八十話、信じられるもの
ミリアが伝染病に感染していた。
なにが契機となったのかはわからない。
僕と違って、ミリアは病人に触れていない。
そうなると空気感染が濃厚だ。
ミリアの症状は高熱に嘔吐、それと身体が非常に重い感じがあるらしく、僕が補助として手助けしなければ一人で起きることもできないようだ。
僕は隣村に向かうのを中止してミリアの看病を始めた。
ミリアは自分を置いて早く隣村に伝染病のことを知らせにいって欲しいと言ってきたが、僕はこんな状態のミリアを置いていくことなんてできなかった。
二日、三日と時は進むが、ミリアの容態は悪くなっていく一方だった。
「ねぇエル……私、どうなっちゃうのかな」
弱った声でミリアが僕にそう聞いてくる。
不安一色の声色だ。そんなミリアに、僕はかける言葉が見つからない。
伝染病なんて、医者でもない僕にはできることなんてなかった。
このままではいけないと思った僕はイレギュラーの力に頼って、ひとっ飛びで隣り村に向かった。
そして、そこで伝染病のことを話し、村にいた医師に診てもらうことになった。
僕は急いで医師を背中に乗せてひとっ飛びでミリアの待つ家に戻った。
医師にミリアを診てもらうと、治療方法は不明だと言われてしまった。
一日二日でどうにかできるものではなく、解明にはどれくらい時間を要するのかもわからないそうだ。
感染者を増やさないためにも、そのまま医師には帰ってもらった。
それによって僕たちは絶望した。
専門家を頼ってもダメだった。
ミリア自身も、より一層希望のない色をした目と、その表情が顕著になっていった。
「エル……お願いどこにもいかないで」
ミリアは弱った声で僕に涙を見せながら哀願してくる。
「大丈夫だよミリア。僕はどこにもいかないから」
「本当に?」
「本当だよ。ミリアを放っていけるわけないじゃないか」
「でも……このままだと……エルも……私みたいに……病気……移っちゃう」
「移らないよ。こうしていて四日も経ってるんだよ。今更移らないよ」
ミリアは視線で僕に謝っていた。
「僕のことはいいから、ミリアは自分のことを大事にして」
僕は今にも消えてしまいそうなミリアを元気付けるための言葉を贈る。
でも、現実的なことも考えてしまう。後どれだけもつのだろうかと。
その前になにか策を打たないとほんとうにミリアは死んでしまう。
当てがないわけではないが、必ずしも治るとは言えない。
それでもそれに賭けるしかないだろう。それがダメでも、なにをしてでもミリアを助けてみせる。
そう心を固めていたそのとき、家の外からドアをノックする音が聞こえてきた。
誰だろう。
こんなところを訪ねてくる人はここにきてからは一度もなかった。こんな外れにある家を訪ねてくる人なんて、そういないはずだ。
僕はそれでもなにか事情があってのだろうと、ミリアの部屋を出て外に繋がるドアに近づいた。
すると、そこで僕はドアの外から殺気が放たれていることに気づいた。
瞬間、僕は踏み込みでドアを破りながら一気に外の殺気の相手との間合いを詰めようとした。
だか外に出てみると、もう殺気の主は逃げていったようだった。
「なんだったんだ? まさか……フードの男!?」
伝染病を蒔いた二人のうちの一人が様子を見にきたのか。
そう思った僕は、イレギュラーの力で魔力の気配を探知する。
「見つけた」
気配は一人。場所はあの伝染病の蔓延して今や廃村となっている村だった。
間違いない。きっとフード男だ。
僕は飛んだ。
五秒と掛からず僕は村に着いた。
村の中央にそのフードの男はいた。
「速い……聞いた通りだ」
フードの男は小柄で僕より少し背が高い位だった。
声は上下なくブレのない一定の波で発せられていて、まるで感情が乗っていない。
「伝染病を蒔いたのはお前か?」
「だと言ったら」
「どうしてそんなことをしたんだ!!」
「理由か……それならお前だ」
「僕!?」
「お前を殺せると思った」
なんなんだこいつは、まるで僕のことをよく知っているみたいに。
「お前はこの世界が産み出したこの世界の異分子だ。よって必要のない存在……混沌の種だ」
「だから殺すのか?」
「それもあるが、あの方がやれと言った。だからやった」
「あの方?」
「話すのはここまでだ。僕はこれで失礼するよ」
「待て!! ミリアを治す方法を教えろ!!」
「精々足掻くといい。あの女の子が助かるようにね」
フードの男はそういうと魔法でどこかへ転移していった。
転移魔法を使えるのは魔王クラスやそれほどの膨大な魔力を保有しているものだけだ。
フードの男も、それほどの使い手だということがわかった。
だがそれ以外には、特に情報は得られなかった。
話しのなかに出てきた「あの方」と言われていた存在が気になったが、今はそれよりもミリアだ。
僕はまたミリアの待つ家にすぐに戻った。
ミリアの部屋に入ると、ミリアの病状が一目でわかるほどに悪化していた。
やつれた頬を震わせながら、止めどなく呼吸を繰り返している。
只でさえ体力のない状態だというのに、それを更に奪おうとしているかのように、病魔はミリアを肉体的に追い詰めていく。
「そんな早すぎる……いったいどうすればいいんだ」
イレギュラーの力でなんとかできないのか。
ナハト……見てるんだろ。なんとか言ってよ。
僕はなかにいるナハトにすがるように問い掛ける。
【イレギュラーの力では無理だ】
「なんでだよ。イレギュラーの力なら大抵のことはできるはずでしょ」
【そうだ。だが残念ながら万能じゃない】
「っ……」
エル自身もそれはよくわかっていた。この力は万能なんかじゃない。今まで使っていて、その性質がわかっていたからこそ、最初からイレギュラーの力に頼ろうとしなかった。
【イレギュラーの力は変革の力。力によって変えられるものなら変えることはできるが、そうでないものは無理だ】
わかっていた。そんなことは……。
だがここにきてミリアの病状が急変して、打開策がなにもない今、どんなものでもいいからミリアを助けられる身近なものを頼りたかった。それだけ僕も焦っていた。
【一つだけ方法を知っている】
ナハトは僕にそう言った。まだ希望はあるんだと、僕は下を向いていた顔を上げた。
【対をなす番いの力なら可能だ】
番いって……確か…………。
【あれはイレギュラーのパートナーとしての力を持っている。治癒の力と力を制御するための役割がある】
「そう言うことだよ~」
声がして気づいた。
窓の外にククがいて、窓を指でつついてくる。開けてほしいということだろう。
僕が窓を開けると、そこからククは入ってきた。
【お前、俺の声が聞こえているのか?】
「まあね~。ボクとあなたは繋がってないけど、ボクとエルは繋がってるもん」
【どうやらこいつよりお前の方がデキはいいらしいな】
「光栄だね~。まあそういうことだから、ボクがここにきたのはエルを通じて知ってたからだよ。ミリアが大変だってこと」
「なら助けてくれるよねクク。ミリアは僕たちの仲間なんだから」
「いいよ~。でも条件があるの」
「条件……」
「うん。エルがボク以外の女の子を選んだときに、一度でいいからボクと夜を共にして欲しいんだよね~」
「夜って……そ、そんな……僕は……」
僕はククの条件の内容に動揺して言葉を濁す。
「そんなことどうでもいいじゃないか。ククはミリアがどうなってもいいっていうの?」
「いいよ~」
思いもしなかった返答が返ってくる。
僕はククの顔、そして目を見た。
「そんな……僕たちは仲間じゃないか。今までずっと一緒に旅をしてきた」
「今のボクには関係ないよ~。ボクにはエルさえいればそれでいい」
ククの目に偽りはないようだった。
駆け引きの類いなのだと思っていた。ククは本当のところはミリアを助けたいと思っているんだって信じたかった。
だけど違った。あの目はそんなものじゃない。そんな色はしていなかった。
そんな……優しかったあのククが……ミリアと仲良しだったあのククがこんなこと言うなんて……。
僕はわかっていなかったようだ。ククは変わってしまっていた。
それがいつからなのかはわからないが、ククはもう僕のよく知るククじゃない。
ララも僕を騙していた。もう僕はなにを信じていいのかわからなくなった。
「わかったよ……。その条件を飲む。でもそんなことをしたって僕の気持ちは変えられないだろうけどね」
「契約成立だね~」
そういうとククは着ていた服を脱ぎ始めた。
「えっ!? ちょっとなにを――」
「ボクはサキュバスだよ~。治癒魔法ならこの方が効きやすいんだよ~」
ククはミリアに近づくと布団を退かしてミリアの服も脱がしていく。
僕は慌てて部屋の外に出てドアを閉めた。
なかの様子はわからなかったが、やがて二人の熱のある声がなかから響いてきた。
僕は自室で待つことにしたが、その日のうちに二人の声が止むことはなく、僕は眠ることにした。
「エル……起きてエル……」
目を覚ますとククの顔が眼前にあった。
寝惚けていて気にしなかったが、今にも当たってしまいそうなほど顔が近くにあった。
「エル、ミリアはもう大丈夫だよ~。約束忘れないでね」
ククはじゃあと言って窓を開けて出ていこうとする。
「あとねエル。エルはそうならないって思ってるかもだけど、サキュバスのボクと交わったらぁ~、男はみんな変わっちゃうからぁ覚悟しててね」
それから僕がミリアの部屋にいくと、顔色の良くなったミリアが気持ちよく眠っていた。
悔いはない。あの決断に悔いなんてない。
これからなにがあろうとも、僕は僕を信じていくしかない。
今はそれしか信じることのできるものなんてなにもないのだから。




