュースは僕を見下ろしてこう言った。


「次は君の番だイレギュラー。喰われる準備はできてるかい?」


デュースは魔力を解放する。


【エル代われ】


ナハトは放心状態の僕の身体の主導権を無理矢理奪う。


ナハトは入れ替わると魔力を解放してデュースの魔力の波動を受け止め、弾き返したあと飛び上がって距離をとる。


「イレギュラー、女がどうなってもいいの?」


振り返るとフードの方がミリアを人質にしていた。


「雑魚が」


ナハトは瞳に魔力を集中させると、瞳を閉じてまた開く。


「なんだあの目……身体が……自由がきかない」


「お前程度じゃ俺は止められねぇよ」


ナハトはミリアをフードの男の手から解放すると、フードの男をデュースに向けて投げつけた。


デュースはフードの男を片手で受け止めると、そのまま手から放す。


「くっ……デュース様」


「逃げるぞハイム」


「いいのですか?」


「ああ、部が悪いからね。ここは撤退だ」


そう判断を下すと呆気なくデュースたちは転移魔法で逃げていった。


デュースがいなくなるとナハトは意識をエルに返還した。


戻ってきたエルは泣いていた。


突然自らの肉親を失ったことで、エルは心が追いついていない。それでも悲しくてその感情が雫と変わる。


「エル……」


そんなエルにミリアは声をかけることはできなかった。


「ごめんエル」


ミリアはエルの握っていたデュースから奪った特効薬を受け取り、村のみんなのもとに急いだ。


そしてそれを病気の症状が現れてきた人の順に村のみんなに分け与えた。


「これでもう大丈夫」


だけどエルのお母さんは……。


村のみんなの無事を見届けたあと、エルが心配になったミリアはエルのもとに向かった。


気がつけば既に辺りは暗くなっていた。


戻ってみるとエルはもう既に泣き止んでいて、エルは自分の家に火をつけていた。


「エル……なに……してるの?」


「ミリア……僕は……」


ミリアは家に火をつけるエルを止めようとエルの腕を掴む。


「エルやめてこんなことっ……」


「いいんだミリア」


エルはミリアの言うことに構わず魔法で火をつけていく。


「僕は決めたんだ。必ずデュースを殺すって」


「エル…………」


「ごめん……でもこの気持ちはもう善意では片付けられないんだ。ここで誰かのためと言ったところで、それは嘘になる」


エルは自身の手によって火のついた燃え盛る過去を見ていた。


大切な記憶、思い出、それらがすべて灰と化していく。


エルはとても悲しい目をしていた。


前もこんなことがあったような気がする。その度にエルはそんな目をしていた。


「だからもうみんなには頼れない。僕は人の道から外れてしまうんだから」


決意の目。なにかが変わろうとしている。ミリアはそう感じた。


そう言うと、またエルは視線を眼前の炎へと移す。


エルはその炎が消えるまでそこを動かなかった。


ミリアもエルと一緒にそこにいた。そうしなければエルはなにも言わずにどこかへいってしまうような気がしたから。


火が消火すると、エルはミリアに伝えた。


「ミリア、ごめん、約束……守れそうにない」


告白の返事だった。


「それともうみんなとはいけないから、ミリアはここに残るのがいいと思う」


「うん…………」


「それじゃあ僕はいくよ」


そうしてエルは転移魔法でどこかへ消えてしまった。


この日を以て私たちの旅は、エルの消失によって終わったのだった。




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